軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リザルト会議:クランハウス

リザルト会議は、ネイキッドラオンの拠点で行われることになった。

いや、正確には元ネイキッドラオンの拠点と言うべきだろう。

私たちのものになったのだから。

言葉にすると軽いが、実際に現地へ向かうと、私たちは入口の時点で軽く黙った。

そこは、ただのクランハウスではなかった。

商業都市ジュノリスの中心区画から少し外れた、しかし明らかに地価が高そうな大通り沿いに建つ、黒い石造りの館。

正面には獅子の意匠が刻まれた門があり、重厚な鉄柵の奥には、整えられた中庭と、訓練用の石畳、さらに建物の壁面を這う赤い蔦まである。

ぱっと見た感じ、相当な金がかかっている。

ものすごくゲーム内マネー、つまりお金も時間かかっている。

個人で買えるような代物ではない。

「……これ、私たちのクランハウスになったんですよね?」

ミーナが、妙に冷静な声で言った。

けれども、その声の奥に、隠しきれない計算の気配がある。

この立地、この規模、この設備。どれをとっても一級品であることは疑いようがない。

配信拠点としても、クラン活動の本拠地としても、企画の舞台としても使える。

「私、もう手放す気ないので、この先、絶対無茶な条件で喧嘩買わないでくださいね……!」

「え、ええ……」

めっちゃ念を押された。

たぶん今、ミーナの頭の中では、維持費、導線、内装改修、撮影スポット化、告知用サムネ素材、全部が一斉に走っている。

「ネイキッドラオン、めちゃくちゃ溜め込んでたんだねぇ」

ネネが門の前で、尻尾をくるくる回しながら笑った。

「お宝の匂いがする」

「あなた、完全に宝箱を前にした盗賊の顔してるわよ」

「スカウト系だからセーフだよぉ」

「セーフかしら……」

私はそんな軽口を叩きながら、門へ手を触れた。

すると、鉄柵に刻まれていた獅子の紋章が、淡く光って形を変える。

獅子の紋章は崩れ、代わりに仮登録状態の新生リエラ魔王軍の紋章が浮かんだ。

まだ正式デザインを決めていないので、仮の黒い翼と尻尾のような紋章だ。

「わぁ……」

なにこれ……思わず声が漏れてしまう。

ちょっとかっこいい。

素直にそう認めてしまった。

いや、私の尻尾モチーフなのはわかるが、意外と悪くない。

門が重い音を立てて開いた。

中へ入ると、すぐに広いエントランスホールが広がっていた。

高い天井が頭上に広がる。

開放感にあふれた空間だ。

黒と赤を基調にした絨毯が敷かれている。足音が完全に吸い込まれていった。

壁には武器や盾の飾りが掛けられている。美術品のような輝きを放っていた。

奥には二階へ続く大階段が見える。

まるでお城のような造りだ。

対人クランの拠点というだけあって、豪華さの中にもどこか武張った空気がある。

さらに、私たちはそこで思いがけないものに驚かされた。

エントランスの奥に、ひとりのNPCが立っていた。

女性型のコンシェルジュで、私たちを静かに待ち受けている。

長い髪が片目を隠しており、見えている方の瞳は、濃い赤色をしている。

髪色も赤みが強く、光の加減で黒にも紅にも見える不思議な色だった。

服装は、館の雰囲気に合わせた黒基調のメイド服風制服で、やや大きめな胸元はざっくりと空いていてそこだけコンセプト系のバーのような雰囲気を感じる。どこか艶やかではあるが、立ち姿はあくまで端正で、職務中の従者という印象が強い。

