軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖女vs悪女

「ミーナ、最悪装備ロストしちゃっても、いい?」

「……お気に入りですけど大丈夫ですよ、リエラ様の仰せのままに」

デスペナルティ2倍、個人的に経験値はどうでもいい、ただネームドモンスターは何故か装備がロストする仕組みになっている。理由はわからないけど、緊張感や一期一会のようなそんな演出をしたい、と言うところだろうか。

そして今、人生二度目のそして最大のネームド戦が、幕を開けようとしていた。

推奨レベル80。今の俺たちふたりのレベルでは到底太刀打ちできないはずの推奨レベル80という数字が、冷酷な現実としてそこに刻まれている。

さらに追い打ちをかけるように、最低でも15人は必要なレイドアライアンス推奨の文字までが赤々と浮かび上がっていた。

その赤文字が視界の端でじわじわ点滅しているだけで、普通のプレイヤーなら「あっ、帰ろう」ってなるタイプの空気だった。

おそらく軍勢対軍勢を想定された、戦闘じゃなく乱戦、もしくは戦争の規模だ。

普通なら絶望して即座に逃げ出す場面なのだが、俺の内心はこれまでにないほど熱くなっている。

俺はその表示を見ながら、逆に少しだけ口元を吊り上げていた。

ネームド狩りは、この世界において実力と運が試される一種のイベントだ。

目の前に立ちはだかるのは一筋縄ではいかない強敵ばかりだが、その試練を乗り越えれば誰もが羨む限定ドロップを手に入れる好機が巡ってくる。もし勝利を収めることができれば、この絶望的な状況を打破してみせれば、配信映えとしての話題性はこれ以上ないほどに保証されている。

全部が揃っている。

だからこそ、情報が広がれば高レベル勢がすぐ来る。

今この瞬間も、誰かが『リエラちゃんねる』を見て、「あ、エルーサ湧いてるじゃん」って言いながら準備している可能性は普通にある。

そして高レベル勢が来たら、俺たちの挑戦はそこで終わりだ。

俺たちが苦労して削ったところを、レベル100越えの攻略班たちが「お、珍しいね〜」とか言いながらサクッと持っていく未来が見える。

エタファン、そういうところもリアルなゲームである。

俺は棘メイスを肩へ担ぎ直しながら、小さく笑った。

「チャンスは、この一回きりよね。後回しにすれば、もう二度とふたりで戦うことはできないんだから」

ミーナが隣で頷く。

その横顔は、確かにこれからの激戦を予感して緊張に強張っている。

逃げる気はないという決意を証明するように、彼女の瞳の奥には決して折れることのない確かな意志が宿っていた。

「ミーナ、覚悟は?」

「もちろん、いつでも」

即答だった。その短い返事には、彼女がこれまでに積み上げてきた自信の全てが凝縮されているようだ。

その瞬間、背中へ炎の粒子がふわりと浮かび上がる。

彼女が身に纏う凛々しい将軍服が、戦場の空気を受けてパシパシと乾いた音を立てる。背中で揺れる赤いマントは、まるで彼女の闘志を具現化したかのように鮮やかな色彩を放っていた。その細い身体から溢れ出すのは、周囲の温度をじりじりと引き上げるような燃える魔力の奔流だ。

この子、ほんと肝が据わってる。

いや、もしかすると。

“リエラと一緒に無茶すること”へ、もう慣れ始めているのかもしれない。

「作戦はもちろん――雑魚から、よ」

俺は言いながら、指先へ魔ダーツを隠蔽する

新しく取得した《投擲・初級》ツリーの《暗器》。

この間まとめて取った時の補助スキルだ、投擲物を隠蔽する。

たったそれだけのスキル、完全にモンスター戦闘を前提としていない、正直微妙なスキルである。

けど、この場合どうだろうか、相手はある意味で知性がありそうなエネミーだ。

角度。回転。空気抵抗。狙い。

頭の中で全部が自然に繋がる。

雑魚と宣言しつつ、一気にネームドを刺す。

そのまま、相手に思考の隙を与える間もなく不意打ち気味に。

エルーサへ向かって、魔ダーツを投擲した。

ヒュンッ!!

鋭く空気を裂く一撃が、目にも留まらぬ速度で標的へと迫る。

速い。以前より明らかに速い。

ただの攻撃ではない。そこに隠密スキルと投擲スキルの相乗効果である《不意打ちの極意》による補正が乗り、威力は格段に跳ね上がっている。

もしこれが通れば。

“不意打ちがネームド相手にも有効”という、大きな証明になる。

この程度の不意打ちで崩れてくれるほど、伝説に名を連ねるネームドの反応速度は甘くなかった。

キィンッ!!

激突の瞬間に激しい火花が散り、俺たちの視界をチカチカと白く塗りつぶす。

次の瞬間ーー

女騎士ベルナデッタが振るった一撃の軌道には鮮やかな赤い残光が残り、まるで空間そのものを切り裂いたかのようだ。

直後に響いたのは、鼓膜を直接揺さぶるような腹に響く重い金属音だった。

魔ダーツが真っ二つに叩き落とされる。

「……無理か」

俺は小さく舌打ちする。

その瞬間。

ベルナデッタが剣を構えた。

オーク軍勢が咆哮を上げる。

そして、戦いが始まった。

「《コールゴブリン》!!」

影が広がる。

黒い泥のような召喚陣から、一気に二十体のゴブリンが這い出てくる。

彼らは錆びついた粗末な棍棒を握りしめ、獲物の隙を虎視眈々と狙っている。

中には刃こぼれした鋭い短剣を器用に回しながら、オークの急所を見極めようとする個体も混じっていた。身に纏っているのは汚れたボロ布一枚きりだが、その動きには一寸の迷いも感じられない。

