軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

例のあれ……あれ?

ちなみに、あの場でのネネとの約束がそのままストレートに履行されたわけではない。トップ配信者の電撃移籍という大事件を、無計画に進めるわけにはいかなかった。

ネネ即加入、みたいな流れにはならなかった。

ビジネスとしての体裁を整えるために、まずは強固な土台を固める必要があった。そのあたりの現実的な処理に関しては、相棒の判断が極めて冷静だった。

「クラン設立と、事務所設立のタイミング合わせましょう」

とのこと。

組織としての体をなしていない現状では、大物を迎え入れる側としても準備不足が否めない。

形だけの合流で終わらせないための、緻密な計画がスタートした。

リエラ魔王軍(仮)。

配信、運営体制。

全部をある程度整えてから、正式にネネを迎え入れる方向になった。

その実務的な取り決めの煽りを受けて、ミーナにすべての負荷が集中することになった。

新クランと新事務所の立ち上げという重労働が、彼女の肩にのしかかる。

蓋を開けてみれば、俺の想像を遥かに超える事態が進行していた。

ミーナが死ぬほど忙しくなった。

総フォロワー100万越えのインフルエンサー天神ネネの加入に向け、ネネ本人や、各所に散らばった彼女の顔繋ぎ役たちと引継ぎをし、未払いの請求をしたり加入の根回しを徹底した。

まぁその辺は俺はもううひーとかうひゃーとか言いながら聞いてただけだが、これはもう、本当に、毎日メッセージ、毎日通話、毎日資料作成、毎日スケジュール管理。

大学一年生とは思えない速度で、配信界隈と企業運営を同時に回し始めている。

即レスが当たり前だったミーナからの返事が日に日に遅くなっていった、その事実だけでも異常な仕事量を無言で物語っている。

とは言えこちらもそんなミーナの負担を減らすべく出来ることは自分で頑張るようにした。

彼女の持つ恐るべき処理能力と底知れぬ行動力には、身内ながら畏怖すら覚えてしまう。

ピンクのエネルギー缶ドリンクを飲みながら、

「並列圧縮詠唱です〜」

と、言っていた可愛い顔をした相棒の皮を被った本物の 怪物(モンスター) を前に、背筋が少しだけ寒くなった。

とは言え、この子はたぶん将来めちゃくちゃ出世する。

彼女の輝かしい未来については、ここで深く語るべきことではない。今は目の前にある、俺のささやかな日常に話を戻そう。

そんなこんなで、衝撃のネネ会談から数日。

俺は、いつもの日課を繰り返していた。

太陽の光が部屋に差し込む時間帯には、カメラの前に立って臣民たちを迎える。眠気眼をこすりながらも、お嬢様としてのスイッチを瞬時に切り替えた。

雑談配信。

一日の締めくくりとなる時間帯には、さらに多くの視聴者を集めてメインの活動を行う。画面の向こう側の熱狂が、静かな部屋の空気を心地よく変えていった。

配信、ただし、内容は少し変わっていた。

エタファン一辺倒じゃない。

むしろ最近は、“リエラそのもの”を売り出す方向へシフトしている。

これはミーナの戦略だった。

「エタファンだけだと、ゲーム興味ない層が入りにくいんです」

とのこと。

「なので、まずはリエラさんのファンを作ります」

なるほど?

そして……

「夜の配信で、エタファン興味ない層も囲い込みつつ、潜在的にエタファンを刷り込んでいくんです」

どこでそんな知識を仕入れてきたのか、彼女の戦略眼の鋭さには底知れぬ恐ろしさを感じる。可愛い顔をして、リスナーの心理を完璧に掌握する恐るべき策士だった。

この子、マーケティング脳が強すぎる。

ちなみに、これはプロゲーマー界隈でもよくある“コンテンツ分散”というスタイルらしい。

同じゲーム一本だと、ゲーム人気に依存する。

だから、雑談、歌、日常、リアル(V log)

