軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの新しい力

インスタントダンジョンのボス部屋に待ち受けていたのは、いい感じに禍々しさを漂わせる巨大な石像だった。その姿は、ダンジョンの最奥にふさわしい異様な存在感を放っている。

ボス部屋の中央に鎮座していたそれは、ただの石像兵を巨大化させたものではなく、どこか魔族の偉い人みたいな威厳があった。

六枚の石翼を背負い、頭には歪んだ王冠めいた角飾りを戴き、胸元には古代文字のような紋様が刻まれている。

石でできているはずなのに、肩や腕の造形は妙に生々しく、見上げるほどの巨体からは、冷たい圧がじわじわと降ってきた。

私たちが足を踏み入れた瞬間、石像の目がギンと青白く光を放った。それは侵入者を排除しようとする明確な意志の表れだった。

いかにも私を倒せばたっぷりと経験値をあげますよ、と言わんばかりの顔つきをしている。絶好の獲物を前にして、少しだけ気分が高揚した。

「捕食の方はどうですか?」

「残念ながらかわらず無理そうね。経験値にしかならない塊みたいだわ」

「さすがにシステムって感じですね」

「健康的ね」

ラオンとの死闘で味わったあの濃密さを思うと、捕食できない敵が逆に健康的に見えてしまう。そんな自分自身の感覚のズレが、少しだけまずいような気がしてきた。

私は傍らに《悪魔の髑髏》をふわりと浮かべた。まずは先ほど手に入れたばかりの新スキルを、この場で試してみることにしよう。

「《ネクロ・バインド》」

私は静かにスキル名を紡ぐ。

石造りの床が黒く湿ったように変色し、地の底から無数の死霊の手が伸びる。

骨だけになった指先や、実体のない影の腕が次々と這い出してくる。さらに濡れた泥のような不気味な手も混ざっていた。

それらが巨大石像の足元へ絡みつき、不快な擦過音をボス部屋全体に響かせた。

狙い通り、相手への鈍化はしっかりと入ったようだ。目に見えて効果が表れている。

巨大な石像の動きが、先ほどよりも明らかに一拍遅くなっている。確かな手応えを感じた。

その一方で、毒や麻痺といったステータス異常の表示は見事に弾かれてしまった。どうやらすべての効果が通るわけではないらしい。

石像の周囲に薄い膜のようなものが走り、状態異常のいくつかを押し返している。

「防護壁のようなものが張られていますね」

ミーナがすぐさま冷静に分析結果を口にする。

「状態異常の性質を判別して、選別して弾くタイプかしら」

「おそらくですが、外側の装甲部分は状態異常への耐性が極めて高いのでしょう」

「叩いてみるぅ?」

彼女は推測を重ねる。

私たちのやり取りを聞き終える前に、ネネがすかさず行動を起こした。彼女の身のこなしは相変わらず素早い。

彼女は正面からではなく、石像の足元をすり抜けるように走り、毒々しい短剣を逆手に握る。

狙うのは石像の膝裏や、装甲のわずかな継ぎ目だ。さらに彫刻の深くえぐれた溝を見つけ出し、そこへ毒々しい短剣を思いきり深く差し込んだ。

「外側はすっごく硬いんだけどね」

ネネは刃をぐりぐりとひねりながら楽しそうに笑う。

「装甲を抜けて身体の奥まで届けば、ちゃんと状態異常は入るみたいだよ~」

石像の内部で、毒のような緑のエフェクトが一瞬だけ走った。

外側の装甲はあらゆる異常を容赦なく弾き返してくる。とはいえ、その防御を抜けて深いところまで刃を通せば確実に効くようだ。

それならば、攻略するためのやり方はいくらでもある。私たちは即座に次の一手を組み立てた。

「ミーナ、あの巨体を遠慮なく燃やしてちょうだい」

「はい、お任せください」

彼女は短く答える。

ミーナの杖先に爆炎魔法が灯る。

それは単なる火球ではなく、すさまじい圧力を持った熱の塊だった。周囲の空気ごと焼き尽くしそうな勢いだ。

《ブラストフレア》が石像の胴へ着弾し、表面にひびを入れる。

私はその間に《ネクロマンス》で骨兵とゾンビ兵を呼び出した。

骨兵たちは石像の足元へ群がり、ゾンビ兵は両腕へしがみつく。

ぽこぽこと骨が当たる音や、ぺちぺちと肉が叩く音が響き渡る。なんとも頼りない響きだ。

