軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

パンケーキミーティング

もう嘘偽りなく、心の底から正直に言う。

目の前に出されたこのパンケーキ、控えめに言ってめちゃくちゃ美味しかった。

お世辞でもなんでもなく、いや本当に。

運ばれてきた瞬間から、その圧倒的なビジュアルはもう完全に反則だったのだ。

白い大皿の中央で、三段重ねになった分厚いパンケーキがふるふると揺れていて、その上には雪みたいにたっぷり積もった生クリームと、つやつや光る苺、それから粉砂糖がさらりと振りかけられている。

さらにその横には、熱で少しずつ溶け始めている冷たいバニラアイスまで添えられているという贅沢っぷりだ。

しかも、赤く輝く季節限定の特製ベリーソース付き。

テーブルへ置かれた瞬間、甘い香りがふわっと立ち上り、その匂いだけで脳の奥が「うわぁ……」ってなるくらいには幸福感が強かった。

「えっ、すご……なにこれ……」

思わず感嘆の声が、無意識に口から漏れる。

店内は女性客が多く、淡い木目調の内装と暖色照明、それに小さめのBGMが合わさって、全体的に“映え空間”という言葉がぴったりな雰囲気をしているのだが、今の俺にはそんなことより目の前の甘味兵器の破壊力の方が重要だった。

ミーナは向かい側の席で、そんな俺を見ながらにこにこしている。

「ふふん、リエラさんなら絶対にこういうの好きだと思いましたよ」

「……うん。これは抗えないわ」

俺は無駄な抵抗を諦め、素直に深く頷く。

銀色のナイフを、分厚い生地へそっと入れる。

しゅわ、と柔らかな生地が沈み込み、その感触が手へ返ってきた瞬間「ふ……ぁあ……♡」と吐息を漏らして感動した。

驚くほど軽い。

雲でも切り裂いているんじゃないかってくらい、めちゃくちゃ軽いのだ。

フォークで切った断面から湯気が立ち上り、バターと卵の甘い香りが鼻先をくすぐる。

俺はそのまま、クリームをたっぷり乗せた一口分を、おもむろに口へ運んだ。

「……っ!」

じんわりとした上品な甘い味が広がる。

でも、これだけ生クリームが乗っているのに全然重くない。

まるで淡雪のように、ふわっ、とあっけなく溶ける。

舌の上で生地が崩れ、そこへクリームの濃厚な甘さとベリーの酸味が重なって、一気に幸福感が広がった。

「おいしい……なにこれ、生きててよかった……」

取り繕う余裕なんてない、純度百パーセントの本音だった。

緊張も悩みも全て吹き飛び、思わずだらしないくらいに頬が緩む。

するとミーナが、まるで獲物を狙うスナイパーのように即座にスマホを構える。

「はい、そのとろけきった最高の顔ください!」

「んぐっ!? ちょっ――」

シャッ。シャッ。シャッ。

と、無慈悲で軽快なシャッター音が連続して鳴り響く。まさかの連写である。

「ちょ、ちょっとあんた! 流石に撮りすぎでしょ!」

「はい、表情崩さないで! リエラちゃんねるの貴重な記録用です! はい、動画にしますよ! にっこり~」

ピポッ、動画モードの音がする。

「ん、くぅ……っ!?」

動画にするといわれた途端、頭も回らず「はいあーん」など、アドリブでいくつかのポーズを取って行った。その後も優秀なプロデューサーであるミーナの手は決して止まらないのだ。

