軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの日常 2

石窯亭。

アールスハイド王都にあり、高級店ではないが、自慢の石釜で焼かれた料理が絶品であると、常連客が多い繁盛店である。

普段から予約が取り辛く、当日に店に行ってもしばらく待たないと入店できないその店は、今現在、前にも増して客が集まってきている。

店の外に出来ている行列は、以前の倍以上の長さになっている。

その理由は……。

「オリビアちゃん! 注文いいかい?」

「オリビアちゃん、料理まだ?」

「オリビアちゃーん」

「はーいっ! 少々お待ちくださあーい!」

オリビア目当ての客が増殖したためである。

今のアールスハイドで一番旬な話題、アルティメット・マジシャンズ。

すでに何体もの魔人を討伐し、アールスハイドだけでなく、世界中から賞賛と羨望を向けられる、まさに英雄集団である。

一般市民にとって、そんな英雄扱いされている者達にお目にかかる機会など、そうある訳ではない。

しかし、王都民は知っていた。

そのアルティメット・マジシャンズのうちの一人が、アールスハイド王都でも有名な石窯亭の娘であることを。

アルティメット・マジシャンズに入る前は、ウェイトレスとして店に出ていたことを。

そのことを知っていた王都民は、もしかしたらという思いで石窯亭に足を運んだ。

するとそこには、以前と変わらずウェイトレスとして働くオリビアの姿があった。

一般市民とは別の世界に住む英雄達。

その英雄が、間近で見られる。

その噂はあっという間に王都中に広まり、一目だけでもオリビアを見ようと連日大勢の人達が押しかけてきていたのだ。

オリビアの両親は、娘が見世物になったような気分になり、店に出なくてもいいと言ったのだが、これだけの客が店に訪れれば、収益は大きなものになる。

オリビアが姿を見せず、落胆したまま帰せば、常連客はともかく新規の客は再びこの店に訪れることがないかもしれない。

家の家業の売り上げが伸びるならと、オリビアは皆から必要以上に注目されるという羞恥に耐え、店に出続けている。

そして、店に訪れる客の多くは、店で働くオリビアの姿が見られれば満足という客がほとんどなのだが、中には困った客もいる。

これだけ混雑した店内を捌くのに、オリビア一人ではとてもではないが捌ききれない。

当然、他にもウェイトレスやウェイターがいるのだが、自分の接客をオリビアがしてくれないことに不満を漏らす客もいるのだ。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「おい! 俺はオリビアを呼んだんだよ! なんでオリビアがこねえんだよ!?」

