軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ.

「サティさん、野菜採って来ましたよ」

「思ったよりいっぱいあったー」

籠を手に、アネッサとミリアムが入って来た。畑にわずかに残った夏野菜が満載されている。サティはパン生地をこねながら振り向いた。鼻先に粉が付いている。

「ありがと、二人とも。シャルに渡してくれる? ……ちょっとパーシー君、薪を運んどいてって言ったじゃない」

「あ、やべえ、忘れてた。すまん」

サティに怒られたパーシヴァルが慌てた様子で外に出て行った。サティは呆れたように腰に手を当てて嘆息した。

「もう、気が抜けたようになっちゃって。ほらほら、食器出すからテーブル片付けて。夜のままじゃないの。マリー、水汲んで来て」

「あいよー」

マルグリットが桶を持って出て行った。

双子が皿を運んで来る。

「はい、おさら」

「カシム、早く」

「へいへい」

カシムがテーブルの上の酒瓶やカードを乱暴にまとめてどけた。

「カシムおじさま、お鍋運んで」

シャルロッテがそう言って暖炉にかけられた鍋の蓋を木べらでこんこんと叩く。

「人使い荒いなあ、もう」

そう言いながらもカシムは笑っている。

暖炉の火を調節していたビャクが怪訝な顔をした。

「何が可笑しいんだ」

「はは、いやあ、何か今までになく幸せな気分でね」

「……ふふ、そうだね」

サティもそう言ってくすくす笑う。

薪を抱えて戻って来たパーシヴァルが首を傾げた。

「どうした」

「や、幸せだなあってさ」

「ああ……」

「君はちょっと引っかかってそうだね」

「うるせえ。俺は繊細なんだ」

パーシヴァルが口を尖らして言うと、ミトがびっくりしたような顔をした。

「繊細? パーシーが?」

「……テメー、ミト。カシムに何を吹き込まれた」

「ちょっと、なんでオイラが出て来るんだよ」

ルシールがちゃらんと六弦を鳴らした。

「昔の人は言いました、日頃の行いは大事」

「珍しく同意できるのう」

ヤクモが口から煙を吐きながらからからと笑った。カシムは鬚を捻じった。

「くそー、味方がいないじゃんか。ベルとアンジェはどうしたんだよ」

「散歩に行ったわ。お父様が歩きたいって」

と言いながら、シャルロッテがシチューをよそう。アネッサがくすくす笑った。

「ベルさんもなんだかんだ言って頑丈だよな。わたし、あの時は血の気が引いたよ」

ミリアムが野菜を切りながら頷く。

「びっくりしたよねー。皆でやきもきしながら待ってたら、突然ベルさんが血を流しながらアンジェに支えられて現れたんだもん」

「毛糸の消えた辺りから唐突にな。まったく、あいつは俺を何度驚かせりゃ気が済むんだか……」

パーシヴァルがそう言って嘆息した。パン生地を伸ばしながらサティが言う。

「ヘルベチカちゃんが霊薬を分けてくれてよかったねえ。おかげでもう歩けるくらいになってるんだもの」

「まったく、ベルの奴、無茶しやがってなー。いつもは慎重なのに、自分の身を切るのに躊躇しないところあるから、オイラはらはらするよ」

「けど、よく戻れましたよね。わたし、あの穴が塞がった時はもう駄目かと思ってしまって……」

アネッサが言った。ミリアムが頷く。

「ね。なんでかなー。今更言っても仕方ない事だけど」

「そうだぞ、気にしたってしょうがないって」

水汲みから戻って来たマルグリットが言った。上げ床に腰を下ろしていたグラハムが考えるように目を伏せた。

「……アンジェリンが、そうしたのだろう」

「え?」

「何言ってんだ、大叔父上?」

「アンジェリンは帰りたがっていた。だから道は閉ざされなかった。それだけだ」

「……そうかもね」

「はは、結局あいつの帰る所はソロモンじゃなくてベルだったって事だな」

パーシヴァルがそう言って笑った。つられるように家の中が笑い声で満ちる。

「というかパーシー、君はどうするんだよ。捜してた相手がいなくなっちゃったじゃん」

「さあな。まあゆっくり考えるさ」

「一緒に東に行きますー?」

ミリアムがいたずら気に言った。パーシヴァルはからから笑う。

