軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一三三.喧騒に満ちたギルドに戻ると、日常に

喧騒に満ちたギルドに戻ると、日常に戻って来たという気が高まった。

ごつごつした石畳の床も、くすんで灰色になった白亜の壁もそのままである。しかし、何だか前よりも賑わいが高まっていて、行き交う人の数も多いように思われた。

「ええ! それじゃトルネラに?」

黄色いポニーテイルを揺らしながら、ソラが興奮したように言った。アンジェリンは自慢げに頷く。

「そう……だからお父さんはギルドマスターになるのだ」

「マジかよ……ベルグリフさん、すげえな」

ジェイクが嘆声を漏らして椅子に寄り掛かった。カインも驚いたように目を白黒させている。

「実現したら凄いですね……“パラディン”に“覇王剣”に“天蓋砕き”。ギルドマスターが“赤鬼”……冒険者の質ではオルフェンやボルドーにも劣らないんじゃないですか」

「うん。きっと凄い事になる……ふふ」

「わたし、前にベルグリフさんに教わった通りに、槍使いの人たちの突きを参考にしたら、確かに剣筋が鋭くなったッスよ! おかげでランクが上がりそうッス!」

「俺も前より体が動くような感じで……基礎って大事ですね」

「私も色々勉強させてもらいまして……あの森の戦いも随分な経験になりましたよ」

以前に行商人の護衛でトルネラにやって来たこの三人は、トルネラで受けた薫陶をそれぞれに消化して活かしているらしかった。

アンジェリンは自分が教えたかのように偉そうな顔をして頷いた。

「あなたたちもまたトルネラに来たらいい……」

「わあ、アンジェリンさん直々にそう言ってもらえるなんて嬉しいッス」

「でも、もしかしてアンジェリンさんもそのうちトルネラに腰を据えちゃうんですか?」

ジェイクが少し寂しそうに言った。アンジェリンはくすくす笑う。

「それは多分もっと先の話……もちろん、行ったり来たりはするけど、わたしはもっと色んな所を冒険したいから」

「冒険かあ……流石はSランク冒険者だなあ」

向こうからジェイクたちを呼ぶ声がした。ソラが立ち上がった。

「あ、査定が終わったみたいッスよ! 行ってみるッス!」

「え、マジか。もっと待たされるかと思ったけど」

「早かったですね……ではアンジェリンさん、また」

「うん」

三人が去り、アンジェリンは椅子の背にもたれて深く息をついた。

ここのところ、オルフェンのギルドでは魔獣のものを始めとした素材の買取りが活発化して、持ち込めば持ち込んだ分だけいい収入になるらしい。ソラたちの話によると、ギルドが大手の商会と提携する事ができたらしく、素材の販売ルートがかなりの規模に拡大したそうだ。

売り上げの何割かはギルドの懐に入る。単一では微々たるものだが、交易都市でもあるオルフェンの冒険者人口から考えると、その収入はかなりのものだ。

実入りが良いからと外部からさらに冒険者も入って来ているらしく、このギルドの賑わいもそれがきっかけなのだろう。

ギルドマスターも頑張ってるなあ、と思いながら、そのまましばらくぼんやりしていると、アネッサたちがやって来た。

「ごめん、遅くなった」

「やー、相変わらずここは賑やかだねー」

「なにぼーっとしてんだよ」

マルグリットがアンジェリンの肩を小突いた。アンジェリンは顔を上げて欠伸をした。

「待ちくたびれただけ。行こっか」

四人で連れ立ってカウンターに行く。受付のユーリがにっこり笑った。

「お帰りなさい、みんな。元気そうねえ」

「ただいまユーリさん……こっちは変わらない?」

「そうね。前みたいな騒動は起きてないわ。書類仕事でリオはへろへろだけどね」

ライオネルは相変わらずらしい。アンジェリンはくすくす笑った。

「あのね、ギルドマスターに話があるんだけど……」

「リオに? そうね、今なら……うん、いいわよ。どうぞ」

それで裏側に通されて、ギルドマスターの執務室に向かった。

部屋に入ろうとすると、秘書らしい女の子が書類の束を抱えて出て来るのに鉢合わした。秘書は驚いたように目を丸め、それからすぐに嬉しそうに表情をほころばせた。

「アンジェリンさん! 帰ってらしたんですね!」

「うん、昨日……ギルドマスターいる?」

「いますよ。ギルドマスター、アンジェリンさんですよ」

秘書と入れ違いに部屋に入ると、執務机に山と積まれた書類の向こうに、立ち上がるライオネルの姿が見えた。他にも何人か事務仕事をしていた職員たちが、嬉しそうにアンジェリンに会釈した。

