軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

記者会見、リアル降臨。

ついに、俺たちの運命を左右する、記者会見が始まった。

会場内は、俺が想像していた以上に静寂に包まれていた。無数に並べられたネットテレビ局の大型カメラ、演壇を煌々と照らし出す強烈な照明、進行状況を映し出す巨大なモニター。

そして、そこに向き合うようにして座る記者たちがひしめく記者席。

背後のバックボードには、ネネのスポンサーや関連企業の真新しいロゴがずらりと並んでいる。

キーボードを叩く音や、ボイスレコーダーの確認、手元の資料の紙を捲る乾いた音が響く。

時折まるで稲妻のように走るカメラのフラッシュが、この空間の異質さを際立たせていた。

そこは俺が今まで生きてきた日常とは切り離された、まるで別世界のような光景だった。

俺は舞台袖の薄暗い場所からその光景を食い入るように見つめながら、緊張でカラカラになった喉を小さく鳴らした。

「……すご」

思わず口から漏れた感嘆の声に、隣で待機していたネネがくすっと小さく笑う。

「でしょ〜?でも、こういうのって案外すぐに慣れちゃうもんだよ」

ネネは完全に余裕そうだった。周囲の張り詰めた空気などお構いなしに、パイプ椅子で脚を組み、スマホをのんびり眺めながら、いつもの調子で棒付きの飴を舐めている。

この人はほんと、こういう大きな舞台や人の注目を浴びる場所に慣れすぎている。

ミリオンインフルエンサーという肩書きは伊達ではないのだと、その堂々たる態度を見て痛感させられる。

一方で、俺たちより先に壇上へと立ち、企業説明を行っているミーナの姿もあった。

背後の巨大スクリーンには彼女が徹夜で作成したスライドが映し出され、市場分析から今後の活動方針、インフルエンサーの展開戦略、配信事業の展望、そしてキャラクターIPの展開に至るまでが詳細に語られている。それらの複雑なビジネス用語が羅列された原稿を、彼女は一度も噛まず、言葉を淀ませることもなく、完璧なペースで綺麗に説明していく。

すごい。いやほんと、信じられないほどの度胸と技術だ。彼女は自分の事務所設立を夢と語った、この姿はおそらくミーナが長年夢見て描いていた、それが実現した姿だ。

数週間前までどこにでもいる普通の大学一年生だった女の子の動きとは到底思えない。

憧れと、情熱というのは一瞬で蛹を蝶にしてしまうのか。

あの冷静さと論理的な語り口は、一流企業の広報担当者すら凌駕しているように見える。 しかも今日のミーナは、普段のほんわかした雰囲気は完全に消え失せ、“仕事の顔”を完璧に作り上げていた。

パリッとしたダークスーツに身を包み、後ろで綺麗にまとめた髪、そして真剣そのものの鋭い瞳。

「リエラさんしゅき〜」とか言って俺に甘えて抱きついてきた子と、本当に同一人物とは思えないほどの変貌ぶりだ。

そのあまりにも極端なギャップが、凄みを通り越して少し怖くすら感じられる。

最初の五分ほどで淡々と企業説明が続いたあと、会場の空気が少し緩んだタイミングで。ついに、俺たちの真の目的である本番が始まった。

「――では、弊社の事業方針をご理解いただいたところで」

ミーナがマイクを通し、会場全体に響き渡る静かな声で口を開いた。

「これから弊社を牽引していく、所属タレントの紹介映像をご覧ください」

その言葉を合図に、会場の照明がすっと落とされて暗くなる。

背後の巨大モニターが点灯し、大音量の音楽と共に最初に映し出されたのは――ネネのプロモーション映像だった。数万人が熱狂するライブ配信、同時接続数が跳ね上がる様子、熱気あふれるファンイベント、大手企業のテレビCM、雑誌の表紙を飾るモデルとしての撮影風景、そして新宿の地下をジャックした広告。それら彼女の功績がアップテンポな曲に合わせて流れるように切り替わる映像は、どこを切り取ってもトップクラスの“スター”としての輝きに満ちていた。

観る者を魅了する完璧な笑顔、プロフェッショナルなパフォーマンス、そしてカメラを完全に手懐けたような堂々たる動き。

映像の端々には、彼女が持つ圧倒的な数字の暴力がインフォグラフィックで表示されていた。数百万のチャンネル登録者数、億を超える総再生数、そしてSNSでの計り知れない影響力。映像が終わる頃には、会場にいた記者たちからも感嘆の溜息が漏れ、自然と拍手が沸き起こっていた。そりゃそうだ。