彼女は私たちを見ると、深く一礼した。

「新たなる所有者様方。ようこそ、クランハウスへ」

声は低めで、なめらかだった。

私は一瞬、返事を忘れた。

NPC。ただのクランハウスに常駐する管理NPC。噂には聞いたことがあるシステムだった。

そういう機能自体は、聞いたことがある。

実物を見ると、やはり生々しい。エルーサやベルナデッタの件を経験している今、私はこの世界のNPCを、ただの機能として見られなくなっている。

「……あなたは?」

私が尋ねると、彼女はもう一度、静かに一礼した。

「私は当クランハウス管理コンシェルジュとして登録されています、クレアと申します。施設管理、目録提示、倉庫整理、来客対応、簡易整備、契約確認を担当しております」

そう言うと、彼女は手元に黒い革表紙の目録を出現させた。

ページがひとりでに開き、そこに財産一覧がずらりと表示されていく。

クラン金庫。共有装備。消耗品。訓練所設備。ハウス拡張権限。施設のカスタマイズも可能だ。

登録済みのNPC。

彼女のような存在のことだろう。

人数は多くないが役割や得意なことが書いてある。

その項目を見た瞬間、ミーナの目がわずかに細くなった。

「登録済み……」

「はい」

コンシェルジュは淡々と答えた。

「私の所有権は、新生リエラ魔王軍に移譲されています。クランハウス内では、基本的に所有者様の命令に従う設定となっております」

その言い方に、私は少しだけ眉を寄せた。

「それってハウス内なら何をしてもいいってこと?」

「はい、クランとしての所有物、そう取って頂いて概ね構いません」

所有物、基本的に何をしても良い。

彼女の言葉はそう受け取れる。

システム的には、そういう意味なのだろう。

この世界のNPCは、ただのオブジェクトではないかもしれない。

少なくとも私たちは、その可能性を疑っている。

なら、扱い方には線引きが必要だ。

「命令権があるのはわかったわ」

私は、できるだけ落ち着いた声で言った。

「とはいえ、あなたには普通にコンシェルジュとして働いてもらう。無理な命令や、嫌な命令はしない。嫌なことは嫌と言ってね、例えば休暇が欲しい、とか。そこはうちの方針にするわ」