そっちでも人を掴む。リエラ自身がコンテンツとなると言う方法なわけね、なるほどね、理屈はわかる。

わかるんだけど……

計画の全貌を理解した上で、俺が最も懸念すべき致命的な要素が残されていた。その実践のために提示された内容が、俺の理性を激しく揺るがす。

その内容である。

「……え?」

俺は最初、固まった。

「カラオケ……配信……?」

「はい!」

ミーナは満面の笑みだった。

「絶対伸びます!」

「いやいやいやいや」

俺は全力で拒否した。

「素人の歌なんて誰が聞くのよ!?」

だが、結果ーー

めちゃくちゃ人が来た。なんならエタファンより来た。お前ら……。

画面に表示された同接数と、見たこともない速度で流れるコメントを見て俺は絶句した。目の前で起きている現実が、あまりにも自分の常識とかけ離れている。

最初、本当に意味がわからなかった。

配信開始して、いつものようにゆるい胸元の部屋着に萌え袖。

マイクをセットして雑談、そして恐る恐る歌い始めた瞬間。

コメント欄が、優しすぎた……。

『かわいい』『助かる』『声好き』『ちょっと音外れてるの良き』『がんばれリエラ様』

「待って!?」

俺は普通に動揺した、しかも、途中で歌詞を間違える。

「あっ、ちょ……今の違っ――」

『かわいい』『助かる』『ありがとう』『ご褒美』

かわいいしか言ってねえやついるし!

リスナーたちの想定外の全肯定を前にして、俺の脳内の処理能力は完全に限界を迎えていた。困惑と気恥ずかしさが入り混じり、叫び出したい衝動に駆られる。

意味がわからない、いや、ありがたい……ありがたいんだけど。

優しすぎる。

カメラのレンズの向こう側に広がっているのは、俺の想像を遥かに超えた温かな空間だった。これほどの無条件の愛を浴びる経験は、これまでの人生にはない。

「……なんだよここ」

俺は思わず笑ってしまう。

「優しい世界かよ……」

『そうだよ』『リエラ様を甘やかす世界』『いつも頑張ってるからね』

「……ありがとサンキュー……」

そんな生活が実に数週間、気づけば俺もだいぶ慣れていた。

朝起きて、髪を整えて、カメラ角度を確認して。

雑談して、歌って、笑って、ツンデレして、コメントへ反応して。

ミーナの返事を待って、少し寂しさを覚えたりして。って、おい、ナチュラルに乙女混ざってるな……。

いや、違うんだ、違わないけど、今まで100こっち見ててくれたのが急に20とかになったら、そりゃ寂しくもなるだろ!?

ましてや相手が、あの天神ネネだし、「リエラさん、もういらないっす」とか言われたらマジでヤバいじゃないか……実際向こうには20の余裕さえないことはわかってるし、それでも俺を気にしてくれてるあたり信じてるから良いんだけども。

まあ、乙女な思考になったりならなかったりそんな毎日。

色々含めて少し前までなら、絶対想像していなかった生活だ。

ちなみにエタファンはミーナがいないからプライベートモードのままのバーから雑談配信だ。

おつまみとオレンジジュースで乾杯する。

ゲームをやってないわけではない、かつ街を歩くと騒ぎになる、ならいっそログアウトした地点からの配信だけにとどめる。こうして少しずつエタファンにもファンの興味を向ける。

