軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

濃縮還元臣民現る

羽衛ミルキーとのコラボが発表されてから、数日が経った。

あの緊急配信のあと、リエラちゃんねるの登録者数はまた妙な角度で跳ね上がり、ネネは「いやー、ミルキーちゃんの名前出した瞬間、空気変わったねぇ」と笑い、ミーナは「当然です、こちらは導線を組んでいますから」と涼しい顔をしていたが、俺だけは別の意味で胃のあたりが重かった。

なぜなら、羽衛ミルキーとの石碑クエストコラボは決まったものの、その前段階として予定していた塔クエストに、レベル70という、やけに現実味のある壁が立ちはだかっていたからである。

塔クエストに設定された、レベル70という入場制限。

言葉だけなら、まあ、ゲームだし、そういうこともあるよね、で済む話ではある。

しかし、実際に自分のステータス画面に目を落とし、次のレベルまでの必要経験値の数字を眺めていると、数字というより、もうちょっとした山脈に見えるから困る。

ミーナは順調すぎるレベリングで、すでにレベル70に到達していた。

ゲームだし冒険者は本来、経験値という栄養素を普通に摂取できる設計なのだ。

クエストを受け、敵を倒し、報酬を得て、経験値が入り、レベルが上がる。

それはこの世界のシステムであり、同時に全てのプレイヤーに与えられた、ごく普通の成長経路だった。

では、俺はどうだ。

捕食によるパラメーター補正は、正直かなり美味しい。

美味しいというか、それがあるからレベリングなんて多少どうでもいいだろう、と俺は心のどこかで思っていた。

レベルが足りなくても、食えばいい。

足りないステータスは、強い敵を喰って補えばいい。

うん、冷静に文字にすると倫理観が焼け野原みたいな発想だが、実際、俺はそうやってここまで来てしまったのである。

ただ、それは単に強くなるプロセスであって、レベルを上げるプロセスではない。

俺はモンスターからの経験値が入りづらい、というわけではなく次のレベルに必要な経験値が単純にミーナの4倍くらいあるのだ。ちなみにミーナはポンポン上がっているように見えているが、本来4~6人パーティで回るところをひたすら2人で乱獲回しているから、むしろ標準と言える。

塔クエストの入場条件は、そんな俺の捕食者メンタルにまったく忖度してくれなかった。

入場に必要なのは、あくまでレベル70という数字だ。ステータスがいくら高くても、レベル70以上でなければ意味がない。

俺のHPがどれだけ高くても、VITがどれだけ膨れ上がっていても、尻尾がどれだけ対象を丸呑みしようとしても、受付のシステムはたぶん無慈悲に「レベルが不足しています」と言ってくる。

あまりにもひどい仕打ちである。

俺は新設魔王軍のクランマスターなのに、システムは一切の待遇をしてくれないのだ。

いや、してくれたらそれはそれで怖いけど。

話を戻すとレベルの足かせ、これが割と洒落になってなく魔王軍の足を引っ張っていた。

ミルキー側はとんでもない同接数で地味コンテンツ、石碑のんびり散歩配信などで繋いでくれているが、せっかくのコラボなのに一緒にスタートできないのが心苦しい。

そんなふうに、頭の中で数字と現実と配信スケジュールをぐるぐる回しながら、俺はジュノリスの街にある武器屋の店先を覗いていた。

ジュノリスは、レアルタよりもやや乾いた空気をした街だった。

石畳は白っぽく、建物の壁には淡い黄土色のレンガが使われ、通りを吹き抜ける風には、鉄と油と焼けた革の匂いが混ざっている。

武器屋の前には、磨かれた剣や槍が陽光を反射して並び、店内からは鍛冶場の熱がじわりと漏れ出していて、鼻の奥に金属の粉っぽい匂いが残った。

俺はシスター系の軽装の裾を揺らしながら、壁に掛かった片手剣を眺める。

武芸・初級を得てから、近接武器の扱いは明らかに変わった。

以前なら、武器はまあ持てるし振れる、くらいの感覚だったが、いまは手に取った瞬間、重心や刃筋、柄の太さや間合いが、薄い膜を通して身体に染みてくるような感覚がある。

俺の身体は低身長で、しかも見た目だけなら、どう見ても剣を振り回すより飾られる側の美少女なのだが、その内側には捕食したオークジェネラルやベルナデッタの戦闘経験が、ぬめるように混ざっている。

