軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五・色々なふりがあった

湖上でアルボン様からの協力のお願いを聞き入れた数日後。

ユー伯爵家での舞踏会に、わたしはアルボン様のエスコートで出席している。

迎えに来たブレインチ公爵様に、両親はなんとも言えない顔をしていた。

両親は両親で別の夜会に行くので、今晩万が一何かがあったとしても、直接見られずに済む。

そうなる日を選んだのだ。

ヴィンセントからは、『セオドーラ嬢の思い人はぼくじゃない』との手紙が届いた。

その答えの真偽は、わたしには確かめようはない。

そして、恋人のふりは、今シーズンだけの約束だそうだ。

セオドーラ様の思い人がヴィンセントではないとしても、ヴィンセントがわたしといることを不満だと思っているのなら、やはり考えなくてはいけない。

どちらにせよ、あと十日もすれば、貴族たちは領地に戻りはじめる。

そこで今シーズンは終わる。

ヴィンセントのことは、そのときにはっきりさせることにしよう。

ドレスの裾をさばきつつ、わたしはアルボン様を見上げた。

「アルボン様。本当に、するんですか? 最近、ヴィンセントたちは記事にもなっていないようですけど」

ゴシップ新聞にしょっちゅう取り上げられていたというのに、ここ数日、話題がない。

ヴィンセントとの恋人のふりが控えめになっているのだろうか。

ということは、セオドーラ様の恋に動きがあったのかもしれない。けれど、どんなふうに動いたのだろう。

「記事は関係ないよ。わたし自身の問題なんだ。これで何もなければ、すっぱりあきらめがつく」

アルボン様が、あまり気落ちすることがなければいいと思う。

それにしても、秘密というものは、隠し続けることが難しい。そして隠し続けるために、秘密や嘘を重ねていく。

わたしはなるべく秘密のない人生を送ろうと、決めた。

会場で一曲踊り、わたしとアルボン様は、壁際で顔を寄せ合いひそひそと話をする。

その内容は、これからの行動の確認なのだけど、周囲の淑女たちは扇子の陰からこちらを見て、ゴシップのネタを探しているようである。

「ヴィンセントとセオドーラ様は来ていますね」

「ああ。ユー伯爵家の舞踏会に出席すると聞いたから、わたしも出席することにしてあったんだ。というか、最近はともかく、少し前までは彼らはかなり頻繁にあちこち出席したんだ。セオドーラ嬢だって、さすがに疲れるだろう。ウィロウが気をつかうべき……。すまない」

「いいえ、わたしのことでしたらお構いなく」

アルボン様は、セオドーラ様の動向を気にしていたらしい。

彼女が出席するパーティには、なるべく顔を出すようにしていたそうだ。

社交に勤しんでいると言ったわたしの言葉は、間違ってはいなかった。

そしてわたしたちは、風に当たるようなふりをして、庭園に向かった。

ユー伯爵家の自慢の庭園は、タウンハウスのそれとしては広いものだ。温室や東屋や木陰を作る木々がほどよく配置され、蝋燭の灯りもふんだんに、異世界のような雰囲気を醸し出している。

