軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38. 別れの時

それからたった二日後。マクシム様率いる私設騎士団の面々が戦地に向かって旅立つこととなった。別れの日が訪れるのはあまりにも早かった。

最後の見送りをするために、私は騎士団の皆が出発する詰め所の前まで来ていた。重装備に身を包んだ騎士たちがそれぞれ馬に乗りはじめる。

「……じゃあ、行ってくるぞエディット。……分かっているな?何も心配せず、屋敷で俺の帰りを待っていてくれ」

「……はい、マクシム様……。あ、あの、……これを」

そう言うと私は白いハンカチをおずおずと取り出し、マクシム様に差し出す。

「……これは……」

「ま、まだ練習している途中で……、全然上手じゃないのですが、どうしても、マクシム様にこれを持っていってほしくて……。お守りに、してください」

それは日々の勉強の合間に、カロルとルイーズから教えてもらいながら少しずつ縫い進めていた、刺繍の施されたハンカチだった。

本当はこんなに早く渡す予定じゃなかった。もっとゆっくり時間をかけて、凝った刺繍を施してから満足いくものが出来上がったらプレゼントしようと思っていたのだ。

だけど、まだ刺繍を習いはじめたばかりの私の腕前はとても未熟で、そのハンカチには下手っぴな小さな花の形をした何かがくっついているだけだった。

銀糸と紺色の糸の花びらが重なり合うように縫い付けた、小さな花。

マクシム様と私の瞳の色。

二人がずっと一緒に、幸せに生きていけるようにと願いを込めて、一針ずつ丁寧に縫ってきたのだった。

こうして今見ても、あまりにも稚拙で恥ずかしい。

だけどどうしても今日、渡したかった。

危険な場所に向かうマクシム様に、私の想いがこもったものを持っていってほしかった。

それが彼の身を守ってくれると信じたかったから。

「……。」

マクシム様は私の下手な刺繍をジッと見つめている。……やっぱり恥ずかしい……。

「ご、ごめんなさい、こんなものしか差し上げられなくて……。私はいつもマクシム様から、素敵な贈り物をもらってばかりなのに……」

ああ、ダメ。泣いたらダメ。

これまでずっとマクシム様に優しく守ってもらってきたことなど、今思い出してはダメよ。

最後は、笑顔で。

この立派な方の妻として、堂々と送り出さなくては。

マクシム様はようやく私の刺繍から視線を外したかと思うと、そのハンカチを胸の辺りにそっとしまった。

「……肌身離さず、ずっとここに持っておく。ありがとう、エディット」

そう言ってくれたマクシム様のお顔がほんのりと赤くて、喜んでくださっているのが充分に伝わってきた。

愛おしい。胸が苦しい。

ふいに、マクシム様が私の腕をとって引き寄せ、力強く抱きしめた。顎をくい、と持ち上げられ、唇が重なる。

瞳を閉じた瞬間、ついに涙が一粒零れた。

「ちょっとー、何イチャイチャしてるんですか。団長ばっかりずるいですよ。可愛い奥様に見送ってもらっちゃって」

「っ!」

マクシム様の向こう側からセレスタン様の冷やかすような声が聞こえて、恥ずかしさのあまり我に返る。

「……うるさい。お前らも今朝家族に見送ってもらったんだろうが」

「俺もエディットさんに抱擁してほしい」

「ここで死ぬか?セレス」

いつものように軽口を叩きながら、二人が馬に乗った。

「じゃあ、行ってきますねエディットさん」

「ど、どうぞご無事で。セレスタン様」

「はい!無傷で戻ってきますからその時はご褒美の抱擁をぜひ……」

「向こうへ行け!……じゃあな、エディット。行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃいませ、マクシム様。お戻りをお待ちしております」

「ああ。留守を頼む」

「はい。お任せくださいませ」

セレスタン様のおかげで雰囲気が変わり、普通にお見送りの言葉をかけることができた。……よかった。

「行くぞ」

「はっ!」

マクシム様の掛け声とともに、皆が一斉に出発した。

私はその後ろ姿が見えなくなるまでその場に留まり、目に焼き付けるように見送り続けた。

騎士団の姿が影も形もなくなった頃、カロルが背後からそっと声をかけてくる。

「……エディット様、そろそろ戻りましょうか」

「…………っ、ふ……っ……、あぁぁ……っ!」

気遣うような彼女のその言葉に、ついに糸がプツリと切れた私はその場に崩れ落ち号泣した。いっそこのまま、この胸が張り裂けてしまえばいいのに。マクシム様が戻ってくるまでずっと眠りについたまま、何も感じずにいられたらどんなに楽だろう。

どうかご無事で。

どうか、生きて帰ってきてください。

立ち上がる気力もなく泣き続ける私の背をカロルが擦り、ルイーズが肩に手を添え頭を撫でてくれていた。