これもミーナの案、策士がすぎる。

ちなみにここのNPCは嬉しそうにとても忙しくなったと溢していた。俺も自分の居場所がここにあるという事実に、心に不思議な安らぎを与えてくれていた。

そうしながら淡々とミーナからの連絡を待っていた。

世界の敵を自称し、既存のシステムに真っ向から反逆を翻すための新しい組織。その旗揚げの瞬間が、刻一刻と近づいているのを感じていた。

配信者としての俺たちを支え、新たな怪物を迎え入れるための強固な魔王城。その基盤が築かれるための設計図は、今まさに彼女の手で着実に進められているはずだ。

配信の世界の頂点に君臨しながら、俺たちの悪巧みに満面の笑みで乗っかってきた怪物。彼女が正式に合流した時、どんな化学反応が起きるのか想像もつかない。

システムによって秘匿された世界の裏側に、物理的な影響力を持って殴り込むための看板。その禍々しい名前が、今や俺たちの進撃の象徴となろうとしている。

きっと、もうすぐ、何か始まる。

ーーそんな予感がしていた。

そしてある朝、モーニング配信を終え、カフェオレを啜りながらスマホを見た瞬間。

ミーナからの通知が、画面いっぱいに表示された。

『リエラさん、緊急事態です!』

『本当に大変なことが起きてしまいました……!』

『ついに、例のあれが手元に届いたんです!』

突然画面に送りつけられたその謎めいた言葉を前にして、俺の思考は完全に停止した。

例の……あれ?

例のあれ?と言われても、一体何のことを指しているのだろうか。

盛り上がってるところ悪いがミーナの抱えてる仕事が多過ぎて逆にわからん……ミルキーの事務所からの返事?

「ともかく、会いましょう」

という簡潔な一言が、スマートフォンの画面にぽつんと表示されていた。有無を言わせない彼女の強い意志が、その短い文字列からひしひしと伝わってくる。

彼女の急な誘いに対して、俺は特に深く考えることもなく親指を動かした。

画面の向こうの彼女へ向けて「オッケー」という一言だけの非常に軽い返事を送り届ける。

今になって当時の状況を冷静に振り返ってみると、あの時の判断はあまりにも軽率だった。迫り来る運命の足音に、俺は完全に耳を塞いでいたのだと言える。

これから始まる激動の展開を、朝の俺は微塵も予想できていなかった。

ただの日常の延長線上にある、ありふれた打ち合わせのつもりでいたのだ。

まさかその日の出来事が、自分の人生の方向性を根本から変えてしまうとは夢にも思わなかった。後から振り返れば、あれこそが全ての始まりの瞬間だった。

俺の運命、わりと本気で変わったのだから。

◇◇◇

暦が三月の声を聞いたばかりの、肌寒い季節の変わり目のことだった。

太陽が真上へ昇る昼下がりの時間帯、俺は約束の場所へと足を運んだ。

冬の冷たさと春の足跡が同居する池袋。

駅前は相変わらず人が多く、まだ暖かさを感じられるが、ビル風がスカートの裾を揺らすと、急激な寒さが押し寄せてくる。

俺は肩をすくめながら雑踏を抜けた。

雑踏を抜けた瞬間に、聞き覚えのある賑やかな声が俺の名前を呼んだ。

「わー、リエラさ〜ん!」

人混みの向こう側で、待ち合わせ相手であるミーナが嬉しそうに手を振っている。

綺麗に染まった茶髪が冬の風に軽やかに揺れている。お洒落なコートに身を包み、首元には暖かそうなマフラーをしっかりと巻き付けていた。

大学一年生らしい、少し背伸びした都会感。

しかしながら、現在の彼女から漂う雰囲気は、単なる女子大生のそれとは一線を画していた。数々の交渉を裏で仕切ってきた経験が、彼女を本物の“仕事できる女”へと変貌させている。

彼女の底知れぬ成長速度を見ていると、身内ながら少しだけ背筋が寒くなる。

どこまで遠くへ行ってしまうのか、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

「お、お待たせ」

「いえいえ!」

ミーナがにこっと笑う。

挨拶を交わした次の瞬間、彼女は何の躊躇いもなく滑らかな足取りで距離を詰めてきた。流れるような美しい所作で、自分の左腕を俺の前へと差し出して見せる。

「はい、どうぞ」と言わんばかりの態度で、彼女は俺の次の行動を静かに待っている。その迷いのない眼差しに押され、俺の思考が一瞬だけ停止した。

「……」

じっと見つめる俺に対し、彼女は至極当然のことのように首を傾げてみせた。

「外は寒いですし、どうぞ?」

と、屈託のない笑顔で告げてくる。

「…………うん」

彼女の振る舞いには一切の計算や嫌味がなく、あまりにも堂々としていた。そのせいで、こちらが過剰に意識しているのが馬鹿らしくなってくる。

いやもう。最近ほんと、こういうの増えたな?

