作品タイトル不明
ヒロインたるもの
長かった夜の道のりを経て、俺たちはついに目的地である商業都市ジュノリスの巨大な正門へと辿り着いた。
深夜だというのに、そびえ立つ石造りの門の周辺には妙な熱気が渦巻いていた。荷馬車を引く行商人や武装したプレイヤー、そして警備にあたるNPC兵士たちが入り乱れており、人の流れ自体が途切れることなく続いている。
商業のハブとして栄える都市というだけあって、夜の帳が下りても完全には眠らない活気あふれる街なのだろう。だが、その喧騒と活気に満ちた空気の中に、明らかに異質なざわめきが混じり始めていることに気がついた。
「……ん?」
と、俺は不審に思って思わず歩みを止める。門前に集まっていた人だかりの視線が、なぜか一斉にこちらへ向けられており、妙にジロジロと見られているような気がしたのだ。
いや、気がしたというレベルではなく、正確には間違いなく――俺たちを、特にリエラ……俺をピンポイントで注視している。
「……ねぇ」
横を歩いていたネネが周囲の異変に気づいて小声で囁いてきた。
「なんか視線多くない?」
周囲を見渡す彼女の言葉に、
「……ありますね」
ミーナもすっと表情を引き締めて周囲を警戒する。すると、次の瞬間だった。
「いたぞ!!」と、群衆の中から誰かが興奮したような大声を張り上げた。
ビシッ!!と勢いよく伸ばされた腕が、真っ直ぐに完全にこちらを指差している。「《新生リエラ魔王軍》だ!!」「うおおおお!!」という野太い歓声が上がり、ざわっっ!!と一気に群衆が波打つように動き出した。
「えっ」と、俺は予想外の事態に頭が追いつかず完全にその場で固まってしまった。
待って待って、一体何が起きているんだ。何事かと状況を把握しようとする間にも、周囲の熱狂はどんどんエスカレートしていく。
「リエラ様だ!!」「本物!?」「ネネもいる!!」「ミーナ将軍だ!!」
俺たちの名前を呼ぶ声が次々と上がる。
「え、え、え?」
俺の頭の中はますます混乱の渦に飲み込まれていく。
だが、こちらに押し寄せる人の流れは一向に止まらず、目を輝かせたプレイヤー達がわらわらとこちらへ集まってくるのだ。
しかも、その群衆の中には明らかに配信者らしき者や考察勢、さらには熱狂的な視聴者っぽい奴らまで混ざっている。
NPCの兵士までが野次馬に混ざってこちらを覗き込んでいる始末だった。そう言うとこもリアルな動きなのかよ!
「ちょ、ちょっと待って!?」
俺は押し寄せる人の波に圧倒されて反射的に後ずさる。すると、横にいたミーナが恐ろしいほどに冷静な声色で、
「……リエラさん」
「な、なによ!?」
パニックになりかけながら聞き返す俺に、
「これ……」
彼女は一拍のタメを作る。
「配信切り忘れドッキリでーーす!」
という爆弾発言を、平然と投げかけてきたのだ。
「は?????」
その言葉の意味を理解した瞬間、俺の脳みそが完全に機能を停止した。
恐る恐る視界の隅にある仮想ウィンドウの画面端を確認すると、そこには――まだ元気にすさまじい速度で動き続けている配信コメント欄がしっかりと存在していたのである。
「ぷっ、あはははは!」
ネネがお腹を抱えてケタケタと笑い始める。
『草』『気づいてなかったwww』『ずっと見てた』『ジュノリス到着おめでとう』『配信ドッキリ助かる』『同接えぐいことになってますぜ』と、滝のように流れる文字の数々。
「きぃやぁああああああああああ!!!」
