軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.ずっと君のそばに  END

「王女、やはり流石だわ」

「本当にそうですわね」

ロザリア王女が王宮に来て間もないというのに、既に妃たちの仕事はもちろん、政務の一部まで手伝っているとの噂が広まっていた。

「いずれ、王と王妃の仕事を2人分こなすでしょうね。王太子とアンナなんて、『2人で側妃分の仕事をしてくれたらいいわね』くらいにしか思っていないのでしょうね」

「ええ、ですが、これで安泰ですわ」

――夜会での運命の出会い、王家の新たな輝き――

お茶会の次の日には、王都全域に号外が配られたわ。紙面には、ロザリア王女が婚約者になり、のちの王妃となると書かれていた。その話題で、王都は喜びにあふれている。

――星が瞬く夜――

星々をテーマにしたあの夜会。そこでの王太子とロザリア王女の「運命の出会い」を題材にした演劇『星が瞬く夜』が王都の劇場で上演されている。あの夜会で演劇を披露した劇団だ。その人気ぶりは驚異的で、チケットは発売と同時に即完売となり、入手は不可能と言われている。

号外に劇。我が国の王族が手を回すはずがない……そこまで頭が回るはずないもの。だとすれば……

「他国の方なのに、我が国にどれだけのコネを持っているのかしら」

「ロザリア王女、本当に凄いですわね」

根拠はないが、ロザリア王女の手腕なら不可能ではないと納得した。

「凄いと言えば、王太子とアンナ。ロザリア王女のわずかな余暇を2人で奪い合っているって話よ。すっかり懐いたようね」

紅茶の香り漂う部屋の中で、静かに会話が続く。

「この短期間に、驚きましたわ。王になるべく育てられた方ですもの。人心を操るなんてお手の物なのでしょう」

特にアンナ様の変化は顕著だった。

贈り物、美辞麗句、そしてロザリア王女の優雅で慈しみのある態度――それら全てが彼女を魅了し、心酔の域にまで至っているそうだ。

まるで新しい教義に取り憑かれた信徒のように。

「おかしいわね。我が国の王太子も王になるべく育てられたはずなのに」

「カリスマ性とは持って生まれたものなのでしょう。あの2人を懐かせた理由は、『使い道がある限り、手に入れるべき道具』ということでしょうか?」

「どうかしら? 今度会ったら聞いてみましょう」

優雅にティーカップを置いたシャルロットは、少し悪戯っぽく微笑んだ。

「でも、意外でしたわ。アンナ様、急に妃教育に真面目に取り組むようになったとお聞きしましたわ」

ロザリア王女が選んだというドレスや小物をアンナが身に纏い始めてから、その振る舞いや意識に明らかな変化が見られるようになったという話が広まっていた。

「アンナ、形から入るタイプなのよ」

皮肉交じりの言葉に、思わず笑みが漏れた。

自分の欲望に忠実で、聞き心地の良い言葉をそのまま信じてしまう、あの二人――王太子とアンナ。きっと王女に上手く操られているのだろう。魅了され、抵抗することもなく惹き込まれていった。

「しかし、ロザリア王女は、お忙しい中、あの2人のことまで考えなくてはいけないうえに、わずかな余暇まで2人に奪われてしまって、お疲れではないでしょうか」

「大好きな政務に関われる。それに、王族でいられることを選んだ人だもの。その辺は割り切っているのではなくて?」

確かに――人を動かし、国の未来を自分の手で形作ること。それこそが彼女の本髄なのだろう。

密かにオセアリス国と手を組み、我が国を乗っ取るつもりでは? そう疑ってしまったこともありましたが、どちらかというと、王家に頼られることを楽しんでおられるご様子ですわ。……そうですわね。努力を続けてきたのに、王となる道を閉ざした国、自国とはいえ手を組むわけがありませんわね。

