軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

泥濘と真紅

くっ――、画面を睨みつけながら白状しよう。

これは紛うことなき、悪質かつ完膚なきまでのサムネ詐欺である。

いや、本当だ。弁解の余地など一ミリも存在しない、清々しいまでの虚偽表示と言ってもいい。

【くっ……! 女の子2人パーティでオークダンジョンに……!】

そんなサムネを見れば、普通はこう思うだろう。

“美少女二人がオークに追い詰められるのかな”と。

“危ない展開になるのかな”と。

だが、事実は小説よりも奇なり、そして配信は予想よりも遥かに残酷であった。

実際に配信を開いてみれば、眼前へ広がっていたのは、焼肉ビュッフェ。

「うま、うまっ……」

あんなに威勢の良かったはずのオーク軍が、ほっぺたおちそーみたいなポーズをしながらオークをポリゴンの粒子に変えていく、見た目だけは可憐な美少女と、すでに戦闘など関心がないようにコメントを監視する、魔導士によって一方的に、かつ徹底的に蹂躙されていくという、地獄絵図のような光景だった。

『話が違う』『オークがかわいそう』『誰だよ被害者側』『完全に侵略者で草』『ゴブリン軍団やめろ』『オーク視点ホラー』

コメント欄の勢いは加速し、もはや同情と困惑が入り混じったカオスな状態で、リスナーたちは好き放題に叫んでいる。

その中央で、俺はゴブリンたちが無慈悲に押さえ込んだオークを淡々と捕食しながら、呆れたように小さく肩を竦めた。

「知らないわよ、勝手に期待したのそっちでしょう?」

『でもサムネが』『サムネが悪い』『リエラ様、反省してください』

「全部ミーナのせいだから! あいつのプロデュース方針を疑って!」

「えぇ〜!? ひどい、全部私になすりつけましたね!?」

後方から容赦なく炎を撒き散らしながら、ミーナが心外だと言わんばかりに抗議の声を上げる。その瞬間、鼓膜を揺らすような轟音とともに、凄まじい衝撃波が《ボゴォォッ!!》と戦場に弾けた。

視界を埋め尽くすほどの、紅蓮の爆炎。

そびえ立つ、4階建ての建物位立ち上った火柱。

ミーナの作り出す熱風に煽られ、紙屑のように無様に空へと吹き飛んでいくオークの死骸。

もはやどちらが悪役なのか、画面越しに見ても完全に説得力がない。

『お前も加害者側だ』『女の子2人(魔王軍)』『レイドボス配信』

とはいえ、こっちは真面目に攻略してる、出来ることを全てやって、その結果が蹂躙というリザルトになっているにすぎない。客観的な倫理観はともかくとして、配信としての盛り上がり目標には達していた。

オークダンジョン、《断崖の牙》。

本来ならレベル50帯プレイヤーたちが、盾役を立て、回復役を守り、慎重に進軍する場所。

それを戦略もへったくれもない圧倒的な暴力でもって。

俺たちは、今バーベキュー気分でピクニックしている。

俺が率いる極悪非道なゴブリン軍団と、ミーナの炎魔法による絨毯爆撃で、正面から強引に突破している。効率を突き詰め、常識をかなぐり捨てたこの攻略方法は、どこからどう見ても完全におかしい。

その異常さと絵面のインパクトこそが、皮肉にもこれ以上ないほどに配信映えしてしまっていた。

《レベルアップしました》

視界の端へ、レベルの到達を告げる淡い光が流星のように走る。

同時に、後方でミーナが「わっ!」と少女らしい嬉しそうな声を上げた。

「リエラさん! 見てください、私、レベル48に到達です!」

「……上がるのが早いわねぇ。こっちが引くレベルよ」

俺はまっさらでピッカピカの棘メイスを肩へ担ぎ直しながら、感心半分、呆れ半分で彼女の方を振り返る。

ミーナの周囲には、魔力解放の名残である熱気がゆらゆらと陽炎のように漂っていた。

高級な質感を醸し出す、炎将軍のローブ。

王者の風格すら漂わせ、背中で優雅に揺れる鮮血のような赤いマント。

防御をかなぐり捨てて火力に替える固有スキルを持つ装備は、たった一撃の被弾も許さなくなる代わりにバグの領域の火力をたたき出す。今のところヘイトはすべてリエラやゴブリン止まりのため、それはただのデメリットなしの超火力スキルとなっている。

