軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アールスハイド軍の戦い

魔人領に侵攻する前日。

アールスハイド軍も、魔人領との境、旧帝国領国境付近で野営をしていた。

他の周辺国と比べても国の規模が大きいアールスハイドは、エルスやイースの加勢を受けずに数万の大軍をこの軍事行動に参加させることができている。

そんなアールスハイド軍では、他の周辺国にはない、ある措置が取られていた。

騎士学院、魔法学院の生徒の動員である。

世界連合が締結でき、戦力的には問題はなくなったのだが、夏季休暇前から、万が一の為に異例の魔物討伐訓練を受けていた彼・彼女らは、すでに何体もの魔物を討伐する実績を上げている。

そんな学生達に、訓練ではない実戦を経験させるいい機会だとして、数百人程度ではあるが、学生達を行軍に同行させている。

しかし、既に何体もの魔物を討伐しているとはいえ、それはあくまで訓練であり、今回のこれは、本物の作戦行動。

しかも、アールスハイドだけでなく、複数の国で同時展開される、世界的な作戦なのである。

「口数が少ないわねクライス。まさか、魔物相手に緊張してんの?」

「ミランダか……いや、魔物は訓練で散々狩ってきたからな、それほど緊張している訳ではないが、なにせ世界規模の作戦だ……それに参加することに緊張してしまう」

騎士学院首席のクライスを始め、緊張した様子の学生達。

今までなら、騎士学院生を戦場に駆り出すなど、なかったことである。

それが、世界同時進行の作戦に駆り出された。

いくら魔物討伐の経験があるとはいえ、緊張して当然だろう。

「お前は随分余裕そうだな?」

「うーん……マリアの苦労を聞いてるからかな。自分がそんなに大層な立場にいると思えないのよ」

魔物の討伐より、作戦に参加することの方が緊張するというクライスに対し、騎士学院一年次席のミランダにはそんな様子は見られない。

不思議に思ったクライスが問うと、知らない固有名詞を出された。

「マリア?」

「覚えてないの? まあ、アンタ達は合同訓練の時、ウォルフォード君の彼女……今はもう婚約者か。その子に熱を上げてたからねえ。その子の他に、もう一人いた女の子よ」

シシリーに熱を上げ、一瞬でシンに持っていかれた苦い記憶が甦り、若干落ち込むクライス。

「あの合同訓練の後、妙に気が合ってね、ちょくちょく会うようになったのよ」

「そうだったのか?」

「シシリーって子と幼馴染みだったらしいんだけど、ウォルフォード家に嫁入り準備をしに行くようになって、暇になったらしくて、それからはしょっちゅう一緒に遊びに行くようになったわね」

「よ、嫁……」

あのシシリーを嫁に貰えるとは、なんて羨ましい……! と、そんな表情で歯を噛み締めた。

「はあ……まだ引き摺ってんの? もう諦めなさいよ。陛下公認の婚約よ? しかも、ウォルフォード君は、神の御使いとまで言われてる、今やアールスハイドだけじゃない、世界の英雄になろうかっていう人間なのよ? アンタなんか、逆立ちしたって勝てっこないよ」

「……」

反論の余地もないミランダの言いように、クライスはますます落ち込んでいく。

そんな二人に声を掛ける者がいた。

「その辺にしといてあげなよミランダちゃん。クライスが使い物にならなくなっちまうよ」

「フフ、随分と頼もしくなりましたねミランダ。嬉しいですよ」

「ジ、ジークフリード様! クリスティーナ様!」

ジークフリードとクリスティーナは、普段は近衛騎士団と宮廷魔法師団という、戦場には出ず、王城と王族の守りを固める部署に勤めているが、合同訓練の際、学生達を引率した実績を買われ、動員された学生達の面倒を見ていた。