書簡らしいのに目を通していたドルトスが顔を上げて、目を細める。

「おお、アンジェ。帰って来たのであるか」

「ただいま、しろがねのおっちゃん……忙しそうだね」

「なぁに、この程度は慣れたものである」

「ちょっと休憩しよう。お茶淹れてー……ささ、アンジェさん、座って座って」

ライオネルはくたびれた笑みを浮かべながら、こちらも色々と置かれた来客用のテーブルを慌てて片付けていた。乱雑に手紙や書類を寄せて、どうぞどうぞと手で座るよう促す。

「いやあ、みんな元気そうで何より」

「お前は相変わらずくたびれてんなー」

マルグリットがけらけら笑った。

「まあねー。いや、でもちょっとずつ要領が掴めて来てはいるんだよ。レノン商会と提携できるようになって、資金繰りがかなり楽になって来てさ……まあ、仕事が減ったわけじゃないんだけど」

「さっき聞いた……頑張ってるんだね。偉いぞギルドマスター」

「はは、アンジェさんにそう言ってもらえると嬉しいなあ……ベルグリフさんたちは一緒じゃないの?」

アンジェリンは『大地のヘソ』への旅路と戦いの事と、パーシヴァルとサティとの再会、それからの事などを手短にまとめて話した。

ライオネルたちは度々目を丸くしたり白黒させたり、終始驚きながらそれを聞いた。

「何というか……お疲れ様だったね」

「無事に昔の仲間が揃ったのであるか。めでたい話であるな」

「それにしてもトルネラにダンジョンかあ……ベルグリフさんがギルドマスターとか、いいなあ。人柄最高だし、人望お化けだし、取りまとめ上手いし……俺、ギルドマスター引退してトルネラに引っ越そうかなあ」

「世迷い言を抜かすでない」

「いいじゃないですか、ギルドも立て直して来たんだし、もうちょっと安定したら若い人に任せたって……ドルトスさんだって、トルネラに行ってみたいって思ってるでしょ? “パラディン”だっているっていう話だし」