「それも悪くはねえが、ま、ダンジョンが落ち着くまではトルネラでのんびりするさ」

「のんびりするのはいいけど、家事くらい手伝ってよね」

サティが言った。パーシヴァルは口を曲げる。また笑い声が起こった。

その時、ばたんと勢いよく扉が開いた。サーシャが現れた。

「おはようございます! おお、賑やかですね!」

「あ、サーシャだ。おはよー」

「なんだ、朝から?」

アネッサが首を傾げた。

「いえ、何やら教会から神像を運び出すとかで、一緒に見物でもどうかと思いまして!」

「あれ、もうそんな時間?」

「早いとこ朝飯食っちまおうぜ」

「ベルたち、戻って来ないなあ」

秋祭りが翌日に迫っていた。村には多くの行商人たちがやって来て、流浪の民たちが毎日愉快な音楽を奏でていた。まるでもう祭りが始まっているかのようだ。そのせいか、いつもは当日に教会から運び出す主神ヴィエナの神像も、今日運び出す算段になっているらしい。

丘の上にいた。

ベルグリフは杖を突き、アンジェリンがその隣に寄り添うように立っている。前髪に付けた髪飾りの宝石が光っていた。

「お父さん、痛くない?」

「ああ、大丈夫だよ」

ベルグリフは脇腹に手をやった。

「ちゃんと急所は外してくれたんだからな。やっぱりアンジェは優しい子だよ」

「むう……」

アンジェリンは口を尖らした。ベルグリフは笑って、ぽんとアンジェリンの頭に手を置いた。

魔王化しかけたアンジェリンに貫かれた脇腹だったが、故意か偶然か急所は外れていたようで、村に戻ってからヘルベチカがくれた霊薬で治療した。まだ多少痛むが、杖を突けば立って歩けるくらいには回復している。

風が吹いていた。平原を撫でて、どこかへ抜けて行く。

アンジェリンがベルグリフの手を握った。

「もう秋祭りだね」

「ああ。早いなあ」

村からは煙が立ち上り、微かながらここまで喧騒が聞こえて来る。一年で一番人が多くなる時期だ。しかしダンジョンが動き出せば、そうでもなくなってくるのかも知れない。

ベルグリフはふうと息をついて、ゆっくりと地面に腰を下ろした。アンジェリンも隣に座る。

不思議と、帰って来る事が出来た。毛糸を辿って行くと、突然目の前に仲間たちが現れたのだ。合流してからも糸を辿り、来る時よりも時間をかけずに戻る事が出来たのが不思議だった。

奇妙な空間だったな、とベルグリフは思う。来た道を戻った筈なのに、ソロモンには会わなかった。彼はまだあの空間で、林檎の木の下に一人で座っているのだろうか。

自分たちには帰る道があった。しかし彼の道はもう閉ざされてしまっているのかも知れない。

「寂しそうだったな……」

「どうしたの、お父さん……?」

「ん、いや……東への旅は、どれくらいかかりそうかな?」

「分かんないけど……一年以上はかかると思う」

アンジェリンは秋祭りの後にオルフェンへと戻り、そして東へ旅に出る。アネッサとミリアム、マルグリットも一緒だ。ヤクモとルシールもいるというから、随分賑やかな道中になるだろう。

「色んな人に会って、色んなものを見て……帰って来たらいっぱいお話するね」

「それは楽しみだな」

ベルグリフは微笑んで、アンジェリンの頭を撫でた。アンジェリンは気持ちよさそうに目を閉じた。

空は薄雲がかかっているが、太陽が高くなる頃には抜けるように青くなるだろう。

あまりに色んな出来事が起こった。傷つき、怒り、悲しみ、それでも何とか乗り越える事が出来た。だからこそ、こういう何でもない時間がとても愛おしく感じられた。

「……ギルド、大変そう?」

と、アンジェリンがベルグリフの顔を覗き込んだ。

ベルグリフは苦笑して髭を捻じった。

「ああ、大変そうだ。でもやらないとな」

「ふふ……帰って来たらお手伝いするね」

「それは助かるが、リオさんが悲しむんじゃないのか?」

「いいの。どうせギルドマスターもそのうちトルネラに来る……」

「おいおい」

しかし本当にそうなるかも知れない。先の事は分からないが、あり得ないとも言い切れないのが恐ろしい。賑やかなのは嫌いではないが、あまり事が急だと自分の方が追い付かなくなる。