奥のほうの灯りの届かない暗がりには、逢瀬中の男女がいるのだろう。

わたしのような未婚の令嬢が知っていてはいけない世界とはいえ、耳には入ってくるものだ。

さすがにその邪魔になるようなことは絶対にしたくない。

アルボン様は、一際蝋燭の多く灯る温室へ向かう。

庭園ではひそかな逢瀬を楽しみたいのだ。こんな明るい場所に来るカップルはまずいない。

案の定、年配の子爵夫妻と数人の淑女が珍しい花や木々を鑑賞しているだけだった。

軽く会釈をして、わたしも温室の入り口付近で花を愛でる。

「本当に、ユー伯爵家のお庭は素晴らしいですね」

「ああ」

アルボン様の返事は、上の空だった。

わたしは別のことを尋ねる。

「……ついてきていますか?」

「二人で、一緒に来ている。温室の手前の木陰にいるよ」

「単に、温室か庭園に用があっただけなのでは」

「いや。わたしたちに付かず離れずの距離でついてきている」

身をかがめて花の香を吸い込みながら、わたしは首を軽く傾げた。

「どうしてかしら? アルボン様は、どうしてついてくると考えたのですか?」

「ウィロウは、セオドーラ嬢と踊っているあいだも、きみを見ている」

「え?」

わたしは顔を上げて、アルボン様を見た。

それは、どういうことだろう。

このときのわたしには、知りようもなかった。

アルボン様は、他人のことはよく見えていても、自分のことはまったく見えていなかったのだ。

「だから、きみを連れ出せば、少なくとも彼はついてくると思っていた。そして、彼を気にしているセオドーラ嬢も。少し、移動しようか」

「あ、はい」

差し出された腕に手を置き、わたしたちは温室を出る。

そして、建物のほうへ――舞踏会の場へ戻ると見せかけて、脇へ逸れ建物沿いの奥へ向かう。

人気もなく、音楽も遠く、灯りもほとんど届かない。

そんな場所で、ふとアルボン様は立ち止まり、わたしに向き直って片膝をついた。

「プリシラ嬢。どうぞ、わたしにあなたの夫となる栄誉を与えてく」

「だめだ!!」

アルボン様の声に被った声は、聞きなじみのあるものだ。

そしてわたしは、後ろに倒されるように羽交い絞めにされ、抱き込まれた。

「え、ヴィ、ヴィンセント? ちょ、あの、苦しい」

気づけば向き合う形できつく抱きしめられていて、ちょっと息がしにくい。

「ウィロウ! セオドーラ嬢は!?」

空気を求めて無理やり顔を動かすと、アルボン様のひどく焦った声と動きが見えた。きっと顔は青ざめていることだろう。

翻る青いドレスの後ろ姿はセオドーラ様か。

アルボン様がものすごい速さで彼女を追いかけていく。

それを見ていたわたしの頭が、ヴィンセントの胸元に押し付けられた。

それから、頭上から切羽詰まった声が聞こえる。

「プリシラ! ぼくと結婚してください!」

「―――――え?」

無理やり顔を上に向けると、ヴィンセントが耳まで赤く染めながら、わたしを見ていた。

◇ ◇ ◇

わたしの私室で、わたしはハリエットに諸々の説明をしていた。

部屋の隅にはケイリーも控えているから、フォローがてら細部を話して聞かせるのにもちょうどいい。

紅茶に砂糖とミルクを加えかきまぜながら、ハリエットは口を開いた。

「つまり。セオドーラ様は、ブレインチ公爵の気を引きたくて、ヴィンセント様を利用していた。ヴィンセント様は、あなたの気を引きたくて、セオドーラ様を利用していた。二人は利害が一致してお互い協力していた、ということね」

「そうみたいよ」

二人が初めて会った舞踏会で踊ったとき、ヴィンセントとセオドーラ様はそれぞれの思い人を目で追っていて、そのことにお互い気が付いたのだそうだ。

それで、セオドーラ様がこの企みを思いつき、ヴィンセントもそれを名案だと思ったらしい。

ふーっとハリエットは疲れたようなため息をつく。

「なのに、あなたはあの二人の後押しをするようなことを言うし?」

「そう。この企みはもしかして失敗だったかもって、二人とも思いはじめたらしいのよ。そんなとき、あの『ウィロウ侯爵令息はトリヤ男爵令嬢に夢中!』っていうゴシップ新聞の記事が出て、そのすぐあとくらいにアルボン様がヴィンセントに言ったんですって」

――きみたちはお似合いだね。

――プリシラ嬢もそう言っていたよ。

――ああ、わたしもきみたちを見習って、そろそろ結婚相手を決めなくては。プリシラ嬢に申し込もうと思うんだ。

『あのときのウィロウは、青なのか赤なのか、よくわからない顔色をしていた』と、後日アルボン様は笑った。

「なるほどね。そんな仕込みをした上で、ブレインチ公爵はあなたに求婚するふりをした、と」

「アルボン様は、セオドーラ様を思い切りたいからって、わたしに言ったのよ」

ボートでされたお願いだ。

アルボン様がわたしに求婚するのを見て、お祝いを言ったり笑顔のままだったり、とにかくショックを受けたような反応がなければ、セオドーラ様はアルボン様のことをなんとも思っていないということだから、と。

それなら、わたしもヴィンセントの様子を見ることができるから、ちょうどいいと思った。

わたしが求婚されている姿に、ヴィンセントが安堵するようなら、それはきっとわたしと結婚しなくてすむと思ったということなのだ。

「でもね、それ、誰かに見られていたら、あなたはブレインチ公爵と結婚しなくちゃいけない状況だったかもしれないのよ?」

ハリエットはそう指摘する。

確かに、貞淑や純潔を望まれるこの国の未婚の令嬢にとって、暗がりに男性と二人きりというのは、かなり危ない橋だったかもしれない。

「そうね。でももし、セオドーラ様とヴィンセントが両想いだったり、それぞれ他に好きな相手がいたりするなら、わたしとアルボン様が結婚するつもりだったのよ。お互い相手がいないからちょうどいいって、二人で話していたの」

「……そう……」

ハリエットが頭痛をこらえるようにこめかみをもんでから、首を傾げた。

「まあ、いいわ。結果オーライ。でも、ブレインチ公爵とセオドーラ様って、どういう組み合わせなの? 十歳くらい離れてるわよね? セオドーラ様は今年デビューだし、出会いはどこ? 今シーズンの最初? それとも領地が近かったかしら?」

