軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七十五.岩の多い青い山肌を風が撫でて

岩の多い青い山肌を風が撫でて、微かに萌え出した薄緑の草を揺らした。

この辺りは背の低い植物ばかりで、人の背丈を超えるような木は数えるほどしかない。野生の山羊が草を食み、丸い体の鳥が駆け出して茂みに飛び込んだ。

その下の方から少しずつ何かが這って来るような気配があった。

まず来たのは地面を覆う草だった。乾いた地面を覆い、ごつごつした岩を覆い、ざらざらと小さな音を立てながらゆっくりと、しかし確実に山肌を上って行く。

それからその上を追うようにして背の低い草や灌木がやって来た。彼らは葉の付いた枝を揺らしながら、根を足のようにして歩いて来た。

根の先端は地面の中にある。不思議と歩く度に根は何の抵抗もなく地面に入り込んだ。影になった所には湿った苔が這うようにしてついて来る。

その後ろからはとうとう背の高い木がやって来た。ねじれた幹を前後に揺らし、その度に空に向かって掲げるように伸ばした枝葉が音を立てた。

木には古木が多かったが、幾らかは若い木も混ざっていた。背の高いものに低いもの、広葉樹、針葉樹、常緑樹、実を付けるもの付けないもの、それらが入り混じって一団となって行進しているのである。

さながら小さな森が丸ごと移動しているような様相であった。

だが、その深い緑色はどことなくよそよそしく、よその者を受け入れるような寛容さを持たないように見えた。森の持つ豊かさをどこかに追いやって、容赦ない残酷さだけが膨らんだような雰囲気だ。そして、日の光の下にあるにもかかわらず、陰鬱で巨大な影が森全体を包み込んでいた。

彼らはヘイゼルの西、古森からやって来た。

古森の西側は海に面しているが、切り立った崖で、海からの侵入は難しい。ただ、北側の山脈は西の外れまでは達しておらず、古森の北西はエルフ領に通じていた。尤も、そんな所は人間が通らないので、繋がっていようがいまいが関係ないのだが。

だが、森を縄張りとするエルフたちは別である。

かつてエルフ領は西の森から、新天地を求めて海岸沿いに南下して行った氏族があった。彼らは古森の奥に居を定め、そこで新しい生活を始めた。

古森は支配しようと試みる者の他には寛容だ。

元々自然に通ずる生活を営むエルフたちは、古森の新たな住民として受け入れられたように思われた。

だが安住して十数年経った頃、彼らは突如として姿を消した。

古森には様々な生き物たちがいる分、善意も悪意も入り混じって混沌としていた。豊かな生があるのと同じ分だけ死の影も濃いのである。

森は他者への寛容さと慈愛の側面が多くを占めてはいたが、逆に憎悪を肥大させた側面もあった。

ある日、何がきっかけであったのかは定かではないが、意思ある者に対する森の悪意は、形を以てエルフの集落に襲い掛かった。異形と言えるくらいにねじくれた古木が家々を押しつぶし、エルフたちを飲み込んだ。

親しき隣人であった筈の森の木々からの襲撃に、エルフたちは為す術もなかった。そうして一夜のうちにエルフの集落は消え去ってしまった。

その、かつてエルフの集落を滅ぼした木々が、今北へと向かう山脈を横断していた。その向こうに感じる大きな魔力に彼らは引き寄せられていた。

今はまだ遥か遠く、しかし彼らは確実にその根を伸ばす。

公国領北の辺境、山と森に囲まれた小さな村に向かって。

アンジェリンが家の中から分厚い本を持って来て、庭先のテーブルに広げた。

随分年季の入った本である。文字と絵とが混然と描かれており、しかしインクがセピア色にあせて、所々改めて上から文字をなぞったような形跡がある。それだけでなく、あちこちに但し書きや下線などがあり、かなり読み込まれているらしい事が伺えた。