美しいパンケーキをうっとり見てる時。

それを嬉しそうに食べた瞬間。

白いクリームが少しだけ口元につきかけた瞬間。

「おいしい……」ってだらしなく顔してる瞬間。

その挙動の全部を余すことなく撮るし、最初のほうは硬かったが、俺もだいぶカメラを意識せず惚けていた。

「リエラさん、今めちゃくちゃ良い顔してましたよ!」

「そりゃ美味しいもの食べてるんだから良い顔にもなるわよ……」

俺は口の中の幸せな甘みをもぐもぐと堪能しながら、少しジト目で返す。

そして、ふと内心で少しだけ静かに思う。

可愛らしい女の子同士でお洒落なスイーツ食べて、パシャパシャ写真撮って、きゃっきゃと楽しそうにはしゃぐ感じ。

いやまぁ。自分がこの空間にいることに、不思議と居心地は悪くなかった。

こういう穏やかな時間も本気で楽しくなり始めている。

「さて、甘い補給も済んだことですし」

ミーナは放置していた自分のパンケーキを一口食べたところで、ノートPCを開く。

その瞬間、テーブル周辺のふんわりとした空気が、ピリッとした“会議モード”へと一瞬で変わった。

だが、彼女のその手元にはしっかりと自分の分のパンケーキ皿がキープされてある。

糖分という名の甘味と、数字という名の仕事を完璧に両立する女。

「昨日の歴史的な初配信のリザルトですが……」

ミーナが、もったいぶるようにわざとたっぷりと間を取る。

俺はストロベリーソースのついたフォークを持ったまま、自然と背筋を伸ばして姿勢を正した。

「えー……発表します……」

ミーナが真剣な眼差しでカタカタと画面を見る。

そして。

「第一目標であった収益化達成ライン、これは余裕で突破しました」

「おぉ……マジか……」

思わず拍手。

偉業を成し遂げた自分で自分をぱちぱちと称えるように拍手する。

いやでも、これは素直に普通に嬉しい。

すると、ミーナはさらに口角を上げて続けた。

「あと、界隈で“一般的な個人配信者の厚い壁”とも言われている、大台の1万登録もあっさりと突破です」

「へぇ〜……1万……ん? いちまん?」

正直、まだ実感が薄い。

画面上のただの数字としては頭でわかる。

だが、それがどれだけの人の数なのか、俺の感覚がまったく追いついていない。

ミーナはそこへ、比較データを表示した。

「ピンと来ていないリエラさんのために、ちなみに、個人配信者における厳しい平均値のデータをお見せしますと」

PCの画面には、グロ画像かと思うくらいシビアで色んな数字がずらりと並ぶ。

「普通は、毎日配信を頑張っても収益化到達まで半年〜一年近くかかる人も全然珍しくない厳しい世界なんですよ」

「うわぁ……世知辛い世界ね……」

「ましてや、企業の後ろ盾もなく1万登録を突破できる個人勢なんて、昨今、全体のほんの一握り、かなり少数派です」

「へぇぇ……みんなそんなに苦労してるのね……」

「ひとえにリエラさんの胸を借りたおかげです」

「……ミーナ」

胸うんぬんはともかく、そこまで具体的な比較データを聞いて、ようやく少しだけ、自分の置かれた状況の実感が湧いてきた。

つまり、俺。

自分が思った以上に、とんでもなくすごい位置に立っているらしい。

いやまぁ。

爆乳金髪お嬢様がエグい関節技で無理やり拘束して、そのまま生きたまま捕食する配信とか、冷静に考えなくても絵面のインパクトが強すぎるもんな。

しかも、VRだけじゃなく現実世界にもリアルな存在として実体が伴っているというおまけ付き。あんな非実在性あふれるプロポーションのアバターがそのまま実在性が証明できているのが強みだ。

「そして、その大台を越えた現在ですが――」

ミーナが、してやったりの悪い顔でにやりと笑う。

「現時点での登録者数、なんと1万8千人で着地してます。初回放送しかも箱無しは、たぶん大箱からの転生者を除いては類を見ません」

「いちまん、はっせん……っ」

さっきのデータを見て、その桁違いの数字に、危うく口の中に残っていた甘いクリームを豪快に吹きそうになった。

「はい! 正真正銘のバケモノです!」

ミーナが我が事のように嬉しそうに力強く頷く。

「さらに信じられないことに、有料のメンバーシップ登録者はすでに1200人を超えてです」

「いわゆる臣民よね……」

「さっきの動画は一部臣民限定公開にしますね」

嘘でしょ、つまり。

毎月支払われる月額500円の課金が、1200人分ってこと……?