羞恥心と絶望が入り混じった俺の絶叫が、深夜のジュノリスの空へ虚しく響き渡った。
「あんた達ぃぃ……!」
「いやぁ、リエラちゃんの素が見たくてミーナちゃんと協力してたってわけだよ〜」
「威厳っっだいっっ、なし! せっかく、かっこよく演出したのに!」
俺は顔を真っ赤にしながら隣に立つ二人をビシッと指差す。
「……新しいスキルにウキウキしてる姿、かわいかったですよ」
親指を立ててつぶやくミーナをじっと睨みつけた。
「んぅーーっ! くぬぅぅーー!!」
やり場のない気持ちと気恥ずかしさで地面を踏みながらと詰め寄ると、ミーナもネネもすぅー……っと分かりやすく視線を明後日の方向へ逸らした。
さらにネネに至っては、ぴゅー……みたいなとぼけた顔をして、必死に口笛を吹くフリをして誤魔化そうとしている。
なお、全く上手く吹けておらず、空気の抜けるような音しか出ていない。「おい!!」と、俺はその白々しい態度に即座に大声でツッコんだ。
「いやぁ〜」
ネネは悪びれる様子も一切なく笑い出す。
「だって面白かったんだもーん」
無邪気に言う彼女に、
「面白かったもーん、じゃないのよ!?」
俺は涙目で抗議する。
その瞬間、視界へポンッと一つの通知が表示され、ネネ側の配信画面のタイトルがデカデカと映し出された。
そこには、【コラボドッキリ企画】リエラ様の素の姿をお届け!【魔王ちゃん】という、見事なまでのバラエティ番組のようなタイトルが躍っていたのだ。
「うわああああああ! 同時配信とか聞いてないし!!!?!?!」
俺はその場にへたり込んで頭を抱えた。
――最初から仕組まれていた、ネネ側でのコラボ配信企画だったのである。
彼女はただダンジョンの外に来てたわけではない、最初から自分の配信を盛り上げるため、魔王軍結成のところからここに至るまで、自分の配信側ではネタバラシしながら全部カメラに収めていた、と言うことだ。
「そりゃそうだよな!?」
俺は自分の浅はかさを呪いながら半泣きで叫ぶ。
「ネネみたいなトップ配信者が“ただ歩いて街に行くだけ”のために、わざわざこんな深夜に来るわけないよなぁ!?」
と叫ぶと、コメント欄はさらに大爆笑に包まれた。
「そういうこと〜♪」
『wwwwwww』『完全にハメられてて草』『リエラ様かわいい』『素が出てる』『うわお……で笑ったとこ好き』『武芸ではしゃいでたの可愛すぎた』と、リスナーたちは俺の醜態を大いに楽しんでいる。
「ひぃぎゃあああああ!!」
コメントを読んで俺は再び絶叫した。
全部、本当に道中の出来事を全部見られていたのだ。
初めての統合スキルを手に入れてテンションが上がりまくっていたのも、武芸のモーションにはしゃいで「わお……」とかマヌケな声を出していたのも。その辺の石を投擲してオークを倒し、一人で大喜びしていた姿も、その全部が世界中に筒抜けだったのだ。
「は、はずかちぃぃぃ……!!」
俺はたまらず両手で顔を覆う。
そのまま地面にしゃがみ込み、亀のように丸くなって現実逃避を試みる。
無理だ、これはいくらなんでも無理すぎる。
同時配信規模の大勢の前で堂々と魔王軍設立を宣言した時より恥ずかしいし、オークジェネラルをグロテスクに捕食したシーンよりも遥かに恥ずかしい。
なんなら、ほとんどゲームを楽しんでいただけの姿だけど、これまでの人生でダントツに一番恥ずかしい瞬間かもしれない。だってあの時最高に厨二心ときめいてたんだもん……。
なんかかっこよさげなポーズとかしてたかもしれないし……!