見た目としてはかなり情けない攻撃なのだが、《ネクロ・リンク》を繋いでいる以上、意味はある。

視界の端で、確実にコンボのカウントが増加していく。

骨兵が頼りなく叩くたびに、コンボの数字が跳ね上がる。ゾンビ兵が必死に引っかく動作すらも、コンボの増加へと繋がっていた。

ネネが短剣を差し込み、ベルナデッタが大剣で受け、ミーナが爆炎を重ねる。

私は仲間たちが作り出したその絶好の流れに合わせて、力強く一歩を踏み込んだ。ここが攻め時だ。

「さすがにここまで円環ボーナスが乗れば美味しく頂けそうね」

私はスライムボディで関節をしならせ、鞭のように脚を引き絞る。

「発勁……キック!」

内側から破壊する発勁を乗せた蹴り。発勁を乗せた蹴りってなんだよって感じだけどパッシブなんだから仕方ない、武器で切り付けてもその場合でも、DEF貫通の発勁ソードになるのだ。

つまり発勁キックそう呼ぶしかない……。

とは言え、私の攻撃はスキル名がないためいちいち地味である。

しかし地味ながらしっかりと通じた。

こちらの物理打撃に手応えを感じる。

「ていっ!」

私は再度、石像の足首に狙いを定め、コンボが十分に溜まった瞬間、低い位置から踏み抜く。震脚だ。

放たれた衝撃は硬い表面を通り抜け、直接内部へと浸透していく。装甲を無視した破壊の波だ。

ごきん、ではなく、ぼき、と石が折れるような嫌な音が響いた。

石像の片足に大きな亀裂が走り、巨体がぐらりと傾く。

「よし、綺麗に入ったわ!」

私は思わず歓声を上げる。

「リエラさん、そのまま一気に足元を崩してしまってください!」

後方からミーナが指示を飛ばす。

私は骨兵をさらに呼び、《ボーン・クラフター》で骨の杭を作り、崩れかけた足元へ突き立てる。

石像が踏み直そうとするたび、骨の杭が砕け、しかし一瞬ずつ動きを邪魔する。

そこへベルナデッタが大剣で押し込み、エルーサが前衛に能力値アップ、祝福の光を重ねた。

前衛は非常に安定している。一人ひとりの役割が噛み合い、確かな強さを発揮していた。設立したばかりのこのクランだけど、かなり良い戦闘の形に仕上がってきたようだ。

そう思った瞬間、ミーナが唐突に、ものすごく趣深いポーズを取った。

片手で杖を斜めに構え、もう片方の手を顔の横へ添え、赤い少佐服の裾を熱風で揺らしながら、妙に低い声で笑う。

「くっくっく……」

彼女の口から芝居がかったような笑い声が漏れた。

「……ん? え?」

私は目を丸くする。

あまりの予想外な行動に、私の足が思わず止まりかけてしまった。戦場だというのに気が散ってしまう。

いや、ここで動きを止めてはいけない。今は間違いなくボスの討伐中なのだ。それにしても、今の妙なポーズと笑い声は一体何なのだろうか。

私の困惑をよそに、ミーナはどこまでも真顔のまま言葉を続ける。

「見せてあげよう。階梯『少佐』の権能を解放せし我が言霊は、魔神の定めたリミットを三度凌駕するという…… 」

「……え? 今なんて言ったの?」

私はさらに混乱を深める。

ネネが石像の肩から飛び降りながら吹き出した。

「絶望を知れ……《リミット・オーバーライド》!」

「ミーナちゃん、それ言わないとダメなやつ?」

指摘されたミーナの頬が、ほんの少しだけ恥ずかしそうに赤く染まる。どうやら本人も多少の羞恥心はあったようだ。

とはいえ、彼女の声のトーンはどこまでも冷静さを保っていた。

「装備スキルの解放条件みたいです」

「解放条件って、あのセリフとポーズが必須なの?」

私が聞き返す。

「一度やれば、しばらくはやらなくていいみたいです。定期的にログインしてやっておきますね」

「それを定期的にひとりでやるつもりなの!?」

私は思わずツッコミを入れる。

「すべては装備の性能を引き出すためです」

彼女は真剣な眼差しで言い切った。

ミーナの勝利への執念は、時として変な方向にも強く発揮されるらしい。頼もしいような、少し呆れるような気分だ。

いや違うこれ、カトリーヌというなにがしかの趣味か……?

そういえば儀礼服も別に指パッチン必要ないよな……?