だって剣を見るとワクワクするもの……。

「リエラさん、武器を買うなら用途を絞ってくださいね。いまはレベリング効率の検討が優先なので、見た目がいいから買う、みたいなのはなしですよ?」

隣でミーナが、完全に敏腕マネージャーという雰囲気で、俺の横顔を見上げていた。

今は配信外なのにこのお世話っぷりだし、何となく好みの傾向がバレちゃってる。

俺は壁に掛けられた、黒い柄、刀身に銀細工の魔法紋が入った片手剣へ視線を向けながら、ちょっとだけ唇を尖らせた。

「わかってるわよ。別に可愛いから欲しいとか、そういうわけじゃないんだから」

「いま、完全に可愛いから欲しい顔をしていました」

「うるさいわね、顔に出てた?」

「ふふっ、出てましたよ、かなり」

ミーナの即答が胸に刺さり、俺は思わず尻尾をぴくりと揺らした。

そんな俺たちの背後で、通りのざわめきが一瞬だけ妙に乱れた。

雑踏の中に、いくつかの足音が混ざる。

革靴が石畳を叩く音、装飾品がじゃらじゃら触れ合う音、そして、妙に緊張した息遣い。

「あ、あぁ、リエラ様だ……!」「リエラ様、お久しぶりです!!」「ジュノリスへようこそ……!」

聞き覚えのあるような、ないような、いや、あるな、これ。

俺が振り返ると、そこには、いつぞやのチンピラ三人組がいた。

かつて遭遇した、片手剣使い、槍使い、杖使いの三人組である。彼らの名前は、正直なところまったく覚えていない。

俺の中では完全に武器種で登録されている。

しかし、その三人は以前見た時とはまるで別人のような姿になっていた。

黒を基調とした神父服のような衣装に身を包み、胸元には謎の紋章、腰には手作り感満載の……多分リエラ人形、肩紐には俺の顔らしきアクキー、首からは小さな尻尾モチーフのチャームまでぶら下がっている。

その全身から漂う空気は、冒険者というより、危険な方向に煮詰まった濃縮臣民だった。

てか、それいつ作ったのよ。『ファンアート描いた』みたいなこと言ってたやつの絵じゃん。依頼か? 依頼したんか? コミッションか?

ミーナが、3人を見たとき、足元で何かしらの虫を見つけた時のような目で三人を見下ろした。

「なんですか? 今、配信外なので……」

声は丁寧だったが、温度は氷点下だった。

やめてミーナ、その目は刺さる。

相手が元チンピラじゃなかったら普通に泣く。

「ああ、いいわよミーナ。それより、あなたたち、その変わりっぷりは……何?」

俺が一歩前に出て問いかけると、三人はびくっと肩を震わせ、それから同時に膝を折りそうになったので、俺は慌てて手で制した。

街中でいきなり跪かれると目立つ。

いや、もう十分目立っているが、これ以上は本当にやめてほしい。

「お、俺たち、その……また捕食していただきたくて……」

「は?」

反射的に素の声が漏れた。

いや、何を言っているんだ、こいつらは。

捕食にしていただきたい、という日本語は、少なくとも俺の人生で初めて聞いた。

「は? え、ほしょ……? 聞き間違えかしら?」

俺は敵を倒し、必要に応じて喰ってきた。ただプレイヤーを食べたのはこの三人が初であり、今のところ最後である。それが……喰われた側がリピート希望を出してくるのは、さすがに想定外だった。

「あの、俺たち、レベルが30近く下がったんです」

「でも、いままで感じたことない幸福感で……」

「キモ……」

ミーナが心底嫌そうな顔で小さく呟いた。いや、その気持ちは痛いほどわかるが、本人たちの前で言うのはどうかと思う。

しかも三人の顔を見る限り、ミーナの罵倒すらご褒美として処理しそうな気配がある。

やめろ、俺の周囲で新しい属性を開花させるな。

「あんたたち……その話、聞かせてくれる?」

「ちょっとリエラさん!? 相手にするんですかこんな害虫!」

ミーナがぎょっとして俺を見る。

その顔には、今すぐこの場から俺を抱えて撤退したいという意志が、かなりの強度で浮かんでいた。

「言い方! 配信してたら炎上ものよ! ていうかなんであんたらもそれで嬉しそうなのよ!」

だが、俺は三人の様子から目を離せなかった。ミーナに罵倒されて悦んでいるほうじゃない。

レベルが下がったのに、幸福感があった。

とはいかに……?