そして何より異様なのは、彼らが集団としての統率の取れ方だ。

俺そっくりの“嫌な動き”。俺も各種状態異常のダーツで応戦しつつ、即座にオーク軍へ飛び込んでいく。

「《誘惑》!!」

ハート型エフェクトが戦場を染める。

オークたちの視線が、一斉にこちらへ向いた。

しかし、次の瞬間。

エルーサが祈る。

「祈りよ、邪を祓いたまえ!」

杖の先から周囲を慈しむような柔らかな光が波紋のように広がっていく。しかし、その輝きの中に混じる鈍い泥色の聖光が、こちらにとっては致命的なまでの呪いとなって襲いかかった。

それがオークたちへ降り注いだ瞬間――。

状態異常が、消えた。

「えっ」

俺の目が見開かれる。

誘惑解除。

毒解除、麻痺解除。

ゴブリンたちが必死に作っていた“嫌がらせ”の大半が、一瞬でリセットされる。

『うわああ』『ヒーラーだ!!』『最悪の相性!?』『聖女つよ!?』

コメント欄が悲鳴を上げる。

俺も上げたい。

「くっ……! 本当に厄介ね、こっちの得意分野をピンポイントで潰してくるなんて!」

『今のくっ、良かった』『助かる』『くっ待機勢歓喜』

うるさいわっ!

でも、今ちょっと綺麗に“くっ”が出たのは認める。

とはいえ、問題はそこじゃない。

エルーサ……あいつを止めないと、状態異常戦術が崩壊する。

とはいえ、エルーサへ近づこうとすると必ずと言っていいほど、ベルナデッタが来る。

赤い鎧を纏ったその肉体は、まるで彫刻みたいに引き締まっていて、大剣を振るうたびに筋肉の流れが滑らかに動く。

しかも、めちゃくちゃ強い。

ゴブリンが一体、突撃する。ベルナデッタの剣が薙ぐ。

ゴシャッ!!

ゴブリンが吹き飛ぶ。

さらに別の一体が脚へしがみつく。

今度は盾オークが蹴り飛ばす。

オークたちは個々の力に溺れることなく、まるで一つの巨大な生き物のように精密な連携を見せ始める。個の強さと組織的な動きが融合し、完全に一つの軍として機能していた。

さっきから何本かダーツを投げているがすべて剣で受けるか受けきれない分は身体で受けつつ即座に状態異常が回復される。

まずベルナデッタをなんとかしないと、とはいえエルーサがいると……、そんな繰り返しだ。

「……ちっ」

俺は棘メイスを握り直す。

このままだと、じわじわ押し負ける。

今のままでは、どれだけ手数を増やしても敵の回復速度を上回るだけの火力が絶対的に足りない。それどころか、この鉄壁の守りを食い破り、本陣へと辿り着くための突破力が決定的に欠けているのだ。

そんな時だった。

ふと、視界の端に、まだ使っていない召喚欄が見える。

「……あんまり頼りにならなさそうだけど」

俺はぼそりと呟く。

「こっちも呼ぶしかないか……」

俺は荒くなった呼吸を整えるべく、肺の奥まで冷たい空気を取り込むように深く深呼吸をした。そして、これが最後の手札だと言い聞かせるように、震える指先で虚空にある召喚アイコンをタップする。

召喚陣が開く、もやっ、とした紫色の煙。

……ぬるり、と現れたのは小柄なゴブリン。

いや、ゴブリンというには、妙に“人間臭い”。

召喚されたそいつは、他のゴブリンと同様に薄汚れたボロ布を力なく纏っている。極端なまでの猫背のせいで実物以上に小さく見え、およそ戦士とは程遠い惨めな姿を晒していた。折れそうなほど細い身体は、戦場の激しい余波にさらされるだけで今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。

極めつけは、その顔に浮かんでいるおどおどとした卑屈な表情だった。

「あ、ど、ども……」

ものすごく卑屈に照れ笑いしていた。

『!?!?!?』『誰!?』『弱そう』『ゴブがしゃべった?』『まさかトビー!?!?』

そう、そのまさか、トビートミー――俺が唯一倒した、最初のネームドゴブリンだ。

トビートミーは、戦場へ出てきた瞬間から完全に空気が弱かった。

定まらない視線が泳いでる様子からは、強敵に立ち向かおうという気概など微塵も感じられない。

丸まった背中がその臆病さを強調し、彼は今すぐにでもその場から逃げ出したそうにしている。周囲の様子を窺いながら、なんか挙動不審にキョドってる姿は、どう見てもただの迷い込んだ一般ゴブリン、いや死を恐れていない分召喚された彼らのほうがいささか優秀な気もする。

さらに悪いことに、ベルナデッタの放つ圧倒的なプレッシャーを前にして、彼の膝は目に見えてガクガクと震え始めていた。

ベルナデッタがこちらを睨みながら剣を構えるたび、トビーが「ひぇっ」って感じで肩を震わせている。

「……うわぁ、うちのネームド……ベルナデッタに比べて、超弱そう……」

思わず本音が漏れた。

『言うなwww』『召喚主が言うな』『トビー泣くぞ』『迷子連れてきた?』

コメント欄も、その頼りない姿を見て完全に同じ感想を抱いていた。

俺はため息ついでに、召喚を解除しようとしたその時……トビーが、ちらりとベルナデッタを見る。

そして、ぼそりと……

「へ、へへ、すいやせん……あ、でも、あの騎士さん……たぶん右脚、ちょっと庇ってます……」

「……え?」

それを聞いて、俺の目がわずかに細くなった。