「……まあ、まったく興味がないと言えば嘘になるが」

マルグリットが運ばれて来たお茶に手を付けながら言った。

「いいじゃねえか、来いよ。大叔父上も歓迎してくれるぜ!」

「むう……」

ドルトスは困ったように白鬚を捻じった。ライオネルは愉快そうに笑っている。余裕ができて来たせいか、彼本来の飄々とした緩さが少しずつ戻っているようだった。

アンジェリンは口端を緩めて身を乗り出した。

「それでね、『大地のヘソ』で災害級といっぱい戦ったし、マリーを高位ランクに昇格できないかなって……」

「え、昇格してもらっていいの? いやあ、助かるなあ。マルグリットさんの実力は俺も知ってるから、異存ないよ。むしろ遅過ぎると思ってたよ」

ライオネルはあっけらかんと言った。あっさりし過ぎていて、アンジェリンが思わず脱力するくらいだった。

ミリアムが愉快そうに笑った。

「よかったね、マリー。でも無茶するとベルさんとグラハムさんに怒られるよー?」

「うるせーな、分かってるよ」

マルグリットは口を尖らした。

ライオネルは愉快そうに笑いながら、お茶のカップを手に取った。

「それで、アンジェさんはどういう予定なの? またオルフェンを拠点にしてくれるんだよね?」

アンジェリンは頷いた。

「うん。秋口にもう一度トルネラに帰るけど……今回は秋祭りで引き上げる予定」

冬越えも楽しかったけれど、少し長く居過ぎたような気もして、故郷が安っぽくなるのが何となく嫌だった。

今は仕事に精を出して、秋祭りの前に帰郷してトルネラで過ごし、秋祭りが終わったら行商人たちに交じってオルフェンに戻る。

「……あとね、しばらくここで仕事したら、また少し冒険に出たいなと思って」

「冒険?」

「なんだそれ、聞いてないぞ」

アネッサが目を丸くした。アンジェリンは頷いた。

「昨日寝床で思い付いたの……今回の旅がとっても楽しかったから」

そう、アンジェリンは冒険がしたかった。長らくオルフェンとその周辺を縄張りに活動していたけれど、今回の長い旅で、別の土地への憧憬がかき立てられたのは確かだ。トルネラでの穏やかな生活も魅力的だけれど、若い心は冒険を求める。

帝都よりも南のルクレシアやダダンにも興味はあるけれど、今は東への憧れが強まっていた。

ティルディスよりも東の地。トーヤとモーリンが拠点にしていたというキータイや、ヤクモの出身地であるブリョウ。何よりも、ベルグリフが振るったあのグラハムの生きた聖剣は、東の地の鋼の木の実から打ち出されたという。

今の剣も東の鉄でできた業物だが、やはりもっと良い剣が欲しいという欲求には抗えない。トルネラの森であの大剣を振るった時の感触は、剣士としては震え立つほどに心地よいものだった。

「ああいう剣が振るえたら……いいよね。自分に合った形の剣で」

剣士であるマルグリットが頷いた。

「だな。あの剣は気取ってて気に食わねえけど、おれもおれだけの剣が欲しいなあ。細くて鋭くて……どういう性格になんのかな? 持ち主に似るわけじゃなさそうだけど」

確かに、あの剣はグラハムの得物であるにもかかわらず、グラハムに似ているわけではなかった。

もし、自分の剣も意思を持つとしたら、男の子になるのか、女の子になるのか。グラハムの剣はつんと澄ました美少女という感じだったが、自分の場合はどうだろう。仲良くやれればいいけれどと思うが、喧嘩したらどうしようかしら。想像するほどに楽しみになって来る。

「鋼の実かー。杖なんかもできるのかな? 面白そうだよねー」

「弓……はあんまりしならないから無理かな。矢に使うのは勿体ないような気が……」

「おじいちゃんの他に持ってる人見た事ないよね……やっぱり手に入れるのが難しいのかな?」

「そうなんだろうな……意思がある分、使い手を選ぶっていう話だし、きちんと育てないといけないっていうし……」

「今度帰ったら、もっと詳しく聞いてみよ……」

冬の間、夜に聞いたグラハムの冒険譚では、もちろん剣を手に入れた時の話も聞いた。だがそれは冒険譚であって、剣を手に入れる時の詳細な情報というわけではない。

しかし大まかな事はアンジェリンもよく覚えている。

ブリョウは大陸の東端に位置しているが、そのさらに東側の海洋地域には大小の群島があって、鋼の木はその島のうちの一つにあるらしい。

その島はかつて海中の火山が噴き上がった際に隆起してできたもので、鋼の木はその島の土でなければ育たない。数多くの者が別の場所での栽培を試みたが、成功例は一つもないという。

要するに、そこまで行かなくてはいけないのだが、ローデシア帝国は大陸の西端、ブリョウは東端なので、行った事のない者ばかりなのも仕方があるまい。グラハムが行った時も、外国から来た旅人は彼の他はいなかったそうである。

しかしグラハムが行ったのは、下手をすると百年近く昔の話だ。今はブリョウからはヤクモが来ているし、トーヤとモーリンだって東から帝都に来ていた。行って行けない事はない筈だ。

道のりは険しいかも知れないけれど、そういう旅の方が緊張感があって面白い。

だが、その道のりを乗り越えて辿り着いても、剣の方にそっぽを向かれては話にならない。

グラハムの話では、幼剣――とグラハムは言っていた――だった頃の剣は地面に突き立ったまま頑として動こうとせず、グラハムは柄を握ったまま七日七晩の根競べをしたそうだ。

