軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スライムって洗剤の味なんだって、知ってた?

ポータルの光をくぐった瞬間、視界が一度、柔らかく歪んだ。

《アバターの行動、形状から初期装備を更新します。冒険者アカデミー装備一式を付与します》

ーーお?

素朴な麻のシャツから茶系統のブレザー制服風の服に更新される。赤のミニスカートにニーソまでついてきて、一見すると現代の学生だ。しかし、尻尾はある。

冒険者アカデミー出身というような設定なのだろうか?まぁチュートリアルが学校みたいなものだからいいのか。

防御力こそ初期装備と一緒だけど、見た目がいい分、結構ありがたいなこれ。

前ボタンは閉まってないけど、浮いた麻生地よりは明らかにいい。

光の歪みが元に戻るとーー

次の瞬間には、風があった。

頬を撫でる空気が、さっきまでの屋内とは明らかに違う。乾いていて、少しだけ草の匂いが混じっている。全身を包むその香りが、知らないけれども故郷を感じさせ、どこか懐かしく身体の内側に満ちていく。

ああ、これがゲームだなんて、すごい体験をしているな。

視界が完全に開ける。

目の前には、そこそこの高さの外壁に囲まれた街があった。

石で積まれた壁は、無骨ではあるが新しすぎない。長年使われてきたことを感じさせるくすみと、ところどころに刻まれた小さな傷が、妙にリアルだ。門は開かれていて、人の出入りもちらほら見える。中からは、遠くにざわめきが聞こえる。人の声、金属が触れ合う音、どこかで笑い声も混じっている。

「あれが……レアルタ、か」

ぽつりと呟く。

情報通りなら、あれが“本当の意味での始まりの街”。レベル一桁から60くらいまでのプレイヤーが集まり、装備を整え、クエストを受け、そして少しずつ強くなっていく場所。

PvPは禁止。安全地帯。中盤までの拠点。

つまり――

「……普通は、あそこに行くよな」

自分で言って、自分で首を振る。

普通なら、だ。

だが今の俺は、どう考えても“普通”じゃない。

視線を少しだけ下げる。

揺れるツインテール。やたら主張の強い胸元。そして、背中側からぴくりと動く、黒い尻尾。

その尻尾の先端には、可愛らしいハートマーク、初期装備、冒険者アカデミー服。

……可愛いな、見た目は。

見た目は。

「……いや、でも、あのスキル、絶対ヤバいやつだろ」

夢魔の蜜油だの、体液吸収だの、ろくでもない単語しか出てきていない。そんなスキルを、いきなり人の多い街の中で試す勇気は、さすがにない。

というか、何も知らずに、やらかしたときの視線が怖い。

「……まずは自分が何ができるのか検証だな」

小さく息を吐いて、俺は街とは反対方向へと足を向けた。

草原だ。

ポータルの周囲は開けていて、背の低い草が一面に広がっている。風が吹くたびに、それがさわさわと揺れて、光を細かく反射する。遠くには小さな丘も見えるし、ところどころに低木もある。

人目も少ない。

というか、ほぼいない。

うん、ここだな。

足元の感触が変わる。石畳から柔らかい土へ。靴底が少し沈み、草の葉が擦れる音が耳に届く。風に混じる匂いも、より濃くなる。青い匂いだ。生きている植物の匂い。

その中で――ぷるん、と。

視界の端で、何かが揺れた。

「あ」

視線を向ける。

そこにいたのは――スライムだった。

半透明の身体を持つ、青っぽいゼリー状の魔物。表面がゆらゆらと揺れていて、光を受けるたびに内側で反射する。

チュートリアルで、散々俺をボコってくれた相手だ。

「……よくもまあ、やってくれたな」

思わず口元が引きつる。

いや、あれは俺が勝手に自滅してただけなんだけど。でも、こうして目の前にいると、なんとなくリベンジしたくなるのが人情というものだ。

スライムがこちらに気づく。

ぴたり、と動きが止まる。

そして、じわり、とこちらへ向かって動き出す。

……遅いな。

チュートリアルのときも思ったが、動き自体はかなり緩慢だ。問題は、あの妙な当たり判定と、俺のバランスの悪さだった。

「……よし」

俺はゆっくりと構える。

――いや、構えようとする。

だが、実際にできたのは、どう見てもへっぴり腰の不恰好な姿勢だった。

足の位置が安定しない。重心が前に行きすぎると、胸に引っ張られてバランスを崩す。後ろに下げれば今度は腰が引ける。

「……ダサいな、これ」

自分で言って、自分でへこむ。

だが、気にしている余裕はない。

スライムは、もう目の前だ。

ぷるぷると身体を震わせながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。その動きが、なぜか少しだけ警戒しているようにも見えるのは気のせいか。

