軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

VSチンピラLV70

「もうめんどくせぇ。どうせ低レベルだろ、わからせちまおうぜ」

三人組のうち、槍を背負っていた男が、そう吐き捨てるように言った。

ギルドの空気が、ぴり、と硬くなる。

さっきまで周囲にあったざわめきが、ほんの少しだけ薄まった。完全に静まり返ったわけじゃない。けれど、周囲の何人かがこちらへ視線を向け、カウンターの奥にいたギルド職員も、明らかにこちらを意識したのが分かった。

男はその視線に気づいているのか、いないのか。いや、気づいているのだろう。そのうえで、見せつけるように武器へ手をかけた。

槍の柄が、ぎしりと革の留め具から外れる。

金属の穂先が、ギルドのランプの光を反射して鈍く光った。

「ギルド内での私闘は禁止されています」

受付の奥から、冷静な声が飛んだ。

ギルド職員だ。昼夜で顔ぶれは変わるらしいが、今カウンターに立っている職員は、淡い灰色の制服を着た男性NPCだった。声は落ち着いているが、目だけは鋭い。システムに基づいて警告しているのだろう。職員の足元に、うっすらと警告用の魔法陣らしきものが光っている。

槍の男は、ちっ、と舌打ちした。

片手剣の男が肩をすくめる。

杖持ちの男は、薄笑いを浮かべたままだった。

俺は、その警告を聞いて、ふっと笑った。

なるほど。ギルド内では禁止。

つまり――他の場所なら可能ということだ。

俺はわざと声を少し大きくした。

「あら、じゃあどこならオッケーなの?」

三人組の視線がこちらに向く。

周囲の視線も、さらに集まる。

俺はその中心で、胸を張った。シスター服の金色のクロスチャームが小さく揺れる。尻尾が、背中側でゆらりと動いた。

「目一杯、負けた方のペナルティが重くなる戦闘ができるエリアは?」

ギルド職員の表情が、ほんのわずかに動いた。

「そ、それは……」

言葉を濁す。なくはない。

その反応だけで十分だった。

俺の中で、何かがかちりと噛み合う。

PvP無効エリアで粘着されるのは面倒だ。逃げても追ってくるかもしれない。ミーナに絡むかもしれない。だったら、もっと強い形で釘を刺す必要がある。

向こうが「自分たちの方が強い」と信じて疑っていないなら、その自信ごと利用すればいい。

片手剣の男が、少しだけ表情を変えた。

「穏やかじゃねえな」

さっきまでの軽さは薄れ、声に低い圧が混じる。

「俺たちはレベル70超えてるんだぞ。その言葉の責任、取れんのか? NPCちゃんよ」

レベル70。周囲の何人かが、小さく息を呑んだ。

たぶん、この街周辺ではかなり高い方なのだろう。少なくとも、今の俺――レベル23から見れば、約3倍だ。正面から殴り合えば、普通なら勝負にもならない差かもしれない。

普通なら。俺は、微笑んだままだった。

心臓は、少し速い。

怖くない、と言えば嘘になる。けど、レベルアップによるパラメーターの上がり方を考えても、今の400以上のVIT値を越えて一撃死はありえないと確信した。

ならやりようがある、麻痺なり毒なりなんなりで耐久勝負の各個撃破。

それに……何故かこのPvPは避けられない気がしていた。

尻尾が楽しそうに揺れているのだ。

ぴくり、ぴくりと、背中の後ろで弾むように。

この子――と言っていいのか分からないが、俺の尻尾は、危険に対して妙な反応をする。吸収できる相手、獲物、液体の気配。そういうものに敏感だ。

今も、まるで待ちきれないみたいに揺れている。

片手剣、獲物。槍、獲物。杖、カモ。

杖使いを麻痺らせれば、あとはどうにでもなる。

そんな考えが、尻尾を通じて自然と頭の奥に浮かんでいた。

「バカね、もう一度言わないとわからない? 私、リエラ様を引き連れるに相応しいかって聞いたの」

俺は一歩、前に出た。

胸を突き出し、あえて、ゆっくり。

靴底が木の床を軽く叩く音が、妙に大きく聞こえた。

「ま、女の子相手に怖気付いちゃったのね……かわいそう」

その瞬間、槍の男のこめかみがぴくりと動いた。

よし。乗ってくる。

片手剣の男も、口元を引きつらせながら笑った。

「言うじゃん。あとで泣いても知らねえぞ」