「わー、この調子なら配信中に50行きそうです! ノってきました!」

『成長速度おかしい』『もうレベル帯破壊してる』『リエラちゃんねる怖い』

コメント欄がその異常な成長速度にざわつく。

こうなると、弱いほうを応援したくなるのが心情というもの、本来なら味方であるはずの視聴者たちの間で、何故か……、

『オーク負けるな』『頑張れオーク』『応援してるぞオーク軍』『侵略者を止めろ』

敵であるはずのオーク側への応援が増えに増えていた。

「ちょっとぉ!? あんたたち、どっちの味方よ!」

俺は思わず、呆れ混じりの声を上げる。

「臣民共、覚えてなさいよ!? 今オーク応援した奴ら、ブラックリストに載せてあとで一人ずつ名前読み上げてやるんだから!」

『うおおお』『リエラ様に認知される!』『オーク側につきます』『オーク頑張れ!!』

逆効果だった。ご褒美だと思ったのか、オークへのエールがさらに加速した。

なんで? どうしてこうなった。

コメント欄が完全に、蹂躙される怪物たちを憐れむ“オーク応援上映会”の様相を呈している。

彼らの悲痛な願いは、無情にも届かない。

「ギィッ!!」

命令に忠実なゴブリンたちが、また一体、断末魔を上げるオークを床に引きずり倒す。

獲物を逃さぬよう執拗に脚へ群がり。

関節を砕くように腕を極め。抵抗のすべてを奪うように指をへし折る。頼みの綱である武器ごと、地面へ強引に押し倒し、そこへ飢えた獣のような視線を向けた俺の尻尾が、死神の鎌のようにぬるりと鎌首をもたげて伸びる。

『あっ』『また終わった』『オークくん……』『白ごはん何杯目?』

――ごしゃっ。

不気味な、肉と骨が砕け散る咀嚼音。

コメント欄が悲鳴と歓声で埋まる。

残酷な光景であるはずなのに、もはやエンタメとして成立してしまっているのが怖い。

「……これ、前衛が優秀だとかなりMP温存できますねぇ。助かります」

ミーナが後方で、まるで家計簿でもつけているかのような呑気さで戦況を分析する。

炎魔法の残火が彼女の可憐な横顔を赤く照らしていた。

「ゴブリンたちが完璧に足止めしてくれるので、私、次のスキル振りはもっと火力寄りに尖らせてもいいかもしれません」

「……あまり怖いこと言わないで? これ以上強くなってどうするのよ」

「私はレベル相応の適正火力ですよ、おかしいのはリエラさんです!」

可愛く笑って誤魔化しているが、その提案の内容はかなり危険極まりないものだった。

ふつうなら魔法一発撃つだけでヘイトが~、とか、隊列が~とか誤射が~とか、結構あるものなのだが、そのあたりの一切を無視しちゃっているから、ただ火力だけを考えられる、そうなってしまった。

つまり、これ以上火力へ寄せたら、配信内容が普通に虐殺ドキュメンタリーになってしまう。

……いや、よく考えたら今でもだいぶその領域か?

