作品タイトル不明
【緊急】リエラちゃんねる【生配信】
――またしても、緊急である。
【緊急】リエラちゃんねる【生配信】
正直なところ、もう最近では事あるごとに“緊急”という文字が躍っており、“緊急”じゃない普通のまったりとした配信の方が少ないんじゃないかと自分でも思い始めていた。オオカミ少年ならぬ、常に緊急事態を叫び続ける魔王状態だ。
だが、今回ばかりは視聴者の興味を惹くための単なる大げさな煽り文句や、ちょっとしたサプライズの枠に収まるものではなく、本当に本当の、正真正銘の緊急事態だったのだ。
ミーナの合図と共に配信開始のボタンが力強く押され、カメラの赤いランプが点灯する。同時にロックされていたコメント欄が解放され、待機していた数万人の言葉が一気に濁流となって流れ込み始めた。
そして、その画面の向こう側へと映し出されたのは、いつもの見慣れたゲーム内の仮想現実の光景ではない。エタファンの緻密なポリゴンで構成されたアバター姿ではなく、現実世界に生きる生身の、リアルの俺たちだったのである。
画面の中央には、象徴であるツインテールをほどいてフリルブラウスに可愛らしいスカートを身に纏った俺。その隣には、圧倒的な華やかさを放つギャル味の強いネネが並び、さらに反対側には、おしゃれなサブカル系女子大生コーデでキメたミーナが控えている。
その三人の出で立ちは、ついさっきまで別の用事があったのを切り上げて、いかにも大慌てで「今すぐ駆けつけました」というような、切迫した雰囲気を嫌でも醸し出していた。
周囲を見渡すと、そこは急遽押さえたであろう無機質で殺風景なレンタル会議室っぽい空間である。長机の上にはハイスペックなノートPCや進行確認用のサブモニターがずらりと並べられ、大量の企画資料が散乱している。
『!?!?!?』『リアルだ』『ネネおる』『ミーナPもいる』といった驚きの声が、挨拶をする暇も与えずに殺到する。『なんだなんだ』『また緊急!?』『最近よく緊急やってるなww』と、状況を理解しきれていないリスナーたちの困惑と興奮が入り混じった反応が、目で追えないほどのものすごい勢いで画面の右側を滝のように流れていく。
俺とネネはそれを見ながら前髪をさっさっさ、と直すしぐさをする。あらかじめ事前に決めていた準備完了の合図だ。
そしてまさにこの混乱の絶頂とも言えるタイミングで、プロデューサーであるミーナが事前会議で打ち立てた恐るべき作戦を実行に移すことになった。
――それは、「最初の十分間は、とにかく“ヤバい”という言葉しか発しない」という、あまりにも雑な引っ張って、引き付けて、興味を持たせる作戦である。
いや待て、ミーナの打ち出す策としてはいくらなんでも適当すぎるだろうと俺自身も思っていた。だが、信じられないことに、現代のインターネットの熱狂において、これがびっくりするほど効果的な戦術だったのだ。
「いやぁ、これは本当にヤバいわね」
俺が神妙な面持ちを作り、あえて言葉を濁しながら真顔で言う。
「ねー、マジでやばいよねぇ〜。あたしも聞いた時ひっくり返ったもん」
ネネが隣で意味深に笑いながら、視聴者の焦燥感をさらに煽るように同調する。
「はい、控えめに言ってもヤバいです、何がって、世界?がヤバいです」
ミーナまでが真剣なトーンで深く頷き、その言葉に謎の説得力を持たせてしまう。
なんというか、「あるある言いたい」と焦らすだけ焦らして、一向に本題に入らないような滑稽さがあった。
『なんだよwww』『何がヤバいんだ』『気になる』と、コメント欄は完全に焦燥感に駆られ、狂ったように疑問符を投げかけてくる。『引っ張るなwww』『またなんかやるだろこれ』と的確なツッコミが入りつつも、視聴者の数は我々の目論見通り、雪だるま式にどんどん増えていった。
同時接続数のカウンターが、故障したスロットマシンのように異常な速度で加速して跳ね上がっていく。配信開始の通知を受け取った切り抜き職人たちがこぞって集結し、SNSでは「リエラがリアル姿でなんかヤバい発表してる」という噂が一瞬にして拡散されていく。
具体的な内容など何一つ語られていないにもかかわらず、そのもったいぶった空気感だけで、もう完全に“緊急配信”という巨大なエンタメコンテンツが成立してしまっていたのである。
しかも、俺たちを日頃から熱狂的に支えてくれる愛しき臣民達は、このあまりにも雑なプロレスの焦らし展開に、文句を言いながらもちゃんとノリ良く乗ってきてくれるのだ。
いくらなんでも訓練されすぎているというか、お前らも大概チョロいなと内心で呆れつつも、その忠誠心には深く感謝してしまう。
「いやほんと、冗談抜きで今回は……ヤバいの、待ってね言葉を整理するわ……あ、ヤバい」