オリビア以外のウェイトレスが注文を聞きにきたのが気に入らないのか、そこそこいい身なりをし、脂ぎって太った中年の男が、ウェイトレスに向かってそう言い放った。

「オリビアさんは別の業務中ですので。ご理解下さい」

「なんでだよ!? あっちの客にはオリビアが接客してただろうが! ここの店は客を差別するのか!?」

自分の要求が通らないことに対し声高に不満をぶちまける中年男性。

周りの客の迷惑そうな視線も気にならない様子だ。

接客に訪れたウェイトレスも、この迷惑な客にどうしたものかと対応に困ってしまった。

相手はまがりなりにも客である。

そんな相手に文句を言えば、店の悪評が立ってしまうかもしれない。

「いいから、オリビアを呼べよ!」

「どうしましたか? お客様?」

いまだにオリビアを呼べとうるさい中年男性の対応に、一人の女性が近付いた。

年齢は三十過ぎくらいで真っ直ぐな黒髪をしている女性。

オリビアの母である。

「なにか不手際でもありましたでしょうか?」

「不手際も不手際だよ! なんで俺の接客がオリビアじゃなくてコイツなんだよ!」

中年男性に『コイツ』呼ばわりされたウェイトレスは、額に青筋を浮かべるが、オリビアの母は困った顔をした。

「なんでと申されましても。彼女は当店のウェイトレスです。お客様の接客をするのは当然ですが?」

「だから! なんで俺の接客がオリビアじゃないのかって聞いてるんだよ! 俺は!」

「はあ。おかしなことをおっしゃいますね?」

「お、おかしなことお!?」

オリビアの母は、困った顔のまま中年男性に告げると、中年男性は怒りに顔を真っ赤にし始めた。

「ええ。ここは飲食店でございます。ウェイトレスの指名制度など聞いたことがありませんが……お客様、どちらかのお店とお間違えでは?」

「な、な、なんだ! その口の利き方は!? 俺は官僚だぞ!? この国を運営しているんだぞ!? そんな俺に向かって!」

どうやらこの男は、どこかの役所の官僚らしい。

そして、官僚にありがちな、自分が国を動かしているので偉いという思想に凝り固まっているようである。

醜く肥満した体がそれを物語っている。

色々と特権階級の権限を使って甘い汁を吸っているのだろう。

そのため、自分は特別扱いされて当然という考えでいるようだ。

「分かったら、さっさとオリビアを出せ!」

そして、その言葉を聞いていた店中の客が、男に対して怒りを募らせていた時。

「お母さん、もういいよ」

「あら、オリビア」

「その人、お客様じゃないよ。営業妨害で出て行ってもらおう」

「な、な、な」

母の後ろからオリビアが姿を現し、営業妨害なので退店願おうと言ったのである。

その言葉に、官僚と名乗った中年男性は、怒りのあまり一瞬言葉が出なかった。

ようやく言葉を発っせられるようになると、怒り心頭で大声を張り上げた。

「き! 貴様! 高々ウェイトレスの分際で、この俺になんて口を利きやがる!」

どうやらこの男。興奮し過ぎてオリビアがどういう人物なのか。この店がなぜこんなにも混雑しているのか、理由をサッパリ忘れてしまったようである。

「この俺にこんな恥をかかせやがって! こんな店、俺の権力で潰してやるからな!」

ついにはそんな言葉を吐いた。

その言葉を聞いて、黙ってしまった石窯亭の従業員。

これは利いたと思った中年男性は、更に言葉を重ねようとするが……。

「……木端役人が、何言ってるんですか?」

「は、は? 木端? 俺が木端だと!?」

オリビアの母が、営業スマイルのままとんでもないことを言いだした。

「お、お母さん?」

「さっきから黙って聞いてりゃ、オリビア、オリビアって、人の娘を馴れ馴れしく呼び捨てで呼ばないで頂けます?」

「え? は?」

営業スマイルのまま怒っているオリビアの母に、オリビアも中年男性も困惑している。

「あなたの常識じゃあ、気に入った女が接客するのが当然だと思ってるみたいですけどねえ、ひょっとしてそういう店の常連だったりします? うちはそういう店じゃないんで」

「な、な」

中年男性が口をパクパクして反論できないでいると、店中から笑い声が上がった。

そして「迷惑なんだよ!」とか「楽しくメシ食ってんのに不快な気分にさせんじゃねえ!」など、中年男性を非難する声があちこちから噴出する。

「しかも、この店を潰すですって?」

「え、あ、いや……」

「あなた、お忘れではないですか? ウチの娘はアルティメット・マジシャンズです。その中にどんな人物がいるのか」

そう言われて、中年男性はようやく頭が冷静になり、色々と思い出した。

今、自分に対して意見している女の後ろにいるのは、この国だけでなく、世界最強の魔法師集団と言われるチームに所属している人外に魔法使いであること。