「アルボン様は兄と同い年だから、二十八歳ね。セオドーラ様とはちょうど十歳違いになるんじゃないかしら。二人が出会ったのは、十年前なんですって」

セオドーラ様は両親に連れられて王都に来ていた。

もちろんまだ幼い彼女は、社交界のなんたるかもよくわかっていなかったし、そもそも片田舎に居を構えるトリヤ男爵家は、腹の探り合いのような社交に熱心ではなかった。

それでも商売の関係もあり、最低限の付き合いはしなくてはと、一人娘のセオドーラ様が五歳になってからは、毎年一家そろってシーズンの最初だけ王都に滞在していたのだ。

そして十年前のある日、王立公園の湖でボート遊びをしていた際に、セオドーラ様は湖に落ちた。

湖にいる魚が見たくて、身を乗り出しすぎたのだ。

セオドーラ様が溺れかけたとき、近くのボートに乗っていたアルボン様が、飛び込んで救ってくれたのだという。

大きな体、達者な泳ぎ、軽々とセオドーラ様を抱え上げたアルボン様に、幼いながら一目で恋に落ちた。

王子様とお姫様が出てくるハッピーエンドの童話を好んで読んでいたセオドーラ様は、そのとき八歳。

のびのび育てられた彼女は、まだ貴族令嬢の結婚の意味を理解していない頃だった。

『あなたはわたしを救ってくれた王子様ね! わたし、あなたと結婚するわ!』

おしゃまな男爵令嬢に言われたアルボン様は、濡れた服を気にもせず、笑顔で応じたそうだ。

『では、きみが大人になったとき、改めて求婚しよう。素敵なレディになるのを楽しみにしているよ』

それから、セオドーラ様はその言葉を信じて、淑女教育をがんばった。

嫌いだった礼儀作法も、語学も数学も歴史も、そしていつか一緒に踊りたいとダンスも。

けれど学んだ結果、気付くのだ。

王子様は公爵家の跡取りで、この十年の間に公爵位を継いでいた。

男爵家と公爵家ではつり合いが取れない。

それでも、アルボン様の『求婚する』という言葉を信じていた――信じたかった。

美しい淑女に成長したセオドーラ様には見合いの話も降るほどあったものの、すべて断り続けた。

アルボン様は、さすがに幼いともいえる少女へ恋心を抱くことはなかった。

素敵なレディ云々も、リップサービス以外の何物でもなかった。

けれど、毎年、王立公園で会うようになっていた少女が成長する様子を見てきた。

もっとも会うといっても、少し立ち話をする程度だ。その当時、公爵様に会うためだけに、王都にいる間セオドーラ様が毎日公園に通っていたことを、アルボン様は知らなかった。

彼女が淑女教育の学校に通っていた期間は会うことができず、二年後――つまり今年のシーズン初めに会ったセオドーラ様は、すっかり大人の女性になっていた。

そして、彼女が縁談を拒否し続けていることを知る。

アルボン様自身も、結婚を促されることが多かった。

ただ近づいてくるのは、身分や財力が目当ての女性やその親族ばかりで、辟易していたのだ。

セオドーラ様のことを得難い女性だと思うのに時間はかからなかった。

とはいえ、アルボン様もアルボン様で、十年も前の命の恩人の話を盾に求婚するのも、ひどい話だと思っていた。

双方のすれ違いである。

聞き終えたハリエットが、行儀悪くどさっと椅子に背を預ける。

「結局、セオドーラ様とブレインチ公爵は、相思相愛ってことなのね」

「ええ、そうよ」

「……なんだか、とても馬鹿馬鹿しい気分だわ」

「そう言わないで。セオドーラ様もアルボン様も、本当に真面目に色々悩んでいたのよ」

ヴィンセントがわたしにダンスを申し込んだとき、セオドーラ様がにらんでいると思ったのは、わたしがアルボン様と踊っていたのが気になっていたからなのだ。

そもそも、わたしが『アルボン様』と親し気に呼ぶのも、ものすごく気になっていたのだそうだ。

わたしはセオドーラ様のことを信じず、勝手に疑って邪推をして、本当に申し訳ないことをしてしまった。

ユー伯爵家から帰る前に、セオドーラ様に謝ると、あちらもおかしなお願いをしたとひたすら頭を下げてきた。お互いの謝罪合戦になってしまったところ、最終的に二人して吹き出して、そこにいたアルボン様に呆れられてしまった。

その後、アルボン様とセオドーラ様は、よく話し合って、無事にめでたく婚約した。来年、結婚式をするらしい。

招待状を送るからぜひ出席して欲しいと、早くも言われている。

セオドーラ様は身分違いと悩んでいたようだけど、ブレインチ公爵様が望めば、たとえ平民を妻にしようと、誰も何も言わないだろう。

ブレインチ公爵家というのは、それほどの権力を持つ家なのである。だからこそ、余計に悩んでいたのかもしれないけど。

アルボン様に、セオドーラ様とヴィンセントは恋人のふりをしているだけだとすぐに教えていれば、話はもっと簡単だったかもしれない。

セオドーラ様が好きなのはアルボン様だとわたしが聞いていれば、話はもっともっと簡単だったかもしれない。

「なんにせよ、丸くおさまって、よかったわ」

わたしは心の底からそう喜んでいた。