軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

始まりの街レアルタ

スライム狩りの限界を迎えた俺は、一度街をみて回る事にした。

石の門をくぐった瞬間、音が変わった。

それまで草原で聞いていた風の擦れる音や、遠くの鳥の声は、壁に弾かれるように薄まり、その代わりに“人の音”が濃くなる。革靴が石畳を叩く乾いた足音、どこかの店先で金属が触れ合う軽やかな音、複数の会話が重なってできるざわめき。

鼻に入る匂いも変わる。焼いた肉の脂っぽい香り、香草の青い匂い、革や鉄の混じった工房の匂いが、層になって押し寄せてくる。

「……うわ」

思わず声が漏れた。街だ……ちゃんとした“街”がある。

木造の建物と石造りの建物が入り混じり、通りには露店が並び、頭上には布の看板がひらひらと揺れている。人――プレイヤーとNPCが行き交い、それぞれが何かしらの目的を持って動いているのが分かる。

そして、人がいるということは。

「……うん、まあ、そうなるよな」

視線が刺さる、初心者用のアカデミー冒険服。ボタンが止まらず、その一部を大きく隆起し、着崩している。リエラの姿に。プレイヤーはまだわかる、けどNPCたちまで見てくるってどういうこと? そういえばチュートリアルのギルド嬢もめっちゃ見てたな……。そういう仕様なのか?

とはいえ居心地がいいわけではない、針のように視線が、ぷすぷすっとこれでもかというくらい、刺さる。

正面から、横から、後ろから、じわじわと、しかし確実に。

理由も原因も分かりきっている。

「……リエラ、だからな」

自分で言って、自分で納得する。

この姿。

プラチナブロンドのツインテールが光を受けて揺れ、整いすぎた顔立ちに、やたらと主張の強い胸元。さらに言えば、尻尾。普段は目立たない位置にあるが、動けばすぐに分かる。

何よりこのゲームは、現実の身体情報とのリンクを強く推奨している。事実、配信活動をしている人や、その他特別な事情を抱えている、等の理由がない限りアバターパラメーターは髪型以外いじれない。

だから、ゴブリンにだって苦戦するし、STRだって3なんだ……いや、運営さん、せめてSTRはもう少し盛れるだろうよ。

まぁ、とどのつまり、プレイヤーからすると、

「……これ、リアルもこうなんじゃねって思われてるわけだ」

結論、めちゃくちゃ目立つ。

そりゃ見るわ。

俺でもリエラみたいな子がいたら見る。いや、見るどころか三度見くらいする。

今されていることをきっとしてしまっていたんだろう。

「……どうすっかな〜…」

立ち止まりかけて、すぐに足を動かす。

止まったら終わりだ。

ここで猫背になったり恥ずかしいからって俯いたりしたら、完全に負ける気がする。

何にかは分からないけど、負ける気がする。

なら――

「……やるか」

小さく呟く。深く深呼吸する。視線なんて屁でもない、リエラにとってみたら当たり前なんだ、そう言い聞かせ覚悟を決める。

背筋を伸ばし胸を――ぐんっと張る。

(っーー、やっぱ重っ)

内心でツッコミを入れつつも、そのまま姿勢を維持する。ツインテールに軽く意識を向けると、ふわりと揺れる。風に乗って、髪がさらりと流れる。

そして、顔を上げる。

視線を、正面に据える。

――ロールプレイ。

どうせなら、やりきる。

(……どうだ? どう見える、リエラはどう見えている?)

心の中で呟く。この容姿、おそらく仕草によってはツンデレ、爆乳、美少女。役満だ。

ツインテールを手でパサリとする。視線を敢えて、みんなと合わせるように舐め回し、顎をふんっ、とする。

ここで引いたら、変な野郎に絡まれたり、あらゆる意味でゲーム的にも進行不可能になる気がする。

逆に言えば、ここで押し切れば、もう何でもできる気がする。

俺には大事なんだよ、有給時間が。

実際に何か言葉を発するわけではない。ただ歩くだけだ。

だが、その“歩き方”に、ほんの少しだけ意識を乗せる。背筋を伸ばし、視線を逸らさず、堂々と。

すると、不思議なことにさっきまで刺さっていた視線の質が、少し変わる。

遠慮が混じる。

「……あ」

なるほど。

“見る側”から、“見られる側”への意識の転換。

こちらが堂々としていれば、向こうも遠慮する。

営業で学んだ対人スキルが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

(……いけるな)

カツカツカツ、と石畳を歩きながら小さく息を吐く。よし、いける。このまま行こう。

ひとまず、ギルドの近くにある買取所へと足を向ける。

店内に入ると、外の喧騒が一段階落ち着く。木のカウンターの向こうに、いかにも商売人といった雰囲気のNPCが立っている。鼻にかかるのは、乾燥した紙とインクの匂い、それに微かに金属の匂い。

「買取、お願いできますか」

自然と口から出た言葉に、自分でも少し驚く。声のトーンが、わずかに“リエラ寄り”になっている気がする。

……まあいい。

商人は一瞬こちらを見て、ほんのわずかに目を見開いたが、すぐに仕事モードに戻った。

俺はインベントリから、スライムの魔石を取り出す。

ざらり、と。

カウンターの上に並ぶそれは、小さな半透明の石だ。光を受けて淡く輝くそれが、いくつも重なっている。

「……多いな」

自分で出しておいてなんだが、量が多い。

1000体分の魔石、どうせ序盤のモンスターのなんて持ってても仕方ないし、いっそ全部売ってしまう。

ざっと見ても、軽く数百はある。

商人が手際よくそれを確認していく。指先で転がし、光にかざし、品質を見極める。その動きがやけに慣れていて、見ていて少し気持ちいい。

「……ふむ」

やがて、商人が頷く。

「……3000Gだな」

「……おお」

思わず声が漏れる。

3000G。

具体的な価値はまだよく分からないが、少なくともゼロではない。三日間の苦行が、ちゃんと形になった。

「よし! ありがとうお兄さん」

「お、おう……」

自然とウィンクをする。なぜか顔を赤くするNPC。

こういう細かい仕草にちゃんと反応があるってやっぱりすごいよなこのゲーム。

ずっしりと、金貨の重みが、インベントリ越しに伝わるような気がする。実際には重さなんてないはずなのに、なぜか“持っている”感覚がある。

これで、ようやくスタートラインだ。

「……次は、武器」

笑えるくらい低い、STR3でも扱えるやつが理想的だ。

「……あるかなぁ」

軽く肩を回す。

このまま素手で戦うのは、さすがに無理だ。ゴブリンにすらボコられるレベルだ。

なら、補うしかない。

「……店は……っと」

視線を外へ向ける。

通りの向こうに、大きめの建物が見える。看板には、剣と盾のマーク。初心者向けの大型店、といった雰囲気だ。

人の出入りも多い。

「……あそこだな」

歩き出す。

石畳の感触が、足裏に伝わる。

周囲の視線は、移動するたびに、場所が変わるたびに見られる相手を変えるだけ。

だが、もう気にならない。

むしろ――

(……もっと堂々と歩いてやる)

この街で。この姿で。この世界で、

有給の間だけだけどどこまでやれるのか少しだけ楽しみになってきていた。