そして、その彼女が所属しているアルティメット・マジシャンズには誰がいたのか。

「あ……あ、いや……」

「そんな繋がりがある店を潰す? よくもまあ、言えたものだわね?」

中年男性は、役所の官僚として平民としては高い地位にいるかもしれない。

しかし、この店の娘が所属しているアルティメット・マジシャンズには、至高の王族がいる。希代の英雄がいる。

そんな店を、権力で潰すと言ったのだ。

中年男性は、みるみるうちに青ざめていった。

「こ、このことは、どうか内密に……」

「あら。私どもはそんなことはしませんよ? ただ……」

オリビアの母は、ゆっくりと周りを見渡した。

「人の口には戸が立てられないですからねえ……」

営業スマイルをやめて困った顔をするオリビアの母。

中年男性は、店内を見渡し、自分に憤りと侮蔑を込めた視線が集中していることに気付いた。

王族所縁の店を潰すと大声をあげてしまった。

その自分の顔がこんなに大勢の前に晒されている。

この中には、自分がどこの誰か知っているものがいるかもしれない。

中年男性は血の気が引いていく音を聞いたような錯覚に陥った。

「ひ! ひい!」

思わずそう叫んだ中年男性は、自分の顔を隠すようにして何の注文もせずに店を飛び出して行ってしまった。

「あら。席が空いたわ。オリビア、お客様を入店させてちょうだい」

「え、あ、うん」

特別大声を上げたわけではない。営業スマイルのままだった。

しかし相当怒っていたのであろう。淡々と中年男性を追い詰め、最終的に退散させてしまった。

オリビアは、自分の母ながらに恐ろしいと思いながら、店の外で待つ客を入店させに行った。

その様子を見ていた他の客からは喝采が上がった。

この一連の出来事を、イベントの一種かなにかと勘違いしているのか、客達は盛り上がっている。

「あら、お騒がせして申し訳ありません」

「なあに、アイツのことは皆ムカついてたからな! ビシッと言ってくれてスカッとしたぜ」

「そうだ、そうだ!」

皆同じ思いをしていたのだろう、喝采が止まらない。

そこへ、新たに店に入ってきた客が「え? なに?」と困惑したのは言うまでもない。

店内でそんな騒動が起こっている頃に、一人の青年が石窯亭にやってきた。

その青年は、店の前にできている長蛇の列に目を向け、相変わらず流行ってんなと思いながら店内に入ろうとした。

行列を無視して店内へ入ろうとする、明らかな割り込み行為だ。

それを並んでいる男性客が見咎め、青年を呼び止めた。

「おい! お前!」

「はい? なんッスか?」

青年はマークだった。

「なんだじゃねえだろ! 並んでるのが見えねえのかよ!」

「え? ああ。大丈夫ッス。自分、客じゃないんで」

「はあ!? 客じゃねえだあ?」

「ええ……わっ!」

「ひいいい!」

マークと列の先頭だった客が話をしている間を、顔を隠した中年男性が走り抜けて行った。

そのことに一瞬呆然とする二人だったが、列の先頭の男が先に復活した。

「客じゃねえとはどういう意味だ? あ、まさか、オリビアちゃんを口説きにきたのか!?」

「なに!?」

「オリビアちゃんを口説きにきただと!?」

先頭の男の発言に、その後ろに並んでいた客まで反応した。

「え? いや、口説くもなにも……」

マークがなにか言おうとした時。

「お待たせしました。お客様、店内へどうぞ」

「え? あ、オリビアちゃん」

「はい? どうぞ店内へ……あれ? マーク」

「おう」

オリビアが並んでいる客を店内に誘導しようとした時、マークに気付いて声を掛けた。

その親し気な様子と、マークと呼ばれた青年の態度。

それに気付いた男性客たちがざわめきだした。

「ゴメン、マーク」

ざわめいていた男達だが、オリビアが『ゴメン』と言ったことから「アイツ、振られやがった」「ざまあ」と言った声が聞こえてきたのだが……。

「まだ終わってないんだ。部屋で待っててよ」

「ああ。分かった。頑張れよ」

「うん!」

そう言ってマークは店内へと入り、店の奥にあるプライベートスペースに入っていった。

そして、男性客達は信じられない言葉を聞いた。

『部屋で待ってて』

それはつまり、あのマークと呼ばれた男はオリビアと相当親しい関係なのだと推測された。

その絶望の言葉に、男性客達は、総じて膝をついた。

そんな男性客を冷ややかな目で見ていた女性客達は、オリビアとさっきの男との関係が気になってしょうがない。

「ねえねえ、オリビアちゃん。さっきのコ、誰?」

「彼氏? 彼氏?」

「え? はい、そうです」

オリビアの彼氏肯定発言に、盛り上がる女性客とさらに沈み込む男性客。