呆気にとられた、いささか奇妙な儀式ではあったものの、その効果は間違いなく本物だった。

カトリーヌ少佐服の赤い刺繍が光り、ミーナの周囲に詠唱補助の魔法陣が展開される。

杖先の炎が、先ほどよりも明らかに早く、そして密度高く膨れ上がった。

「爆ぜる火よ、砕ける大地よ、熱を孕みて殻を裂け」

ミーナが高らかに魔法の詠唱を紡ぎ出した。その響きには並々ならぬ魔力が込められている。

無音詠唱や短縮詠唱ではない。

それなのに、信じられないほどに速いのだ。紡がれた言葉が膨大な魔力へと変換されていく速度が、先ほどまでとは明らかに次元が違っていた。

「《インプロージョン 》!」

爆炎が、石像の砕けかけた足元から噴き上がった。

それは表面を焼く炎というよりも、内部から強引に爆ぜる凄まじい熱の奔流だった。周囲の空気が一気に焼き尽くされる。

石像の足に走っていた亀裂が一気に広がり、膝が崩れ、巨体が前のめりに倒れかける。

そこへベルナデッタが大剣を叩き込み、ネネが胸の紋様へ短剣を深く刺し、私は骨兵たちをまとめて巨大な骨槌に変えた。

「これで、完全に終わりよ!」

私は力強く叫ぶ。

生成した巨大な骨槌を振りかぶり、石像の無防備な頭部へと容赦なく叩き込んだ。重い衝撃が腕に伝わる。

同時にミーナの爆炎が胸の紋様を撃ち抜いた。

石像の青白い目が大きく光り、次の瞬間、全身がひび割れる。

ばき、ばき、ばき、と部屋中に亀裂音が響き、禍々しい石像は砕け散るように光へ変わっていった。

《インスタントダンジョンボスを討伐しました》

《MVP:ミーナ》

《MVPボーナスにより経験値が加算されます》

「おおー、ミーナちゃんが見事MVPだね」

ネネが嬉しそうに拍手を送る。

ミーナは少しだけ息を吐き、杖を下ろした。

「少佐服の検証としては、十分ですね」

「あの独特なポーズの検証としても、十分すぎる結果だったわね」

私はからかうように言う。

「私じゃないですよ、カトリーヌって人が思い描く魔法使い像がなんかおかしいんです」

「将軍なのに少佐って時点でなんか匂うなって思ったのよ」

私は笑って返す。

討伐の余韻に浸っていると、視界にレベルアップの通知が連続して表示された。

ミーナのレベルは89に上がり、私のレベルも順調に84へと到達した。

元々高レベルだったネネでさえ、122へと成長を遂げている。

石像兵たちの経験値は捕食のような甘さこそなかったが、週一回のレベリングスペースとしてはかなり美味しい。

「ラオンのクランが強いわけね……」

私たちはボス部屋に出現した帰還ポータルの前で、ステータスを確認した。

パーティメンバー全員の能力値が、確実に伸びていることを実感する。目に見える成長は素直に嬉しい。

ミーナは爆炎魔法と少佐服の見事な相性を確認し。

ネネは新調した短剣で硬い敵の深部へ状態異常を通せることを証明してみせた。

私自身も、死霊術・中級が雑魚戦だけでなくボス戦にも十分に通用する手応えを掴むことができた。今回の検証による収穫は計り知れないほど大きい。

「このインスタントダンジョンには、毎週できるだけスケジュールを合わせて来ましょう」

「もちろんよ、まったく異議なしだわ」

「あたしもぉ、基本すっぴんのときはクランハウスで配信するから声かけてぇ、喜んで来るよぉ」

ネネが軽く片手を上げる。

「リエラ様、そろそろ私たちは戻りますね」

ベルナデッタは静かに一礼し、エルーサは穏やかに微笑み。

召喚陣に戻っていった。

部屋の中央に現れた帰還ポータルが、私たちを誘うように青白く輝き続けている。そろそろ帰還のタイミングだ。

私は最後に、砕けた石像の残滓が光になって消えていくのを見た。

「じゃあ、帰りましょうか」

私は《悪魔の髑髏》を肩の後ろに浮かべたまま、ポータルへ足を踏み入れた。

こうして新生リエラ魔王軍のメンバーによる、初の拠点ダンジョン攻略は幕を閉じた。事前の予想をはるかに上回る、大満足の成果を残して終えることができた。

◇ ◇ ◇

拠点ポータルへ戻ると、まず最初に出迎えたのは、静かな拍手だった。

ぱち、ぱち、ぱち。訓練所の空間に乾いた音が響く。

訓練所、奥の転送陣から光がほどけ、私たちの身体がクランハウス地下へ戻ってくるなり、壁際に控えていたコンシェルジュのクレアが、赤い片目を伏せるようにして小さく手を打っていた。