また、剣が使い手を認めても、剣士の方が剣を育て切れずに朽ちさせてしまう例もあるらしい。さらに扱い方によっては魔剣と化し、使い手を支配しようとする事もあるようだ。何もかもが普通の剣と違う。だが、それだけ扱いが難しい分、その性能はアンジェリンも身に沁みて分かっている。

グラハムがその根競べに勝って剣を手に入れたばかりの頃は、剣はグラハム以外には触られるのも嫌がって、度々他人を跳ね飛ばしたりしていたらしい。研ぎを任せた職人すら跳ね飛ばしたらしいから、その気性の荒さたるや尋常ではない。

そう考えると、アンジェリンやベルグリフにも扱わせた辺り、今の聖剣はあれでもかなり丸くなったという事だ。

すごく人間臭くて、それがアンジェリンには好ましく映った。自分の剣もそんな風だと、寂しくなくていいなと思った。

いずれにせよ、そうなると船に乗らなきゃいけないな、とアンジェリンは思う。

オルフェンの西側の海洋都市、エルブレンでいくつもの船を見た事はあるけれど、乗った事はない。考えるとわくわくする。あれで海の上を滑って行くのは愉快そうだ。

しかし、それはまだ先の話だ。アンジェリンにとっての最優先事項は、秋のトルネラの岩コケモモである。それさえ満たされれば、心置きなく東に旅立つ事ができる。

その為にも、今はオルフェンでしっかりと仕事をして、その分の埋め合わせをしておかなくてはならない。

「わたしたちに頼みたい急ぎの仕事とか、ある?」

「んー、前みたいな災害級魔獣の大量発生はないからね……あ、でも変異種の調査をしてもらいたいダンジョンがあったかも……ユーリに聞いてみて」

「分かった……じゃあ、マリーの昇格の話、よろしくね」

「はいはい。でもちょっと待ってね、今日はまだ片付けなきゃいけない仕事があって……」

「平気。急いでないから……今日、どうしよっか?」

アネッサが視線を泳がした。

「ひとまずユーリさんに話を聞いて、それから装備を調えないか? ずっと留守にしてたから、道具も古くなってるの多いし」

「ん、そうだね……じゃあ、ギルドマスター、しろがねのおっちゃん、お仕事頑張ってね」

と立ちかけて、ふとアンジェリンは口を開いた。

「そういえば……マッスル将軍はお出かけ?」

「チェボルグの奴は腰を痛めて寝込んでおる」

「ええ……」

野の花は盛りを迎え、蜜や花粉を集める蜂や、色とりどりの蝶が飛び交って賑やかだった。

緩やかな丘陵からは雪解けでできた小さな水の筋が湧き出て草の間を走り、その縁を鼠などの小動物が駆け回る。それを狙っているのか、空には鳶が輪を描いていた。

ハルとマルの双子が、花盛りの平原に座って花輪を編んでいた。

遠くに点々と見える白いものは放牧された羊たちである。その間を、カシムがシャルロッテとビャク、ミトを連れて歩いていた。

件の結界を張るのに、今日は朝から村の外に出ていた。サティは家の片付けと家事をすると言って留守番である。カシムが結界張りを引き受けて、シャルロッテたちはその手伝いだ。グラハムとパーシヴァルは他にする事があると言って二人していなくなった。

ベルグリフは子守である。しばらく双子を眺めてから声をかけた。

「何を作っているんだい?」

「かんむり」

「パーシーにあげるの。カシムにも」

「できた」

シロツメクサやアカツメクサの可愛らしい花が輪に編まれているのを、双子は自慢げに掲げてベルグリフに見せた。

「はは、上手にできてるなあ」

「そうでしょ」

「おとーさんにも作ってあげるね」

「それは嬉しいな」

双子は作り終えた花輪を脇に置いて、また花を摘み始めた。まだアンジェリンが小さな頃、こうやって花冠を編んで遊んでいた事を思い出すようだった。

あの子はオルフェンに無事に着いたかな、とベルグリフは遠い都の娘に思いを馳せた。

ハルが花を取ってマルに手渡した。

「おとーさんに作って……じいじにもあげるんだもんねー」

「ねー」

「いいな。じいじも喜ぶぞ」

双子はにんまり笑って、摘んだ花を両手いっぱいに握りしめた。

「お花いっぱいでうれしいね。みんなの分が作れるね」

「お母さんにも作ってあげたいね」

その言葉に、ベルグリフは詰まったように口をもぐもぐさせた。双子の言うお母さんというのはサティの事ではない。双子にとってのお母さんは、二人を産んだ女性であり、サティに助け出されながらも命を落とした。