「泣くのは、あなたたちじゃないかしら」

「はっ、レベル20台のくせに」

さっきも言ってた、今の調査クエストの状況から彼らは俺のレベルを判断している。

レベル20代、その認識でいい。その油断が欲しい。

ギルド職員が、手元の端末のような魔導板を操作した。空中に、半透明のウィンドウが開く。

《重罪決闘場》

その文字を見た瞬間、ギルド内の空気がさらに重くなった。

ただの模擬戦ではない。

重罪、という名前がついている時点で物騒だ。どうやらプレイヤー同士の高リスク決闘を行うための特殊エリアらしい。ギルド職員の表情も、明らかに硬い。

ウィンドウには、いくつかの項目が並んでいた。

《デスペナルティ任意》

《ドロップ設定任意》

《参加人数設定》

《観戦設定》

《同意確認必須》

うわ。思っていたより、かなり本格的な決闘仕様だ。

「いいんですね……?」

ギルド職員が、確認するように俺を見る。

尻尾が、ことさらワクワクしていた。

背中の後ろで、ぴくぴく、ゆらゆらと楽しげに動く。まるで「いける」と言っている。いや、また尻尾に人格を乗せるな俺。でも、この子との付き合い方も、だんだん分かってきた。

無理な相手には、ここまで弾まない。……ゴブリンの時はしてやられたけど。

でも、今は経験が増えた分より、この子の感情が分かる。吸える可能性がある。

崩せる可能性がある。そう感じている。

俺は、その感覚に乗ることにした。

「リエラ様にふさわしい、舞台はっと、デスペナルティ最大、装備ドロップあり、所持金ドロップあり」

ギルド内が、ざわりとした。

俺は続ける。

「お客さんも増えてきたのよ? せっかくなら楽しみましょうよ」

片手剣の男の笑みが、少し深くなる。

レベル差を考えれば、俺が自分から財産を差し出しているように見えるのだろう。

装備を失えば痛い。シスター服はタダでもらったものとはいえ、今ではかなり気に入っている。ポイズンニードルや魔ダーツも惜しい。所持金だって、なくなれば困る。

だが、それよりもミーナに被害が向く方が嫌だった。

それに、負ける前提で考えても仕方ない。

「私はその条件なら受ける。どう?」

俺は3人を見た。

片手剣の男は、仲間二人と顔を見合わせた。

槍の男は、完全に乗り気だ。目がぎらついている。杖持ちの男は、少しだけ俺を観察するように見ていたが、やがて肩をすくめた。

「いいんじゃない? ここまで言われて引いたら、こっちがダサいし」

「だな」

「NPCだろうがプレイヤーだろうが、回収できるもんは回収しようぜ」

回収。

その言葉で、俺の中の温度がもう一段下がった。

こいつらは、そういう遊び方をしている。

負けた相手から奪う。相手を見下す。都合のいい獲物として扱う。

だったら、ちょうどいい。

俺はにっこり笑った。

「ありがとう。分かりやすい人たちで助かるわ」

ギルド職員は、なおも渋い顔をしていた。

「設定を確認します。重罪決闘場、参加者四名。形式は三対一でよろしいですか?」

「ええ」

俺が即答すると、周囲がまたざわつく。

「は? 3対1……?」

「マジかよ」

「相手、レベル70超えって言ってなかった?」

「特殊NPCのイベントじゃない?」

ひそひそ声が増える。

だが、俺は気にしない。

むしろ、観客がいる方がいい。こいつらが何をしようとしていたか、どんな条件に乗ったか、全部見られていた方がいい。

「観戦設定は?」

ギルド職員が確認する。

俺は3人組を見る。

片手剣の男が笑った。

「ご要望通り、派手にやろうや」

「ええ、そうね」

俺も笑う。

「すぐ終わらせてあげる」

男の眉がぴくりと動いた。煽る。できるだけ煽る。

相手を冷静にさせない。これも戦いのうちだ。

ギルド職員が最終確認を出す。

《デスペナルティ:経験値10倍》

《敗者所持金ドロップ:有効》

《敗者装備ドロップ:有効》

《形式:3対1、チーム戦》

《観戦:有効》

《同意しますか?》

俺の目の前に、確認ボタンが浮かぶ。

指を伸ばす。少しだけ、鼓動が速くなる。

対人、本格的な……それもこの上ないペナルティでの戦い。

10倍がどれほどかわからないけど、70なら7とか下がるのか?

