軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ダーム共和国の終焉と、予想外の事態

混乱の渦中にあるダーム共和国。

その首相執務室で、ダーム共和国初代首相であるヒイロ=カートゥーンは頭を抱えていた。

連日行われている民衆によるデモ行進。

役所替わりにしている旧王城への連日の投石。

非道いときには暴動が起こり、商店などから略奪が起きる。

略奪された商店から国へ苦情が寄せられるも、対処してくれない国に対して、民衆の不満はもう爆発寸前だった。いつ革命が起きても不思議じゃない。

加えて、最近は特に体調が悪い。

時々、身体中を耐え難い苦痛が襲う。

原因を調べようと医者に診せるも、特に身体に異常は見当たらないという。

そんなはずはないとヒイロは食い下がるが、何人の医者に診てもらっても結果は同じだった。

『身体的に異常はない。それでも異常が見られるのなら、魔力的に問題があるのではないか?』

それが全ての医師に共通した診断結果だった。

だが、魔力に問題がある『のではないか?』というだけで、確証を得ての診断ではない。

そうとしか言いようがないからだ。

そして、医師たちは口々にこう言うのだ。

『アルティメット・マジシャンズ代表のシン=ウォルフォード殿か、聖女であるシシリー=ウォルフォード殿に治療を依頼してはどうか?』と。

ヒイロとしては、それだけは絶対にしたくなかった。

シンは、自分と同じ転生者だ。

それはハッキリと自信をもって言えた。

この広い世界で、唯一分かり合えるはずの存在。

だが、ヒイロはシンのことが心底嫌いだった。

憎んでいると言ってもいい。

なぜシンにそんな感情を向けるのか?

それは、ヒイロの生い立ちに理由があった。

ヒイロの前世の記憶が蘇ったのは、幼いころ酔った父親に暴力を振るわれ、生死の境を彷徨ったことが原因だった。

なんとか死なずに生還したとき、異世界転生している自分に気が付いた。

そのことに気が付いたときは歓喜したが、すぐにそんな気持ちは消え失せた。

ヒイロの生まれた家は、ダームの平民家庭。

稼ぎが少なく、酔うと母や自分に暴力を振るう父。

いつもオドオドし、父親の顔色を窺っている母。

そして、折角魔法のある世界に異世界転生したというのに、魔力のなかった自分。

しかも、ステータスも見れないし、スキルもない。

それなりに文明が発達しているとはいえ前世とは比べ物にならない。

魔法の使えない自分では、元の世界の方がマシだったと、ヒイロはすぐに絶望した。

とはいえ、今生きているここが現実だ。

クソみたいな世界とはいえ死にたいわけではない。

この世界を生き抜いていかなければいけない。

幸いと言っていいのか、この世界には魔物がいる。

そして、その魔物を狩ることを生業としているハンターという職業もある。

せめて、異世界転生のテンプレである冒険者とは違うがハンターになろうと決意したヒイロは、その日から剣の修行に励んだ。

前世では真剣なんて見たことも触ったこともなかったが、この世界には普通に存在し平民でも持っている。

そのことがスリルにも感じ、ヒイロは剣術にのめり込んだ。

そうして剣術に励んでいると、剣術の師匠から国の騎士団試験を受けてみないかという誘いを受け、試験を受けて騎士になった。

そのころには、この世界もまんざらじゃないと思っていたのだが……。

騎士になって数年後、大国アールスハイド王国で魔人が出現し、それを賢者と導師の孫が討伐したという報せが世界を駆け巡った。

討伐者の名前はシン=ウォルフォード。

日が経つにつれ、シンの情報が色々と入り始めた。

魔法と剣術の天才。魔道具制作にも才能あり。繰り出す魔法や作り出す魔道具は常軌を逸しているものが多い。

そして、全世界を驚かせた、各国を繋げる通信機も発明したという。

それを聞いたとき、ヒイロは確信した。

シン=ウォルフォードは転生者であると。

そして、調べれば調べるほど、自分との格差が浮き彫りになった。

シンは孤児であったらしいが、拾ったのが世界中から尊敬を集める賢者であること。

魔法使いの素質があり、賢者自らが指導していたこと。

導師に魔道具制作のノウハウを教えてもらっていたこと。

剣聖と呼ばれる男から剣の指導を受けていたこと。

賢者とアールスハイド国王が師弟関係にあったため、幼いころから国王と交流があったこと。

その縁で、アールスハイド王太子と仲良くなったこと。

後に聖女と呼ばれる美しい娘と恋仲になり、婚約したこと。

等々……まさに異世界転生のテンプレともいうべき人生をシンは歩んでいた。

それに比べて自分はどうだ?