最初は俺がリードしなきゃ的な抵抗が少しはあったのに。

しかしながら、度重なる彼女のスキンシップによって、俺の防衛線はとっくに決壊していた。現在の俺は、ほとんど条件反射のように彼女の細い腕に自分の腕を絡めている。

衣服越しに伝わってくる彼女の体温は、驚くほどに柔らかくて温かかった。互いの肩が触れ合うほどの距離は、同性同士ならではの特別な親密さを物語っている。

「えへへ、リエラさんやっぱりあったかいですね!」

「あ……うん、ミーナも……」

女性同士特有の距離感というか、なんというか。

最初は“うわ距離近っ”って毎回テンパってたのに。

俺は上目遣いで、ミーナの顔を覗き込む。

最初はあれほど戸惑っていた環境にも、時間が経てば当たり前のように適応してしまう。環境に対する順応性の高さは、時に恐ろしいものだと実感した。

自らの警戒心が綺麗に溶かされていく過程に、俺は密かな恐怖を覚えずにはいられない。こうして少しずつ、彼女のペースに巻き込まれていくのだろう。

「じゃ、行きましょうか」

「はーい」

俺は当然、これからの打ち合わせはいつもの馴染みの場所で行うものだと信じ込んでいた。あの世界的に有名な、緑色のロゴマークが目印となっているシアトル風のコーヒー店だ。

それなのに、彼女が迷いなき足取りで突き進んでいった先は、お洒落なカフェなどではなかった。目の前に現れた青い看板には、誰がどう見ても「不動産仲介」の文字が刻まれている。

「……ん?」

俺は立ち止まる、看板を見る。

もう一回見る、不動産。

どう見ても不動産。

俺はその場に釘付けになったように立ち止まり、信じられない速度で看板を二度見するが、そこに書かれた文字が変わることはない。

「……ミーナ?」

「はい?」

「ここ……」

「はい、事務所探しです!」

「あ、あぁ、そうか……!」

彼女は俺の困惑をすべて楽しむように、いたずらっぽく口角を綺麗に吊り上げてみせた。一点の曇りもないその満面の笑みだ。その笑顔に引きずられ、そのまま、ずるずる店内へ連行された。

「ようこそお越しくださいました、汐見さま」

店内は暖房が効いていて、ほんのりコーヒーの匂いがする。

カウンター奥から、スーツ姿のお姉さんが笑顔で出てきた。

「あ、前もって説明した通り」

ミーナが営業モードで話し始める。

「登記が可能で、ある程度広くて、配信しても良いような部屋を探してるんですけど」

「はい、いくつかご用意ございます」

お姉さんは丁寧な動作でいくつかのパンフレットを机の上に並べ、深く頷いてみせた。一通りの説明を終えた後、彼女は興味深そうな視線をちらりとこちらに向けてくる。

「えっと、確かそちらの方と……」

「ええ、まあ」

ミーナが即答した。

「ふふ」

お姉さんが、妙に生暖かい笑みを浮かべる。

「可愛らしい恋人さんですね」

「ええ、まあ」

ミーナはその言葉ににへら、として見せた。

俺の頭の中は、瞬時に処理しきれないほどの疑問符で埋め尽くされてしまった。 どうしてその誤解を即座に否定せず、あえて肯定するような曖昧な返事をしたのだろうか。

俺は頭の上へ大量のハテナを浮かべながら、そのまま事務所の内見へ連れて行かれた。

◇◇◇

立地は都心の真ん中で、最寄り駅からも徒歩数分という、これ以上ない好条件の物件だった。

それにもかかわらず、ドアを開けた先に広がっていたリビングは驚くほどに開放的で広々としている。室内は清潔感のある白を基調としたデザインで、壁には本格的な防音設備が施されていた。まさに配信活動を行うために作られたかのような、理想的なスタジオ環境と言える。

