軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嘆きの石窟:リザルト会議

レアルタの街へ戻った瞬間、にこにことみんなに挨拶をしながらも、身体は逃げるように裏路地のバーへと駆け込んでいく。

レアルタのバーは、相変わらず“ファンタジー世界の日常”をこれでもかと詰め込んだような空間だった。俺たちは慣れた足取りで奥にある薄暗い半個室席へと滑り込み、ようやく人目を気にしなくて済む安住の地を確保した。そして、重い溜息と共に言葉を絞り出す。

「……プライベートモード起動」

俺がぼそりと呟くと、周囲のプレイヤーネーム表示が一斉に薄れていき、視界の端に浮いていた配信アイコンも静かに消える。

同時に、街のざわめきが少しだけ遠のいたような感覚がした。

張り詰めていた「配信者」としての仮面を脱ぎ捨てるモード解除の儀式。しかして本日の『リエラちゃんねる』の反省会の始まりである。

「お……づ……か……れ……っっ」

俺はオレンジジュースを一気に飲み、冷たく甘い液体が喉を通る感覚へわずかに生き返りながら、そのまま机へ突っ伏した。

骨が抜かれたかのように「ぐでぇ」と崩れ落ち、俺という個体は完全に机の上で溶けてしまった。巨大な胸がテーブルへ、むに、と押し付けられる感覚と、長いツインテールが腕へ絡まる感触が妙にリアルで、ああ俺VRやってるんだよなぁと変なところで実感する。

いや、恐ろしいことに現実の身体でも似たような感触に振り回される状態になっているのだが。もはや仮想と現実の区別が、霧の中に消えていくみたいに曖昧になっているのが最近の悩みだ。

すると、向かい側のミーナがくすくす笑った。

「リエラさんって、防御スキルとVITはガチガチに硬いのに、メンタルの方は案外チョロいというか、よわよわですよね」

「いきなりいろいろ起こりすぎて、こっちは心臓がいくつあっても足りないのよ……」

俺は顔を伏せたまま反論する。

「さっきまで自分の配信だなんだでいきり倒してたのに、急にトップ配信者が出てきてみてよ……そんなの、普通の神経してたら心臓に悪すぎるわよ……」

「でもちゃんと堂々とできてましたよ?」

「それは……まぁ……否定はしないけど……」

できていた。自分でも驚くほど、完璧にこなせてしまっていた。

配信者としてなのか、ロールプレイなのか“リエラ”が妙に板についてきているのが怖い。

たぶん、今日の初配信もちゃんとできていたと思う、リエラっぽく笑って、臣民をーーコメントを煽って、ちゃんと盛り上げていた。

……いや、冷静になって自分の振る舞いを思い返すと、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってきたな、これ。

俺は顔を上げる。

バーのランタン光がグラスの表面へ反射し、オレンジジュースの色が琥珀みたいに揺れていた。

「さて、と。反省会兼、今後の作戦会議といきましょうか」

ミーナが気合を入れ直すように指を鳴らし、ノートPC代わりのゲーム内ウィンドウを慣れた手付きで呼び出す。その瞬間、半個室のわずかな空間に、青白く光る半透明の情報パネルがいくつも展開された。

「聞きたいこと、いっぱいありますよね?」

「まぁね……正直、脳の処理が追い付いてないから……」

気になる要素が山積みすぎて、今の俺には優先順位をつけることすら難しい。むしろ何から手を付けて整理すればいいのか、その入り口すら見失っている状態だった。

するとミーナは、さも当然のような顔で指を立てた。

「まずですね、初回のチャンネル登録は“ご祝儀”みたいなものです」

「ご祝儀、ね、もちろんわかっているわ、次からもみんなが見てくれるだなんて思ってない」

「はい。ただ、ミルキーさんとネネさんの乱入は計算外ですが助かりました。個人勢としてはこの“勢い”と“話題性”乗らないわけにはいかないです。ここから定着させて、ちゃんとファンになってもらうのが大事ですね」

「なるほど……」

俺は頷く。

ミーナはこういう時、本当に頭が回る。

ただテンションで動いてるだけじゃなくて、ちゃんと先を見ているのだ。

「とはいえ、ミルキーさんとネネさん正式なコラボについては、実際のところ、リエラさんはあんまり意識しなくて大丈夫です」

「そうなの?」

「はい。こういうのって、ちゃんと裏で連絡して、お互いの利益考えて、タイミング合わせて、運営側とも話して……ってやらないと、結局“その場のノリ”で終わっちゃうので」