両親は健在だが、酔うと暴力を振るう父に、頼りない母、貧乏な家、加えて魔法使いの素質もない。

なぜ?

同じ異世界転生者なのに、なぜこうも境遇が違うのか?

自分がシンの立場になりたかった。

最初はそんな嫉妬心だった。

ところが、シンはそんなヒイロの心情など知る由もなく、どんどん功績を積み上げていく。

その度に世間はシンへの評価を上げていく。

嫉妬心はやがて、憎悪へと変わって行った。

自分とシンの違いはなんだ? と真剣に考えた。

その結果導き出された結果が、魔法が使えるか使えないかの差だけだという結論に達した。

どうにかして魔法が使えるようにならないかという思いになったヒイロは、それから魔法使いについて調べだした。

そして、ついに魔法が使える者と使えない者の差を見つけ出し、基礎魔力量が足りないならそれを増やしてやればいいという結論を導き出した。

そして、ヒイロは魔法が使えるようになった。

それからのヒイロはトントン拍子に出世していった。

やはり、自分とシンを隔てていたのは魔法だけだったのだと、そう確信した。

実際にシンと対面したときに感じたのは、年下のただの小僧だということ。

魔法が使えるようになったスタート地点が違うだけで、いずれ追い付けると思った。

だが、それだけではシンに勝ったとは言えない。

どうすればいいか?

そんなとき、思わぬ形でチャンスが転がり込んできた。

新しくダーム王の座についた男が、非常に野心の強い人間だったのだ。

この戦乱が治まれば、いつか世界に牙を剥く。

そう確信したヒイロは、密かに王を失脚させる策を思い付き、そうなるように王を唆した。

面白いほどヒイロの思い通りに踊ってくれた王は、戦乱終結と同時に世界に対して反乱を起こした。

それを手ぐすね引いて待っていたヒイロは、すぐに王へと反旗を翻した。

その結果、王族の信頼は地に落ち、自分が新たな国家元首になることができた。

それがヒイロの絶頂期だった。

そのときのシンは、英雄に祭り上げられているとはいえまだ学生だ。

ところが自分は国で一番偉い国家元首になった。

勝った、と、ヒイロは思ったのだが……。

今の現状を見て、ヒイロは思う。

どうしてこうなってしまったのか?

なにが悪かったのか?

考えなしの王族を排して、世界の信頼を取り戻したのは自分のはずなのに、今の民衆は皆自分を憎んでいる。

外出すると、護衛ごと暴徒に囲まれるので外出すらできない。

自分の部下である議員たちは、自分の言うことを少しも聞きはしない。

なぜ……なぜ……。

そんな思考の無限ループに陥っていたときだった。

執務室の扉がノックされた。

また、市民からの苦情か? それとも、いよいよ革命でも起きたか? そんなことを思いつつ入室の許可を出した。

「失礼します首相。お客様がお見えです」

「客? そんな予定があったか?」

自分は、腐ってもダームの国家主席である。

そんな自分への面会など、ふらりと来て叶うはずがない。

自分が知らないということは、目の前の秘書官が黙っていたということだ。

コイツまで俺を馬鹿にするのかと、怒りで目の前が真っ赤になったが、次の言葉でそれは収まった。

「いえ、お約束はしていません。先ほど、急に参られたのです」

「はあ? それでなぜここに通すんだ?」

ヒイロは一旦怒りを収めたが、アポイントも取っていない客を堂々と首相執務室まで連れてくる秘書官に、改めて怒りが湧いた。

だが……。

「申し訳ございませんが、あの方の訪問を拒むことは我々にはできませんので……」

「あの方?」

秘書官の言い分では、どうも断れない客だったらしい。

そんな客に心当たりのないヒイロは、怒りより困惑が強くなってきた。

そのとき。

「失礼、そろそろ入室しても構わないだろうか?」

そんな言葉と共に、白い豪華な服を着た初老の男性が姿を現した。

「お、お待たせして申し訳ございません! どうぞ、御入室ください!」

秘書官は、首相であるヒイロの了解も待たず、客を執務室内に通してしまった。

おまけに、後頭部が見えるほど頭を下げている。

誰だ?