そんなことをぼんやりと考えながら、俺たちはさらにダンジョン奥へと歩みを進めていく。

醜悪なゴブリンたちが、主人のためにと前を駆ける。

それに怯えるようにオークたちが崩れ落ちる。

虚空に鮮やかな炎が舞う。

その光景は、まるで本当に、世界を滅ぼさんとする“魔王軍の進軍”をそのまま描いたような光景だった。

そんな平穏(?)なピクニックが続くかに思えた、その時だった。

通路の奥……光が遮られ、その先に深淵に通じるような断崖が見える。

そこから、これまでの雑魚とは格が違う、ふたつの影が静かに現れる。

空気が、一瞬で凍りついたように変わった。それまで戦場に漂っていた、一方的な“雑魚戦の熱”が、まるで水を打ったかのように一瞬で静まり返る。

コメント欄も、隣のミーナも、そして……俺自身も。

本能的な危機感を覚え、自然と足を止めていた。

「……あ」

ミーナが小さく短く息を呑む。

目の前へ暗闇から這い出すように現れたのは。

ひとりの、小柄なオークだった。

いや、一般的に“オーク”という言葉から想像する、醜悪で野蛮な姿とは、あまりにもかけ離れている。

透き通るような淡い色の肌。

深い悲しみを湛えた、どこか儚げな瞳。

丸みを帯びた、子供のように小さな身体。

身に纏うのは、何処かの神に祈りを捧げるような、白の修道服。

小さな胸元へ大事そうに抱く、古びた木の杖とロザリオ。

幼く見えるはずのその存在は、圧倒するような、静謐な威圧感を放っていた。

【泥濘の聖女エルーサ】

ネームドモンスター。

単なる名前付きの個体ではないのはその纏う悲壮な空気で伝わってくる。

静寂が重い。重力が数倍になったかのような錯覚に陥る。

立っているだけで肌を刺す、存在感が、レベルが根本から違う。

その隣……呼応するようにさらに、もう一体。

燃え盛るような、赤い姿。

極限まで鍛え抜かれた、強靭な筋肉。

見惚れるほどの、見事な肉体美。

背負っているのは、身の丈を超えるほど巨大な剣。

鈍い光を放つ、深紅の鎧。

兜の隙間から長い髪を揺らす、美しい女騎士型オーク。

むしろ逆にくっ、が似合いに似合いすぎるそんな容姿の女騎士だ。

【真紅の騎士ベルナデッタ】

『うわ』『出た』『ネームド!?!?』『待って待って待って』『適正外だろこれ!?』

コメント欄が、さっきまでの余裕をかなぐり捨て、一瞬で恐慌状態に陥る。

聖女エルーサが、ゆっくりと、しかし確かな意思を込めて杖を天へと掲げた。

その小さな身体からは想像できないほど、どこまでも静かで、それでいて透き通るような凛とした声が兵舎に響く。

「オークの騎士たちよ……立ち上がってください……」

空気がビリビリと震える。

「どうか、愚かな侵略者を退けるための力を貸して……!」

それは切実な祈りであった。

その瞬間、爆発的な光が戦場に広がった。

まばゆい白。いや……よく見れば、それは泥色を帯びた鈍い、けれど荘厳な聖光。

それがダンジョン全体へ波紋のように広がり、先程まで倒れていたオークたちの周囲へ、癒やしの雨のように降り注ぐ。

次の瞬間。

ドドドドドドッ――!!

腹に響くような地鳴り。

遠く、通路の彼方から、地響きを伴う無数の足音。

さらに暗闇の奥から、死地から蘇り、さらに怒りに燃える数多のオーク戦士たちが次々と集結し始めた。

盾、槍、剣、弓、重装、軽装、完全武装。

それはもはや、数体の群れなどではない。紛れもない、統制された“軍勢”であった。

『うわあああ!?!?』『数おかしい!!』『レイドだこれ!!』『逃げてリエラ様!!』『さすがに逃げてもいいやつ!』『リスナーさんの中に高レベル冒険者はいますかー!?』

視界の端へ、システムからの警告が、警告色である赤い文字で鮮烈に表示される。

【推奨レベル:80(レイドパーティ推奨)】

【デスペナルティ:2倍】

空気が完全に絶望の色へと変わる。

さっきまでの“配信で無双していた側”の余裕など、霧が晴れるように一瞬で薄れていった。

ミーナは小さく、緊張を押し殺すように唾を呑んだ。

「……リエラさん。これ、本気でヤバいですよ」

「ええ……さすがに、そうね。状況は最悪、だけど……」

俺は棘メイスの柄を、掌が痛くなるほど強く握り直す。

その感触が、現実味を伴ってやけに重かった。

恐怖の裏側で、俺の口元は自然と吊り上がり、笑っていた。

だって……これだよ、こういうのだ。

心臓が痛くなるほどの“やばそうな空気”、やっぱ楽しいって思っちゃうんだよな……。