ベルグリフは困ったように笑いながら、空を見た。太陽が段々と高く昇って行く。アンジェリンが立ち上がった。

「朝ご飯、出来てるかも」

「そうだな。そろそろ帰ろうか」

ベルグリフも杖を突いて立ち上がった。アンジェリンは鼻歌交じりに森の方を見る。

「岩コケモモ、採りに行くんだよね?」

「朝ご飯を食べたらね」

「えへへ……」

アンジェリンは嬉しそうに顔をほころばせてベルグリフに抱き付いた。その拍子に脇腹の傷がずきんと痛んだ。

「いたた」

「あ、ごめんなさい……お父さん、大丈夫? 採りに行けるの?」

アンジェリンはおずおずと言った。ベルグリフは脇腹を撫でながら笑った。

「アンジェが支えてくれるなら平気だよ。今日は一日かけてゆっくり行こう。ミトやシャルロッテも一緒に、色んな話をしながらね」

「うん」

アンジェリンははにかんで、そっとベルグリフの腕を取った。

「行こ」

「ああ」

二人はゆっくりと、一歩一歩確かめるような足取りで丘を下る。

シュバイツは時空の彼方の更に先へと消えた。確かに、もう二度と会う事はないだろう。すべての問題が解決したかどうかは分からないが、少なくとも平穏を乱す存在はいなくなった。

また日常が戻って来る。いや、日常と言っていいのか、ベルグリフには分からない。

新しい事が始まる。セレンが来て、ダンジョンが出来、ギルドを動かす。出て行く人、入って来る人、多くの人々と出会い、別れる事になるだろう。今まで通りの日常とはいかない筈だ。

ふと足を止めた。アンジェリンが不思議そうにベルグリフを見る。

「どうしたの、お父さん? 痛いの?」

「ん、いや……」

目を伏せた。背中を押すように風が吹いて来た。

ベルグリフは目を開けて、ちらと娘の姿を見た。アンジェリンは首を傾げてベルグリフを見返した。黒髪が風に揺れている。

アンジェリンも成長した。自分も年を取り、いずれは老いて死ぬ。アンジェリンもいずれは巣立って行かねばならない。

敵はいなくなったが、すべて解決したわけではない。パーシヴァルも明るく振る舞ってはいるが、まだぎこちない所がある。アンジェリン自身も、まだ心の整理の付いていない部分があるようだ。それが東への旅の後押しにもなっているらしい。一度距離を置いて、別の物事を見て、少しずつ着地する所を探したいのだろう。

しかし、過去の清算は終わった。きっと時間が解決してくれる筈だ。

何もかもを笑って話せる時がきっと来る。ベルグリフはそう信じている。尤も、その頃には自分は何歳になっているのだか分からないが。

その間にトルネラだって変わって行く。同じように見えても、自分がまだ少年だった時と今とではすっかり違うという風に思う。

自分も大人になった。友人たちも年を取る。

時間が経てば子供は大人になり、大人は老人に、老人たちは死者となる。そして新しい命も生まれて来るだろう。良くも悪くもいつまでも同じではいられない。

ベルグリフはそっとアンジェリンの頭に手をやった。アンジェリンは目を閉じて、嬉しそうに頭を手に擦りつけた。

「えへへ、あったかい……」

「……行こうか」

「うん」

二人は再び歩き出した。

あの頃は想像もしていなかった出来事が自分たちを押し流して行く。

これからも変化は続いて行くだろう。時代が変わり、世代が変わり、百年も経てばまったく違う景色が広がっているかも知れない。

それでも、この丘を吹いて行く風だけは、旅立ちのあの日、ここに立った時と少しも変わっていない。

ベルグリフにはそんな気がした。