この秘書官が、ここまで礼を取る相手は誰だ?

そう考えていると、初老の男性が部屋に入ってきた。

そして、それに続くように、さらに豪華な白い服……法衣を身に纏った女性が入室してきた。

その姿を見たとき、ヒイロはハッと息を呑んだ。

その姿に見覚えがあった。

ここダームでは、元々国王よりも尊敬を集め、発言力の高かった存在。

前世の記憶があり、この世界の人間よりも関心は低かったとはいえ、ダームに住んでいる以上意識せざるを得ない存在。

創神教教皇、エカテリーナその人が、首相執務室に入ってきたのだ。

「突然の訪問、ごめんなさいね。カートゥーン首相」

「い、いえ、そんな……勿体ないお言葉でございます」

そんな挨拶をしながら入ってくるエカテリーナ。

それはまるで、知り合いの家に連絡なしで遊びに来たような気軽さだった。

本来なら、ダーム首相は国家元首であるため、イースの国家元首であるエカテリーナと同格である。

しかし、あえてエカテリーナはそのような態度で接した。

自分が上で、相手が下であると認識させるためである。

その思惑通り、ヒイロは上から目線で接してきたエカテリーナに対して目下の者が取る態度を取ってしまった。

しかも、それに気が付いていない。

「ほ、本日は、どのようなご用件で……」

急に訪問してきたのはエカテリーナの方なので、エカテリーナに非があるのだが、あくまで目下の者の態度のままなのがその証拠である。

ヒイロに問われたエカテリーナは、スッと目を細めた。

たったそれだけで、ヒイロと秘書官は背筋が凍り付いた。

「どのような要件ねえ……ある程度察しはついているのではないかしら?」

エカテリーナの言葉に、ヒイロは動揺した。

心当たりしかない。

エカテリーナは……イースは今のダームの現状を良く思っていない。

統治に失敗しているヒイロのことを認めていないのだと、エカテリーナの言葉で理解した。

ヒイロは、このままでは市民による革命が起きるのではないかと危惧していた。

ところが、まさかイースが動き、教皇が出張ってくるなど予想もしていなかった。

どうする? どうなる? ヒイロは、まさにエカテリーナに自分の首相としての生殺与奪の権利を握られた状態にあると、そう思った。

それを横で見ていた秘書官は、思ったよりも早くヒイロが失脚しそうなのを内心で喜びながら見ていた。

ヒイロが失脚したら、次の首相は自分だ。

そう思っていた。

だが、エカテリーナの口から出た言葉は、ヒイロにも秘書官にとっても予想外だった。

「ダームの現状はあまりにも目に余るわ。新しい統治の仕方を試みたのだろうけれど、明らかに失敗だったと言わざるを得ないわね」

「……」

ヒイロは困惑した。

自分の首相としての資質を問う発言ではない。

それどころか、むしろ今のダームの在り方そのものに対する発言だ。

まさか……まさか……。

「このまま首相の座だけ挿げ替えても、政治形態そのものを変えないとなにも変わらないでしょう。よって、ダームの政治形態を、元の王制に戻します。貴族位を剥奪された貴族たちもその地位を戻します。再びの政治体系変更に伴う混乱を避けるため、しばらくイース神聖国が政治に介入します。これは、イースだけでなく、周辺諸国全ての総意です。わかりましたね」

