軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

サウナっぽい何か。ミーナのバ火力

「ミーナはここにいてね」

俺は、少しだけ広くなった区画の中央付近で足を止め、背後を振り返った。

そこは洞窟の中にしては視界が開けていて、左右の壁との距離もそこそこある。天井も高く、青白い鉱石がまばらに光っているおかげで、足元の凹凸も見やすい。地面は湿っているが、ぬかるんではいない。戦う場所としてありだろう。

いや、正確には――“燃やす場所”として悪くなさそうだ。

ミーナは杖を胸の前で握りしめ、少し不安そうな顔で俺を見ていた。赤い髪が洞窟の淡い光を受けて、暗闇の中でもほんのりと暖かい色に見える。昨日よりはずっと落ち着いているけれど、俺がこれからやろうとしていることを察したのか、眉のあたりが若干引きつっていた。

「私が行ったら、そうね……パーティチャットで合図するから、ファイアーウォールを唱えてて」

「えっと……本当にやるんですか?」

「やるわ」

できるだけ自信満々に答える。

内心は、まあ、八割くらいワクワク、二割くらい不安だった。

だって、普通はやらないだろう。敵を集めて、後衛の魔法でまとめて焼く。そこまでは分かる。MMOではよくある戦法かもしれない。けれど問題は、その炎の中に自分も突っ込む予定でいることと、ミーナにヘイトが行かないかどうか。

「……リエラさん、火耐性はないんですよね?」

「ないわね」

「ないんですよね!?」

ミーナの声がひとつ高くなる。

俺は軽く咳払いした。

「でも、VITは魔法防御にも適用されているし」

そう、そこだ。最初にスライムを啜っていた時に上がっていくVITを見て、お、魔法防御にも適応されるんだ~、へ~なんておもっていた。

VITは主にHP補正、耐久、状態耐性の一部、そして魔法防御にも影響している。

もちろん、属性耐性がない攻撃を完全に無効化できるわけではない。火に対して火耐性があればもっと安全だろう。だが、今の俺のVITは明らかに同レベル帯の常識を壊している。普通のプレイヤーが受けたら危ない炎でも、俺なら多少は耐えられる。

……多少どころか、たぶんけっこう耐えられる。

「だからって、燃えに行くのは違うと思うんですけど……」

「大丈夫よ。危なかったらダンジョンから出るから」

「その“危なかったら”の判断が信用できないんです!」

「失礼ね」

いや、まあ、少し分かる。

俺も俺をそこまで信用していない。

しかし、ここで試しておきたいのだ。ミーナと俺の組み合わせが、どれくらい無茶を許すのか。どこまでまとめられるのか。どこまで燃やせるのか。

パーティ戦術の確認である。

たぶん。おそらく。

「とにかく、ミーナはここ。私が戻ってくる方向に合わせて、通路を塞ぐようにファイアーウォール。いける?」

ミーナは不安そうにしながらも、杖を握り直した。

「……はい。やってみます」

「いい返事ね」

俺は満足げに頷き、背中の尻尾を軽く揺らした。

洞窟の奥からは、すでに複数の気配がしている。足音。唸り声。ゴブリン特有の、喉の奥を鳴らすような不快な声。それらが岩壁に反響して、数以上に多く聞こえる。

「じゃ、行ってくるわ」

そう言って、俺は一歩踏み出した。

湿った地面を蹴る。

シスター服の裾が揺れ、腰のチェーンが小さく鳴る。昨日までの初心者装備とは違う。動くたびに衣装の重みと飾りの感触が身体に伝わってきて、少しだけ“冒険者らしさ”が増した気がする。まあ、方向性はだいぶ特殊だけど。

