軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オークダンジョン攻略開始

その日の夜。

配信予告にもあった、オークダンジョン攻略。

レアルタの街は、昼間ののんびりとした長閑さとはまったく違う、どこかヒリヒリとした熱を帯びていた。

石畳の隙間へ落ちるランタンの橙色が、夜特有の冷たい霧に滲んで幻想的な光の道を作り出し、酒場から漏れる荒々しい喧騒と、広場で演奏するNPC吟遊詩人の軽快なリュートの音色、それにこれからダンジョン攻略へ向かう血気盛んなプレイヤーたちのざわめきが複雑に混ざり合うことで、街全体がまるで“決戦前夜”みたいな独特の緊張感と高揚感を纏っている。

そんな賑やかな中、俺達はレアルタ北門前の広場に設置された転移陣近くにいた。

小さく深呼吸の息を吐きながら、空中に展開した半透明の装備ウィンドウを最終確認する。

胸元へぴたりと吸い付くように沿う、白と黒のシスター服。

スカートの腰から艶かしく伸びる、意思を持ったように揺れる黒い尻尾。

そして――今の俺の右手にしっかりと握られている、真新しい武器。

棘付きメイス。

鈍く黒光りする重厚な金属塊の周囲に、短く太い棘が無骨かつ暴力的に突き出しており、どちらかと言えば清楚な“お嬢様”の持ち物というより、地下牢にいる“拷問官”の方がよっぽど似合いそうな、かなり物騒なデザインだった。

でも、俺は今、この冷たい金属の柄を握っているだけで、自分でも驚くほどちょっとテンションが上がっている。

「……ふふ、いいわねこれ」

思わず口角が上がり、笑みがこぼれる。

ずっと欲しかった、念願の近接武器。

スマートな剣でも槍でもない、無骨な塊である棍棒系だ。

今のSTRで役に立つ未来はあまり見えない。ミーナからも関節技の際は持ち替える手間考えたら必要ないのでは?と……。

でも、でもだよ?せっかく装備できるように、というか持ったまま歩けるようになったのに、何も装備しないなんてそれこそ冒涜じゃないか、これだけはどうしても持たせてくれと、プロデューサーであるミーナへ懇願した結果、そこそこ良性能の品を先ほど武器屋のコンシェルジュに用意してもらえたのだ。

手のグリップがなじむようにできているため、STRに対する直接的な+5の補正付き。攻撃を当てた際の、出血などの状態異常付与率の微増効果。

不壊の藁人形相手に試したけど、これを振り回した時の“敵を物理的に殴ってる感”がたまらない。もうバランス崩さないんだぞ!