「それにしても、マリアちゃんと友達になったって?」

「は、はい!」

「そんなに固くならなくてもいいよ。で? どんな話をしてたの?」

ジークフリードは、女子から非常に人気がある。

彼は魔法使いであるが、その人気は魔法使いからだけではない。騎士の中にもファンはおり、ミランダもその一人である。

憧れの人を前に緊張するなという方が無理だろう。

「えっと、えっと……シシリー……さんがウォルフォード君と婚約して、毎日イチャイチャしてるところを見せつけられて……イライラするより悲しくなってくるとか……」

「ああ……」

「アタシらに出会いはあるのか? とか……」

「……」

「……どうすれば、いい男と出会えるのか? とか……」

「もういい! もういいよミランダちゃん!」

聞いていて悲しくなってきたジークフリードは、もう話さなくていいと話を切った。

「ミランダ……」

「はい?」

「……お互い、頑張りましょうね」

「クリスティーナ様……はい……」

お互い、いい男を見つけられるように頑張ろうと励まし合う二人。

そんな中、クリスティーナはあることに気付いた。

「あら? その剣は……」

「あ、はい。ウォルフォード商会で購入したエクスチェンジソードです」

「ですね。軍に入隊してから支給されるものですので、どうしたのかと思ったのです。自分で購入したのですか?」

「はい。マリアに勧められて。あとこれも」

そう言って、足下を見た。

「フム。ジェットブーツも購入済みでしたか」

「マリアも買うって言うので、私も購入したんです。一緒に魔物狩りのアルバイトをしたりして、大分使いこなせるようになりました」

「そうですか。素晴らしいですミランダ。シン達との実力差に絶望せず、その差を縮めようというその心意気。他の者にも見習って欲しいですね」

シシリーがシンの家に通い、嫁入りの準備をしていた頃、残されたマリアが何をしていたのかといえば、ミランダと友好を深めていた。

いい男に出会う前に、いい女友達に出会っていたようである。

「まあ……マリアの負った責任に比べれば、私なんて全然ですけどね」

アルティメット・マジシャンズとして、この作戦の要にいる友人。

それを思えば、先輩騎士達や引率までいる自分の立場が、逆に情けなくなってくる。

緊張より、不甲斐なさの方が勝っているのである。

「……強くなりたいですか?」

「はい。せめて、マリアと友人だと、胸を張って言えるくらいには」

ミランダの目には、強くなりたい、友人の助けになりたいという意志が込められていた。

「よく言いました。ミランダ、貴女に申し付けます」

「は、はい!」

「貴女は、私と共に前線に出なさい。私が直に鍛えてあげます」

「え?」

「分かりましたね?」

「は、はい! ありがとうございます! 頑張ります!」

「フフ、いつか、マリアさんと肩を並べられるといいですね」

「はい!」

こうして、学生達の中で、ミランダだけは特別に最前線に出ることを許された。

そのことを申し伝えたクリスティーナは、ミランダを引き連れて食事へ向かってしまった。

その光景を、残されたジークフリードと他の学生達は、呆然と見送った。

「クリスもミランダちゃんも、周り女で固めてどうすんだよ……っていうか、引率は?」

当分彼女らに春は来そうにないと、そして、引率は自分だけでやるはめになりそうだと、ため息を吐くジークフリードであった。

そして翌日。

いよいよ、魔人領攻略作戦が始動する。

「いいか! 我々には、他国と違ってウォルフォード君達、アルティメット・マジシャンズの加勢を受けることは出来ない! よって、災害級の魔物も、万が一魔人が現れた場合も、我々で対処しなければならない!」