俺はわざとらしく額に手を当てて押さえ、深いため息を吐きながら重々しい演技を続ける。
『早く言えwww』『焦らすなwww』『胸でかくなった?』『またかよ』
というコメントが流れた瞬間、
「ならないわよ! なんでいつも成長してるみたいに言うのよ!」
即座に大声で反論する。いや、衣装の構造上、フリルが大きく見せたりとか、最近グラビアから入った臣民は確かにめちゃくちゃな大きさに感じているだろうけど、今ツッコむべきところは絶対にそこじゃないだろう。
そうして茶番を繰り広げながら10分間きっちりと焦らし続け、同接がピークに達して十分に人が集まったところで、手元の時計を確認したミーナが俺へ向けて小さく頷いた。
それが、ついに真実を明かすGOサインだった。俺は大きく息を吸い込み、騒がしかった空気を一気に引き締めるように姿勢を正す。
「――では」
一拍の重たい沈黙を置く。コメント欄すらも、俺の次の言葉を待って一瞬だけ動きを遅くしたように感じられた。
「ついに、発表するわ」
そう告げると、会議室の空気がシンと静まり返り、数万人の息を呑む気配が画面越しに伝わってくるようだった。
「あの、羽衛ミルキー」
その絶対王者の名前を出した瞬間、滝のように流れていたコメント欄が、信じられないことにピタリと完全に止まった。
「……さんと」
永遠にも感じられる一瞬の間を置き、俺はカメラを真っ直ぐに見据えて、最大の爆弾を投下した。
「私たちで、《石碑クエストコラボ》をやります!!」
『!?!?!?!?!?』『は????』『ミルキー!?!?』『うおおおおおおおお』と、数秒のタイムラグの後にコメント欄は完全に爆発した。『ガチじゃん』『え、待ってエグ』『あのコラボ先の足元見るで有名な企業の!?』と、意味を成さない文字の羅列と絶叫が画面を埋め尽くし、完全に崩壊していく。
誰もが知る大手事務所、同時接続数十万を誇る、そこのトップVTuberとのコラボという事実が、リスナーたちの理解の範疇を超えてしまったのだ。
隣ではネネが視聴者の見事すぎるリアクションに腹を抱えて爆笑しており、ミーナは自分の計算通りに事が完璧に進んだことに心底満足そうにモニターを眺めていた。
「はいはーい、みんな落ち着いてー!」
ネネがカメラに向かって、ひらひらと軽やかに手を振る。
「いやー、ついに大物が釣れました〜」
配信界隈の頂点に君臨するカリスマすらも「釣れた」と表現する不遜さで、悪びれずに言い放つ。
『言い方www』『釣るなwww』『ミルキー逃げて』『いやもう逃げられん』と、リスナーたちはネネの自由すぎる発言にツッコミを入れつつも、熱狂の渦に深く飲まれている。
だが、この信じられないコラボ発表すらも、今日の配信の本当の本題ではなかったのだ。
一見すると、このコラボ企画は非常に地味なものに思える。
というのも、エタファンにおける「石碑クエスト」というのは、世界各地に点在する古びた石碑を巡って歴史の断片を読み解くという、極めて地味でめんどくさい作業の連続なのである。
発生条件も簡単。ギルドにある「石碑の研究者」というクエストを受けるだけ、だ。
その後研究者に会いに行っても行かなくてもいい。「あーいそがしいいそがしい、世界各地に散らばる石碑の情報を集めて来てくれ、たのむよ」報酬の話もなし。報酬を受け取ったというプレイヤーの話もなし。石碑の場所のヒントもなし。研究者ならせめて目星になる地図をくれ地図を。
広大なマップをお使いのように移動させられ、ノーヒントの暗号を解読するような考察向けのエンドコンテンツであり、派手なボスとの戦闘は少なめで、当然ながら配信画面としては非常に映えにくいのだ。
普通に考えれば、派手な戦闘と過激な魔王ムーブでここまで一気にバズり散らかしたリエラちゃんねるが、わざわざ貴重な時間を割いてやるような内容のコンテンツじゃない。
でも、そこにこそ、エタファン由来の、奇妙な謎が隠されている。
俺たちは以前、そんな仮説を立てた。で、ここからが現在の話。
この地獄の地味クエスト攻略に、底知れないミーナの恐ろしいプロデュース能力の神髄が発揮されるのだ。
「今回の企画について、少し補足させていただきますね」
ミーナが手元のノートPCを操作して、配信画面の隅にわかりやすくまとめられた綺麗なスライド資料を表示する。
「このコラボですが、単発のお祭り企画として一回きりで終わらせるつもりはありません」
その言葉に、『……ん?』『どういうこと?』とリスナーたちは再び困惑の声を上げる。
彼女は続ける。
「この謎多き石碑クエストを」
強い意志を込めた瞳でカメラを見つめて宣言した。
「これから数週間、数ヶ月にわたり、一定の調査成果が出るまで、継続的に配信していきます」