その時やつらはどんな顔をする……?

ああ、ああ……。『欲しい』

自分の意志とは関係なく口角があがる。

「……ふふ」

俺は確認ボタンを押した。

続けて、三人組も次々と同意する。決定音が鳴った。

ギルドの床に、青白い魔法陣が展開される。

周囲のざわめきが遠のき、足元から光が立ち上る。空気が一瞬、ひやりと冷たくなった。転送の感覚だ。

片手剣の男が、最後にこちらへ笑いかけた。

「後悔しても遅いぜ、ツインテちゃん」

「ええ」

俺は微笑んだ。

「忘れられない夜にしてあげる」

次の瞬間、視界が白く弾けた。

重罪決闘場へ、俺たちは転送された。

ブゥーンという謎のポータル音のあと、視界が白く弾けて、次に色を取り戻した瞬間――空気の質が、まるで違っていた。

重罪決闘場。

名前の通り、どこか息苦しい空間だった。広さはそこそこあるが、閉じている。壁は黒く鈍い石で囲まれていて、天井は見上げても曖昧に霞んでいる。遠くで低く唸るような音が響いている気がするのは、風なのか、それともこの空間自体が持つ何かなのか。地面は乾いているのに、どこか湿気を含んだような匂いがする。血の匂い、と言ってしまえばそれっぽい。

足裏に伝わる感触は、固い石。

けれど滑りにくい。踏み込めばしっかりと反発が返ってくる。戦うための床だ。

俺は軽く肩を回した。シスター服の布が擦れる。胸元がわずかに揺れて、視界の端で白と黒が揺らめく。……うん、やっぱりこの身体、戦闘中に主張が強いな。邪魔、とまでは言わないけど、意識を持っていかれる。営業時代のスーツにはこんな機能はなかったぞ。いや、当たり前だけど。

目の前には、三人。片手剣、槍、杖。

対して、俺は腕を腰に当て片手をぶらんとさせている。尻尾にポイズンニードルを握らせておしゃれしてる。

いかにも毒針です的な見た目に、そこから繰り出される攻撃を予想させる。こっちがある程度近づかないと何もできないと思っていてくれたらありがたい。

それぞれが一定の距離を取って立っている。余裕のある構え。3対1という状況に、何の疑いも持っていない配置だ。いや、むしろそれを楽しんでいる。

そのうちの槍使いと剣使いが、にやにやと笑いながら武器をぶらつかせた。

「ファーストアタックは譲ってやるよ」

軽い声。だが、その背後で――

杖使いの男が、すでに詠唱に入っていた。

空気が、わずかに震えている。魔力の流れ。見えるわけじゃないけど、肌で分かる。空気の密度が変わる感覚。喉の奥に、金属のような味が広がる。

(おいおいおい)

内心でツッコミを入れる。

(何が譲ってやる、だ。詠唱してるじゃないか)

あまりにも分かりやすい。

いや、むしろ隠す気もないのかもしれない。3人いるんだから、1人が準備している間に2人が時間を稼げばいい、という発想。正面からやっても勝てる、という自信。

なら、遠慮なく崩す。

「あら、優しいの……ね」

――ヒュンッ

俺は言いながら投げた。体がイメージ通り勝手に動いていた。右手に持った麻痺ダーツの感触。細く軽い。指先でつまむと、わずかにひんやりとしている。呼吸を一つ。

肩の力を抜く。軽い会話でもするように。手を払う。

――ヒュンッ!

風を裂く音が、耳元で鳴った。

「「?」」

剣使いも、槍使いも反応していない。

速射姿勢、手首さえ返せば、そこから投擲を放つことが出来る。不意打ち特化スキルだ、一応DEXにボーナスが入るが今の俺にとってはおまけだ。

そういう訳でこのスキル対人以外にどう使うのか教えてほしいものだね、トビートミーくん。

状態異常強化の乗ったダーツがビスビス、と、杖使いの肩と腕に突き刺さる。