ダームでの出陣式に出席していたドミニクだが、シンにゲートでアールスハイドまで送ってもらっていた。

分かってはいたことだが、ドミニクの言葉を聞き、災害級を自分たちで討伐しなければいけないことに、不安そうな顔をする兵士達。

「だが恐れることはねえ! 特に魔法師団! お前らは、賢者様の教えを実行し、これまで以上の力を得た! 俺が保証してやる。お前らは強い!」

ルーパーの言葉に、自らを奮い立たせるように雄叫びをあげる魔法師団。

一見、チャラそうな人間が多いが、皆やる気に満ち溢れた目になった。

「騎士や兵士達もだ! 新たな装備を、お前達は血の滲む思い……いや、実際に血を流しながら使いこなせるようになった。私からも言おう。お前達は強い!」

魔法師団に対抗心を燃やす騎士や兵士達も、ドミニクの言葉に雄叫びをあげる。

お互いを意識し、その士気は最高潮にまで高まった。

「では行くぞ。進軍!」

『オオオオオオ!!』

そうして、魔人領に進軍したアールスハイド軍。

ここでも、やはりすぐには魔物は現れなかったが、しばらくすると……。

「来やがったな!」

「総員! 戦闘態勢! ルーパー、頼むぞ」

「おおよ! 魔法師団! 攻撃魔法準備!」

ルーパーの合図で魔力を高まらせる、アールスハイド魔法師団。

そこには、他国とは明らかに違った光景があった。

誰も詠唱をしていないのである。

「撃てえ!」

一斉に、無詠唱のまま魔法を放つ魔法師団。

魔法の効果がなるべく相殺しないように、気を付けて放たれた魔法は、今までの魔法とは規模が違っていた。

「ス、スゲエ……」

魔法学院の生徒が、無詠唱で大威力の魔法を放った魔法師団に熱い視線を送るが。

「おーい。何、感心してるんだよ? 君らの同輩のシン達の魔法は、あの比じゃねえぞ?」

ジークフリードの言葉に、高等魔法学院の生徒たちは口を噤む。

参加している魔法学院生の三分の二は、シン達の先輩で、残り三分の一は同学年だ。

あちらは、災害級と魔人を担当するこの作戦の要。

自分達は引率付きの戦場体験。

後輩との実力が隔絶し過ぎていて、悔しいような、英雄の孫ならしょうがないというような、複雑な心境になっていた。

そんな、諦めにも似た表情を読み取ったジークフリードは、彼らに問うた。

「お前達、魔法学術院から発表された論文は読んだか?」

ジークフリードの言葉に、うつむく魔法学院生。

魔力制御の量と精度を上げれば魔法の威力が上がり、無詠唱も使えるようになる。

公式発表された論文なのだが、読んでいないことは明白だった。

「なぜ読まない? 教員から教わるだけが訓練なのか? シンは、幼い頃から訓練を欠かさなかった。自分なりの考察も止めなかった。その結果が、規格外魔法使いの誕生だ。アイツは特別な力を持って生まれてきた訳じゃない。全て努力で獲得したものなんだぞ?」

実際には、前世の記憶という特別な『知識』は持って生まれてきているのだが、ジークフリードの言うように、特別な『力』は生まれつき持っていない。

その言葉を聞いて、魔法学院生達の目に力が戻ってきた。

悔しい。けど、努力でああなれるなら、自分達も。

そんな決意が瞳に込められていた。

「分かったら、加勢に行ってこい」

『はい!』

魔法学院生達は、戦場に向かって行った。

「さて、騎士学院の諸君」

続いて、騎士学院生にも向かい合うジークフリードだったが……。

「……騎士のことは分からん」

クリスティーナがいないので、騎士の心得について語ることはできない。

若干肩すかしをくらった様子の騎士学院生に、ジークフリードは続ける。

「分からんが、お前達も一緒だな。教員の指示でしか訓練できない」

やはり、うつむく騎士学院生達。

「クリスがいないから具体的な指示が出せないけど……」

そう言って皆を見渡すジークフリード。

「そのクリスがいなくなった原因、ミランダちゃんの事を見習えよ」

ハッと顔をあげる騎士学院生達。

「ミランダちゃんは、マリアちゃんと肩を並べたくて、自分で剣を買い、ジェットブーツを買い、魔物狩りで実戦して、自分で努力しているじゃないか。なぜ、お前達にはそれができない?」