「へぇぇ……」

完全に業界人だ。

「だから今、リエラさんはリエラさんのこと“だけ”考えてれば大丈夫です」

「ふむ……」

俺はそこで少しだけ姿勢を起こす。

ジュースをくぴっと飲み。息を吐く、そして、思考を少しずつ“配信者”から“ゲーマー”へ戻していく。

「……そしたら、一旦目線をゲーマーのそれに戻すわね。数字の話より、スキルの話の方が落ち着くわ」

その言葉に反応するように、ミーナの目が、獲物を見つけた肉食動物みたいに「きらっ」と輝いた。

あ。この子、攻略会議も好きなんだ。完全に。

「まずは私ですね! 成長記録のチェックお願いします!」

空中ウィンドウが切り替わる。

高速で情報が並ぶ。

「リエラさんが闘技場で戦ったあのあと、私は、装備を更新して思い切って詠唱短縮型ビルドを目指しました!」

今着ている儀礼服のことだろう、曰くこれは扱えれば強いけど、本来はネタ装備扱いだそうで、使用者のVITを犠牲に火力に転換するタイプらしく、あの固有スキルは掠ればデスペナみたいな状態で火力をだす、とのこと。なにそれ怖い、メンバーのヘイト固定があってこそのようだった。危険すぎる……。

「固有のフレアオーバーライドを軸に考えました。あれは物理判定も同時に起こせるスキルになるので、魔学初級の《詠唱短縮》魔学中級の《詠唱圧縮》両方ともかなり噛み合って来たと思います」

ミーナが指を滑らせるたび、所持している炎魔法スキルが展開されていく。

思ったよりは多くはない。シンプルを突き詰めるのが今のミーナのスタイルの様だ。

「実際見てもらった通り、フレア・オーバーライド込みだと、かなり火力出ます!」

「うん、実際やばかった。あの殲滅力は本物だったわ」

ボス戦でも、ミーナの火力は完全に主砲だった。

「で」

ミーナがふとこちらを見る。

「リエラさんは……また何かありました?」

「まぁ、うん……自分でも引いてるんだけど……」

俺は少し視線を逸らした。

なんというか。

毎回説明するたびに、自分でも“なんだこいつ”感がある。

「一回のボス捕食で、VITが70増えて」

「はい」

「さらにVIT30パーセントのパッシブ貰った」

「ひえっ」

ミーナが本当に“ひえっ”って言った。

漫画みたいな反応だった。

「えっ、な、70……? このレベル帯で上がる数値じゃないですよ……」

「うん。私も取得ログを切っているかどうか何度か確かめたわ、配信に映ったらアウトよね?」

「ですね。なんというか優遇?されすぎな気がします。さらに30%のパッシブ……? 明らかにバランスが仕事してないですね……」

「うん。もう計算式がわからない」

数秒の沈黙。それから。

「……でも、取り上げられていないなら仕様の範囲内だと思いますよ。たまたま個性的に成長したビルドって、低レベルで珍しいだけで、レベルが上がれば上がるほど、エタファンならありえますし。私としてはこれ以上ないくらい頼もしいですね、オーバーライドの甲斐があります!」

その声音が少し柔らかくて、俺はなんとなく笑った。

エタファンはレベルが上がっていくと、そのプレイヤーの好みを反映したスキルビルドを展開するようになる、例えば魔法と剣術をバランスよく使っていると勇者型と言われる、魔法剣士ビルドに派生することも多々あるのだ。

「まぁ、いくらでも前に出てあげるわ、もうカチカチよ」

「リエラさんの場合、カチカチだけど柔らかくて……とてもVIT型に見えないのがいいですよね」

さっきも関節技を駆使して“ボスを抱き締めて耐える生物”になってたからな。普通のタンクじゃない。

変な生き物だ。

「それでですね、本題の次の一手です」

ミーナが次のウィンドウを開く。ダンジョン一覧。

推奨レベル。報酬。特殊ギミック。

「次に挑むダンジョン候補なんですけど、レベル50の壁、通称オークダンジョン『断崖の牙 』がいいかなと思うんです」

攻略会議が始まる。

そして、その流れの中で避けて通れない話題も出てきた。

「あー、いいわね」

「たぶんもっと背伸びしても行けるとは思うのですがリエラさんは捕食して回ったほうが強くなると思ったので、あえてレアルタをゆっくり回って次の拠点に移動しようかな、と」

