軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大物現る。ミルキーとネネ

俺が濡れた前髪を指先で払い上げながら、巨大蟹の体液でまだぬめつく石床をヒールで軽く踏み鳴らす。

――パチン、と。

戦闘直後の熱気が残るボス部屋に小気味いい音が響き渡った。その瞬間を合図に、無数の青白いシステムウィンドウとコメント欄の光が一斉に視界へと雪崩れ込んできて、俺の瞳を激しく明滅させる。

《戦闘が終了しました。パーティエリアを離脱します》

無機質なアナウンスとともにカウントダウンが刻まれる中、俺は隣に立つ相棒へと視線を向けた。

「ミーナ、驚いたわ。色々と準備しすぎよ、あとで絶対詳しく聞かせなさいよね?」

「もちろんです、ふふ、リエラ様!」

わざとらしく余裕の笑みを浮かべてそう返そうとすると、ミーナがリエラの頭をよくできました、的な形でなでなでしはじめた。その瞬間、空間全体が揺れるほどの勢いでコメント欄が爆発した。

え、あれ!? いや、まぁ身長差的には絵になるけど……!?

《うおおおおおお!!》《まさかのミナリエエンドwww》《てえてえがすぎる》《ボス戦よりこっちメインだったか》

カウントダウンが終わりを告げ、俺たちはゆっくりとパーティエリアから離脱していく。

ちょ、ま、え、えええ!? ミーナのイケメンムーブは確かにたまにあるけども、あるけどもさ!

身体の奥に居座る捕食の満足感に加えて、今は戦いを終えたばかりの心地よい熱が全身を巡っていたものの、今ので一瞬で吹き飛んだ。

ボス部屋の離脱が完了すると、扉前まで戻って来た。扉前には冒険者たちが待ち構えていて、それぞれに感想を言い合っている。「すごい……」「これ、二人だけにしか不可能な攻略だよな」「普通のパーティなら確実に崩壊してるって」半ば呆然とした顔でこちらを凝視している。

中には未だに開いた口が塞がらないプレイヤーまでいて、さっきまでの戦闘がいかにこのパーティ独自のものだったのかを改めて実感させられた。

その時、喧騒を切り裂くようにして、透き通るような美しい声が響いた。

「……すごいね」

俺が声のした方へ顔を向けると、そこには一人の少女が、熱のこもった眼差しでこちらをじっと見つめていた。現実離れした水色の長い髪が光を反射して淡く輝き、白を基調とした洗練された衣装が彼女の神秘的な美しさを際立たせている。一目でわかるほど整ったその顔立ちに、俺は思わず息を呑んだ。

「え?」

勝利の余韻に浸っていたコメント欄が、その人物の登場によって瞬く間に塗り替えられていく。

「―― 羽衛(うえい) ミルキー……様……!?」

隣にいたミーナから、押し殺した悲鳴のような声が漏れた。そう、この人は超有名VTuber、その本人だ。彼女は少し目を細めると、どこか楽しそうに唇を綻ばせた。

「一緒に冒険したくなってきちゃった」

その一言が放たれた瞬間。《!?!?!?!?》《ミルキーまで来てたのか!?》《いきなりのコラボフラグ!?》《やばすぎる展開だろ……》《リエミル!? ちがうかミルリエ!?》《特大の大物きたあああああ!!》《いやガチで熱い視線送ってるぞ》

コメント欄はまたもや地獄のような盛り上がりを見せる。すると今度は、彼女の横からとろけるような甘ったるい声が割り込んできた。

「ミルるん、抜け駆けはダメだよぉ〜?」

獣耳をぴこぴことリズミカルに揺らしながら、ふわふわとした獣人アバターが頬を膨らませて詰め寄ってくる。

「ネネとも遊ぼうよぉ、リエラちゃん♡」

その甘い声色に、リスナーたちのボルテージはさらに限界を突破した。

--天神ネネ。この子は確かストリーマーで、どちらかというとゲームと雑談半々くらいで人気のある人物だった気が……。

《ネネまで!?》《突発コラボの渋滞すぎる》《リエラ争奪戦始まったなこれ》《お嬢様モテすぎだろ》《捕食対象が増えてて草》《リエラ、逃げろ!!》《一体どういう状況なんだよ!?》

突如として現れた二人の大物配信者と、その場の異様な空気。しかし、それを目の当たりにした瞬間、隣にいたミーナが驚くほど速く落ち着きを取り戻し、ス……と静かに口角を上げた。