自分達を導いてくれるのは教官だと思っている。

教官の指示通りに訓練していれば、強くなれると信じていた。

「学生にありがちなことだけどな。魔法師団も騎士団も、強くなるために、積極的に新しい技術や装備を手に入れてるんだ」

ジークフリードはそう言うと、戦場に目を移した。

そこには、ジェットブーツを駆使し、重そうな鎧を纏った騎士達が上下左右に飛び回っている、今まで見たことがない光景だった。

「ははっ。こりゃまたスゲエ光景だな。いいのか? お前ら。このままなら、騎士団にも、ミランダちゃんにも置いていかれるぞ?」

その言葉を聞いた騎士学院生達は、何かを決意したような顔になった。

「俺達だって、散々魔物討伐の訓練をしてきたんだ! 足手まといになってどうする! 俺達も行くぞ!」

『オオオオオオ!!』

騎士学院の三年生だろうか、リーダー的な存在の学生が声をあげると、騎士学院生達も、戦場に駆け出して行った。

「はあ、やれやれ。そんじゃま、俺もフォローに行くとしますかね」

学生達を叱咤し、戦場に送り出したジークフリードが、その学生達のフォローに行こうとしたとき……。

「災害級出現!」

覚悟はしていたが、聞きたくなかった報告が入った。

「ちっ! このタイミングでかよ!」

学生達のフォローに行くことを取り止め、災害級の魔物のもとに向かう。

すると、そこにいたのは……。

「……なんだありゃ? サイ……か?」

この世界には、魔物化しないと思われていた動物が何種類かいる。

人間もそう思われていたし、目の前にいるサイや象、海にいる鯨などがその一例である。

人間は、自身の意思で魔力を制御できるからであるが、その他の動物は、一目見て分かる特徴がある。

元が巨大なのである。

そのため、体の大きい動物は魔物化しないと思われていたのだが……。

「おいおい……なんじゃこりゃ!?」

そこにいたのは、二階建ての建物に匹敵するほどの巨体を持ったサイの魔物であった。

「おい! なんだありゃ!? サイが魔物化するなんて聞いたことねえぞ!!」

「マズイ! 一旦離れろ!」

「あ! 正面方向に逃げてはダメです!」

目の前をうろちょろする兵士達に苛立ったのだろう、その巨大な体躯で突進してきた。

「進路から外れろ! 横に跳べ!」

ジークフリードが咄嗟に叫び、サイの進路上にいた兵士達はジェットブーツを起動し、進路から外れた。

ジェットブーツを装備していなければ、どうなっていたのか。

それでも……。

「ああ! ちっ! このヤロウ!」

元からサイの近くにいた数人が逃げ遅れ、サイの突進に巻き込まれた。

その巨大な体躯に違わず、重量も相当なものなのだろう、その生存は絶望的だった。

サイから距離の離れていたところにいた者達も、今対応している魔物を放置し、一斉に進路から外れた。

ここでも全員、ジェットブーツによる離脱を行っている。

蜘蛛の子を散らすように兵士達は離脱したが、魔物達はそのまま留まっていた。そこに……。

「うお! 魔物が蹂躙されてる……」

兵士達が放置した魔物達をはね飛ばし、踏み潰しながら、サイの魔物は突進した。

「これは……とんでもないものが出てきましたね」

「クリスか。ミランダちゃんも無事だった?」

「は、はい!」

ジークフリードの隣に現れたクリスティーナとミランダに声をかける。

二人とも、難は逃れたようだ。

「あれ、どうします?」

「どうするって言われてもな。まあ、一つ思い付いたことはあるけど」

「思い付いたこと?」

「まあ、見てろ」

クリスティーナの問いに答えず、戦場に戻るジークフリード。

そして、ようやく突進が止まったサイを見て、後ろを確認してから魔法を放った。

ジークフリードが、渾身の魔力を込めて放った魔法は、初撃を放った魔法師団の魔法より、数段威力が上だったのだが……。