俺のポンコツな脳内で無意識に皮算用の計算が始まりかけて、その弾き出される金額が途中で怖くなって思考を強制終了してやめた。これまでのお給……いや待て。ちょっと待て。ほんと待て。

「それはもう、数ある新人配信者の中でも、歴史に残るレベルの初動大成功と言っても絶対に過言ではない完璧な滑り出しです!」

ミーナが、自分が育て上げた作品を自慢するかのように誇らしげに胸を張る。

その頼もしい姿を見ながら、俺は心臓の奥がドクンと鳴るような感覚と共にじわじわと真実を実感していた。

ああ。

もうこれ、ただの暇つぶしや“趣味で始めたVRMMO配信”なんていう、生ぬるい言い訳が通用するフェーズじゃないんだな、と。

ちゃんと、俺という存在を。

大勢の人たちが画面の向こうで見ていて。

次の展開を期待していて。お金や時間を割いて応援していて。

その熱意の結晶として、これだけの莫大な数字が動いている。

その重みが、甘いパンケーキの香りの向こう側から、少しずつ現実感を持って迫ってくる。

「……でもですね」

ミーナがそこで、獲物を見定めたハンターのように少し鋭く目を細めた。

「私は、リエラさんのポテンシャルなら、こんな場所で止まらずにまだまだ上へ行けると思ってます」

「えぇ……? まだ行くの……?」

「これは私の持論ですが、スペックのある人は、決してここで満足しちゃダメです。それが後に続く配信者の夢や希望になるんですから」

俺を見据えるその目は、冗談など一切ないガチの本気だった。大学生の顔ではない、完全に数字を追う有能なプロデューサーの顔になっている。

「行けるところまで、私はハーレ……事務所を立ち上げます! 一気に天井を突き抜けましょう!」

……今なんか言いなおした?

「相変わらず、あんたのその押せ押せな勢いが凄まじく強いのよ……」

「さしあたっての次の一手は!」

ミーナが、すでに準備万端とばかりにスマホの画面をこちらへ勢いよく向ける。

そこには、今日の夜配信のために作られた、あざとすぎるサムネ画像。

【くっ……! 女の子2人パーティでオークダンジョンに……!】

「結局、勝負手はこれなの!?」

「欲望に忠実な臣民たちは、オークという単語を見た瞬間に絶対“くっ……!”な展開を期待してますから!」

「配信者と視聴者の間に築かれた、史上最悪の信頼関係だわ」

だがミーナは、文句を言う俺をよそに心の底から楽しそうだった。

この状況を完全にゲーム感覚で遊んでる。

「だから逆に、その臣民の心を利用して!」

ミーナが、指揮棒のようにフォークを俺に向けてびしっと向ける。

「視聴者の淡い期待を『そんな展開は一切ない!』って、無慈悲に突っぱねてやりましょう!」

「なるほど……? あえての裏切りってわけね?」

「そして、色気もクソもなく普通に物理でオークをボコボコに殴り倒すんです!」

「そこは曲がりなりにも、最低限ゲーム配信としての矜持は保って戦うのね」

「エンタメとして当然です!」

迷いのない即答だった。

そのあまりにも清々しい勢いに、俺は思わず肩の力を抜いて「ふっ」と吹き出す。

そして笑う。

つられてミーナもコロコロと笑う。

店内の暖かな空気。甘い匂い。窓の外の冬空。その全部が混ざり合う中で、俺たちは次の配信の話をしている。

「ふふふ、オークの絶望する顔が楽しみです、本当に今夜の配信が楽しみですね〜!!」

ミーナが完全にワクワクした顔で言う。俺はそんな彼女を見ながら、フォークでパンケーキを切り分ける。

再び現れるふわふわの黄金色の断面。

生地の熱でゆっくりととろける純白のクリーム。

鼻腔をくすぐる幸せな甘い香り。

夜に待っている、新しいスキルツリーの実験。オークダンジョン。臣民たちの反応。全部を想像して。俺も少しだけ、口元を緩めていた。

「……まぁ、ミーナの言う通り、ちょっと今夜の反応が楽しみね」