通路の曲がり角を抜けると、早速いた。

ゴブリンが二匹。

ひとりは棍棒持ち。もうひとりは短剣持ち。どちらも俺を見た瞬間、ぎょろりとした目を向けてきた。

「はい、まずあなたたちね」

俺は指の間に、緑色の魔ダーツと赤いダーツを挟んだ。

毒ダーツ。そしてタウントダーツ、タウントダーツは俺の中で唯一のヘイト管理ツールだ、状態異常強化が乗ってくれればいいけど、ヘイトに関してはよくわからない、たぶん乗るとは思う、たぶん。

毒はトビートミー由来の魔ダーツの中でも、いちばん扱いやすい状態異常だ。麻痺ほど即効性はないが、時間をかけて削れる。今やりたいのは、倒すことではない。ヘイトを集めて、まとめて、燃やすことだ。

半身になる。左手で軽く胸元を支え、右手を引く。

昨日までなら絶対に考えられないくらい、動きが自然だ。投擲スキルの補助が入ると、身体が勝手に“正しい形”へ寄っていく。スキルってすごい。いや、こういうスキルを最初から取れていたら、俺の序盤ももう少しまともだったのでは? と思わないでもない。まあ、今さらだ。

ヒュッ。ヒュッ。

一本、二本と連射する。

棍棒持ちの肩と足に刺さる。

ダメージ表示は安定の1と1。

「うん、強い!」

自分で言って、ちょっと笑う。

ヒュッ。ヒュッ!

二匹目。

短剣持ちの太ももに2本。こちらも1と1。

まれにクリティカルで2が出るらしいが、誤差もいいところだ。俺の攻撃の存在意義とは。だが、状態異常強化が乗った毒エフェクトは、刺さった場所からじわりと緑色に広がる。そして赤いダーツはポフッと微かに煙が乗る。たぶんヘイトを買っている、気がする。

ゴブリンたちが怒ってこちらへ走り出す。

よし。成功。俺はそのまま踵を返さず、さらに奥へ進む。背後から二匹が追いかけてくる。棍棒が背中に当たる。

ぽよん。

短剣が脇腹に触れる。

ぽすっ。

ダメージは0。

「はいはい、ついてきなさい」

完全に誘導である。

次の広間には、さらに三匹いた。

ゴブリンたちは何か骨のようなものを囲んでいたが、俺を見るなり一斉に顔を上げる。朝礼中だったのかもしれない。邪魔して悪いが、こちらも仕事だ。

ダーツを抜く。

ヒュッ、ヒュッ。

連射。一匹目、二匹目。三匹目には、少し距離を詰めてから投げる。

ヒュッ。当たる。ダメージ1。

「やっぱり弱いわね!」

自虐なのか挑発なのかよく分からないことを言いながら、俺はまた走る。

背後の足音が増える。

五匹。さらに横穴から二匹。しっぽが手持ち無沙汰になっていたので、試しにポイズンニードルを握らせてみる、お? これいい感じじゃないか?

ダーツ。そしてニードルでぷす、ぷす。

結構ご機嫌かもしれない。しっぽが嬉しそうに応える。

投擲は感覚としてはポイズンニードルのダーツ版だ。やっていることは同じ。敵にちょっかいをかける。怒らせる。連れていく。そこにしっぽがあおるようにぷすぷすしてる。いやがらせにもほどがある……。

近づかなくてもヘイトを取って近づいてからもしっぽがオートでぷすぷすする。毒をばら撒ける。動き回りながら複数の敵をまとめられる。

「これ、便利すぎない?」

思わず笑みが漏れる。

攻撃力は低い。最低レベルだ。でも俺に必要なのは攻撃力じゃない。敵の視線をこちらへ向けさせること。動きを誘導すること。毒を入れること。

それができるなら、ダメージ1だろうが問題ない。

背後からゴブリンたちがわらわらと追ってくる。足音が重なる。怒声が重なる。棍棒が壁に当たって乾いた音を立てる。洞窟の空気が一気に騒がしくなっていく。

「……ちょっと多いかしら」

ちらりと後ろを見る。

20匹は超えた?