画面へ次々と表示されていくのは、緻密に組み上げられた長期的な配信スケジュールのカレンダーだった。
リエラちゃんねるでの最前線の攻略枠、ネネchでの雑談を交えた情報整理枠、そして羽衛ミルキーchでの大規模な視聴者参加型の検証枠といった、それぞれのチャンネルを行き来する見事な導線が引かれている。
時には三人でワイワイと合同で冒険し、時には効率を求めて各個撃破で別行動をとる。時には集めた情報をもとにリスナーを交えて真剣な考察会を開き、時には突発的なゲリラコラボで新たな発見を報告し合う。
それらが、視聴者を決して飽きさせないように、そして常に話題が尽きないように、恐ろしいほど綺麗に設計されていたのである。
『うわ』『本気だ』『これ追うやつだ』『絶対考察流行るやつ』と、リスナーたちもこれが単なる思いつきのおふざけ企画ではないことを瞬時に悟っていた。
そう、この長期企画の本当の本質は、ただゲームを楽しむことではなく、俺たちの手でこのエタファンの世界に新たな“流行”を強制的に作り出すことなのだ。
以前の会議でミーナはこう語っていた。
「こういうのって、人間の心理として絶対に抗えないんです、誰かが楽しそうに謎を解いている姿を見ると、人間は無意識に“真似したくなる”んですよ」
そういって口角をにっとあげる。
「今をときめくリエラさん達が必死になって石碑を探している。界隈のトップであるミルキーさんも夢中になってやっている。あのネネさんも楽しそうに参加している」
ミーナの言葉は、まるで今のリスナーたちの反応を完全に把握している素振りだ。
「だったら、自分も一緒にやってみたい。自分もその輪の中に入りたい。そういう純粋な感情や憧れこそが、最も強力に人を動かす原動力になるんです」
そう、結局のところ、すべてはファン心理の掌握なのだ。推しと同じゲームをプレイして同じ体験を共有したい。自分の見つけた隠し要素で、推しに見つけられ、配信で名前を呼ばれたい。誰も知らない高度な考察を披露して、推しへドヤ顔をしてみたい。他の誰よりも先に、重要な情報を見つけ出して界隈の最前線に立ちたい。その承認欲求と熱狂的な感情の連鎖が、石碑へ向かうプレイヤーの数を爆発的に増やすことになる。
運営が石碑クエストを魅力のないコンテンツに見せるならば、こっちからそれに魅力をつけてやればどうだろうか? リアル側からの運営に対する挑戦、とでもいえばいいのか。
「ーーという、訳で、リエラちゃんねる、ネネch、ミルキーちゃんねるは、ずぶずぶの関係でこれから数か月エタファンを遊んで行こうと思います!」
『ずぶずぶww』『完全に出来上がってる』『着いていきます!』『うおぉお、石碑だ石碑をよこせ!』
俺たちはこのゲームを楽しむ一般プレイヤーたちを、言葉は悪いが――利用するのだ。 この仮想世界に渦巻く熱気、数万人を巻き込む配信の求心力、SNSで拡散されるバズの瞬発力、そして日夜システムを解析しようとする考察文化の集合知。その全部を、余すことなく使い尽くして、俺たちはこの『エターナル・ファンタジア・オンライン』という世界の、決して触れてはならない根底へと深く潜ろうとしていたのである。
「……ミーナいつの間にミルキーさんとずぶずぶの関係になっちゃったの?」
「え、あ、いや、そういうわけじゃなくて……っ!」
俺は大げさに肩を竦めてみせたが、口元には隠しきれない不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふっ、後でたっぷり教えてもらうから」
『正妻ムーブたすかります』『リエラ様ちょっと嫉妬した?』『同棲の夜が熱くなりますね』
いかんいかん、普通に聞いただけなのに、勝手にコンテンツにされてしまう。
「こほん……つまり、どういうことかわかるわよね?」
俺はゆっくりと一拍を置き、カメラの向こう側にいる数万人のリスナーたちを真っ直ぐに見据える。
「愛しき臣民よ」
傲岸不遜な、絶対的な魔王としての口角を吊り上げる。
「世界中の石碑を這いつくばって探してきなさい!」
『うおおおおおおお』『行くぞおおお』『考察勢出番だ』『世界の謎解き始まった』『リエラ様についていく』『魔王軍の総力戦だ!』 圧倒的な熱狂。すさまじい加速。
画面を完全に埋め尽くすコメント欄は、もう完全に制御不能な祭りの様相を呈していた。この瞬間から、エタファンの世界は間違いなく新たなフェーズへと突入したのだ。
そして俺は、その狂気じみた熱狂の渦に包まれた光景を見つめながら、心の奥底で静かに思う。
――ついに、始まってしまったのだと。
この一見すると美しいファンタジー世界に隠された、“不気味な蓋”の存在。
その底知れない闇に向かって、俺たちは今、世界中のプレイヤーを巻き込みながら、力ずくでこじ開け始めたのである。