これほどまでに強く、そして“本物”のカリスマを見せつけられれば、誰だって納得するしかない。

ーー甘神ネネ。

最後に名前が表示され、手を振る。息をのむ記者陣。

そして、興奮冷めやらぬまま次に画面へ映し出されたのは――他でもない、俺だった。

いや、正確には“リエラになる前”の現実世界の俺の姿だ。量産型の服を着て、なんの変哲もないピンクの部屋に佇む姿。意図的に顔は映っていないが、ただ、特徴的な金髪で爆乳の女の子が静かにゲーミングPCのモニター画面へ近づいていく後ろ姿が映し出される。

映像の中の爆乳少女がVRデバイスである《ネクサス・ギア》を被った瞬間。

けたたましいデジタルエフェクトと共に、映像が一気にエタファンの仮想世界へと切り替わる。そこには、プラチナブロンドの金髪をツインテールに結い、過激なシスター風装備に身を包んだ“リエラ”の姿があった。

そこから先は、俺がエタファンで繰り広げてきた型破りな冒険映像のダイジェストだ。

巨大な蟹を影で丸呑みにする凄惨な捕食シーン、アクロバティックに敵を粉砕する戦闘、コメント欄が荒れ狂う配信のハイライト。ミーナの的確な魔法支援や、大量のゴブリンを従えて放つ炎の魔法。そして、転んだり、関節決めたり、メイスで殴ったり……。物騒だなぁおい。視聴者の笑いと熱狂を誘う“リエラちゃんねる”の象徴的なシーンが次々とフラッシュバックしていく。

だが、その映像を見つめる記者達の反応は、ネネの時とは全く違っていた。彼らは完全に「えっと……なんのこっちゃ?」みたいな困惑した顔を浮かべている。

そりゃそうだ。彼らは基本的に、ミリオンインフルエンサーであるネネの移籍という大ニュースを取材しに来ているのだ。そこへ突然、自分たちとは縁遠いゲーム世界のファンタジー美少女が大暴れする映像を見せられたのだから、意味がわからなくて当然だろう。

記者たちの戸惑いをよそに、映像はリエラの不敵な笑みと共に幕を閉じた。

一応見た、そんな空気が会場に訪れた一瞬の静寂。

その静けさを切り裂くように、ミーナが再びマイクに向かって口を開いた。

「では、改めてご紹介させていただきます」

彼女は一拍のタメを作り、会場の視線を一点に集める。

「弊社《TALE-TELLER》を代表する、二人の所属タレントを呼び込みます」

その宣言と同時に、豪奢でドラマチックなSEが会場に鳴り響く。記者たちの拍手に迎えられスポットライトの照明が、舞台袖から壇上へと向かう俺たちの足元を照らし出した。

そして、無数の視線が突き刺さる壇上へ、カリスマギャルであるネネと、そして“リエラ”の姿となった俺が足を踏み入れた。

その瞬間だった。

――どよめきが、波のように会場全体へ広がっていく。

明らかに空気が変わった。けたたましいフラッシュが嵐のように焚かれ、無数のシャッター音が耳を劈く。記者席から漏れるざわめきは、先ほどまでの冷静な取材のそれとは質が異なっていた。

だが、その驚きと熱を帯びた視線は、決してスターであるネネだけに向けられているわけじゃなかった。

――その視線の半分以上は、紛れもなくこの俺に向いていたのだ。

「……っ」

俺は息を呑み、記者たちの顔を見る。

わかる。痛いほどにわかるぞ、その顔が。

“え?なんで画面の中にいたゲームのキャラクターが現実にいるんだ?”“コスプレ?いや、嘘だろ?映像と全く同じじゃないか?”そんな、頭の理解が追いついていないバグったような顔を、いい歳した大人たちがこぞって浮かべている。