いや、30匹くらいいるか? さらに奥から別の声もする。

うん。まあ。来るなら来い。

「……楽しくなってきたわね」

完全に悪い癖が出ている。

ここで冷静なプレイヤーなら引き返す。俺も引き返すべきだ。

だが、今の目的は“乱戦でどうなるか”の検証だ。なら、ある程度まとまってくれた方がいい。

俺はさらに奥の角まで走り、最後にそこにいた斥候ゴブリンへ毒ダーツを一本投げた。

ヒュッ。

刺さる。

ダメージ1。

「はい、あなたも」

その瞬間、斥候が角笛を吹こうとした。

「どうぞ」

わらわらと集まってきたゴブリンにぷすぷす刺していく、これで十分だ。

ちなみにこの間俺はぼっこんぼっこんに殴られているがダメージは0なので割愛だ。

俺はパーティチャットを開く。

《今よ!》

短くしゃべる。

通路の向こうから、濃く魔力の気配が膨らむのを感じた。

ミーナが詠唱を始めている。

俺は一気に踵を返した。

背後――いや、今は前方になったゴブリンの群れが、怒り狂って押し寄せてくる。視界いっぱいに緑色の小鬼。棍棒。短剣。叫び声。洞窟の臭気が一気に濃くなる。

その向こう、通路の先に、赤い光が生まれた。

「ファイアーウォール!」

ミーナの声が、洞窟に響いた。

次の瞬間、通路を塞ぐように炎の壁が立ち上がる。

ごう、と空気が鳴った。

湿った洞窟の空気が一瞬で熱を帯び、頬に熱風が叩きつけられる。青白い鉱石の光を押し潰すように、赤と橙の炎が揺れ、岩壁に影を踊らせた。ぱちぱちと音を立てて燃える炎は、本物の焚き火よりもずっと濃い。魔法の炎だ。熱の層が目に見えるみたいに分厚い。

普通なら、そこで立ち止まる。

回り道を探す。あるいは、炎が消えるまで待つ。

だが――

「おじゃましまーす!」

俺は走った。そして、炎の中に入った。

「……うーん」

熱い。当たり前だ。火だもの。

だが、想像していたような焼ける痛みはない。そこはゲームだから痛みや熱さはもちろん制限されている。けど少しこう表面というか皮膚がじりじりと炙られるような感覚はある。HPの減りはごくわずか。むしろ、全身を熱に包まれる感じが、どこか知っている感覚に似ていた。

「……サウナ!」

思わず声が出た。

いや、何言ってるんだ俺は。

でも本当にそんな感じだ。高温の空気に包まれ、息を吸うと喉の奥が熱くなる。視界が赤く揺れて、衣装の金色のチャームが炎を反射してきらきら光る。肌に当たる熱は強いけれど、あったかい感じ。HPはスリップのように1、1、1、1、1、1、0、1、0みたいな感じで減っている。