ふふ、それに、ロザリア王女様にとって我が国は、テコ入れすべきところがたくさんあって、さぞ心躍ることでしょう。

「はぁ、あの人が義理の姉になる可能性があったことを考えると、少しだけぞっとするわ」

シャルロットが息をつきながらそう呟く。心底の本音をこぼすような口調だ。

王女の完璧さと計算高さは、ただの王族では到底到達し得ない領域だ。

だが、アンナ様には「怖さ」ではなく、「魅力」として映っているのだろう。

「ふふ、案外、アンナ様。上手くやっていけるのではないかしら」

部屋の中に漂う紅茶の香りが、静かな余韻を引き立てていた。

*****

「で、問題はこれよ」

目の前に積み上がる釣書の山に向けられた視線には、呆れと苛立ちが滲んでいる。

「断っても断っても来るわ」

シャルロットは溜め息交じりに肩をすくめた。

「そうですわよね。すみません。父のせいで、私たちが自由に婚約者を選べることが公になったようなものですもの」

申し訳ないわ。

「いいのよ、どうせいつかはわかることなのだから」

シャルロットは少し笑って返したが、その表情には疲労が隠せない。

父が王都を去り、領地へと移ったのはつい先日のことだ。王都の邸宅は売却され、財産は没収。広かった領地も縮小され、父は私に助けを求めてきた。

しかし、私の婚約者としての予算を借用した挙げ句、それを私に返済するよう迫るという愚かな要求は、同席した公爵様やシャルロットの容赦ない一喝を受けて粉砕された。

あの伯爵は、私との婚約を散々吹聴していたようで、その後、嘲笑されているそうだ。噂が落ち着くまでは、邸から出られないでしょうね。

シャルロットと目が合い、二人でため息をつく。

しかしそんな静けさを、急な声が打ち破った。

「シャルロット!」

「エルミーヌ!」

慌てて部屋に飛び込んできたのは、ヴィンセント様とフリード様だった。

「なんですのお二人とも、そんなに慌てて」

シャルロットが怪訝そうに眉をひそめる。

一旦、帰国していた彼らが、再び戻って、すぐにこの部屋に来たようね。

「ま、まだ受けていないよな?」

フリード様が、シャルロットに詰め寄る。

「何がです?」

「それだよ!」

彼は山積みの釣書を指さし、息を荒げた。シャルロットは肩をすくめる。

「ふふ、厳選中ですわ」

「なっ! シャルロット、大事な話がある。えっと、あー……ああ! ここじゃ駄目だ。庭に行こう!」

そう言うなり、フリード様はシャルロットの手を取り、部屋を飛び出していった。

残されたヴィンセント様と私の間に、一瞬の静寂が訪れる。

「……エルミーヌ、私も大事な話がある」

ヴィンセントの低い声が、その静けさを破った。

「本当はもっと……いろいろ考えていたんだが、気が焦って仕方がない。この場で聞いてくれ」

彼の瞳に宿る真剣な光に、静かに頷いた。

「私には想い人がいた。とても努力家で、自分の運命を受け入れ、前を向いている人だ。理不尽なことにも耐えてきた。そんな彼女を守りたいと思ったが、その気持ちに気付いた時には、守るべき権利がないことにも気づいた」

彼の声は少し震えていた。

「その気持ちから逃げるために、何でもないふりをし……君も私の社交界での噂を知っているのだろう?」

「多くの令嬢との噂ですか?」

その言葉にヴィンセント様は一瞬たじろいだが、すぐに意を決して口を開いた。

「そうだ。想い人と見つめ合うことすらできない辛さから、請われれば誰にでも優しくしていた。そんな自分が情けない。だが、このチャンスに名乗りを上げたい。どうか、私のことを婚約者候補として考えてはくれないだろうか」

彼の切実な眼差しを受け止めながら、心の中で答えを探した。

「私は王宮で、王太子には何も求めず、ただ王家のことを思って行動し、自分が犠牲になることも厭わず過ごしました。でも、見返りを求めないことに苦しさを感じていました」

「私は、エルミーヌを犠牲になどしない」

ヴィンセント様の声には、力強い決意が込められていた。

「ヴィンセント様、私にも、想い人がいたのです」

「想い人……」

私の言葉にヴィンセント様の表情が固まる。

「すべてを諦め、自分の役割を果たすためだけに生きている私に、優しい言葉をいつもかけてくださいました。いつしか公爵家でお会いできることを楽しみに、たくさんのことに耐えてきました。この国からいなくなったときには、シャルロットにばれないように泣きました。令嬢との噂を聞くたび、微笑まれるたび……胸が痛みましたわ」

ゆっくりと顔を上げ、彼を見つめた。

「ヴィンセント様、愛した分だけ愛してくださいますか?」

「っ! 勿論だ。エルミーヌ!」

満面の笑顔を浮かべたヴィンセント様が、喜びにあふれた声を上げる。そのとき、ふと窓の外の風景が目に入った。そこには、フリード様の腕に抱かれ、幸せそうに微笑むシャルロットの姿があった。暖かな光が二人を包み込むように降り注いでいる。

私の視線を追うように、ヴィンセント様もその光景に目を向け、穏やかな微笑みを浮かべた。そして次の瞬間、彼はそっと私を抱きしめた。

「これからは、ずっと君のそばにいる」

「ありがとうございます……ヴィンセント様」

震える声でそう伝えると、彼は少し照れたように微笑んだ。

END