作品タイトル不明
新生リエラ魔王軍
俺はそのまま静かに歩みを進め、ボス部屋中央に現れた巨大な転送陣へ足を踏み入れた。
足元に浮かび上がった魔法陣がまばゆい青白い光を放ち、周囲の空気ごと俺たちを包み込んで視界が大きく歪む。
重たい鉄や血の匂いがスッと消え去り、そして次の瞬間には、俺たちはオークダンジョン入口へと戻っていた。
ダンジョン内部の息苦しい空気から解放されてひんやりとした外の風が頬を撫でる中、ふと前方に視線を向けると、そこには見知った人物の姿があった。
「やっほ〜!」
明るい声とともに、ネネがいた。
彼女は俺たちがボスを討伐して帰還してくるタイミングを見計らい、ずっとこの場所でログイン待機してくれていた。
頭の上にある特徴的な獣の耳をぴこぴこと愛らしく揺らしながら、親しげな声色でこちらへと軽く手を振っている。
現実世界の彼女は派手なメイクやファッションを好む都会的なギャル寄りなのだが、このエタファン内だとやや野性味あふれる雰囲気でより開放的な印象を覚える。
しなやかな尻尾や獣特有の躍動感が加わることで、ただそこに立っているだけでも周囲の視線を釘付けにしてしまうような圧倒的な華があった。
「おまたせ」
俺も彼女に向けて軽く手を振り返した。
彼女の姿が俺の配信画面に映り込んだその瞬間、今まで落ち着きを取り戻しつつあったコメント欄が一気に加速し始めた。
画面の右側を流れる文字の滝が、目で追えないほどのスピードでスクロールしていく。 『ネネきたあああ』『並んだ』『うわ絵面強』『重大発表ここ!?』と、リスナーたちの反応が爆発的な勢いを見せている。
トップクラスのインフルエンサーであるネネと、異常なスピードで話題をかっさらっている俺が同じ画面に収まっているという事実は、視聴者にとって特大のサプライズだったようだ。
そう、オークダンジョンの攻略はあくまで前座であり、ここからが今日という日の本当の本番だったのだ。
これからのエタファンの歴史に大きく名前を刻むことになるであろう最初の一歩を踏み出すため、俺とミーナ、そしてネネの三人が横並びになる。後ろにはベルナデッタ、エルーサを控えさせて。トビー?あいつは見た目がちょっと面白いからお休みだ。
薄暗く不気味な雰囲気を漂わせる洞窟が口を開けるオークダンジョン入口。
その前で、ミーナがゆっくりとした足取りで一歩前へ出た。
先程までの裏方気質のプロデューサーとしての顔から、群衆を導く指導者としての顔へと切り替わった瞬間、画面越しにすらピリッとした緊張感が伝わるほどに空気が変わる。
普段はほんわかしているくせに、こういう時だけ妙に“演説向き”の堂々たる声になるのは、才能だと思う。
「臣民よ」
ミーナが静かに口を開く。
「緊急招集だ、聞きなさい!」
という凜とした声が、静寂に包まれた周囲の空間へと響き渡った。
その堂々たる佇まいと有無を言わさぬ迫力ある声色に気圧されたのか、滝のように流れていたコメント欄が一気に止まる。先ほどのジェネラル戦と言い、彼女はこういう場の空気作りが信じられないくらいに上手いのだと感心してしまう。
「先の戦い」
言いながら、ミーナが恭しく後ろの俺を振り返り見る。
「リエラ様のご活躍、ご覧になっただろうか!」
まるで絶対的な君主を讃えるかのような大仰な身振りを交えながらリスナーたちへと問いかけた。
沈黙を破り、『はい!!!!』『見ました!!』『魔王でした』『オークかわいそう』『蹂躙でした』と、再びコメント欄が怒涛の勢いで動き出した。
圧倒的な暴力と理不尽なまでの力でオークたちを薙ぎ払った俺の姿は、良くも悪くも彼らの脳裏に強烈な印象として焼き付いているようだった。
リスナーたちの反応を確かめると、ミーナがさらに一歩前へ出る。
「あなた達は――これ以降、歴史の証人になるだろう」
という彼女の言葉は、単なるゲーム内のイベント発表という枠を超え、まるで壮大なファンタジー巨編のプロローグを読み上げているかのような重みを持っていた。
画面の向こう側にいる万に迫る人間が同時に鳥肌を立てているのが直感的に理解でき、ぞわっと俺自身の背筋も震える。
巧みな話術と絶妙な間の取り方で期待感をこれでもかと煽り立てる手腕は、完全にプロのイベント告知のそれだ。
「さらなる進化を遂げ、目覚ましい活躍をしたリエラ様を旗印とし」
高らかに宣言しながら、ミーナが夜空に向かって真っ直ぐに手を掲げた。
「ここに!」
少しのタメを作った後の一拍を置いて、
「クラン《新生リエラ魔王軍》を設立する!!」
爆弾のような威力を伴った言葉が世界に向けて放たれた。
待ちに待った正式な組織の誕生という事実に、配信のボルテージは最高潮へと達し、コメント欄が爆発する。