それは、提案ではなく、決定事項の通知だった。

しかも、イースだけでなく、周辺諸国全ての総意であるという。

エカテリーナの側に控えていた初老の男性……枢機卿なのだが、枢機卿がその合意文書を提示すると、ヒイロは真っ青な顔になった。

だが、これに納得できないのが秘書官だ。

「そんな! それはあまりにも横暴です! そもそも、我がダームは主権国家! 他国から介入される覚えはない!!」

他国に政治介入されるということは、主権国家にとって決して許してはいけないこと。

それを許してしまうと、植民地と変わらない。

そんなことはあってはならないと、秘書官は声高に発言するのだが、エカテリーナ他イースの面々は冷ややかな表情をしていた。

「なるほど。しかし、これを見てもそんなことが言えますか?」

エカテリーナはそう言うと、枢機卿に別の書類を見せるように指示を出した。

提出された書類を、ヒイロは呆然として動かないので秘書官が受け取ると、内容を見て目を見開いた。

「ダームの民主化に伴って議員となった者たちの犯罪の証拠です。中には真面目に仕事をしている人もいるようですが……それが少数派というのは、ちょっと非道すぎませんか?」

エカテリーナの言葉も、書類を見るのに忙しい秘書官は聞いていない。

「これがダーム国内だけの話なら特に介入はしませんでした。ですが、その実害は他国にまで及んでいるのです。最早どの国もこれ以上ダームを放置するのは得策ではないと判断したのです。お分かりですか?」

