軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.持ち帰るな、と言われたので

——謹慎一ヶ月。

主犯のクラリスと、実行犯の取り巻きたち。全員に同じ処分が下されたが、その後の行動は分かれた。

取り巻きたちは、処分が決まったその日のうちに転校の手続きをとった。謹慎が明けて学院に戻ったところで、針の 筵(むしろ) になることはわかりきっている。妥当な判断だと思う。

問題はクラリスだ。

父親が逮捕されたことで、ノートン家のコネクションはすべて消えた。転校先を世話してくれるツテもなく、かといって次の学期の学費を払える財力も残っていない。それでもクラリスは、謹慎明けに制服を着て学院に現れたのだ。

冷たい視線の中を、前だけを見据えて歩いている。

私はそんなクラリスの姿を廊下の端から見かけて、なんとなく目で追ってしまった。

◇◇◇

クラリスが私の部屋を訪ねてきたのは、謹慎明けから三日後のことだった。

「……突然お邪魔して、申し訳ありません」

気を利かせたルームメイトが席を立ち、部屋には私とクラリスの二人だけ。

扉の前に立つクラリスは、以前と少しも変わらず美しかった。ただ、その目だけは違った。

今までにない強さを秘めた、覚悟を決めた人間の目をしている。

「問題ありません。大したおもてなしはできませんが……」

そう言ってソファを勧めたが、クラリスは座らず。真っ直ぐ立ったまま私を見つめた。

「マリー様」

クラリスが重たい口を開いた。

私は少し驚いた。この人が私を名前で呼んだのは初めてだったから。

「以前おっしゃったことを、覚えていますか。もしお金に困っているなら、他に方法はいくらでもある、と」

「ええ。覚えています」

「……教えていただけますか。その方法を」

私は少し間を置いてから、質問に質問で返した。

「先に確認させてください。どんなに辛くても、途中で投げ出さない覚悟はありますか?」

クラリスは一瞬だけ目を伏せてから、すぐに顔を上げた。

「私には弟が二人と、妹が一人います。しかし父が逮捕され、家の財産のほとんどは没収されました。このままでは弟妹の学費どころか、生活費すら危うい。……だから、長女である私が支えなければいけないのです」

私はしばらく黙ってクラリスを見つめていた。

プラチナブロンドの髪も、紫水晶の瞳も、陶器みたいな肌も——出会った頃から何も変わっていない。

けれど目の前にいる彼女は、かつて誇った貴族としての矜持を捨て、労働をしてでも家族を助けようと、泥臭く足掻いている。

「一つ、提案があります」

「……はい」

「実は、王都で新たにジャガイモを広めたいのですが、販路開拓に苦戦しているんです。そこで、貴族家への売り込みを担ってくださる方を探していまして。作法も礼儀も申し分なく、何より顔面が世界遺産級であればなお良し——という条件で」

クラリスが目を瞬かせた。

「ただし、最低条件が一つあります」

「……なんですか」

「学院を卒業すること」

沈黙が落ちた。

「高等教育を受けていないと務まらない仕事なので。ですが、あなたにとってこの学院は、決して過ごしやすい環境ではなくなったと思います。それでも、残る覚悟はありますか?」

クラリスはしばらく黙っていた。それから、どこか悲しげに口を開いた。

「……後ろ指を指されながら学院生活を続ける覚悟は、あります」

「では——」

「ただ」

クラリスの声が、微かに揺れた。

「残念ながら、学費が払えません。だから、今学期限りで退学する予定なんです……」

「わかりました。では、これを」

机に積み上げられている書類の中から目当ての一枚を抜き取ると、クラリスに差し出した。

「奨学金制度の申請書類です」

「奨学金……? そんな制度この学院には——」

「クロード殿下が、王族権限で新設してくれました」

クラリスは信じられないものを見る目を私に向けてから、書類の中身を確認した。

しばらく沈黙が続き、やがて確認が終わったクラリスはゆっくりと顔を上げた。

「……私はあなたにひどいことをしました。そんな私に、どうしてここまでしてくれるのですか?」

私の顔が好きだからですか? と、クラリスは自嘲するような笑みを浮かべながら言った。

「確かに、あなたの顔は好きです。本当に」

私はつい反射的に答えてしまってから、少し考えて続けた。

「でも、それ以上に——家族のために覚悟を決められる、あなたの中身が好きです。そういう人は、信用できるから」

クラリスは、ポカンとした顔をした。そんな顔をしても事故ることなく美しいのだから、やはり美人は素晴らしい。

それから、呆れたような、でも今にも泣き出しそうな顔で言った。

「……本当に、頭がおかしいわ、あなた」

「よく言われます」

クラリスは書類をぎゅっと胸に抱えて、深く頭を下げた。

「ありがとうございます。必ず、卒業してお役に立ってみせます」

「楽しみにしています。あなたの顔面が無双する日を」

クラリスがまた呆れた顔をして、それからようやく、小さく笑った。

◇◇◇

クラリスとの話が終わり、なんとなく中庭のベンチに座ってまったりと仕事をしていると、人の気配がした。顔を上げると、夕日を背に殿下が歩いてくるところだった。

逆光の中の殿下も、非常に絵になる。

「ご機嫌よう、殿下。相変わらず非の打ち所がないご尊顔を拝ませていただき、ありがとうございます。夕日との相性も完璧で、もはやこの世界が殿下の背景となるために存在しているとしか思えません。人類の顔面がここまでの領域に達するものなのかと、お見かけするたびに感動で胸がいっぱいになります」

