軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《嘆きの石窟》調査クエスト

「……次は、他のダンジョンに行ってみたいけど、どうかしら?」

オレンジジュースのグラスを置きながら、俺はそう切り出した。

バーのテーブルには、すっかり食べ終えたランチプレートと、スキル振りのメモ代わりに開いたウィンドウが残っている。昼の柔らかい光が窓から差し込んで、木目のテーブルの上を淡く照らしていた。さっきまでダンジョンでゴブリンを燃やしたり吸ったりしていたとは思えないほど、空気は穏やかだ。

「もちろんです! どこにいきますか?」

ミーナはグラスを両手で包むように持ったまま、少しだけ目を瞬かせた。

「元々、この街の周囲にあるところは片っ端から行くつもりだったけど……」

言いながら、俺は内心でこっそり補足する。

――吸収対象を増やすために。

もちろん、それを正面から言うとだいぶ物騒になる。いや、もうミーナにはだいたいバレている気もするが、それでも言い方というものがある。冒険者らしく言えば、探索。成長。戦力確認。新しい素材集め。きれいな言葉を選びつつ。

「まずは……多種多様なモンスターがいるところがいいわね」

俺はギルドで見かけた依頼一覧を思い出しながら言った。

「嘆きの石窟、行こっか!」

ミーナの表情が少しだけ引き締まる。

「嘆きの石窟……自然洞窟型のダンジョンですよね。たしか、出てくるモンスターの凶暴化が進んでるって聞いたことあります」

「そうなの? まぁ、暴力的なのはなによりよ」

「あはは……リエラさんはそうかもしれませんね」

種類が多い。凶暴性が高い。

それはつまり、獲物の方から寄ってきてくれて、さらに吸収対象の種類が多いということだ。

単純に吸収種類を増やすのに一番手っ取り早いのでは?

「ミーナの火魔法の試運転にもよさそうだし」

「はい、火力は上がってると思います、頭が冴えてると言いますかこう直接使い方がわかってきたというか」

なるほど、俺の身体で起こっていることの魔法版か……頭が冴える……いいなぁちょっと体験してみたい……。

「ま、なんにせよ決まりね!」

ギルドでは受付嬢がいつもの涼しい顔で淡々と処理を進めた。

ゴブダンの討伐報酬、素材買取、ダンジョンクリアボーナス。金額がウィンドウに表示されるたび、俺の心は少しずつ潤っていく。現実では給料日まで財布を気にしていた営業マンが、ゲーム内で素材換金に一喜一憂している。人生、どこでどう転ぶか分からない。いや、転び方が変すぎるけど。

そのまま、俺たちは新しいクエストを受けた。

《嘆きの石窟の調査》

内容は、いわゆるマッピングクエストだった。指定エリアを一定以上探索し、地形情報をギルドへ持ち帰る。ついでに内部のモンスター分布も確認できれば追加報酬。

派手な依頼ではない。

だが、やらないよりはマシだ。

どうせ行くなら受けておく。冒険者の基本である。たぶん。

「こういう地味な依頼、好きです」

ギルドを出るとき、ミーナがぽつりと言った。

「そうなの?」

「はい。ちゃんと冒険してる感じがするんですよね」

その感覚は、少し分かる気がした。

ボスを倒すとか、ネームドを討伐するとか、そういう派手なことももちろんゲームらしい。だが、地図を埋めるために洞窟へ入る、見たことのない場所を歩く、何がいるか分からない場所を調べる。そういう行為には、別種のわくわくがある。

「じゃあ、目指すはS評価、しっかり調査しましょうか」

「はい!」

ミーナの返事を聞きながら、俺たちはレアルタの門を出た。

嘆きの石窟は、街からそう遠くない場所にある。草原を抜け、緩やかな丘を越え、森と岩場が入り混じる地形へ進む。ゴブリンの洞窟が廃村の奥に潜む“人工的な怪しさ”を持っていたのに対し、こちらは最初から自然に飲まれている印象が強かった。

風に混じる匂いも違う。

草原の青い匂いから、湿った苔と石の匂いへ。足元の土は少しずつ硬くなり、小石が増える。遠くで水の流れる音が聞こえた。鳥の声は少なくなり、代わりに、岩場の隙間を抜ける風がひゅう、と細く鳴る。

やがて、岩壁の裂け目のような入口が見えてきた。

「……ここね」

嘆きの石窟。

名前だけ聞くと、幽霊でも出そうな陰気な場所を想像していた。だが実際の入口は、もっと自然だった。ごつごつした岩肌の間にぽっかりと開いた穴。周囲には濃い緑の苔が広がり、小さな白い花まで咲いている。入口から流れ出す空気は冷たく、湿っていて、どこか水辺の匂いがした。

「思ったより綺麗ですね」

ミーナが小さく呟く。

「ええ。名前で損してるわね」

嘆き、と言うからには、もっとこう、入った瞬間に怨念がまとわりつくような場所かと思ったのに。少なくとも入口は、普通に自然公園の鍾乳洞っぽい。入場料を取られても納得する雰囲気だ。

俺たちは軽く準備を確認してから、中へ入った。

中は、まさに自然ダンジョンだった。

ゴブリンの洞窟とは違い、通路の形が整っていない。壁は曲がりくねり、床は場所によって傾斜があり、岩の裂け目から細い水が流れている。天井からは鍾乳石のようなものが垂れ下がり、ところどころで雫が落ちて、透明な水たまりに波紋を作っていた。