色の薄い茶髪を短く切った若い冒険者が本を目でなぞり、嘆声を漏らした。

「すげえ……アンジェリンさんは、これで勉強したんですか」

アンジェリンは自慢げに頷いた。

「そう……でも色々書いたのは全部お父さん」

「うわ、こんな事まで……」

行商人の護衛でやって来た若い三人連れの冒険者は、興奮気味に本のページをめくった。

この本はベルグリフが駆け出しの頃に買ったものだ。魔獣の生態や戦い方、特徴や採れる素材などが細かく書かれている。

とにかく慎重な性格だったベルグリフは、最初に剣を買い、それから金を溜めてこの図鑑を買った。そうして夜ごと読み込んではあれこれと書き込み、すっかり頭に叩き込んでいる。

ほんの二年ばかりの冒険者生活で、実際に相対する事のなかった魔獣の知識まであるのは、この本のおかげであった。

もちろん、アンジェリンもこの本で大いに勉強した。ベルグリフの書き込んだ但し書きなどは、本の内容を細く理解するのに優れており、おかげで駆け出しの時にはこの知識に随分助けられたものである。

冒険者の一人が顔を上げた。小柄な少女だ。黄色いポニーテイルがふさふさと揺れる。

「すごいッスね! なんか、これ読んだだけで強くなった気がするッス!」

「そんなわけないでしょう……ソラ、お前それで調子乗って突っ込むのは勘弁してくださいよ?」

深い青色の髪の青年が呆れ顔で言った。ソラと呼ばれたポニーテイルの少女は頬を膨らました。

「人聞きの悪い! いくらわたしでもそんな無茶はしないッスよ、カインさん! そうッスよね、ジェイク?」

「いやあ、どうかなあ?」

「うがー」

この三人は普段はオルフェンを活動拠点にしているらしかった。年の頃はアンジェリンたちとほぼ同じである。

アンジェリンの故郷がトルネラであるという事は本人が大騒ぎしている事もあって、オルフェンでは有名である。だから、今回の行商人の依頼も、アンジェリンと話ができるかも知れないという淡い期待を抱いてやって来たらしい。

カインがBランクの魔法使いで、ジェイクとソラはCランクの剣士である。だからオルフェンではとても恐れ多くて話しかけられなかったようだ。

カインが嘆息する。

「しかし、まさか“パラディン”までいるなんて……」

「凄いもんだよな。“黒髪の戦乙女”に“赤鬼”、その上“天蓋砕き”だからなあ。人外魔境もいいとこだぜ」

そう言ってジェイクが頭を掻いた。

「ふふ……」

アンジェリンは満足そうに頷く。自分が褒められて嬉しいというよりも、自分たちSランク冒険者の横に当然の如くベルグリフの名前が並ぶのが嬉しいらしい。

とうとうお父さんも世に認められる時が来たのだ、とアンジェリンはほくそ笑んだ。

ただ、世に認められるというのが具体的にはどういう事なのか、アンジェリンにもイマイチ分かっていないのだが。

ソラが言った。

「わたし、オルフェンで“赤鬼”さんが模擬戦してるトコ、見学したッスよ! すっごくカッコ良かったッス! 現役冒険者でもないのに、“撃滅”のチェボルグさんとか、“しろがね”のドルトスさんとあそこまでやり合えるなんて感動したッス!」