ダームの議員たちは、裏社会と繋がりのある人物、もしくは裏社会の人間そのものがなっていることが多い。

今まで国家権力の陰に隠れるように活動していたのが、大手を振って活動することができるようになった。

裏社会の人間が権力まで持った結果、他国にまでその手を伸ばし始めたのだ。

国際問題になるなど考えもせずに。

その結果、周辺諸国はダームを放置するのは危険と判断した。

特に、二度にわたり王太子妃の暗殺を企てられたアールスハイドの怒りようは凄まじかった。

アウグストは、アールスハイド王城に潜り込んだ賊を捕縛したあと、ここまでの根回しをするために、すぐにダームに乗り込まなかったのだ。

そして、その思惑通り、エカテリーナや周辺諸国の王たちはアウグストに同意。

今回のエカテリーナの緊急訪問となったのだ。

その事実を突きつけられても、秘書官は諦めきれなかった。

「し、しかし! これは……こんなのは認められない! あなたたちに我が国に干渉する権利などない!!」

それは、国家として当たり前の主張だった。

しかし、もうそんな段階ではないのだ。

「そうですか。それはつまり、周辺諸国との戦争を希望するということでよろしいですか?」

その言葉を聞いた秘書官と、今まで呆然としていたヒイロが揃って驚愕した。

「せ、戦争!?」

「な、なにを言っているのですか!?」

突然無茶な要求をしてきたと思ったら、それを拒否するなら戦争だと脅してきた。

いくらなんでも無茶苦茶だと、ヒイロたちは主張した。

だが……。

「それが嫌なら、主権の放棄に同意しなさい。これはむしろ恩情なのですよ? 周辺諸国の中には、今すぐにでも攻め入るべきだと主張される方もいらっしゃいましたので」

その筆頭が、アールスハイド国王ディセウムである。

二度も王太子妃を狙われたのだ、その怒りは相当だった。

それをなんとか宥め今回の話に持って行ったのだと説明すると、ようやく二人はエカテリーナの話を受け入れた。

強硬手段に出ることがなくてよかったと、エカテリーナがそう言ったとき、ヒイロと秘書官は背筋がゾッとした。

なぜなら、そう言うエカテリーナの目が、本当は攻め入ってダームを灰燼に帰したかったと物語っていたからだ。

こうして、ダームの主権は一時的にイースの手に落ちた。

あっという間に首相の座から滑り落ちたヒイロは、この数分で何年も歳を取ったように見える。

そして「なんで……どうして……」とブツブツ呟き始めた。

そんなヒイロを憐れな者を見る目で見ていたエカテリーナが、ふと視線を後ろに向けた。

「どうする? 話してみる?」

さっきまでの威厳に溢れる態度ではなく、あくまで親しい者に対する話し方で誰かに声をかけた。

創神教教皇が気軽に話す相手? 誰だ? と思いながらヒイロはエカテリーナの後ろに視線を向けた。

そこで目に入ってきたのは……ヒイロがこの世で一番憎んでいる人間。

シン=ウォルフォードだった。

コイツは……創神教教皇まで手懐けてしまったのかと、そして、この主権交代劇はコイツの仕業かと、そう勘違いしてしまった。

「あの、お久しぶりですヒイロさん。シン=ウォルフォードです」

呑気にそんなことを言うシンに、ヒイロは怒りでどうにかなりそうだった。

「あの、どうしてもヒイロさんに聞いてみたいことがあって……いいですか?」

「……なんだ?」

怒ってはいるが、この場にはエカテリーナがいる。

なんとか激高するのを押さえたヒイロは、およそ友好的とは思えない声色で返事をした。

そのときのシンは「うわあ、怒ってんなあ」と思いつつも、折角質問を了解してくれたのだからと、ずっと考えていた疑問を投げかけてみた。

「あの、どうしてこんなすぐに民主化しようと思ったんですか? ヒイロさんは魔人王戦役のダームでの英雄ですよね? 時間をかければもっとうまくできたんじゃないかなって思ったんですけど……」

目の前の若造が、今までなんの苦労もしたことがないであろう、異世界転生チート物語の主人公であるこの小僧が、知った風な口をききやがる。

シンの言葉に、ヒイロはとうとう激高してしまった。

『お前になにが分かるってんだよ! お前はいいよなあ! どうせ神様からチートかなんか貰ってんだろ!? なにも貰えなかった俺になんの文句があるんだよ!? なにもチートを貰えなかった俺がお前に勝つには、首相になるしかなかったんだ! あのときしかチャンスはなかったんだよっ!!』

あまりにも激高していたヒイロは、目の前にいるのが転生者であるシンであったこともあり、思わず日本語で叫んでしまった。

それを聞いたエカテリーナたちはキョトンとしているが、シンは大きく目を見開いた。

「……すみません。オーグを残して皆さん部屋を出ていてもらえますか?」

シンは、自分が転生者だと知っていて、今回同行していたアウグストだけを残して出て行って欲しいとお願いをした。

当然、エカテリーナは首を傾げる。

「殿下を? どうして?」

「それは……すみません、あとで家で話します」

「そう……分かったわ。ほら、あなたも行くわよ」

エカテリーナは、呆然としている秘書官にも声をかけて部屋を出て行った。

扉が閉まるのを確認したシンは、ヒイロに向かって話しかけた。

『ヒイロさん……転生者だったんですか?』

その言葉は、ヒイロなど眼中になかったということの証拠である。

自分はこんなにもシンを意識し、嫉妬し、憎悪したというのに、当のシンの視野にも入っていなかった。

「シン、もしかして……」

シンとヒイロの会話が分からなかったアウグストだったが、状況から大体察していた。

「ああ、ヒイロさんも転生者だ」

「……そうか」

シンの言葉で、アウグストは色々と納得いったようだった。

「ヒイロさん、すみませんが、日本語だとオーグが分からないので、こっちの言葉で話しますね」

「はっ! 大国の王太子殿下と仲良しアピールかよ!? チート野郎の分際で随分偉そうじゃねえか!」

その言葉にムッとしたシンは、思わずヒイロに言い返した。

「俺はチートなんてもらってませんよ」

「嘘つけこの野郎!! 神様からチート貰ってなきゃ最強になって美人な嫁までもらって、おまけに大国の王族とも仲良しになんてなれないだろうがよ!! 全部チートのお陰だろうが!!」

ヒイロは、怒りのあまり目を血走らせ、唾液をまき散らしながら叫んだ。

そんな勘違いをしていたのかと察したシンは、間違いを正そうと話し始めた。

「本当ですよ。俺は神様になんて会っていないし、チートも貰っていない。当然ステータスも見れないし、スキルも持っていません。チートなのはじいちゃんと婆ちゃんの人脈だけですよ」

「ああ!? 今更そんな嘘吐くのかよ!?」

「嘘じゃありませんよ。じゃあヒイロさん、あなたステータス見れるんですか?」

「……見れねえ」

「ですよね。そんなもの無いんですよ。俺の力は、全部俺が自分で努力して手に入れた力です。誰かに貰った力なんてないんですよ」

シンはそう言って、チートはヒイロの勘違いだと説明するが、ヒイロはそんなもので納得などしなかった。

「境遇が違うだろうが!! お前がどれだけ恵まれてると思ってる!! そして俺が、どれだけ不遇だったと思ってる!! 同じ転生者なのに、なんでこんなにも境遇が違うんだよ!? おかしいだろ!!」