いや、いい歳した大人だから知らないんだ。

知らないから驚きに変わる。

俺は、その瞬間。ミーナが用意した戦略の恐ろしさを改めて理解した。

――この衣装、そしてプロのメイク。これの破壊力は冗談抜きで強すぎる。

データでしかなかった“リエラ”という存在を、こうして現実世界へ強引に持ち込んでしまっているのだ。

だからこそ、俺がここで怯んで素の自分を出してしまえば、全てが台無しになる。

俺は大きく息を吸い込み、胸を張る。

そして背筋をピンと伸ばし、堂々とした態度で前を見据えた。

――ゲームの中と同じように、いや、それ以上の精度でロールプレイを開始するのだ。

「やっほぉ〜、待たせちゃったね!」

隣でネネが、カメラに向けて100点満点の完璧な笑顔を浮かべる。

「みんなの隣でいっつも甘噛み、甘えん坊インフルエンサー甘神ネネでぇす♡ って、みんな私のこと知ってる?よね?今日はよろしくねぇ!」

彼女の天真爛漫な挨拶に、緊張で張り詰めていた記者席から歓声と笑いが漏れ、会場の空気が一気に和んでいく。聞いたことない適当な挨拶、これはネネ流のバトンだ。

この雰囲気を作ってくれた、なら、次は俺の番だ。

俺はゆっくりと息を吸い込み、キャラクターとしてのスイッチを完全に入れる。

「こっちの世界、いえ、地球? と言えばいいのかしら、リアルでは、はじめましてね」

俺は傲岸不遜な態度で口角を上げ、見下すような視線を記者たちへ投げかけた。

「私がリエラよ」

一拍の沈黙。俺は腕を組みながら、呆れたように記者席全体を見渡してみせた。

「ふんっ、さっきからネネにばっかり見惚れちゃって、だらしないわね」

そして、挑発的な笑みを浮かべて言い放つ。

「今日はしっかり、このリエラ様のことも脳裏に焼き付けて覚えて帰ることね!」

一瞬、会場は水を打ったように静まり返った。

現実の記者会見で、こんなアニメの悪役令嬢みたいなセリフを吐く人間など前代未聞だからだ。そのあと。

――どっ!!と、地鳴りのような爆笑とどよめきが会場を揺らした。

先ほど以上のフラッシュが瞬き、記者達の顔には「とんでもないキャラクターが現れた」という興奮の色が浮かんでいる。

彼らの手が、一斉にキーボードやノートに向かって高速で動き始めた。

メモを取り、一心不乱に入力し、レコーダーの録音を確認する。

完全に、彼らは“これはデカい記事になる”という獲物を見つけたジャーナリストの顔をしていた。

やばい。なんか、これめちゃくちゃ手応えあるぞ。

その後、記者会見は予定通り質疑応答のセッションへ移っていった。今後の配信方針、ネネが新事務所へ加入した本当の理由、新会社《TALE-TELLER》が目指すビジョンについて。

リエラの人となり、リアルとの境界線をどう捉えているかなど、鋭い質問が次々と飛んできた。

だが、どんな質問が来ても、ネネが持ち前のトーク力で空気を回し、ミーナが論理的な説明で情報を整理し、そして俺がブレないリエラムーブで「演じる? 作り物? 何を言っているの?」と強引に押し切る。

その三人の役割分担が、まるで長年組んできたトリオのように、思った以上に綺麗に噛み合っていたのだ。

そして、一時間以上に及ぶ熱狂的な会見が無事に終了し、フラッシュの嵐から逃れるように控室へ戻った瞬間。

「あははは!マジで最高だったよリエラちゃん!!」

ネネが緊張の糸が切れたように爆笑しながら、俺の肩をバシバシと叩いてきた。

「見た!?あたまカタそうな記者達のあのポカンとした顔、リエラちゃんの第一声で完全にビビり散らかしてたね!!」

「そ、そんなにヤバかったかな?」

「そりゃそうだってぇ!」

ネネは腹を抱えて笑い転げながら、興奮気味に語る。

「だってさぁ、“ゲーム画面の中で暴れてたヤバいキャラクターが、そのままの姿と性格で現実に存在してる”んだもん!あんなのパニックになるに決まってるじゃん!」

彼女は涙を拭いながら続ける。

「もうさ、あそこだけ完全にテーマパークだよテーマパーク!! 着ぐるみが出てきたのと同じ衝撃だよ!」

「ちょっと待って、テーマパークの着ぐるみ扱いなの私!?」

俺はツッコミを入れたが、だが、実際のところ彼女の言う通りなのかもしれない。

現実の人間でありながら、非現実的な存在。

生身の人間なのに、完全に作られたキャラクター。

”リエラ”その存在自体が、ゲームの枠を超えて、ひとつの巨大な“コンテンツ”として現実世界に受肉し始めているのだ。

すると、今まで黙ってタブレットでSNSの反応を確認していたミーナが、静かに、しかし恐ろしい笑みを浮かべて顔を上げた。

「ふたりとも、素晴らしいパフォーマンスでした。ですが……」

彼女は一拍置き、わざとらしくため息をついて、片目を瞑ってみせる。

「こういうのって、今日の夕方にネットニュースの記事が一斉に出てから、反響の対応で鬼のように忙しくなるので」

そして、悪魔のようににっこりと微笑んだ。

「明日からは休む暇もありませんから、どうか覚悟しといてくださいね〜」

「「うわぁ……」」

俺とネネの絶望に満ちた声が、控室の中で綺麗に、そして哀れに重なったのだった。