圧倒的なクオリティを前にして、俺の口からは感嘆の吐息が自然と零れ落ちていた。しかし、隣の相棒は感動に浸ることもなく、すでに鋭いプロの目つきに変わっている。

キッチン。コンセント位置。回線。窓。防音。全部を細かく確認している。

彼女は間取り図にいくつかのチェックを入れた後、奥にある独立した一室へと俺を招き入れた。静寂に包まれたその空間の真ん中で、彼女は真剣な表情のまま俺を振り返る。

「ここで、少し大きめの声、出していてもらえますか?」

「えっと……?」

「防音確認です!」

彼女の意図を察した俺は、渋々ながらもその指示に従うための心の準備を整えた。有無を言わせぬ勢いに押し切られ、俺は一人でその無機質な空間に置き去りにされる。

容赦のない言葉と共にカチリと音が響き、重厚な防音扉が完全に閉め切られた。外部の音が一切届かない密室の中で、俺は急に訪れた孤独感に戸惑う。

「……あー」

俺はとりあえず声を出す。

「あー……いー……うー……」

なんだこの状況、意味わからん。

そのうち、先日覚えたばかりのアニソンを、配信のボリュームで口ずさみ始める。

だってお暇なんだもん。

「〜〜♪」

しばらくすると、外からミーナと不動産屋のお姉さんの声が聞こえてきた。俺はどうするか迷ったが、少しボリュームを下げ、歌いつつその話題に耳を傾ける。

「いかがでしょう」

「はい、かなり良いですね」

「防音もしっかりしておりますし、以前も配信される方が住まわれていて」

「なるほど」

「リビングキッチン, バストイレ別、寝室も二つあります」

お姉さんの口から飛び出したその単語が、俺の耳の奥で奇妙な違和感となって引っかかった。事務所を探しているはずなのに、どうしてプライベートな部屋が複数必要なのだろうか。

「都心へのアクセスも悪くないと思います、恋人さんはーー」

「多分喜んでくれると思ってます、登記関連なんですが――」

扉の向こう側では、具体的な契約の話が淡々と進んでいる。

推測に過ぎない、推測に過ぎないが、少しずつ散りばめられたパズルのピースが、ある一つの恐るべき結論に向かってカチリと嵌まった。

停止していた俺の思考回路が、ここにきてひとつの可能性を弾き出す。

口ずさんでいたメロディを強引に打ち切り、俺は自分の口元を両手でしっかりと押さえた。背筋に冷たい汗が伝い、胸の中で確信に変わった答えが冷酷に現実を突きつけてくる。

あまりの衝撃を前にして、俺の理性は正常な判断能力を完全に失いつつあった。混乱を極めた脳内では、自分でも説明のつかない奇妙な独り言がぐるぐると空回りしている。

しかしながら、提示された条件をどう並べ替えてみても、導き出される結末は一つしかなかった。新事務所の設立という大義名分の裏に隠された、彼女の真の狙いがついに白日の下に晒される。

ーーその瞬間、扉が開いた。

ミーナが、すごく満足そうな顔で入ってくる。

「ここにしました!」

「は?」

彼女の迷いのない決断に対して、俺の口からは気の抜けたような疑問の声しか出てこなかった。あまりにも一方的なスピード感に、こちらの処理能力は完全に置いてけぼりにされている。

契約書のサインを終えた彼女は、まるで今日の天気を語るかのような平然とした態度で俺を見つめた。

「リエラさん」

にこっと笑う。

「一緒に暮らしましょう」

「逆ううううううううう!!!」

膝から崩れ落ちた、俺の絶風が、防音部屋へ綺麗に吸い込まれた。

「順番!!」

ばんっ、と床を叩く。

「普通逆だろぉぉぉぉーーー!!!」

告白とか!!

なんかあるだろ!!

段階!!

いやそもそも付き合ってない!!

別にイヤじゃないけど!!

先に!!

物件決めるなぁぁぁぁ!!!

俺が盛大にツッコミを入れる横で、ミーナが「いつもこうなんですよ〜」とか言う感じで肩をすくめると、不動産屋のお姉さんが「ふふっ」って感じで笑っていた。

二人の和やかな笑みを見つめながら、俺はただ一人、理不尽な宇宙の法則に放り出されたような絶望を味わっていた。どうしてこの状況で、誰も俺の味方をしてくれないのだろうか。