そんな男性客を無視して、女性客はさらに盛り上がる。

「ね! どんな人? いつから付き合ってんの?」

「そ、そうだ! オリビアちゃんの彼氏に相応しいかどうか、俺達が見極めてやる!」

「はあ? アンタ何言ってんの?」

「うるせえ! オリビアちゃん! アイツ、どこのどいつだい!?」

何故か、男性客が復活し、マークのことを見定めると息巻いている。

その事に女性客はさらに冷ややかな目になり、オリビアは「なんで?」と困惑しきりである。

「オリビアちゃん!」

「はい!? え、ええと、マークとは幼馴染で……」

「くっ! 幼馴染……いきなり手強いカードをっ!」

「幼馴染で付き合ってるのね! 素敵!」

「それで!?」

「え? それで? ええと、マークはビーン工房の息子で……」

『ビーン工房!?』

その言葉に驚いたのは男性客である。

男性客の中にはハンターの者も少なくない。

そして、ハンター達にとってビーン工房の武器防具は、憧れの的なのである。

そんな工房の御曹司。

もう、文句をつけるところがない。

男性客達は、そう思い絶望したのだが、女性客は別のことに食いついた。

「ビーン工房の息子さんってさ。確かアルティメット・マジシャンズじゃなかった?」

「はい。そうですよ」

『しかも、アルティメット・マジシャンズゥ!?』

女性客は、そのことにさらに盛り上がり、男性客は真っ白になった。

「あの、そろそろ戻らないと……」

「あ、ゴメンね。お仕事頑張って」

「はい。といっても、もうあがりますけど」

「ああ。彼氏が部屋で待ってるもんね」

「……はい」

はにかみながら返事をして店に入っていくオリビアを、女性客は生温かい視線で見送った。

「お母さん。マークが来たからあがるね」

「あら、もうそんな時間? お疲れさま。あがっていいわよ」

「はーい」

そう言って、店の奥に嬉しそうに消えていくオリビア。

その光景を、温かく見守る視線と、そこにはいないマークへの嫉妬の念を送る者とに分かれていた。

ーーーーーーーーーーーーーー

アールスハイド王都にあるとあるオープンカフェ。

そこに、デート中なのであろう男女がお茶をしていた。

その二人は、楽しそうな男性に比べ、女性が疲れた顔をしていた。

「はふぅ……」

「どうしたのさリリア。そんなに大きな溜め息吐いて」

「どうしてもなにも……トニー君はよくそんなに平然としていられるね?」

トニーとリリアのカップルだった。

「うーん、僕の周りは婚約者がいる人ばっかりだからねえ。それが普通だと思い始めてるかも」

「本当にもう……どうして皆こう結婚させたがるのかしら?」

「アハハ、さっきのお義父さんとお義母さん、面白かったねえ」

「まったく、昨日は私が彼氏を連れてくるって言ったら『認めんぞ!』って言ってたのに……」

「へえ、さっきはいきなり『娘をよろしくお願いする』って言われたねえ」

「だからよ! トニー君がアルティメット・マジシャンズだって知ったら掌返して……おまけにトニー君の稼ぎを聞いた後のお母さんときたら……」

「『リリア! 早く結婚しちゃいなさい! 絶対逃がしちゃダメよ!』って目を血走らせて……恥ずかしいったらないよ!」

どうやら、トニーが彼女の家に挨拶に行ったらしい。

結婚するしないに関わらず、彼氏、彼女を親に紹介することはよくあるが、どうやらリリアの親は娘がトニーと結婚することを熱望しているらしかった。

「大体さあ、まだ学生なんだよ? 私もトニー君も学院があるし、結婚なんて早いよ」

「そうだねえ。僕ももう少し独身でいたいかなあ?」

早く結婚させようとせっつく周りにウンザリした様子のリリアに同調するように、トニーももう少し独身でいたいと言った。

すると、それを聞いたリリアの目が半目になった。

「ふーん……独身でいてなにするつもりなのかしら?」

「ちょ、ちょっとリリア?」

「ふん! トニー君、モテるもんねえ。また女遊びするつもりなんじゃないの?」

中等学院時代に複数の女子と付き合っていたのを知っているリリアは、トニーがまた女遊びをするつもりではないかと疑いの眼差しを向けた。

「ええ~、そんなつもりじゃないよ。シン達と遊ぶのも楽しいからさあ、結婚したら気軽に遊べないなって思っただけだよ?」

「どうだか? もし浮気したら離婚だかんね!」

「リリア……離婚って」

「はっ!? ち、違っ! 別れる。そう! 別れるからね!」

結婚するやしないの話をしていたからだろうか。別れると言うつもりが離婚すると言ってしまった。

これではまるで自分が結婚したがっているみたいではないかと、顔を赤くしながらソッポを向くリリア。

そんな慌てる恋人のことを、トニーはまたも楽しそうに眺めていた。