その視線はミーナの少佐服に浮かび上がる刺繍を追っており、心なしか彼女の頬が赤く染まっているように見える。

「お帰りなさいませ、リエラ様、ミーナ様、ネネ様。インスタントダンジョンの初回踏破、おめでとうございます」

「……ただいま。なんだか、こうして誰かに出迎えられるのって全然慣れないわね」

「余計なお世話でしたでしょうか?」

「ううん、これからもよろしくね、クレア」

「はい」

私は《悪魔の髑髏》を肩の後ろに浮かべたまま、まだ熱の残る身体を軽く伸ばし、戦闘直後の昂りを吐き出すように大きく息を整えた。

ポータルの光が完全に消えると、地下訓練所の静かな空気が戻ってくる。

石と鉄と魔力の匂い。武器庫特有の冷たい香りが鼻をくすぐる。

さっきまでいたインスタントダンジョンの乾いた回廊とは違い、この拠点の地下には、誰かが手入れをして整備している場所特有の落ち着いた空気があった。

帰る場所がある。安全を確保できる自分たちの城だ。

たったそれだけのことなのに、なんだか妙に胸に迫るものがある。

新生リエラ魔王軍、いくらなんでも急に生活水準が上がりすぎではないだろうか。

「踏破ログ、確認しました」

ミーナがすぐに目録画面を開き、ダンジョン報酬を確認し始める。

激しい戦闘でMPをかなり使ったはずなのに、彼女はもう完全に仕事の顔をしている。

この子はたぶん、休憩という概念をスキルのクールタイムくらいにしか思っていない。

「週一回制限は、現実時間で次回更新ですね。報酬は経験値中心、ドロップは石材系、魔力核系、クランハウス改修素材が少量。ボス初回撃破報酬として、訓練所拡張ポイントが入っています」

「訓練所拡張ポイント?」

ネネが興味深そうに耳をぴくりと動かした。

「なにそれ、面白そう」

「地下訓練所の機能を増やせるようです。ターゲット追加、環境再現、模擬戦ルール設定、観戦席拡張……あ、これかなり重要ですね」

ミーナの目が鋭く光った。

今の彼女は、完全に配信企画の金の星を見ている。

「ミーナ、私たちまだ戻ってきたばっかりよ?」

「はい。なので、記憶が新しいうちに今確認します」

「休むという選択肢はないの?」

「必要な確認をすべて終えた後に休みます」

「絶対その後、そのまま企画書作るやつじゃないの」

クレアが静かに目録を開き、ミーナの横へ恭しく差し出した。

「訓練所拡張項目でしたら、こちらでございます。現在の拡張ポイントでは、簡易観戦席の増設、訓練用ターゲットの高耐久化、または小規模環境フィールドの一つを開放可能です」

「小規模環境フィールド?」

「はい。森、洞窟、廃墟、石畳広場、簡易水場から一つ選択できます」

その説明を聞いた瞬間、ミーナが完全に沈黙した。

沈黙したまま、彼女の目がものすごい速度で目録の文字を追って動いている。

たぶん、頭の中で「ネイキッドラオン戦の再現」「ネネの斥候講座」「リエラ死霊術検証」「ミルキーコラボ前の演出練習」あたりが猛烈な勢いでぐるぐる回っているのだろう。

「……森ですね」

ミーナが確信に満ちた声で言った。

「即答!?」

「クラン戦の反省会、ネネさんの斥候講座、リエラさんの骨兵運用検証、全部に使えます」

「えー、簡易水場じゃない? 自分たちの拠点なら気兼ねなく水着装備にもなれるし、視聴者サービスとしてもよくない?」

「な……!? それでいきましょう」

「即答っっ!?」

ネネがけらけらと意地悪そうに笑いながら、毒々しい短剣を鞘へ収めた。

「水着での斥候講座とか、それは一般に公開していいのかしら」

「有料メンバー限定の特別枠とかにする?」

「完全にいかがわしい講座になるわね」

「リアルマネーも重要だよぉ、みんなで焼き肉たべたいしぃ」

「!? メン限放送を潤わせましょう。簡易水場でいいわ。ミーナ、手続きお願い」

「はい!」

ミーナが即座にクレアへ向き直る。

「クレアさん、小規模環境フィールド、簡易水場を開放してください」

「承知しました」

クレアが目録へ指を滑らせると、地下訓練所の奥の扉に淡い水色の紋様が浮かんだ。

壁の一部が魔力でざわめき、まだ扉は開かないものの、その奥に広大な水辺の別空間が生成されつつあるのがわかる。

クランハウス、便利すぎる。これほど充実した施設だとは思わなかった。

「忙しくなるわよ、魔王軍」

「もうすでに十分忙しいよぉ」

ミーナが目録をパタンと閉じる。

「いいえ、まだ序盤です! ガンガン稼いでいきましょう!」

「「お、おーー!」」

新生リエラ魔王軍の拠点。

その地下から戻った私たちは、勝利の熱を少しずつ現実の準備へと変えていく。