俺は、ぐっと息を吸い込む。

そして――

「体液吸収!!」

叫んだ。

その瞬間。

背中側で、何かが“動いた”。

ぴくり、なんてレベルじゃない。ぐにゃり、とした感触が、尾てい骨のあたりから伝わってくる。尻尾だ。俺の尻尾。

先端のハートマークが――色を変える。

赤から、どす黒い紫へ。

「……え?」

思わず間の抜けた声が出る。

次の瞬間。

そのハートが――裂けた。

ぱかり、と音がしそうなほど、綺麗に四つに割れる。内側から現れたのは、まるで食虫植物のような構造だった。肉厚な縁が四方向に開き、その内側に、細かい棘のようなものがびっしりと並んでいる。

「ひっ」

俺の口から、小さな悲鳴が漏れる。

同時に――

スライムも、ぴたりと動きを止めた。

「ひっ」

いや、お前もかよ。

どっちが敵か分からなくなってきたぞ。

だが、スキルは止まらない。

尻尾が、ゆっくりと前に伸びる。

まるで意思を持っているみたいに、空気を切り裂きながら、スライムへと近づいていく。その動きが妙に滑らかで、逆に気味が悪い。

スライムは、完全に固まっている。

逃げようとしているのかもしれないが、身体が動かないのか、ただぷるぷると震えるだけだ。

そして――

がぶり、と。

尻尾の先端が、スライムに噛みついた。

「……うわ」

思わず顔をしかめる。

見た目が、完全にアウトだ。

だが、それ以上に問題なのは――

次の瞬間、来た。

喉に、直接。

何かが、流れ込んできた。

「――っ!?」

反射的に、飲み込んでしまう。

いや、違う。飲み込んだんじゃない。

“飲まされた”。

嚥下の動作をすっ飛ばして、直接喉の奥に液体が流れ込んでくる。逃げ場がない。口を閉じても関係ない。鼻で呼吸しても意味がない。

味が、来る。

「――っ、げ……!?」

思わず嗚咽が漏れる。

なんだこれ。

洗剤みたいな味がする。

いや、洗剤そのものだろこれ。ちょっと甘くて、でも明らかに化学的な、あの「飲んじゃいけないやつ」の味。

「おえっ……!」

喉が拒否反応を起こす。

だが吐けない。吐こうとしても、そもそも“口を通っていない”から、出てくるものがない。

ただ、味だけが残る。

最悪だ。

スライムは、ゆっくりと縮んでいく。

啜られている。

その表現が、一番しっくりくる。

体積が少しずつ減っていき、ぷるぷるとした弾力が失われていく。色も薄くなり、最後には――

ぺしゃり、と地面に広がった。同時に、尻尾がすっと引き戻される。先端は「なにかあったの?」と言うように元のハート型に戻っている。

少しご機嫌に「〜♪」ゆらゆらと揺れている。

「……はぁ……っ、はぁ……」

尻尾の持ち主である俺は膝に手をついて、息を整える。

喉の奥に残る味が、じわじわと不快感を増幅させる。水が欲しい。いや、ここVRだけど。

そのとき。

頭の中に、あの声が響いた。

《個体スライムの体液を吸収》

《パラメーターに付与します》

《VIT+0.1 HP+0.1上昇》

「……あ、ああ、そういう感じか」

Vit、体の頑丈さ。物理や魔法に対する防御力にボーナス。

ぼんやりと理解する。

少し、ほんの少しずつ強くなる、のは分かった。

だが。

「……代償、でかすぎない?」

ぽつりと漏れた本音が、風に流れていった。