「でしょ? お父さんは凄いのだ……」

アンジェリンは自慢げに胸を張った。ソラは興奮気味に手をぶんぶん振った。

「アンジェリンさんはお父さんに剣を教わったんスよね?」

「そう」

「わたしも“赤鬼”さんに教わったら強くなれるッスかね!?」

「お、おい、お前あんま調子乗んなって……」

慌てたようにソラを制止するジェイクを見て、アンジェリンはくすくす笑った。

「いいと思う……今はグラハムおじいちゃんもいるし、パワーアップ、してく?」

「マ、マジか……いや、でも折角なら俺はアンジェリンさんに教わりたい……」

アンジェリンは眉をひそめた。

「教えるのはお父さんが上手。わたしは教えるの下手……それでもいいなら、別に構わないけど……」

「え、いいの!?」

「やめといた方がいいぞ」

庭の向こうからカゴを抱えたアネッサとミリアムが歩いて来た。家の裏の畑でベルグリフの手伝いをしていたのである。

ミリアムがくすくす笑った。

「アンジェってば不器用だから、ひたすら実戦稽古くらいしかしないよー? ぼこぼこにされちゃうぞー」

「全然いいです!」

ジェイクは何だか嬉しそうな様子で、落ち着かなげにそわそわしている。

ソラが不貞腐れたようにジェイクを小突いた。

「鼻の下伸ばしてんじゃねーッス」

「ち、ちげーよ!」

カインが呆れたようにため息をついた。

「模擬戦で怪我されちゃ洒落になりませんよ……一応依頼の最中だって事、忘れないでくださいね?」

「わ、分かってらい!」

ミリアムがにやにやしながらアンジェリンを小突いた。

「アンジェも隅に置けないねー」

「……? なにが?」

「ありゃ。まあ分かってたけど……」

「?」

アンジェリンはきょとんとした顔で小首を傾げた。アネッサがくすくす笑う。

「ま、お前はそういう奴だよな」

「もー、つまんなーい……まあいいや」

ミリアムは呆れたようにカゴを持ち直した。中には大きな豆の鞘が沢山入っている。

「これ、剥いといてってさー」

「おー、今日はお豆……」アンジェリンはジェイクたちの方を見た。「手伝って……」

「え、はあ……豆剥き、ですか?」

「うん。茹で立てはとってもおいしい……」

Sランク冒険者の妙な素朴さに、若い冒険者たちは顔を見合わせた。

茎から折れたトマトの苗の根元を指先で掘ると、茶色い芋虫のようなものが出て来た。ベルグリフはそれをつまみ上げてシャルロッテに見せる。

「これがネキリムシ。こいつが茎をこうやって折っちゃうんだよ」

「根元にいるのね……何かの幼虫なの?」

「蛾のね。まあ、こいつらも生きる為なんだろうけど、こっちも食べる為だからね、仕方がない」

ベルグリフはそう言って虫を地面に放って踏み潰した。シャルロッテが何とも言えないような顔で口をもぐもぐさせた。

「食べる為、生きる為……何かしら、虫を潰すのは変な気分になるの……魔獣を退治するのは何も思わないし、肉や魚を食べるのだって何も抵抗はないのに……」

「その辺りが人の心の不思議な所だな……どちらも食べる為、生きる為という点で違いはないんだけどね」

「うん……こうやって取らないと野菜ができないものね」

「ああ。色んなものの生と死でこの世界は回っているからね……あまり悩んでも仕方ないけれど、そういう慈しみの気持ちも大事にした方がいいかも知れないね」

ベルグリフは傍らに置いた苗を手に取った。

「さて、ひとまず仕事を終えてしまおう。古い苗を抜いて、穴を掘ってくれるかい?」

「うん!」

シャルロッテは麦藁帽子をかぶり直し、小さなスコップを握った。

ベルグリフは微笑む。夏が本番になる頃には、大地のヘソを目指す旅が始まるだろう。その間、シャルロッテとビャクはトルネラで留守番だ。彼女が頑張って畑仕事を身につけようとしているのは、ベルグリフたちのいない間にここを守ろうという意思の現れなのかも知れない。

あちこちで夏野菜の植え付けが始まっていた。

苗は別に畝を作ったり箱に土を入れたりして育てる。それがある程度の大きさになったら畑に植え付けるのである。

基本的に寒冷なトルネラでは、こうやって苗を別に立てないと野菜の収穫時期が遅くなってしまう。

生鮮として消費される夏野菜は商売に使われる事はまずない。基本的には自給用だ。

一番近いロディナも農村であり、野菜は自給している。

生鮮野菜が売れるとすればボルドーだが、そこまでは遠く、夏の時期では確実に腐ってしまう。だから行商人も扱いたがらない。尤も、旅の間に自分たちが食べる分などは買う事もあるのだが。

そういうわけで、トルネラではどの家にも自分の畑がある。麦などの主食になる作物は共同で仕事をするが、野菜は自分の家で作らなくてはならない。

ベルグリフも年々少しずつ畑を広げ、余剰分は刻んで煮込みにし、数日間食べ伸ばしたり、カラカラになるまで干して保存したりと、一人では消費しきれない分の野菜の処理に苦慮していたが、このところは人が増えているからその心配がない。むしろ足りないかも知れないと思うくらいで、だから畑をやるにも張り合いがあった。