やっと、やっとだよ、エタファン始まったな、最高だ。

『武器持ってる!?』『リエラ様が鈍器を!?』『物騒で草』『かわいい女の子が持っていい武器じゃない』『でも似合う』

視界の端に表示された配信のコメント欄が、このアンバランスな組み合わせに早くも盛り上がっていた。

俺はその凄まじい勢いで流れる文字を眺めながら、重さを確かめるように小さく肩を回す。

ずしりとくる棍棒の確かな重み。

柄から手へダイレクトに返ってくる、硬質な金属感。

お気に入りのおもちゃを手にした子供のようにはしゃぐ。

「リエラさん!」

隣でミーナが元気に振り返る。

彼女が纏うのは、炎のように赤い将軍服。

背中へ向かって誇らしげに揺れる重厚なミニ丈のマント。

その堂々たる姿は、もはや可愛らしい魔法少女というより、軍勢を率いる小さな炎の将軍そのものだった。

「準備はいいですか? いざ、新天地へ!」

「ええ、まぁね。いつでもいけるわよ」

俺は軽い準備運動の代わりに、棘メイスをごとん、と肩へ担ぐ。

その不良のような瞬間的な動作に、コメント欄がさらにざわついた。

『お嬢様が肩に鈍器担ぐな』『ゴブリン感増してきた』『かわいい顔で物騒がすぎる』『オークダンジョンへのカチコミですねわかります』

カチコミ、言いえて妙ね。

「じゃあミーナ、本日のカチコミに行きますか」

そんなことを考えていると、ポータルの前で、ミーナが完全に配信者モードのスイッチを入れ、完璧な笑顔で、ばっと大きく両腕を広げた。

「ダンジョンの奥で震えるオーク達よ――!」

よく通る澄んだ声が、夜の街の喧騒を切り裂いて響く。

周囲にいた他のプレイヤーたちまで、何事かと少し驚いた顔でこちらを見ている。

「リエラ様の新たな力、その目にしっかりと刮目せよ!!」

『うおおおおおお!!』『始まった!!』『レアルタ卒業試験きた!!』『オークダンジョン!』『くっ、展開待機』『臣民、整列』

コメント欄が滝のように流れる。ストーリーにして煽るのが上手い。

これで失敗したら恥ずかしい上においしいし、宣言通り無事に攻略できてたらかっこよくておいしい。

俺はミーナを頼もしく思いながら、青白く光る転移陣へ足を踏み入れた。

ブゥゥゥン、低いうねりの音とともに、足元の光が爆発的に膨れ上がり、視界が完全に暗転する。

次の瞬間。

鼻の奥をツンと刺すような強烈な湿った獣臭と、どこか生暖かい、淀んだ空気が一気に肺へ流れ込んできた。

「……うわ、何この匂い。すごいわね」

思わず不快感で顔をしかめ、手で鼻を覆う。

ここがオークダンジョン。

正式名称、《断崖の牙》推奨レベルは50〜60。

初心者街であるレアルタからの、完全な卒業を意味する高難易度ダンジョン。

ここから先のエリア、エタファンというゲームはプレイヤーに対して本格的にパーティでの“役割”を強く求め始める。

敵の攻撃を引き付ける盾役。

ダメージを叩き出す火力。

味方を回復・強化する支援。

敵の行動を制限する状態異常。

これらが欠けていれば、ボスの前座であるただの雑魚戦ですら、適当に突っ込めば普通にパーティが崩壊するバランスになっている。

その入り口の空間に立った瞬間、俺は肌に触れる空気がこれまでとは決定的に違うのを感じた。

以前攻略した、ただの自然の洞窟型だった嘆きの石窟とは根本的に構造が違う。

ここは、元々“軍施設”として使われていた場所なのだろう。

規則正しく組まれた石造りの通路。

木材が腐り落ち、半ば崩れた見張り台。

無造作に転がる、血の匂いが染み付いた錆びた武器。

そして、硬い石の壁のあちこちに生々しく残る巨大な爪痕。

遠くの暗闇から反響して聞こえてくるのは、獣じみた低い唸り声と、装備が擦れ合う鈍い金属音。

それは間違いなく、ここで群れをなすオークたちのリアルな生活音だった。

「……なんか、空気が重いわね。普通に嫌な空気」

「いかにも強ダンジョンって感じの圧がありますよね……!」

ミーナが少し緊張した声で言う。

だが、その瞳の奥は恐怖ではなく、未知への期待でわくわくしていた。

完全に攻略勢の、闘争を求める目だ。

そして、警戒しながら薄暗い通路を進んだ先。

視界が開けた最初の広間で、俺たちはさっそく“それ”の洗礼を見た。

オークだ。

知性のない野良の雑魚とは明らかに雰囲気が違う。

巨大な盾持ち。鋭い剣持ち。リーチの長い槍持ち。

バランスの取れた三体編成。

互いの死角をカバーするような陣形と隊列。

こちらを値踏みするような、油断のない視線。

完全に連携を前提とした、無駄のない立ち位置。

――こいつら、ただの群れじゃない。統率されたパーティだ。