「よっ! リリアおはよう!」

「あ、おはよう」

魔人領攻略作戦に従軍した魔法学院と騎士学院と違い、経法学院は通常に授業が行われている。

その学院に、朝いつも通りに登校したリリアは、同級生の女子に声をかけられた。

「リーリーアー。見たぞお、昨日~」

「昨日?」

「リリア、デートしてたでしょ!」

『なっ!?』

経法学院も他の学院同様、一学年百人なのだが、実技のある魔法学院と騎士学院と違い、経法学院のクラスはAからDの四クラス、二十五人で構成されている。

その内の半分を占める男子生徒達が、女子生徒の放った驚愕の一言に、揃って声をあげた。

リリアは、今年度の一年生の中ではトップクラスの美少女だ。

男子生徒達の中にはリリアのことを狙っている者も大勢いるのだが、まさかリリアに、すでに彼氏がいるとは思いもしなかったのだ。

見間違いであってくれと、もしくはただの男友達だと言ってくれと、男子生徒達は切に願った。

だが……。

「なによ、見てたの? なら声かけてくれたら良かったのに」

「いやいや。彼氏と仲良さそうに腕組んでる人間に声なんてかけらんないって」

腕組んでた。

この時点で、男子生徒達の心は折れかけていたのだが、まだ見間違いの可能性もある。

折れそうになる心を奮い立たせて、男子生徒達は彼女達の会話に全神経を集中させた。

さも、自分は興味がない風を装って。

女子生徒にはその男達の様子がバレバレだったため、リリアからもっと確実な情報を引き出して、男子生徒達を凹ましてやろうと企んだ。

「あの後さあ、カフェでお茶してたじゃない。真剣な顔してなに話してたの?」

「それかあ……」

女子生徒の質問に、リリアは昨日の両親の様子を思い出した。

「なんで親ってのは、経済的に裕福な人間見るとすぐに結婚を勧めてくるのかしら?」

『ぶふうっ!』

男子生徒達は、血を吐いて倒れてしまった。

お付き合いしている程度ならまだしも結婚ってなんだと。

すでに絶望的な状況に、男子生徒達の心は完全に折れてしまった。

それを聞き出した女子生徒も、まさかそんな答えが返ってくるとは予想もしていなかったので、一瞬固まってしまった。

ハッと我に返った女子生徒は、なんでリリアがそんなことを言い出したのか問い詰めた。

「ちょ、ちょっと! いきなり結婚って! もうそんな話になってんの!?」

「んー? いや、昨日彼を親に紹介したら、早く結婚しろって言われたのよ」

そう言って溜め息を吐いたリリア。

女子生徒の方は、紹介したら結婚を勧められる彼氏というのに興味が湧いた。

「一体、どんな彼氏なのよ? 普通じゃないわよ?」

「そうねえ、普通じゃないわねえ……」

と、自分の彼氏ながら普通ではない彼のことを思い浮かべるリリア。

女子生徒は、その彼氏がどんな人間なのか知りたくてしょうがない。

「そもそも、相手の彼氏、同い年くらいに見えたけど? なに? 貴族のボンボンなの?」

「いえ? 平民よ、彼」

「余計に分かんないよ!」

貴族の息子ではなく平民だというリリアの彼氏。

そのことが女子生徒の混乱に拍車をかける。

なぜなら、結婚生活には先立つものがなければ結婚生活を維持できない。

となれば、それなりに収入のある者でないと結婚するという話にはならにはずなのだ。

「収入はねえ……彼、ウォルフォード君と一緒に開発した武器が軍の制式装備に採用されちゃったから、毎月アイデア料として結構な額が入ってきてるらしいのよ」

「軍の制式装備って、それはまた……」

軍という巨大組織の制式装備に採用されるということがどれだけの収入を得られるのか、経済を学ぶ学院の生徒に分からないはずがない。

しかし女子生徒は、それ以外に、リリアがあり得ない名前を出したことに気付いた。

「ちょっと待って。ウォルフォード君? それって、あのウォルフォード?」

「どのウォルフォードかは知らないけど、この王都で一番有名なウォルフォードよ」

そのリリアの言葉に、女子生徒は驚愕した。

「な、な、なんで!? なんで彼氏、ウォルフォード様と知り合いなの!?」

ウォルフォード様って……とリリアは内心そう思ったが口には出さなかった。

なぜなら、この女子生徒の反応は、同年代の女子にとっては普通の反応だからである。

自分達と同年代でありながら、すでに過去の英雄達を上回る活躍を見せているアルティメット・マジシャンズ。

その筆頭であり、魔王であり、神の御使いなのだ。

女子達が憧れて様付けで呼んでもしょうがないのである。

「ねえなんで? なんでよ!?」

「なんでって言われても……」

リリアは女子生徒の顔を見ながら告げる。

「彼、アルティメット・マジシャンズだから」

『はあぁ!?』