「なにもおかしくなどない」

激高するヒイロの言葉を、アウグストがバッサリと切って捨てた。

「はあ? なに言ってんだ王子様? やっぱ恵まれて育った王子様には分かんねえよなあ!?」

他国の王太子相手にとんでもない不敬な態度なのだが、首相をクビになり、自分の作り上げた政治形態を全否定され、最早どうなってもいいという精神のヒイロはアウグストにも噛み付いた。

だが、アウグストは顔色一つ変えずに言い放った。

「確かに、私は王族として生まれた。恵まれた環境で育ったのは間違いないな。しかし、努力など一切しなかったとでも思っているのか?」

「ああ? 知らねえよそんなの!」

ヒイロの言葉に、アウグストは「やれやれ」と肩を竦めた。

「知らないのに批判したのか」

「……!」

確かにその通りなので、ヒイロは反論できなかった。

「なんの話だったか……ああ、境遇が違うという話だったな。それは当たり前だろう? 私のように王族に生まれる者もいれば、貴族家に生まれる者もいる。平民に生まれる者の方が圧倒的に多いし、その中でも裕福な家庭、貧しい家庭、親に愛される家庭、愛されない家庭もある。そもそも親がいない子供もいる。世の中に、真の意味での平等などありはしない」

そう言い切るアウグストに、ヒイロはまたしても反論できない。

「お前がどんな境遇で育ったのかなど知らないし興味もない。重要なのは、その境遇でどのように努力をするかだろう? 私は、王になるために他の人間の数倍の勉強をしたという自負がある。お前はどうなのだ?」

そう問われたヒイロは、アウグストに気圧されながらも言葉を返した。

「お、俺だってなあ! 子供のときから剣術を頑張ってきたんだ! それで騎士にだってなれたんだ! 努力してきたんだよ!」

「なら、それでよかったではないか。境遇の違うシンに嫉妬する必要がどこにある?」

「折角の異世界転生だぞ!? 俺だって魔法を使ってみたかった! なのに、俺にはその才能がないのにソイツには溢れるほどの魔法の才能がありやがる! 不公平だろ!? 羨ましいだろ!? 嫉妬したって仕方ねえじゃねえか!!」

そのヒイロの言葉で、シンとアウグストはハッとした。

ヒイロは、剣と魔法を駆使して軍のトップに上り詰めたと聞いていた。

『剣と魔法』だ。

「お、お前、魔法が使えなかったのか!?」

アウグストが驚愕してそう訊ねると、ヒイロはニヤリと笑った。

「ああ、そうさ。だが俺は魔法が使えない人間が使えるようになる方法を編み出した! お前タチが知らナイ方法ダ!! 俺は、お前を超えタんだ!!」

そう叫んだヒイロの魔力がどんどん不安定になってきた。

「なんてことをしたんだヒイロさん!! それは、それだけはやっちゃいけないことだったんだ!!」

「嫉妬カ? お前が知らナイ方法を知っている俺に対スル嫉妬か?」

慌てるシンを見てニヤニヤするヒイロだったが、次の言葉に目を見開いた。

「魔石の粉を飲んだんだろう!? それだけはやっちゃいけないことだった! それをしてしまった人間の末路を俺たちは知っているんだ!!」

自分しか知らないはずの方法をシンが知っていた。

ようやくシンに勝てたと思ったのに、それすらもすでにシンは知っていた。

その事実に、ヒイロの憎悪は増々大きくなっていった。

「あああ、憎い……ナンデ俺じゃなイ? オマエが憎イ! 憎い憎い憎い憎い!!!!」

そう叫ぶごとに、歪んだ魔力が黒く変色していく。

ヒイロの怒りが、憎しみが増すごとに、魔力が黒く変色していくのが見て取れた。

それを見てシンとアウグストは、全て納得した。

「怒りが……憎しみが魔力を変質させるのか……」

「どうりで……魔人となった人間が、怒りや憎悪を周囲に撒き散らすわけだ。それこそが、魔人化の要因だったのだからな」

シンとアウグストは、目の前の光景を見てそう話し合った。

そう、とうとう目の前で起こってしまったのだ。

ヒイロの魔人化が。