「ちっ! なんて硬い皮膚してんだ。全然ダメージねえじゃねえか……っとお!」

魔法を放ったジークフリードに向けて再度突進してくるサイの魔物。

それを、ジェットブーツを起動して避け、そのサイの進路を見た。

「おー、蹂躙されてるねえ」

ジークフリードが、魔法を放つ前に後ろを確認していたのは、兵士達がいるかどうか確認していた訳ではない。

魔物がいるかどうか確認していたのだ。

その巨体故か、一度突進し出すと、方向転換も、急停止もできない様子のサイの魔物。

他の魔物も関係なく蹂躙したことから、ジークフリードは、それを利用して他の魔物を掃討しようと考えた。

作戦結果は上々のようである。

「大分減ったか?」

「ジークフリード様凄いです! 魔物があんなに減りました!」

「ジーク、あなた……」

「なんだよ?」

「……思考が、シン寄りになってきたのではないですか?」

「ちょっ! マジか!」

クリスティーナとミランダのもとに戻ってきたジークフリードに、ミランダは純粋な称賛を浴びせ、クリスティーナは、その作戦が、シンが立案しそうな作戦だと呟いた。

そう言われたジークフリードは、ショックを隠しきれない。

ともあれ、ジークフリードの作戦は有効そうである。

その様を見ていた兵士達が、同じようにサイの魔物を誘導し、魔物を蹂躙させる。

別の兵士達は、なるべく魔物を一ヶ所に集めようと誘導し、そこにまたサイの魔物が突進してくる。

他の魔物はなんとかなりそうである。

「問題は、あいつそのものか……」

「ジーク渾身の魔法が、いとも簡単に弾かれてましたね」

「ぐっ! も、元々皮膚の厚い動物だろうがよ! 魔物化したことで、とんでもない防御力になってんだよ!」

「でも……ならどうすればいいんですか?」

ジークフリードとクリスティーナの言い合いを聞いていたミランダが、どう打開するのか聞いてきた。

「まあ、皮膚は厚いんだろうけど、関節はそうじゃないだろ」

「となると……我々の出番ですか……」

「剣による関節への攻撃。それしかねえだろうなあ……」

「ア、アタシ達が……」

非常に硬い皮膚に守られているが、関節まで硬いと突進などできるはずもない。

脚も、首もそうだろう。

なら、その首に直接剣を突き立てるしか方法はない。

「まあ、足止めはしてやる。その隙に首に取りついて仕留めろ」

「足止めって……できるのですか?」

「ああ。シンの狩りについて行ったことがあってよかったぜ」

「シンがやっていた方法なのですか……なら大丈夫そうですね」

「え? そんなアッサリ?」

シンの狩りについて行ったことで足止め方法を思い付いたというジークフリードと、それなら問題ないと判断したクリスティーナ。

シンの力を見たことがあるミランダも、それなら大丈夫とアッサリ判断を下したことに驚く。

「おし! じゃあ、こっちこい!」

再び魔法を放ち、こちらへ誘導するジークフリード。

突進してくるサイの魔物を見て、もう一つ魔法を起動した。

すると、サイの魔物の目の前に、大きい土の壁が現れた。

「そ、そんな壁で止まる訳が!」

足止め方法が、土壁であることに、ミランダは悲痛な声をあげる。

「なるほど。そういうことですか」

「え? どういうことですか?」

「見れば分かりますよ。それより……総員! もうすぐサイの魔物が止まります! 攻撃準備!」

あれでサイの魔物が止まると信じているクリスティーナから号令がかかる。

女性騎士として尊敬しているクリスティーナの言葉を疑う訳ではないが、信じきれてもいなかった。

そして。

『ブモオオオオオ!!』

突進してきたサイの魔物が、土壁を、いとも簡単に破壊する。

「ああ!」

やっぱり駄目だった。そう思ったミランダは声をあげるが、その後に起こったことに目を見開く。

そもそも、この土の壁の材料はなんなのか?