このリリアと女子生徒の会話は、すでにクラス中の人間が聞いていた。

そして、リリアから放たれた驚愕の事実に、クラス全員が声をあげてしまったのである。

リリアの告白を聞いた女子生徒は、呆れたような顔をしてリリアに言った。

「リリア」

「なに?」

「アンタ、結婚しなさい」

「はえ?」

まさか同級生にまでそんなことを言われるとは思いもしなかったリリアは、つい間の抜けた声をあげてしまった。

「だってそうでしょうが! そんな超優良物件、他のどこに転がってるってんのよ!?」

「いや、あの……さすがにまだ早いんじゃないかと……ねえ?」

「早いも遅いもあるか! アンタが結婚しないなら私に代わりなさいよ!」

「なんでそうなるのよ!?」

「だってぇ……」

そう言った女子生徒が涙を流し始めた。

急に泣き始めた女子生徒に若干引きながら、リリアは女子生徒を宥めようとした。

「ちょっと、なんで泣くのよ!?」

「だってえ、羨ましい……」

悔し涙だった。

突然のことに慌てたが、なんとか宥めたリリアは、女子生徒に自分のことを話し始めた。

「羨ましいって言うけどね、そんな良いものじゃないよ?」

「なに贅沢言ってんだよ!? 超有名人の嫁になれんだろうが!」

今度はキレだした。

どうやら、あまりの衝撃に情緒不安定になってしまったようである。

「いや、あのさ。アルティメット・マジシャンズって、人気楽団じゃないんだよ? 戦闘集団なんだよ?」

「あ……」

王都一、いや世界一の有名集団ではある。

しかし、その実態は、魔法使いの集団。

その活動領域は当然……。

「あの人達が活躍してるのってさ、戦場の最前線なんだよ?」

「……」

「今回の作戦だってさ、任務は『魔人討伐』だったんだよ?」

「魔人……」

その言葉に、リリアの同級生達は思い出した。

過去に、魔人によって滅びかけたことがあるアールスハイド国民は、他の国の人間より、魔人に対しての脅威を感じていたはずである。

あまりにも常勝だったため忘れかけていたが、相手はその魔人だったのである。

そのことを、生徒達は今更ながらに思い出した。

「私達と同い年なのに……魔人討伐をさせられたんだよ? 私、彼が帰ってくるまで、不安で不安でしょうがなかったよ……」

「リリア……」

魔人を討伐するために戦場に赴いた恋人を、信じて待つことしかできない。

恋人がアルティメット・マジシャンズにいるとはそういうことだと、リリアは女子生徒に向かって言った。

「アルティメット・マジシャンズの人間を彼氏にするってそういうことよ。そんな思いをしたい?」

「いや……」

さすがに十五~十六でそんな思いはしたくない。

それに今だけではない。

これからも、ずっとそういう思いをし続けなければいけないということなのだ。

でも、だからこそ女子生徒は疑問に思ったことがある。

「ねえリリア。そんな思いをするって分かってるのに、なんで彼と付き合ってるの?」

辛い思いをする覚悟はあるかと聞いてきたリリアは、その思いをしながらアルティメット・マジシャンズの彼氏と付き合っている。

どうにも矛盾しているように思われたのだが、リリアはそれに対してハッキリと言った。

「だって……好きなんだもん……」

「うわ……」

顔を真っ赤にしながらそう言ったリリアに女子生徒達まで赤くなってしまった。

そして、女子生徒はリリアを見る目が変わった。

つい先日までは、自分と同じ高等学院の一年生だと思っていた。

ところが目の前の同級生は、自分がまだ知らない恋愛をし、まだ知らない苦悩を抱えていた。

女子生徒の目には、リリアが急に大人に見えた。

そして、面白半分で彼とのことを聞いてしまったことを少し後悔した。

だからだろう、女子生徒はリリアに声をかけた。

「そっか。なら今回のこと、無事に終わるといいね」

「うん。もう出陣することがないといいな」

「そうだね、また不安で眠れなくなっちゃうもんね」

「うん……あ! いや、違っ!」

さっきは眠れないとまでは言ってなかったのに、女子生徒の誘導尋問に引っ掛かってしまったリリアは、慌てて否定をする。

そして、その様子が女子生徒のツボに嵌まってしまったようだ。

「ああ~もう! 可愛いな! リリアは!」

「わっ! ちょっと、抱き付かないでよ!」

「いいじゃーん! リリア可愛い!」

「やだっ! ちょっと! 変なとこ触るなあ! やんっ」

「ふへへ。よいではないか、よいではないか!」

じゃれあい始めた二人を、女子生徒達は温かい目で見ていた。

男子生徒達は、今までの話に激しい嫉妬を感じ血の涙を流しつつ、相手がアルティメット・マジシャンズなら勝ち目がないと諦めながら、その光景を見ていた。

若干、前屈みになりながら。