ネキリムシにやられて抜けた苗を植え直し、トウ立ちした菜花を摘んでいるとミトがやって来た。ビャクの手を握っている。ビャクは何となく片付かない表情をしていた。

「おとうさん……」

「ん? どうした、じいじと一緒じゃなかったのか?」

「じいさんは赤ん坊が泣き出したから母親の所に行ってる」とビャクが言った。

「そういう事か……じゃあ、こっちを手伝ってもらおうかな」

「おてつだいする。ビャッくんもいっしょ」

「引っ張んじゃねえよ……」

「ミト、こっちおいで! 一緒に菜花摘みしましょ」

「うん」

ミトは手を放してぽてぽてと早足で歩き出した。ビャクが眉をひそめる。

「転ぶんじゃねえぞ」

「へいき」

ベルグリフは微笑んだ。

「お前もいいお兄ちゃんになったな」

「そんなんじゃねえよ……」

ビャクは困ったような顔をして頬を掻いた。

「あれが魔王ってか……どうも俺はまだ不安が拭えねえ」

「あんまり心配するな。そういう事は俺たちに任せておけばいいよ」

「子供扱いするんじゃねえよ……言っとくが、俺はあんたよりも修羅場を潜った経験はあるんだぞ、親父」

「そういう辺りがまだ子供なんだよ」

ベルグリフは笑って、ビャクの髪の毛をくしゃりと乱暴に揉んだ。ビャクは少し不満げだったが、諦めたようにシャルロッテとミトの方に歩いて行った。

ぐるりと畑を見回す。

収穫した豆はアネッサとミリアムに任せたし、歯抜けになった苗は植え直した。菜花はシャルロッテたちが摘んでいる。太陽は天頂に近いし、ぼつぼつ昼食の支度をする時間だろう。

パンを焼いて、豆と菜花を茹でて、蕪でスープを作って、と考えていると家の方から誰かがやって来た。

その顔を見てベルグリフは思わず「おお」と声を出した。

「これはこれは」

「お久しぶりです、ベルグリフ様。お元気そうで……とはいえ、この前会ったばかりですね」

ボルドー家の三女、セレン・ボルドーが微笑んだ。ベルグリフは首にかけた手ぬぐいで手の泥汚れを拭った。

「よくいらっしゃいました。こんな格好で恐縮です……」

「いえいえ、お仕事の最中にお邪魔してしまって……」

セレンはちらと畑の方を見た。シャルロッテが慌ててやって来て、緊張した面持ちでぺこりと頭を下げた。村娘といった服装は土に汚れ、頬にもこすったような泥汚れが付いている。

「あの、あの……」

セレンはにっこり笑った。

「頑張っているようですね」

「あう……」

シャルロッテは俯いてもじもじと手を揉み合わせた。ベルグリフは小さく笑って顎鬚を撫でた。

「もう私たちも家に戻ります。立ち話も何ですから……」

「ああ、急かしたようでごめんなさい……何か運ぶものがあれば」

「いやいや、そんな事」

ベルグリフは恐縮したように手を振る。しかしセレンはさっさと空になったカゴを幾つか重ねて抱え上げた。そうしていたずら気に笑う。

「これでも畑仕事は結構しているんですよ?」

そういえば、ボルドー家の姉妹は地方の視察の際に農民に混じって作業をする事もあると聞いた。

どうにも敵わないな、とベルグリフは苦笑して、農具をまとめて抱えた。

「しかし、まさかお一人で来られたわけではないでしょう」

「ええ、もちろん。またさらわれては困りますからね」

そう言ってセレンはくすくす笑う。強い娘だ、とベルグリフもつられて笑った。

それにしたって、セレンの護衛では人数も多そうだ。また賑やかになりそうだなと思いながら庭先の方に回ると、「ししょおーっ!」と元気のいい声がした。サーシャが飛ぶように駆けて来てベルグリフの手を握った。

「ご無沙汰しております! ご健勝で何よりです!」

「お、おお、サーシャ殿……無沙汰も何も、前にお邪魔した時からそれほど……」

護衛というのはサーシャの事だったのかと思う。確かに、彼女がいれば十人の兵士よりも頼もしそうである。

勢いに圧倒されてベルグリフは目をぱちくりさせたそうして見返って苦笑する。

「サーシャ殿がご一緒だったのですか。これは頼もしい護衛ですな」

「ええ。おかげさまで気楽に来る事ができました」

セレンは苦笑しながら手に持ったカゴを持ち上げた。

「これ、どちらにしまいましょう?」

「ああ、こちらに……」

納屋に道具をしまい、手を洗って、改めて久闊を叙べ合った、とはいえ、帰郷の際にボルドー家に立ち寄ってからそれほど日は経っていない。だから久しぶりと言うにも何だか可笑しいような気がした。