VITは魔法防御にも適用されるが耐性はない、というのが正しい解釈であってそうだ。

もちろん、立ち止まり長居すれば危ないだろう。だが、通過する程度なら問題ない。

問題があるのは――ゴブリンたちの方だ。

俺を追って突っ込んできた先頭のゴブリンが、炎に触れた瞬間、悲鳴を上げた。

「ギャアアッ!」

その身体に火が移る。毒ダーツで弱り始めていた体力が、炎の継続ダメージでみるみる削られていく。

しかし、止まれない。

ヘイト行動に従っているのか、俺へ向かう動きはそのままだ。後ろから押されているのもある。結果として、ゴブリンたちは次々と炎の壁へ突っ込んでくる。

「……ごめん、でもこれは効率が良すぎるわ」

俺は炎の中を駆け抜けるのをやめねっとりと歩く。むしろ、走らない。

あえて歩いた。サウナ気分で。ゆっくり、堂々と。

背後ではゴブリンたちが次々と炎に包まれている。叫び声、燃える音、毒のエフェクト、経験値ログの予兆。それらが一気に重なって、洞窟の中が地獄みたいな色になる。

いや、地獄を作ってるの俺たちだな。

そのまま炎を抜けると、目の前にミーナがいた。

彼女は杖を構えたまま、完全に固まっていた。

「どえええええ!!?」

想像以上の叫びが洞窟に響く。

「リエラさん!? なんで炎の中を普通に歩いてるんですか!?」

「熱かったわ!」

「感想それですか!?」

いや、でも本当に熱かっただけなのだ。

少しHPは減ったが、大したことはない。装備も燃えていない。シスター服の裾が焦げることもない。ゲーム的保護なのか、装備の耐久が削れない仕様なのかは分からないが、戦闘中装備が壊れて裸になるほうが問題あるのだろう、とにかく問題なし。

背後で、炎の中のゴブリンたちが次々と倒れていく。

その瞬間、ログが流れた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

いや、多い。

大量の取得ログが、視界の端を一気に埋めていく。

《ゴブリンを討伐しました》

《経験値を獲得しました》

《ゴブリンを討伐しました》

《経験値を獲得しました》

《ゴブリンを討伐しました》

《経験値を獲得しました》

《パーティメンバー:ミーナのレベルが上がりました》

《パーティメンバー:ミーナのレベルが上がりました》

「……お」

俺は目を瞬かせる。

ミーナがレベル2アップした。

本人もログを見ているのだろう。口を半開きにして、杖を持ったまま動かない。

「あ、あへえ……」

出てきた声が、完全に処理落ちしていた。

ちょっと面白い。

「ミーナ?」

「い、今、何が……?」

「ゴブリンを燃やしたのよ」

「それは分かりますけど、分かりません……」

分かる。分からないことが分かる。

俺も若干そうだ。あまりにも効率が良すぎた。昨日までの俺の苦労は何だったのかと思うくらい、敵が一瞬で消えた。毒で弱らせ、炎でまとめて焼く。しかも俺がヘイトを集めて誘導できるから、敵がきれいに範囲魔法へ吸い込まれていく。

完全に噛み合っている。

俺の方にもログは流れているが、レベルは上がっていない。ゴブリンの吸収限界も来ているし、経験値の入り方もミーナとは違うのだろうか……。

「ふむ……」

俺はステータスの変化を確認しながら、少し考える。

リエラは上がらない。ミーナは上がる。経験値テーブルか、ダメージボーナスか、あるいはその両方か。とはいえ、ミーナの火力が上がれば俺もそれにあやかれる。

ということは、基本的にミーナの火力に合わせて狩場を決めていけばよさそうだ。

ミーナが強くなれば、俺たちの火力が上がる。俺はすでに耐久が過剰気味だ。なら、このパーティの方針はミーナの火力強化を優先しよう。

「いいわね」

俺はにっこりと微笑んだ。

ミーナがびくっとする。

「魔法一発でレベル2アップ」

「い、いや、今のは色々おかしいです!」

「この調子で行こっか!」

「行くんですか!?」

ミーナの声が裏返る。

俺は胸を張った。

炎の熱でまだ少し頬が火照っている。シスター服の金のチャームが、揺れるたびにちり、と小さく鳴る。背後では、ファイアーウォールの残り火がゆっくりと弱まり、洞窟の闇が少しずつ戻ってきていた。

だが、俺の中のテンションは逆に上がっていた。

これはいける。

いけてしまう。

「次は、もう少し多くてもいいかもしれないわね」

「だめです! まずはリエラさんの回復確認です!」

ミーナが慌てて叫ぶ。

その現実的な制止に、俺は少しだけ口を尖らせた。

「むう、減ってないしいいじゃない」

「むう……そ、それでも確認は大事です!」

怒られた。

でも、そのやり取りすら楽しかった。

ひとりでは絶対にできなかった戦い方。

ひとりでは思いついても実行できなかった無茶。

それが、ミーナがいるだけで形になる。

俺は消えかけた炎の向こうを見つめながら、静かに笑った。

このパーティ、やっぱりとんでもないことになるかもしれない。