だが、双子は死の概念がイマイチ分かっていない。また、ベルグリフたちも説明しようにも難しく、またハルとマルの悲しみを思うと、どうにも言いあぐねてしまうのである。

聞くところによれば、二人の母親の墓はサティの作った空間にあった。今は崩壊してしまっただろうという事だから、墓参りに行く事もできない。

ベルグリフは何とも言えない気持ちになり、身を屈めると、無邪気に花輪を編んでいる双子の肩に手を回した。

「……ごめんな」

双子は不思議そうな顔をして赤鬚の「おとーさん」の方を見た。

「どうしたの? どこかいたいの?」

「ないてるの? だいじょうぶ?」

双子はよく分からないというような顔をしていたが、二人してベルグリフの頭をくしゃくしゃと撫でながら、「いたいのとんでけー」と言っていた。

やがてベルグリフは顔を上げると、微笑みを浮かべて二人の頭を撫でた。

「……ありがとう」

「よくなった?」

「えへへ、よかった」

そうしてまた花輪を編み始める。

いずれ真実を告げた時、二人はどんな風に思うだろうとベルグリフは目を伏せた。このままではいけないと思いながら、つい目の前の幸福に飛びついて問題を先延ばしにしてしまう。自分は自分で思うよりも弱い人間だ。

向こうの方からカシムがやって来た。シャルロッテとビャク、ミトを連れている。カシムは何やら紋様の刻まれた細い棒杭を抱えていた。結界を張る為の道具だ。

「いやあ、いい天気だねえ。昼寝でもしたい気分だよ……どうしたの?」

「や、何でもない。どうだい、塩梅は」

「いい感じだよ。シャルが頑張ったからね」

カシムはそう言ってシャルロッテの頭をぽんぽんと撫でた。

「中々魔力の操作が上手くなったもんだよ。才能あるぜ」

「そ、そう……?」

シャルロッテは照れ臭そうにはにかんだ。彼女は家や村の手伝いをしながら、ずっと魔法の練習は続けている。今回の結界も、カシムとグラハムが術式を刻んだ棒杭に、シャルロッテが魔力を込めたらしい。彼女の持つ魔力の量は膨大で、強力な術式を展開するにも足る量が賄えるようだ。

カシムは余ったらしい棒杭をがらがらと地面に投げ出した。

「概ね杭の設置は終わったけどね、羊どもを追い出さないと」

するとあの辺が結界を張った場所になるのか、とベルグリフは草を食む羊たちに目をやった。確かに、点々と杭らしきものが並んでいて、それが緩やかな円を描いて羊のいる辺りを囲んでいるようだった。

うららかな陽が平原一杯に降り注いで、魔獣との戦いの場になるとは思えないような風景である。

「それで、羊をよそにやったら、もう魔獣を呼び出すつもりなのかな?」

「うんにゃ、ちょいと結界の強度を確認しなきゃいけないね。どんな魔獣が出るか分からない以上、警戒し過ぎて無駄って事はないし……へへ、なんかベルみたいな事言ってるな、オイラ」