殿下は相変わらずろくに挨拶も返さず、私の隣に座りながら盛大にため息をついた。

「……お前は相変わらずだな」

「そうですか?」

「初めて会った時からずっとそうだ。お前は俺に会うたびに、周囲が不気味がるほど俺の顔を褒めちぎっている」

身に覚えのない言葉に、私は首をかしげた。

「……そうでしたか?」

「覚えていないのか」

「普通に挨拶した記憶しかございません」

「あれを挨拶と呼ぶのか……」

殿下が遠い目をした。

「まあいい。全部終わったんだな」

「はい。おかげさまで、卒業後の進路まで決まりました。クラリス様には卒業後、モンゴメリー領の農産品販路開拓の担当として働いていただくことになりました」

報連相はしっかりせねばと報告すると、殿下は眉を上げた。

「なぜそうなった」

「顔面が勿体なかったので。あと、覚悟が気に入りました」

「……お前は本当に」

「奨学金制度を急ぎで整えてくださって、本当にありがとうございました。あれがなければ、どうにもならなかったですから」

また呆れ顔だ。なんだか、今日はよく人に呆れられる気がする。

殿下はしばらく難しい顔をして何かを考え込んでいたが、急に真剣な表情で私の目を見つめてきた。

「マリー」

「はい」

「一つ、聞いてもいいか」

「内容によります」

「俺との婚約は、不本意か」

あまりの変化球に、私はしばらく言葉の意味を理解できなかった。

不意をつかれて間抜けヅラを晒す私とは対照的に、殿下の顔は夕日が逆光になっていて、なぜかやたらと輝いて見える。……ずるい。

「確かに婚約について聞かされた当初は、不本意でした。……でも今は、殿下で良かったと思っています」

「なぜ」

「約束を守ってくださいましたから。何も聞かずに、奨学金制度についても、すぐに動いてくれた」

「それだけか?」

……真剣な目で聞かないでほしい。うっかり余計な言葉まで出てきそうになるから。

「あとは……顔面が大変麗しいので見ていて幸せです」

殿下が盛大にため息をついた。

「お前は本当に俺の顔面のことばかりだな」

「ちゃんと顔面以外も見ていますよ。誠実さも、行動力も、頭の良さも、優しさも、ちゃんと見ています。ただ、殿下の顔面偏差値が高すぎるのがいけないんです」

殿下は両手で顔を覆って 項垂(うなだ) れると、またため息をついた。どんどん幸せが逃げていってますよ、殿下。

しばらく沈黙が続いたが、殿下は急に顔を上げると、キッパリと告げた。

「マリー、俺はお前のことが好きだ。初めて会った時から、ずっと——」

初めて会った時から? ——もしかして。口数が少なかったのも、絶対に私の方を見ようとしなかったのも……照れていたから?

というか今、私告白されてる? 淑女の風上にも置けないだの、イノシシだのと言われるこの私が?

「……私は田舎育ちで、礼儀作法は壊滅的で、ワーカホリックな上に、顔面の話を人より三倍は多くします。それでも、ですか」

「ああ。俺はそのままのお前が好きだ」

「っ……」

「返事は」

「その件につきましては——」

「持ち帰るなよ」

釘を刺された。どうやら私の考えなど、完全に読まれていたらしい。

私は少し考えてから、観念することにした。

「……私も、好きです」

殿下が目を丸くした。意外だったらしい。私も意外だ。自分がこんなに乙女になるだなんて。

「図書館で毎晩一緒に作業していたら、いつの間にか。寮の前まで送ってくれたあと、殿下の背中が小さくなっていくのを見つめながら寂しいと思っているうちに、なんとなく」

いまいち可愛いことを言うことができない。

そんな私の言葉を殿下は黙って聞いて、それからふっと笑みを浮かべた。

それは、今まで見た中で一番柔らかい顔だった。

空が茜色に染まっていく。

前世では誰かとこんな時間を過ごしたことはなかったな、とぼんやり思いながら、私は隣に座る殿下を横目で鑑賞した。

夕日を浴びる顔は、顔面世界遺産の名に恥じない輝きを放っている。

でも、そんな顔面よりもさらに美しいものを、この人は持っているのだ。