彼女は、赤い瞳を少しだけ瞬かせた。

ほんの一瞬。確実に反応を見せた。

NPCらしからぬ間だった。

「……承知しました」

ミーナが私の横で、小さく頷く。

「その方針で記録してください。新生リエラ魔王軍は、管理NPCを施設スタッフとして扱います」

「記録しました」

コンシェルジュは目録に指を滑らせる。

その仕草は滑らかで、妙に人間らしい。

「ネネもそれでいいわよね?」

すでに奥に向かってたネネがひょっこり顔を出す。

「あ、ごめーん、お宝に目が眩んで聞いてなかった! コンシェルジュがどうとかだよねえ、えっと、あなたの名前は?」

ネネがもう一度、気軽に聞いた。

するとコンシェルジュは一瞬だけ口を開いた。

「カ◼︎◼︎ー◼︎……」

そこで言葉が止まる。

赤い瞳が、ほんのわずかに揺れた。

しかし次の瞬間には、何事もなかったように表情を整える。

「クレア、とお呼びください」

「クレアちゃんね、オッケー、もう覚えた!」

「今、何か言いかけました?」

ミーナがすぐに反応した。

私も気になった。しかし逃さず指摘する姿勢はさすがだ。

クレアは少しだけ間を置いた。

「旧登録名に近い発音をしてしまったようです。現在の呼称はクレアで問題ありません」

「……そうですか」

ミーナはそれ以上追及しなかった。

ただ、クレアを見る目が少しだけ変わった。

それは警戒というより、引っかかりを保留する目だった。

私も同じだ。

言い淀んだ名前が頭をよぎる。

クレア。それが彼女の名前だ。

この世界では、名前の欠けや言い淀みが妙に怖い。

エルーサが魔王について語ろうとした時のノイズを、どうしても思い出してしまう。

そんな中、クレアの視線がふとミーナへ向いた。

正確には、ミーナの装備へ。

戦争後で少し焦げ跡が残った、炎将軍カトリーヌの儀礼服。

それをクレアは一瞬、妙に熱っぽい目で見つめた。

「……」

ミーナが視線に気づく。

クレアはすぐに目を伏せた。

「失礼いたしました」

「いえ」

ミーナは短く返したが、私にはわかった。

クレア。このコンシェルジュには何かある。

固有かユニーククエストか、今の所特に情報は無いけれども。

クランハウス管理NPC。

他の登録者も一筋縄ではいかない予感がする。

過去の経歴が気になるところだ。

ひとまず、今は膨大な目録、リザルト会議と物品確認を優先しよう。

クレアの案内で、私たちは館の内部を見て回ることになった。

地下には訓練所があった。

広い。想像以上の空間が確保されている。

かなり広い。大人数で暴れても問題なさそうだ。

対人用の模擬戦闘フィールド、訓練用ターゲット、武器試験用のダミー、防御力確認用の魔力壁、さらに観戦席まである。

「これ、配信で使えますね」

ミーナが即座に言った。

「使えるっていうか、使い倒す気満々の声ね」

「スキル検証、初心者講座、ネネさんの対人講座、ベルナデッタさんやエルーサちゃんのコスプレ配信、いくらでも企画化できます」

もう会議が始まっている。彼女の頭脳はフル回転だ。

ネネが笑う。

「あたし、クランハウスから出なくなっちゃいそう! クレアさんは巻き込んでいいんだよね?」

「本人の意思を確認してね」

「もっちろん♪」

続いて、武器庫。期待が高まる場所だ。

ここは、見た目としては壁一面に武器や防具が並んでいるが、実際はイベントリ式の管理空間らしい。

つまり、豪華なアイテムボックス。

非常に利便性が高いシステムだ。

金庫も同じだった。

重厚な扉を開けると、金銀財宝が山積みになっているように見えるが、実際にはクラン金庫の視覚演出で、目録からアイテムを出し入れする形式になっている。

でも、見た目はすごく大事だ。

宝物庫っぽいだけでテンションが上がる。

「お宝ー!」

ネネが完全に目を輝かせた。

「ネネ、まず目録確認」

「わかってるけどぉ、見た目がもう楽しいじゃん」

わかる。その気持ちは痛いほど理解できる。

めちゃくちゃわかる。私も内心ワクワクしているのだ。

平均レベル100超えの対人クランの倉庫。

そこには、思っていた以上にお宝が眠っていた。

まず、ミーナ向け。魔法使い用の装備から見ていこう。

各属性強化の杖が複数。どれも高価な品ばかりだ。

詠唱短縮付きの指輪。MP効率を上げるイヤーカフ。長期戦には欠かせない。火力魔法の反動を抑える腕輪。なかでも、ひときわ目立つ赤い軍服風装備が、目録に表示された。

「炎将軍カトリーヌ・少佐服……?」

私が読み上げると、ミーナの目が明らかに変わった。

燃えるような赤。ひと目で業火を連想させる。

肩に金の飾りがあり、軍服風なのに魔術師装備として分類されている。

説明文には、こう書いてあった。

――爆炎属性威力上昇。

――爆炎属性魔法クールタイム短縮。

――条件達成時、爆炎属性魔法に最大三倍速詠唱速度ボーナス。

破格の性能である。

「爆炎、3倍……!」

ミーナが静かに呟いた。

その声が、ちょっと怖いくらい嬉しそうだった。

「これがあるなら、リセット後の爆炎ビルドでも良さそうです。爆炎って燃費と詠唱に難ありなんですけど、それがほぼ解決しそうです。すごい!」

にっこり。満面の笑みだ。

あまりにもにっこりだった。

火力担当が、火力の服を手に入れてしまった。

「さらに、インフェルノが強くなるのね……」

「はい。次はもっと安定して撃てます」

「あの火力……本当に助かったわ」

次に、ネネ向け。斥候用の装備を物色する。

ギャングのボスみたいな、ふわふわの上着。いかにも彼女が好みそうだ。

派手なファー付きで、肩に引っかけるだけの上着だ。

その下にセットになっているのは、水着のようにも見える軽装備で、動きやすさ重視のスカウト装備らしい。

ただし、露出は多いが防具としての性能は高く、ショートパンツにはバリア、ブーツには回避補正、隠密補正、短剣クリティカル補正がついている。

あ、これ性能いいのに男性陣が装備できなかったやつだ……悔しいだろうなぁ。