「カシム、こっち」

「すわって」

「ん?」

双子に手招きされてカシムが身を屈めると、山高帽子の上から花輪が引っ掛けられた。

「あげる」

「おー、あんがと。似合うかい?」

「うん。かわいい」

双子はきゃっきゃとはしゃいだ。カシムはにやにやしながら花飾りで彩られた帽子をかぶり直す。

「ますます色男になっちまうね、こりゃ。へっへっへ」

「カシムおじさまは不思議とそういうのが似合うわね」

シャルロッテがそう言ってくすくす笑う。無精に伸びた髪の毛に髭面の上、粗末な服をまとっているのに、可愛らしい花飾りが似合うというのは何だか面白い。

「ミトにい、手つだって。もっといっぱい作るの」

「うん。シャルとビャッくんにもあげるの?」

「そうだ。まっててね」

「いらねえ」

「えー」

「ビャク、そんな事言っちゃ駄目よ、せっかくくれるんだもの」

「そうだぜ、お兄ちゃん。シャル、こいつ逃げないように捕まえとかないと」

「そうね!」

「何すんだ、やめろ。おい、放せ」

「三人とも、とびきり可愛いのを作ってあげてね」

「おー」

「がんばるぞー」

「やめろ!」

「観念しな、へっへっへ」

両側からシャルロッテとカシムに腕を掴まれて、ビャクは顔をしかめて身じろぎした。

そんな風に騒いでいると、パーシヴァルとグラハムがやって来た。

「何やってんだお前ら」

「そりゃこっちの台詞だよ。どこほっつき歩いてたのさ」とカシムが言った。

「軽く剣を合わせてたんだよ。共闘する以上、互いの剣筋が分からねえと面倒だからな。念を入れて悪い事はねえ」

パーシヴァルはそう言って腰の剣の位置を整えた。グラハムも頷く。大剣を背負った彼の姿を見るのは何だか久しぶりだ。

パーシヴァルは辺りを見回した。

「結界は準備できたか?」

「できたよ。杭で囲んである辺りさ。羊を追い出して……ちょっと強度を確かめないといけないけどね」

「成る程な。しかしカシム。お前、随分可愛い事になってるじゃねえか」

「へっへっへ、かわいこちゃんたちから花冠の贈り物さ」

カシムは笑って帽子の花輪に手をやった。双子が自慢げに顔を上げる。

「パーシーのぶんも作ってるよ」

「まっててね」

「はいはい、ありがとよ」

「で、羊はどうすんだよ」

ビャクが言った。ベルグリフは顎鬚を撫でた。

「そうだな、とりあえずあの杭の輪から出せればいいから、皆で協力して追って……」

「んな面倒な事しねえでもいいだろ」

パーシヴァルはつかつかと前に出ると、やにわに闘気をみなぎらせて思い切り足を踏み鳴らした。すると、暢気に草を食んでいた羊たちが仰天して、ものすごい勢いで逃げ散って行った。

「これでよし」

しかし普段羊を可愛がっているシャルロッテが頬を膨らました。

「よしじゃないわ、パーシーおじさま。あれじゃ羊が可哀想じゃない」

「……パーシー、あんなに散らばらしちゃ後で集めるのに苦労するんだが」

「えっ、ごめん……」

ベルグリフにも言われて、頭を掻くパーシヴァルを見て、カシムが大笑いした。

「怒られてやんの。“覇王剣”も形無しだな、こりゃ」

「うるせえ」

口を尖らしたパーシヴァルのマントをミトが引っ張った。

「大丈夫だよ、パーシー……誰でも間違える事はあるよ」

「お、おう……そうだな」

ベルグリフもこれには堪え切れずに噴き出した。そこに双子が「できた! しゃがんでパーシー!」と花冠をかぶせたものだから、普段は笑顔を見せないビャクすら、必死に顔を隠すようにして肩を震わせているし、いよいよカシムは笑い死にそうになっている。

「だーッははははは! ひぃー、もう駄目! 死にそう! 似合ってるぜ、パーシーちゃん!」

「ブッ殺すぞテメエ」

「……パーシー、いやだったの?」

「だからおこってるの?」

「い、いや、違うぞ。冠は嬉しい。めちゃくちゃ嬉しいが……」

不安そうな双子を見てしどろもどろになるパーシヴァルを見て、皆は余計に腹を抱えた。

双子は安心したように顔を見合わせた。

「よかった。みんなおそろい!」

「ねー」

見るとグラハムまで花冠をかぶせられている。

この駄目押しにパーシヴァルも腹をくすぐられて体をくの字に曲げた。

そんな風に皆で大笑いしていると、グラハムの背中の剣が「真面目にやれ」とでも言うように唸った。