アンジェリンがお茶のポットを取り上げた。

「お客さんがいっぱい……セレン、お茶のお代わりは?」

「ああ、アンジェリン様、どうかお構いなく……突然押しかけたのはこちらですから」

「いいの、遠慮なんかしないで……サーシャを見習った方がいい」

サーシャはうまそうにお茶をすすって、もう三杯目である。セレンが呆れたような顔をした。

「もう、ちい姉さまったら!」

「なんだセレン。折角勧めて下さっているんだから、変に遠慮する方が失礼というものだぞ」

「はい、セレン」

「む、むう……では、いただきます」

セレンはちょっと悔しそうにカップを差し出し、お茶のお代わりを受けた。

若い冒険者たちは護衛の行商人の所に戻ったらしい。カシムはまたふらふらとどこかに出掛けており、グラハムはまだ戻って来ていない。

ベルグリフは改めてセレンたちの方を向いた。

「それで、どうされたのですか?」

「ええ、ようやくボルドーも落ち着いて来たので、兼ねてから予定していた街道の整備の件で伺ったのです。工事に当たって具体的な計画を立てようと」

「今回既に測量士たちを連れて来ているのです。トルネラ側とロディナ側から相互に工事を開始して、工期を短縮しようという考えでして」

「なるほど……」

「本当は姉が直々に来る予定だったのですが、エリンの鉱山で少し問題が起きまして、そちらに手を回さねばならなくなって……」

「心底悔しがっておりました、はっはっは!」

エリンはボルドー領東にある鉱山の町である。ボルドー経済の柱の一つという事もあって、ヘルベチカもそちらに行かざるを得なかったのだろう。悔しがる顔が目に浮かぶようだ、とベルグリフは笑って顎鬚を撫でた。

アネッサが首を傾げる。

「測量士の人たちは?」

「ああ、早速村の道を見てもらってますよ」

「職人は仕事が早いねー」とミリアムが笑う。

「それで、村長様に挨拶に行こうと思ったのですが、ベルグリフ様に顔つなぎしていただいた方が話が早いと思いまして、勝手ながら押しかけました……」

「ああ、そういう事ですか。そんな事ならお安い御用です」

「よかった……では早速」

と立ちかけたセレンをアンジェリンが止めた。

「先にお昼ご飯……腹が減っては戦になるぞ」

「戦はできぬ」とアネッサが訂正した。

「そうさせてもらおうかセレン。朝にロディナを出てから何も食べていないのであるし」

「いえ、先に挨拶に行かなくては。測量士の方々にはもう仕事を始めてもらっていますし、わたしたちだけ安穏とは」

「そんなの気にしないでもいいのに」とアンジェリンが言った。

「いいえ、そうもいきません。余所者が村の外で何かしているなどと言われたら話がこじれて」

と言いかけた所でセレンの腹がきゅうと鳴った。

サーシャが声を上げて笑う。セレンは真っ赤になって両手で腹を抑えた。

「ち、違うんです違うんです、これは、その……」

「まあまあセレン殿、村長の所も今は昼餉でしょう。先に済ませてから行った方が話もゆっくりできると思いますよ。それにボルドー家の馬車は皆見ているでしょうし、誰も文句は言いませんよ」

「す、すみません……それではお言葉に甘えていいでしょうか?」

「ふふ、いっぱい食べなきゃね……?」

アンジェリンがにこにこ笑ってセレンの頭を撫でた。セレンは「あう」と恥ずかし気に俯いてもじもじした。ベルグリフは笑って立ち上がった。

「さて、支度をしよう。人が多いから沢山作らなけりゃ」

「セレンが沢山食べそうだしねー」とミリアムが笑った。

「もう! あんまりいじめないでください!」

セレンは頬を膨らました。

誰も彼もが愉快そうに笑い、さて、昼餉の支度だとそこいらがぱたぱたと騒がしくなった。