それは単なる変態の供述として切り捨てるには、少し引っかかりすぎる。

捕食は、俺だけにログが見える。

対象のステータスやスキル、記憶の断片が俺に流れ込む。

しかし、喰われた側に何が起きているのか、俺はほとんど知らない。

死んでリスポンしたプレイヤーは、ただ戻ってくるだけだと思っていた。

だが、この三人が本当に何かを感じ、何かが変わったのだとしたら。

それは、俺の捕食が、経験値やステータスだけではなく、もっと別の層に触れている可能性を意味していた。

「もう一度言うわ、詳しく聞かせて」

「え、ええ、もちろんです!」

三人は顔を輝かせ、武器屋の前から少し離れた路地脇へ、俺たちを案内した。

ジュノリスの裏通りは表通りより静かで、干した布の匂いと、どこかの店から漂う香辛料の香りが混ざっていた。

壁際には木箱が積まれ、遠くから鍛冶場の金槌の音が、かん、かん、と薄く響いてくる。

その中で、濃縮還元臣民三人組は、妙に神妙な顔で話しはじめた。

「最初は、正直、負けたのが悔しかったんです。俺たち、あの時、完全に舐めてましたし」

「でも、リスポンした後、身体が軽いというか、逆に余計なものが落ちたみたいな感じがして」

「レベルが下がってるのに、動きは前よりマシになってたんです。前はスキルを押し付けるだけだったのが、いまは間合いとか、視線とか、相手の呼吸とか、そういうのを見るようになって」

俺は黙って聞きながら、三人の立ち方を観察した。

たしかに、以前の彼らは、チンピラ冒険者らしい雑な威圧感をまとっていた。

肩に力が入り、相手を見下し、自分の武器の性能とレベル差で押し潰すような、悪い意味でわかりやすい立ち方だった。

だが今は、膝の力が抜け、足裏が石畳に自然に乗り、視線もやたらギラついてはいない。

服装は最悪なのに、動きだけは洗練されている。大事なことなので、俺は心の中で二回繰り返した。

「三人でやり直した時、俺たち、初めてちゃんと話し合ったんです。誰が前に出るとか、どういう時に下がるとか、こいつが詠唱する時に視線をどう切るとか」

「それまで、俺たち、強いクランの後ろでイキってただけだったんだなって」

「レベルは下がったのに、今の方が、レベルが上がってる感じがするんです」

その言葉に、ミーナの眉がわずかに動いた。

彼女も同じ部分に引っかかったのだろう。

経験値によるレベルと、実戦経験による成長。

エタファンの世界はゲームでありながら、身体感覚やNPCの自由度、記憶の扱いが妙に生々しい。

ならば、レベルという数字から削ぎ落とされた分、何か別のものが浮き彫りになることもあるのか。

……いや、普通はない。ないはずだ。

でも、俺の周りでは普通じゃないことばかり起きている。

「それで、また捕食されたいってわけ?」

俺が半目で問いかけると、三人は真剣な顔で頷いた。

「はい。もちろん、でも無理にとは言いません、俺達の経験値が一部でもリエラ様に流れるならこんなにうれしいことはないと……」

「でも、あの時みたいに全部持っていかれる感覚が、なんか、俺たちには必要だった気がして」

「リエラ様に喰われると、余計な自分が剥がれるんです」

「キッッッッモ……」

「ミーナ、言い方」

俺は額を押さえた。

ああ、だめだ。聞けば聞くほど、こいつらの発言は危険な宗教の勧誘資料みたいになっていく。

しかも、その中心にいるのが俺という事実が、じわじわ心を削ってくる。

新生リエラ魔王軍を設立したばかりなのに、別方向の魔王軍が勝手に地下で育っていないか不安になってきた。

その時だった。

「おいおい、腰抜け三人衆じゃねえか。リエラってビッチに負けた後、うちのクラン抜けてオタクになっちまったって聞いてたが……」

低く、荒っぽい声が路地に響いた。

通りの影から現れたのは、褐色の肌をした、ライオンみたいな上半身半裸の男だった。

背は高く、肩幅は広く、筋肉は無駄に主張が強い。

首には獣の牙を連ねた飾りを巻き、腰には大振りの斧、背中には対人戦で使い込まれたらしい傷だらけの盾を背負っている。

髪は鬣のように逆立ち、目は獲物を見つけた獣のようにぎらついていた。

「え、ラオン……さん?」

男の一人がその名を呆然と呟いた。