そんな地の底まで落ち込んでいる俺を見て、仕掛け人であるネネは腹を抱えて大爆笑していた。
「いやもう最高だったってぇ! ミーナちゃんまたやろうね」
涙を拭いながら笑う彼女に、「もういやだぁ!!」と俺は恨み言をぶつける。
ネネは面白おかしく身振り手振りで道中の俺の動きを再現し始めた。
「“なんか使えそう……”とか一人でブツブツ言いながら、急に素手でオークを粉砕し始めるんだもんね!」
コメント欄も『草』『リエラ様テンション上がると厨二全開なのかわいい』『魔王なのにちょいちょいポンコツ』『そこがいい』と、完全に俺をイジる流れができあがっていた。
「うぅぅ……」
俺は蹲ったまま恥ずかしさに耐えきれず唸り声を上げる。すると、ずっと黙っていたミーナが、そんな俺の隣へ、そっとしゃがみ込んでくれた。
「でも……」
彼女はいつもの冷徹なプロデューサーの顔ではなく、年相応の柔らかく優しい笑みを浮かべる。
「すごく良かったですよ?」
慰めるように言う彼女に、
「……へ?」
そんな間抜けな声を漏らして顔を上げる。
「数字♡」
ミーナはとっても嬉しそうに言った。
「…………」
その言葉に俺は何も言い返せずに黙り込んだ。
あ、これまたやられるやつだ……。
「冷徹な魔王ムーブしてるリエラちゃんもめちゃくちゃいいけどさ」
ネネが少し真剣なトーンで話し始める。
「今日みたいに、素の状態で無邪気にはしゃいでる方が“推せる”って言ってくれる人、これからめちゃくちゃ増えると思うよ?」
トップ配信者としての太鼓判を押してくれた。
「……そ、そういうもの?」
半信半疑で尋ねる。
「そういうもの〜」
ネネが獣耳を愛らしく揺らしながら笑う。
「だって完璧すぎる人って、ずっと見てると疲れちゃうじゃん?」
彼女は視聴者の心理を代弁する。
「でもリエラちゃんって、ヤバいくらい強いのに、どこか抜けてて“なんか放っとけないんだよねぇ」
「しかも胸でかいし」
「関係ある!?」
俺は思わず大声でツッコむ。
『ある』『ある』『重要』『大事』と、コメント欄までがこぞって便乗してくる始末だ。
「お前らぁ!!」とリスナーたちにも文句を言ってみるが、気づけば俺自身も少しだけ笑ってしまっていた。
完全にハメられて悔しいけれど、こうして仲間たちやリスナーと笑い合える時間は心の底から楽しいと思える。本当に油断も隙もない連中だ。ミーナの策士っぷりも、ネネの自由奔放さも、油断しているとすぐに足元をすくわれてしまう。
だからこそ退屈しないのだ。
彼女たちと一緒なら、この先も絶対に面白いことが待っていると確信できる。そして、そんなドタバタな道中を経てようやく辿り着いた、新しい拠点となる新天地。
ーー商業都市ジュノリス。
ここには無数の配信者や冒険者が集い、新たな出会いやトラブルが俺たちを待ち受けているだろう。
俺たちが立ち上げた魔王軍というクラン、そして現実世界での新事務所。
ゲームと現実の全部が複雑に混ざり合いながら、また予想もつかない新しい日々がここから始まっていくのだ。
「……はぁ」
俺は大きく息を吐き出して立ち上がりながら、諦めたように小さく笑う。
「約束通り」
息を吐きながら呟き、俺は堂々と一歩を踏み出してジュノリスの巨大な門へと向かって歩き出す。
「配信を飽きさせる未来は、なさそうね……」
強気に言い放つと、左右からミーナとネネが同時に距離を詰めて腕を絡めてきた。
「もちろんです!」
「当然でしょ〜?」
無邪気に笑う二人に、「うわっ、ちょ、近い近い!」と照れ隠しで声を上げる。
深夜のジュノリスの街に、俺たちの賑やかな笑い声と周囲の喧騒が溶け合っていく。そして、画面の端で流れるコメント欄の凄まじい勢いは、まだまだ止まりそうになかった。