ぽたり。ぽたり。水音が、洞窟の奥へ反響する。

壁一面に苔が広がっている場所もあった。濃い緑、青みがかった緑、銀色に光る薄い苔。それらが魔力を含んでいるのか、淡く発光していて、松明なしでも足元が見える。ひんやりした空気が肌を撫で、シスター服の裾をわずかに揺らした。

「……いいわね」

俺は素直にそう思った。

薄暗いのに、嫌な暗さじゃない。

静かで、湿っていて、どこか神秘的だ。

それに――

「モンスターの気配、なんだか多いですね」

ミーナが杖を握り直す。

「ええ」

俺も魔ダーツを指の間に挟んだ。

さすが多種多様と噂されるだけある。洞窟に入って少し進んだだけで、あちこちから違う気配がする。水辺に潜むもの、岩場に張り付くもの、苔の影でじっとしているもの。

そして最初に姿を現したのは、濡れた石の上をぴょんと跳ねる小さな影だった。

半透明の身体に、丸い目。

青緑色のスライムに、苔のようなものが生えている。

「モススライム……かしら」

鑑定表示を見ると、その通りだった。

モススライム。

スライムの一種。

俺は一瞬だけ、千匹分の洗剤味を思い出して遠い目になった。

「……これは、もういいかも」

「吸わないんですか?」

「スライムは限界まで吸ったし……それに見て」

尻尾がなんか萎びてる。この子は吸えると基本的にはルンルンしてる、けどお腹いっぱい(尻尾基準)だと今みたいにそっぽ向いているというか、ある程度自分でも動かせるが、この子自体も独立して何か別のことを考えているように見え……なくはない。

「リエラさんの尻尾ちゃん、元気ないですね……」

そう言ってミーナは尻尾のハートマークを撫でる。

「ひゃうっ!」

全身にぞくぞくぞくと言う感覚が走り考えるより先に声が出てしまった。

ミーナが少しイタズラっぽい顔をした。

「い、行くわよ!」

誤魔化すように先に進む。

次に出てきたのは、壁を這う大きなトカゲだった。

体表は岩と同じような灰色で、背中に小さな結晶が生えている。岩肌にぴたりと張り付いていて、よく見ないとただの石にしか見えない。

「ロックリザード」

ミーナが表示を読む。爬虫類系。硬そう。

尻尾が明らかにぶんぶんと滾っている。

たぶん焼いたら、鶏肉みたいな味がするかもしれない。

……いや待て、自然に味を予想するな。

俺の思考、だいぶ吸収基準に汚染されている。

さらに奥へ進むと、水たまりの中から細長いものが跳ねた。

銀色の魚のようだが、頭に小さな角がある。

「スピアフィッシュです」

ミーナが言う。魚。魚だ。俺の尻尾が、ぴくりと動いた。

「……海鮮?」

「淡水じゃないですか?」

「細かいことはいいのよ」

次に現れたのは、天井からぶら下がる半透明のクラゲのような魔物だった。水中ではなく空中を漂っている。青白く光る触手が、ふわふわと揺れていた。

「あれは、ルミナスジェリーですか」

「ジェリー……」

またゼリー系か。

でも見た目は綺麗だ。味は……いや、考えるな。

さらに少し広い水辺の空間へ出ると、岩の隙間から小さな甲殻類がぞろぞろ出てきた。

赤黒い殻。大きなハサミ。

「ケイブシュリンプ」

俺は名前を見た瞬間、無意識に唾を飲み込んだ。

海老! 海老っぽい!

しかも洞窟産。

「……ミーナ」

「はい」

「火魔法、準備」

「え、もう食べる前提ですか?」

「違うわ。戦術よ!」

「ひとまず戦いやすい場所を見つける意味でも、探索の範囲広げませんか?」

「う……そうね……」

ミーナの視線が俺の口元に向かう。

よだれ、出ちゃってたか……。

そして――決定打が現れたのは、その直後だった。

水辺の奥。大きめの空洞。

岩と水の境目に、どっしりとした影があった。

最初は岩かと思った。だが、それはゆっくりと動いた。硬い殻。太い脚。巨大なハサミ。青黒い甲羅に、苔と貝殻のようなものが貼り付いている。

表示される名前。

ジャイアントクラブ。

「……」

俺は黙った。

ミーナも黙った。

巨大な蟹が、こちらを向いた。

ハサミを掲げる。カチン、と硬質な音が洞窟に響いた。「こんにちは! 僕はジャイアントクラブ、カニさ!」なんて幻聴が聞こえた。

「……食材の宝庫じゃない」

口から、素直な感想が漏れた。

モススライムはまぁ、経験値だとして。

ロックリザード。スピアフィッシュ。ルミナスジェリー。ケイブシュリンプ。そしてジャイアントクラブ。

多種多様。確かに多種多様だ。

だが俺の目には、もう半分くらい食材リストに見えていた。いや、もちろんモンスターだ。敵だ。危険だ。戦うべき相手だ。

でも、極め付けは蟹だ。

火を通せば、きっと――

「よだれ出ちゃうわね……」

「リエラさん……」

ミーナが少し微笑み、あきらめたような顔をする。

俺は慌てて口元を拭った。いや、実際に出ていたかどうかは分からない。だが、出ていてもおかしくないテンションだった。

ジャイアントクラブが、再びハサミを鳴らす。

その音で、俺はようやく戦闘態勢へ戻った。

「……さて」

魔ダーツを指の間に挟む。尻尾が、期待するように揺れる。

「まずはししょ……調査ね」

「今、絶対に試食って言いかけましたよね?」

「気のせいよ」

俺は胸を張り、嘆きの石窟の薄青い光の中で、にっこりと笑った。洞窟の冷たい空気の中、俺たちの次の冒険が始まろうとしていた。