しかも……その編成の中央に堂々と立つリーダー格らしき盾オークが、俺たちを見て見下すように鼻を鳴らした。

「ブフッ」

はっきりと、嘲笑われた気がした。

いや、実際にはただのオーク語の鳴き声かなにかの感情表現なんだろうけど。

でも、その声音と態度で痛いほどわかる。

“武器もまともに扱えなさそうな、非力な人間の女が二人で迷い込んできた”という、完全に見下しきった空気。

その瞬間、俺の口元が怒りではなく、深い歓喜で自然とにやりと歪んだ。

「……へぇ、生意気ね」

面白いじゃないか。

それなら、その甘い期待に最高の絶望で応えてやろうじゃない。

俺は迷いなく前へ出る。

肩から担いでいた棘メイスをゆっくりと下ろし。

歩調に合わせてシスター服の裾を優雅に揺らし。

隠していた尻尾を、威嚇するようにゆっくりと頭上へ持ち上げる。

コメント欄が、息を呑むように一瞬静かになる。

みんな完全に察したのだ。

戦闘が“リエラ様の蹂躙”が始まると。

「――かかってきなさい、豚共。《誘惑》」

宣言した瞬間。

俺を中心に、毒々しいハート型のエフェクトが、暗く冷たい兵営跡地の空間を一気にピンク色へ染め上げた。

どくん、と空間の空気が大きく脈打つ。

オークたちの鈍い目が見開かれ、血走る。

次の瞬間。

「ブゴォォォォ!!」

彼らは理性を完全に吹き飛ばし、狂ったように俺だけを目掛けて突進してきた。

しかも、連携の陣形など見る影もなく、互いを邪魔だと言わんばかりに押しのけ。

味方すら殴り。

我先にと、俺への一番乗りを争って。

長柄の槍オークが邪魔な剣オークを無理やり突き飛ばし、巨体の盾オークがその二体を背後から強引に押し潰しながら、一直線に突っ込んでくる。

ヘイト固定、混乱のおまけつき文句なしに入った。

『うおおお!?』『また始まった』『オーク同士で殴ってるwww 連携どうしたwww』

『リエラ様の魔性、相変わらずエグい』『怖い怖い怖い、絵面がホラー』

これでサブミッション決めて終わりでしょ? 的な空気になるが、今日の俺の手札は、いつものそれだけじゃない。

俺は突っ込んでくるオークの群れへ向かって、自ら前へ踏み込む。

棘メイスの柄を、石畳の地面へガツンと力強く突き立てる。

どうだ、メイスのあるなしだとかっこよさが違う……!

左腕を胸の下に入れ、右手を伸ばす、指をくるりと回転させ、クイっと上げる。

スキルツリーから新しく解放されたばかりの、あの未知のスキルを起動した。

「――出てきなさい、《コールゴブリン》」

空気が、不気味にぞわりと震える。

俺の足元の影が、まるで意思を持った沼のように真っ黒に広がる。

その底なしの影の中から。

ぬるり、と。

細く、醜い小さな腕が、地面を掴むように現れた。

『!?』『え?』『何今の』

あまりの異様な光景に、コメント欄が一瞬完全に止まる。

次の瞬間、影の沼の中から「ゲッギャッギャ」とか、うめき声を上げながら、一体、また一体と、小柄で醜悪な緑色のゴブリンが這い出てくる。

手にはボロボロの木の棍棒。

不気味に尖った長い耳。

知性を感じさせない、黄色く濁った目。

だが、その濁った瞳の奥には、俺という主人に対する、狂信的なまでの妙な“忠誠”が確かに宿っていた。

「さぁ、リエラ様のために働きなさい」

俺が女王のように静かに命じる。

その瞬間、

這い出た十数体のゴブリンたちが、奇声を上げながら、一斉に迫り来るオークの群れへ飛びかかった。

『ゴブリンを召喚した!?!?』『えっ!? 嘘でしょ!?』『何これ何これ!? サモナー!?』『 いつ魔王軍の幹部になったの!?』『リエラ様、完全に敵側の動きしてる』

コメント欄が、今日一番の熱量で爆発する。

その熱量を見下ろしながら、俺自身も、こらえきれずに少し笑っていた。

だって。

最高に楽しい。めちゃくちゃ楽しいのだ。俺が呼び出したゴブリンたちは、個体としては決して強くない。

オークの丸太のような腕で殴られれば、簡単に紙くずのように吹き飛ぶ。

でも、吹き飛ぶだけだ、一体が吹き飛ばされて時間を稼ぐ間に、別の一体がオークの太い脚へしがみつき、さらに別の一体が背中の死角へ飛びつき、持っている棍棒で顔面を容赦なく叩き続ける。

圧倒的な数。執拗な圧。

配下である彼らが戦うたびに、俺の身体へダイレクトに流れ込んでくる、全身の血が沸き立つような奇妙な強化感覚。

《スクラムプレッシャー》発動。

システムメッセージと共に、ずん、と何か芯のようなものが通った。

内側から力が増す。事実、攻撃力と防御力にバフがのった。

俺は、混乱する戦場の中央で、自然と笑みを深く、邪悪なものへと変えた。

「……こういう戦い方もできるのよ?」

……初見だけど、胸を張ってどうどうと言い放つ。