何もないところに突然土壁ができた訳ではない。

「あ……穴……」

地面にある土を集めて土壁にしていたのだ。当然、集めた場所の土が無くなり、大きな穴が開いていた。

土壁による目眩ましを突破した先にある落とし穴。

サイの魔物は、なすすべなく、落とし穴に脚をとられ、盛大に転倒した。

「うわっぷ! おし! 行け!」

「行きますよ! ついてきなさい!」

『オオオオオオ!!』

転倒した際に巻き起こった土煙に巻かれながら号令を出したジークフリードと、それを受け、騎士達に号令を出すクリスティーナ。

息ピッタリである。

転倒したサイの魔物に、ジェットブーツを起動し次々に襲いかかる騎士達。

そんな騎士達の中に、ミランダの姿もあった。

「このお!」

渾身の力を込めて剣を突き立てるが、他に比べて若干薄いとはいえ、そう簡単に皮膚を貫けない。

「う! か、硬っ!」

「どいてな、嬢ちゃん! オオオラアア!」

全く歯が立たなかったミランダの横から、筋骨粒々の騎士が剣を突き立てるが……。

「くっそ! なんて堅さだ!」

「このままではすぐに起き上がります! 早く!」

転倒したサイの魔物は、大勢の騎士達に取り付かれて暴れている。

クリスティーナが言うように、今にも起き上がりそうだが、暴れているため剣を振るうのもやっとである。

足場が揺れる。なんとかならないか? と思案したミランダがあることを思い出した。

「皆さん離れて下さい!」

「あん? なん……」

離れろというミランダの言葉に反応した騎士が目にしたのは……。

ジェットブーツを起動し、上空に舞い上がり、剣をこちらに向けて降下してくるミランダの姿であった。

「うおおお! 無茶すんなあ!」

「いっけええ!」

手に持っていたのでは、十分な力が伝わらないと思ったミランダは、剣の鍔に足をおき、上から乗るような形で、サイの魔物の首筋に剣を突き立てた。

すると、今まで小さい傷しか付けられなかったサイの魔物の首筋に、剣先が食い込んだ。

「おお! やったぞ! 嬢ちゃん!」

「でも、全然届いてないです……くっ! 剣が!」

食い込んだはいいが、刺さった剣が抜けなくなってしまった。

必死で抜こうとするが、そこであることを思い出した。

「あ、外せばいいのか」

サイの魔物の首筋に剣を突き立てたまま、エクスチェンジソードの特徴である剣の着脱を行った。

そして、柄の無くなった剣が刺さっているのを見て、また思い付いた。

突き刺さっている剣の尻に足を置き、その上に乗ったミランダは……。

「ミランダ、何を……」

「うりゃあ!」

ジェットブーツを全力で起動した。

すると、足元にあった剣は、ジェットブーツの勢いで、根元まで食い込んだ。

『ブモオオオオオ!!』

動物の急所である首に、深々と剣が刺さったことで、苦しみ出すサイの魔物。

だが、体躯に比べて小さい剣では、まだ致命傷を与えられない。

だが、突破口は見えた。

「これは有効です! 私達もやりますよ!」

その光景を見ていた騎士達が上空に舞い上がり、降下と共に剣を突き立てる。

「うお! 危ねえ! かすったぞ!」

「悪い! 微調整が……」

先に降下した騎士の近くに、別の騎士が降下してくるというアクシデントもあったが、今まで全く歯が立たなかったサイの魔物の首筋に、次々と剣が吸い込まれていく。

後続の騎士達が剣を突き立て、剣身を交換している間に、先に剣身を交換したミランダが、再び上空から降下してきた。

「いっけええ!」

首筋に剣身を突き立て、柄を外し、それをジェットブーツを使って奥まで食い込ませる。

すでに、何本もの剣を突き立てられ、息も絶え絶えになっていたサイの魔物が、ビクンと大きく震え、やがて沈黙した。

「おお……?」

「どうだ?」

大人しくなった魔物の上から騎士達が下にいる者に声をかける。

「災害級沈黙! 討伐確認しました!」

魔物の検分をした騎士が、災害級の魔物を討伐したことを確認した。

『ウオオオオオ!!』

自分達の手で災害級を討伐したことに、興奮し大声をあげる兵士達。

「何を喜んでいる! 魔物はまだ残っているぞ!」

『オオオオオオ!!』

浮かれている兵士達をドミニクが一喝するが、士気の上がった兵士達は、その勢いのまま残った魔物の掃討に向かった。

「お前は行かなくていい。少し休め」

「ド、ドミニク局長!? し、しかし……」

フラフラしながら、魔物の討伐に向かおうとするミランダを、ドミニクが止めた。

アールスハイド軍のトップから声をかけられ、驚くミランダ。

だが、皆が魔物の討伐に向かっているのに、自分だけ休むのは気が引け、フラフラになりながらも討伐に参加しようとした。

「いいから休め。まだ学生だろう? 災害級の討伐をしたのだ、フラフラではないか」

災害級を見たのは二回目だ。

だが、シンが圧倒してしまった合同訓練の時と違い、今回は自分も討伐に参加した。

体力的なことより、精神的な疲労が濃いのだ。

「それにしても、よくやったな。見事だ」

「あ、ありがとうございます!」

ドミニクからの激励に、恐縮してしまうミランダ。

「上空から降下か……よくあんな方法を思い付いたな」

「あ、あの、マリアが……」

「マリア?」

「局長。彼女は、アルティメット・マジシャンズのマリア=フォン=メッシーナさんの友人なのですよ」

「なんと!? そうだったのか!」

緊張したミランダが、突然口にした固有名詞にドミニクが首を傾げていると、クリスティーナが補足した。

「その……ジェットブーツを購入した後に、練習も兼ねてマリアと魔物狩りのアルバイトをしたんです。お小遣いだけでは足りなくて、マリアにお金を借りましたから……」

まだ学生で、俸給も貰っていない身としては、親からのお小遣いしか収入はない。

しかし、剣やジェットブーツなどの魔道具が買えるほどはもらってない。

そこで、夏期休暇中に魔物を大量に狩り、それなりにお金を持っているマリアにお金を借り、その返済のためと、新しい装備に慣れる為、魔物狩りのアルバイトをしていたのだ。

「しかし、危ないではないか。学生だけで魔物狩りのアルバイトなど」

「マリアがいましたから。あの子……最近、災害級ばっかり相手にしてるから飽きてきたとか言ってましたし……」

「……飽きるほど、災害級を狩っているのか……」

ドミニクの心配はもっともなのだが、同行した友人は災害級すら片手間で倒せるほどの実力者。なんの心配もしていなかった。

「そのときに、マリアが『ジャンプ突き』って言いながらやってたんです。ウォルフォード君がやってたって……最後のジェットブーツで押し込むのは、咄嗟に思い付きましたけど」