してもいいのかもしれないけど……Vtuberや大きな事情がない場合アバターがリアルの体型や顔をなぞるエタファン……それでこの服は……。

ネネのようなアバターにはとても似合うだろうけど……。

「え、かわいい」

ネネが即決の声を出した。

「絶対似合うじゃん、これ」

「確かにネネっぽいわね」

「でしょ? あとこの短剣気に入っちゃったかも」

ネネが目録から取り出したのは、見るからに毒々しい短剣だった。

刃が紫と緑の光を帯び、柄には蛇のような装飾がある。

説明文は、毒付与、出血補助、隠密時初撃補正。暗殺に特化した凶悪な性能だ。

「ネネさんに持ってもらいたい性能ですね」

ミーナが真顔で言った。

「お宝はこうでなくちゃねえ〜!」

「もっと対人が強くなりますよ!」

「本当? もっと褒めてくれていいよぉ」

「すごい、すごい! いよっ、後衛殺し! ネイキッドラオン戦のMVP!」

「いやぁ、それほどでも、うへへ」

続いて、私の番だ。

目録の中で、妙に目を引いた装備があった。

アラクネビスチェ。名前からして蜘蛛を連想させる。

アラクネの蜘蛛糸で練られた、黒と紫を基調にした軽装備。

見た目としては、どちらかといえば悪魔っ子寄りだ。

シスター系の清楚さとは別方向。完全にダークな雰囲気を纏っている。

艶やかではあるが、戦闘装備としては非常に優秀で、拘束耐性、糸系トラップ耐性、AGI補正、さらに体型に合わせて形状変化する、という説明がある。

「……これ、完全に私向けよね?」

とくに形状変化。

これのおかげで胸元のサイズが合わなくて防御力とか、補正値とかもろもろが一気に手に入る。

「見た目も相当リエラさん向けですね」

ミーナが即答した。

「おしゃれ装備とか魔王イメージとしてはめちゃくちゃありだよねぇ、でもシスター衣装のイメージは残したいから、十字架のアクセじゃらじゃらはさせよぉ」

ネネが横から覗き込む。

「このタイミングで悪魔っ子魔王リエラ様……配信映えしそうですね」

「さらに属性盛られてない?」

「今さらでは?」

「……今さらだったわ」

武器については、少し悩んだ。

私は今、武芸・初級のおかげで、ある程度なら何でも扱える。

剣も槍も盾も、骨剣も、尻尾も、素手も、戦い方としては組み合わせられる。

ただ、できれば骨剣や骨盾、死霊術を強化するものが欲しい。

闇の司祭から得た死霊術・初級は、今回の戦争で想像以上に役立った。

ボーンパペットは、火力よりも心理戦と盤面制圧で強い。

ボーンシールドとボーンソードも、決定打ではなくノイズとして使えばかなりいやらしい。

それを伸ばしたい。

目録を探していると、見つけた。

ドクロ。まさに死霊術師の象徴だ。

いや、本当にドクロだった。リアルすぎて少し不気味なくらいだ。

手のひらより2回りほど大きいサイズの、黒い頭蓋骨。

装備カテゴリは、杖。杖なんだ……。

とは言えゴツッと武器として直接殴るわけではないらしい。

効果は、死霊術系スキルの消費MP軽減、ボーン系生成速度上昇、召喚骨体の維持時間微増。

名前は《悪魔の髑髏》。

「これだわ」

私は即座に言った。

「あー、いいですねこっちのイメージ。リアルの衣装も寄せやすいです」

「そう言えば知り合いにゴシック系の雑誌作ってる人いたしモデルできるか聞いてみよっかぁ」

ネネが笑う。

「今度ネネさん含めて営業させてもらいますね」

「わーい、よろしくぅ」

「あ、うん……」

なんかすぐ決まる……。

本当にすごいなこの子達は……。

私はアラクネビスチェと《悪魔の髑髏》を見比べる。

戦争前とは、明らかに戦い方が変わった。

高VITで受ける、それは今も私の基本戦術の要。

誘惑で敵のヘイトをコントロールする。

そこから一気にやることが増えた。

眷属や骨で邪魔して、相手のペースを徹底的に乱す。

さらに死霊術で盤面を増やす。

特に死霊術はミーナの魔法で燃えても罪悪感はない。なので戦場での拘束性が増している。

最後に燃えカスを、捕食で決める。

確実に相手を喰らい尽くす。

私はもう、ただの高VIT系シスター風お嬢様から高VIT系サキュバス魔王様になる時が来たのだ。

故に装備もそれに合わせるべき時期に来ている。

「全員、大幅に更新できますね。今日の戦争で得た資産は、今後の石碑クエスト、塔クエスト、ミルキーさんとのコラボにも直結します」

「急に現実の予定まで戻ってきたわね」

「むしろ、ここからが重要です。戦争に勝った直後ですので注目度も高いです、ここで一息に次の導線を作ります」

「プロデューサー、休んで」

「ひと通り目録や性能を見てから休みます」

「それ休む気ないやつ」

ネネはすでにふわふわ上着を試着する気満々で、短剣を手に楽しそうに回している。

ミーナは炎将軍カトリーヌ・少佐服の効果を目録で何度も確認している。

ベルナデッタは静かに武器庫の鎧を見ており、エルーサは回復補助装備の棚を興味深そうに眺めている。

「あの、私達にもいくつか装備をお借りできませんか?」

「私は出来たらミーナ殿からの魔法ダメージを軽減できる鎧があると助かるのですが」

クレアはその様子を、少し離れた場所から静かに見守っていた。

私はふと、彼女に視線を向ける。

クレアはすぐに一礼した。

「そうね、彼女達にも何か要望があれば、あと余ってる装備は他のゴブリン達にも渡したいんだけど……」

「装備登録、補助いたします」

「ありがとう、クレア」

「はい。新たなる所有者様」

「リエラでいいわ」

そう言うと、クレアは一瞬だけ目を伏せた。

「……承知しました。リエラ様」

その呼び方には、なぜか少しだけ、古い響きがあった。

私は引っかかりを覚えながらも、今は深く追わないことにした。

今日は勝った。激闘の末に勝利をもぎ取った。

拠点を得た。クランハウスという立派な城だ。

私は《悪魔の髑髏》を手に取り、指先で軽く転がした。

黒いドクロの目の奥が、ほんのわずかに光った気がした。