ミーナが指先を口元へ当てる。その表情が、少し策士っぽくなる。

完全に悪い顔だった。

「なのでたっぷり燃やすのでいっぱい食べて切り抜かれましょうね!」

「言い方ぁ……!」

「ダンジョン攻略でレベルというかパラメーターを上げつつ、私はコラボの準備も進めて、配信としての“色”を作りますね」

俺はそのくゆる熱量に少し笑う、ミーナがやりたかったこと、その片棒を、いや渇望を満たすことが嬉しい。

「色、色かぁとなると、スキル振り、どうしようかしら……」

俺は宙に浮かぶ青白い光を放つステータスウィンドウをじっと見つめながら、中身の減ったオレンジジュースのグラスを所在なげに指先で弄った。

カラン、と乾いた氷の音が鳴る。

静かな店内にその音が妙に大きく響いて感じるほど、俺の意識は画面の中の無機質な数字の羅列に深く吸い寄せられていた。

レベル50。

初期から積み上げてきた経験が形となった、ひとつの大きな節目だ。

(まぁ俺の場合70のプレイヤーから奪った経験が大半だが……)

スキルツリーはさらに深淵へと先へ伸び、今まで薄く灰色だった枝が、俺の到達を祝うかのようにいくつも淡い光を帯び始めている。

だが、選択肢が目に見えるようになった分だけ、これからの歩みに対する悩みも比例して増える。

どれだけ鍛えても目に見えて伸び悩むSTR。

一方で、攻撃を受ける快感を知ったかのように伸びに伸びたVIT。

捕食、誘惑、を含めた派生先でさえ謎のエクストラスキル。

そもそも、これから現れるであろう未知のエクストラスキル用に、どれだけ貴重なポイントを残しておくべきなのかも今の俺にはわからない。

正解がわからないが、だからといって失敗を恐れて止まっていても、この先の冒険は何も始まらない。

……いや、でもやっぱり本能的に怖いんだよなぁ。

スキルポイントというやつは、決定ボタンを押す瞬間に、なんか心臓の鼓動が速くなって手が震えるんだよ。

一度振ってしまえば、もう二度と元には戻せない、取り返しがつかないような感じがして。

「うーん……」

俺が唸りながら不安の象徴のように尻尾をゆらゆら揺らしていると、向かい側に座っていたミーナが、まるで午後のティータイムにケーキを選ぶ時みたいな屈託のない明るさで、ぱっと両手を広げた。

「パーッと使っちゃいましょうよ!」

「軽いわね!? まさか思考まで短縮してる!?」

思わず呆れて顔を上げると、ミーナは何ひとつ迷いのない、むしろ清々しいほどの笑顔で頷いている。

「いざとなればリアルマネーの力、課金アイテムで無理やり戻せばいいだけなので!」

金である、そう、今のうーんうーんと頭を悩ませる種を解決するのは実にシンプル課金アイテムなのである。エタファンはスキルリセットアイテムを金で買える。少し高いけど万事解決なのである。

「た、確かに!? 金の力で解決できるなら安いものね……!」

俺は情けないことに、そのあまりにも現実的で強力な解決策に一瞬で説得された。

いや、だって本当にそうなのだ。

リアルマネーで綺麗さっぱり解決できる問題を、ゲーム内でまで必要以上に悩みとして抱え込む必要があるのかと言われると、そんなものはない。

ただ失敗したくないそんな気持ちで、ミーナとの冒険に泥を塗るわけにもいかない。

たかが一回きりのスキルリセットアイテムを買うくらいで、いつまでもビビっている場合ではないのだ。

そう考えた瞬間、さっきまで胸の奥に強固に引っかかっていた慎重さが、氷が解けるように少し緩んだ。

もちろん、考えなしの無駄遣いはよくない。

だが、失うものをケチって身動きが取れなくなるより、大胆に投資して戦略の幅を広げていく方が、今の俺のプレイスタイルには合っている。

「でも、現状のヘイト管理と防御力に関しては、現状でもう十分に足りてるのよね……」