『うおおおおおおおおお』『きたあああああ』『魔王軍wwww』『ほんとに作りやがった』『エタファン終わった』
歓喜や驚愕が入り混じった弾幕が画面を埋め尽くした。
群衆の熱狂を冷ますことなく、ミーナが素早く横を向く。
「ネネ、そしてリエラ様! 前に!」
完璧なタイミングで次なる演者へとスポットライトを当てた。
「はいはーい!」
ミーナの真面目くさった呼びかけとは裏腹に、ネネがまるで近所のコンビニへ行くような軽々しい足取りでぴょこんっと前へ出る。そして、いたずらを企む子供のように無邪気で明るい満面の笑みを浮かべた。
「みんな〜!」
カメラの向こう側にいるリスナーたちに向けて片手を振りながら、彼女はアイドル顔負けの可愛らしいポーズをとる。
「ここにいるってことはぁ、もうわかるよね? 新生リエラ魔王軍、幹部のネネだよ〜!」
元気いっぱいに挨拶をしたことで、業界トップクラスのインフルエンサーが本当に俺たちのクランに所属するという事実が世界に発信されたのだ。
先程のクラン設立発表の興奮も冷めやらぬうちに叩き込まれたこの超特大のスクープに、『!?!?!?』『正加入!?』『幹部? マジで!?』『業界激震』『やっば』とコメント欄の動きはさらに狂気を帯びていった。
さらにネネは、リスナーたちの驚きと混乱を楽しんでいるかのように、にやぁっと小悪魔的で悪い笑みを浮かべた。
「それじゃあ、証明として、リエラ様に忠誠のちゅっちゅするね♡」
何の前触れもなく放たれた破壊力抜群のセリフに
「なっ!?」
俺は思考回路がショートして完全に固まってしまう。
「あ、ちょ、ネネさん!」
完璧なプロデュースを誇っていたミーナもこの予想外のハプニングには慌てる。
「打ち合わせ通りに――」と台本通りの進行に戻そうと口を挟むが、時すでに遅く、コメント欄はもう大爆発だった。
『ちゅっちゅ!?!?』『始まった』『魔王軍えっち担当』『ネネ自由すぎるwww』『リエラ様赤くなってる!?』と、リスナーたちはこの絶好のいじりポイントを見逃すはずもなく、画面は即座に大喜利会場と化してしまう。
顔の火照りを悟られまいと必死に取り繕いながら、「赤くなんてなってないわよ!!」と俺は即座にツッコむ。
しかし、あんなに念入りに打ち合わせをしたはずなのに、完全に流れを持っていかれてしまった。ほんと、天性のマイペースさを持つ自由人だなこの人は。いつまでも騒いでいるわけにはいかないと気を取り直し、一拍置いて、今度は俺が前へ出る番だった。
「こほん……えー」
俺がわざとらしく大きな咳払いを一つすると、それまで好き勝手に騒いでいたコメント欄が一斉に静まり返った。
万の迫る視線が一身に集まるのを感じて緊張し、配信慣れてきたとはいえ、こういう“正式宣言”みたいなのはまだ変な汗が出る。
でも、トップとして立つからには逃げるわけにはいかず、やるしかないのだ。
「臣民よ」
俺はできる限り声を低くし、冷徹な魔王としてのロールプレイを意識しながらゆっくり口を開く。
「今聞いた通りだ」
紡ぐ俺の後ろには、優秀な参謀であるミーナと最強のインフルエンサーであるネネの二人がしっかりと立っている。
「私、ミーナ、ネネ」
仲間たちの名前を呼び、
「クランのプレイヤーは今はたった3人だが――」
と言いかけたところで、俺は少しだけ笑った。
俺たちの持つポテンシャルと影響力は、すでにそこらの中堅クランを遥かに凌駕しているという自負が胸の内にあったからだ。
「ここに《新生リエラ魔王軍》を設立する」
力強く放たれたその宣言は確かな決意と覚悟を伴って世界中のリスナーたちへと届けられ、この瞬間、俺たちは正式にエタファンの世界における一つの勢力として産声を上げた。
『うおおおおおお』『きたああああ』『魔王様ぁぁぁ』『臣民になります』
再びコメント欄が沸き立ち、熱狂的な歓声が文字となって画面を激しく揺らしていく。「くくっ」と悪役らしく不敵な笑みを浮かべて俺は肩を竦め、
「配信映えする、さらなる蹂躙を約束しよう」
尻尾に意識を回し、笑顔と同時に、ぐぱぁと口を広げる。
そんなファンサービスで応えてみせた。
『最低で最高』『完全に悪役で草』『でも見たい』『応援します魔王様』
視聴者たちは俺の不遜な態度を大いに気に入ってさらなる盛り上がりを見せている。
思い返せば赤面してしまいそうなほどだいぶ芝居がかったやり取りだったかもしれないが、でも、最高に“らしい”雰囲気のまま、そんなクラン設立宣言は無事に完了した。
そしてその瞬間、間違いなく業界は大きく揺れた。
トップインフルエンサーであるネネの電撃的な加入と、理不尽なまでの強さを持つ新生リエラ魔王軍の設立は、配信界隈やエタファン界隈、さらには攻略情報を扱う考察勢に至るまで、全部のコミュニティをざわつかせた。