ああ、これ、俺はよく知っている。彼女が完全に「プロデューサーモード」へ切り替わった時の顔だ。

「……今、確かに言いましたね?」

「「え?」」

大物ふたりの声が重なって響く。

ミーナが、にこぉ、と満面の笑みを浮かべる。しかしその笑顔には、隠しきれないほどの圧倒的な圧が宿っていた。

「今、“一緒に冒険したい”とおっしゃいましたよね?」

「えっ、あ、いや、まあ……言ったけど」

ミルキーがその勢いにたじたじになっている。

「正式なコラボ希望として受理させていただきますね! みなさん、聞きましたよね!」

視聴者を証人に、とんでもないことを言い出す。

「ちょっと、返答のキレとか判断とか早くない!?」

ミーナ、営業強者すぎるだろ。

下手したら前職営業だった俺なんかよりよっぽどすごいぞ。大学一年生だというのに、勘所や反応速度がもはや一流企業並みなんだよ。

しかも目がキラッキラと輝いていて、絶対に今、脳内で「登録者数爆増シミュレーション」をミリ秒単位で回しているに違いない。するとネネまでが「あ、じゃあネネも混ぜて〜♡」と便乗し始め、ミーナは即座に「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。

とはいえ、初配信にして功績をすべてミルキーやネネに持っていかれた気がして、

「ちょ、ちょっと、今はリエラ様の放送中なんだから、勝手に進めないでちょうだい……!」

思わず素の声で口を挟んだ。その瞬間、自分自身の抱いた感情に少しだけ驚いてしまう。

少し、胸の奥が痛かった。

……あれ。なんだろう、今の。

胸の奥が、もや、とした。まるで、大切なミーナを他の誰かに取られてしまったかのような、妙に落ち着かない感覚。

いやいや、違う違う。別にそういう変な意味じゃなくて。

これはその、なんだ。ほら、今は大事な時期だからとか、大切な共同経営者なわけで……。

……うん。うん?

大事ならミルキーとネネとのコラボを取り付けるほうがよっぽど大事だろ。

心の中で言い訳を重ねれば重ねるほど、かえって変な方向へ迷い込んでいる気がしてならない。

俺が内心でぐるぐると葛藤している間にも、ミーナは完全に有能な配信者モードへと没入していた。

「そうですね! コラボの詳細は後日、リエラちゃんねる、今後とも末永くよろしくお願いしますっ!」

ミーナが手を振ると、まるでそこにいたのが当たり前のように、ミルキーもネネも手を振る。

しまった主役のリエラが乗り遅れるわけには……!

「え、っと、よ、よろしくね!」

結局最後までコメント欄はミルキーとネネの話題で終わっていった。

ふたりが顔見せだけでも配信に参加したことにより、本当に本当に伝説の一夜になったのである。

配信ポットがミーナのイベントリーに収納される。

俺は小さく咳払いをして誤魔化すと、わざとらしくツインテールを優雅に翻しながら、彼女たちやここまでミラーなどのに協力してくれた冒険者たちに改めて顔を向けた。

「冒険者の皆さん、そして、ミルキーさん、ネネさん駆け付けてきてくれて、とっても驚いたけど……みんなのおかげで初配信無事乗り切ることができたわ。べ、別にお礼をいいたいわけじゃないけど」

「あははツンデレっこかわいい~」「ほんとにVtuberみたいね」

とふたりからそれぞれの意見が出る。

「ひとまず、ネネの顔見せはこれくらいで終わりかな~?」

「そうね、ミーナさん、突然お邪魔しちゃってごめんなさいね」

「いえいえいえいえ! あの、さっきは配信の手前、勢いでああいってしまいましたが、後日必ず書面にしてお送りいたしますので少々お待ちください」

ふふ、と笑うふたり。ミーナすっかりビジネスモードである。いや、ありがたいけど……、ありがたいけどさぁ……、もっとねぎらってほしいなぁなんてメンタルまで乙女化しつつあることに首をぶんぶんと横に振り払いその考えをしまうことにした。

ほかの冒険者たちもどこか二人に会えて上の空のような、夢を見ているような顔をしている。

これがカリスマ、これがトップか、俺がこれから目指すべき道の遥か先にいる人たち。

その事実を心に刻み、洞窟を後にした。