「あれの大元はウォルフォード君か……なんだろうな? それだけで納得してしまった」

「局長、ご心配なく。私もです」

「俺も納得したわ。しかし、俺の落とし穴も元はシンだし、アイツの頭の中ってどうなってるんだろうな?」

シンがやっていたことを、マリアが真似てやっていたことを思い出したというミランダ。

ミランダ達のもとにやってきたジークフリードが言うように、その前の落とし穴も、シンの狩りに同行して真似たと言っていた。

彼には、いくつ引き出しがあるのだろうか?

ミランダは改めて、シンの凄さを実感していた。

「ともあれ、あの戦法は非常に有効だ。本当によくやったぞ。後のことは他の騎士達に任せて、今はゆっくり休め」

「あ、ありがとうございます」

そう言うと、ドミニクは現場の指揮に戻っていった。

軍のトップがいなくなり、緊張が解かれた瞬間、ミランダはフラついた。

「おっと、大丈夫?」

そのミランダを、ジークフリードが抱き止めた。

「ひゃ、ひゃい! だいじょぶれす!」

「舌が回ってないな……よし、俺が本陣に連れていってやろう」

「ふ、ふぇ!?」

フラついたミランダをジークフリードが抱き止め、そのことに慌てたミランダは盛大に噛んだ。

それを、疲労によって舌が回ってないと判断され、そのまま横抱きにされた。

戦場でお姫様抱っこである。

「ジークフリード様! あの、あの!」

「功労者はちゃんと労わないとね」

「にゃううう!」

皆の見ている前でお姫様抱っこをされるという羞恥に身悶えするが、ジークフリードは下ろしてくれない。

「ジーク、サボる気ですか?」

「ウルセエ! テメエこそ、学生全部俺に押し付けやがって! ちったあ働いてこい!」

「ム……しょうがないですね」

「そんな、クリスティーナ様!」

クリスティーナなら、ジークフリードの行動を止めてくれると信じていたミランダは、絶望の声をあげた。

「いいですか、ミランダ。あなたは、自分が思っている以上に疲弊しています。災害級を討伐し、気分が高揚している今、戦場に出たいのは分かりますが、今日のところは大人しく休んでいなさい。ジーク、頼みましたよ」

「言われなくても分かってるよ」

「え? ち、違っ!」

クリスティーナを呼び止めたのを、自分も戦場に出たいと勘違いされ、優しく諭されてしまう。

しかも、この言い方だと、そのままジークフリードに連れていってもらえと言われているように聞こえる。

結局、抱き抱えられたまま、本陣まで連れていかれた。

憧れの人にお姫様抱っこをされたのだから、嬉しくない訳はないのだが、場所を考えて欲しかった。

道中、色んな人に、よくやったと声をかけられたが、今の自分に近寄ってこないで欲しいと、そればかりを願っていた。

「それじゃあミランダちゃん、ちゃんと休んでるんだよ?」

「ふぁ、ふぁい……」

本陣の救護所に連れてこられた時には、すっかり頭は茹で上がっており、マトモな返事もできなかった。

しかし、時間が経ち、徐々に落ち着いてくると、先ほど盛大に慌てたせいで逆に冷静になり、ふと、ある疑問が頭をよぎった。

マリアへの借金返済のためと、実入りが良かったので、その後も定期的に魔物狩りのアルバイトはしていたのだが、災害級など一度も出なかった。

それが、魔人領に入った途端、今まで魔物化しないと思われていた動物が災害級の魔物となって現れた。

これは偶然なのだろうか?

大人しく休んでいるように言われた手前、体を動かすこともできない。

体を動かして、突如襲われた懸念を払拭することもできず、ミランダは、言い知れぬ不安を募らせていった。