軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

手の長さ

エリーにペンダントを渡してから数日。

俺たちはいつもの日常を過ごしていた。

シシリーとオリビアが妊娠により魔法を使えなくなってしまったので、マークは俺とコンビで動くことになった。

皆も治癒魔法は使えるけれど、どうしてもシシリーほど使いこなせない。

それもそのはず、シシリーは生物の身体の仕組みを理解するまで魔物を討伐し、吐きながら自分で解体をしていた。

けど、他の皆はそこまでやっていない。

言ってしまえば治療院にいる神子さんたちとそう治癒魔法の腕は変わらない。

それなのに誰かが治療院に詰めても仕方がないということで、シシリーに代わる人材は治療院に派遣されなかった。

その代わり、なにかあれば俺に連絡が来ることになった。

実力の上がった治療院の神子さんたちの手に負えない患者がそうそう来るとは思えなかったが、これが一日に一件は必ず連絡が来た。

事故、事件、病気など、毎日誰かが命の危険に晒されている。

それと向き合うのは、一件だけでもかなりのストレスだ。

「ふう……」

「あ、お帰りなさいッス。ウォルフォード君」

「ああ、ただいま、マーク」

今も緊急で呼び出されたため、治療に行ってきた帰りだ。

その間、マーク一人で依頼を遂行してもらっていたのだが、どうやら終わって帰ってきていたようだ。

「随分お疲れッスね?」

「え? ああ。まあ、体力的には大丈夫なんだけど、精神的にね……」

「……そんなに非道かったんスか?」

疲れた表情を見せる俺に、マークが気遣わし気にそう訊ねてきた。

今回俺が呼び出されたのは、工事現場で事故が起こったからだった。

負傷者を動かすのは危険ということで現場で治療をしたんだけど……。

そこには、もうすでに亡くなってしまった人が横たえられていた。

いくら俺やシシリーでも、即死されてしまったらどうしようもない。

それでも懸命に治療を施し、なんとか生き残っていた人を助けることはできた。

それを皆は喜んでくれたのだけれど、どうしても亡くなってしまった人の顔が頭から離れなかった。

そう話すと、マークはなんとも言えない顔をしていた。

「それは……ウォルフォード君のせいじゃないッスよ」

マークはそう言ってくれるし、それは俺も分かってるんだけど、どうしても気分が晴れない。

俺がそんな雰囲気を醸し出しちゃったもんだから、事務所内の空気も重い。

「あー、ごめん。なんか空気を悪くしちゃうし、今日の分の依頼は終わったから帰るよ。また明日な」

「あ、はいッス」

これ以上事務所にいても空気を悪くするだけだと思った俺は、本日分の依頼も終わったことだし、早々に帰宅することにした。

帰宅と言ってもゲートで帰るので、徒歩ゼロ分。

ゲートを抜ければすぐに自宅のリビングだ。

「あ、シン君、お帰りなさい」

リビングには、シシリーと護衛のナターシャさんとミランダ、それとシルバーがいた。

どうやら三人でシルバーと遊んでいたらしい。

「ただいま」

俺がそう言うと、シルバーが遊んでいた玩具を放って俺のもとに飛び込んできた。

「ぱぱ! おかーり!」

「ああ、ただいまシルバー」

俺がシルバーを抱き上げながらそう返すと、シルバーは満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてきた。

それは、とても愛おしい行為でとても嬉しかったのだけれど、同時に申し訳なさも心に浮かんできた。

「ぱぱ?」

「シン君?」

それが表情に出てしまったんだろう、シルバーとシシリーに気付かれた。

「どうしたんですか? なにかありました?」

心配そうに俺を見上げてくるシシリーの横にシルバーを抱き抱えたまま座った。

「ああ、実は……」

シシリーに、今日あったことを話す。

事故で死亡者が出たことに驚いた様子だったが、すぐに両手を組んで祈りを捧げた。

ナターシャさんもそうしているので、おそらく鎮魂の祈りなんだろう。

それで、生き残っていた人は治療できたけど死亡者が出てしまったことが悔やまれてならないということを話す。

「その人には家族がいたそうでね。奥さんと……まだ小さい子供がいるんだって」

俺はそう言うと、ひざの上で大人しくしているシルバーの頭を撫でた。

「そんな……」

亡くなった人に家族がいたということに、シシリーは悲しそうに瞳を潤ませて俺とシルバーを見た。

「俺がもっと早く駆け付けられていたら……もし身を守る魔道具を流通させることができていたら、その人は今日も家に帰って、こうやって子供を抱き締められていたのにと考えたら……」

俺は今日も、シシリーとシルバーに出迎えられた。

シルバーも父である俺に会えた。

けど……これからその人の奥さんは、もう旦那さんに会えない。

子供も父親に会えない。

それなのに、間に合わなかった俺は今日も家族団欒を享受している。

それが申し訳なくてたまらなかった。

それだけじゃない、俺がシシリーやエリーたちに渡したような魔道具を流通させることができれば、今回のような悲劇は起こらなかったんじゃないか?

そんなことがグルグルと脳裏をかすめてしまい、憂鬱な気持ちになっていたんだ。

しかし、そこでナターシャさんがスッと手をあげた。

「よろしいでしょうかシン様」

「え? あ、うん」

ナターシャさんは咳払いを一つすると語りだした。

「シン様。そのお考えは、神ならざる身としてあまりにも傲慢な考えで御座います」

「……傲慢?」

「はい。私たちは神ではございません。人の生き死にに関してなんら関与する権利を有していないので御座います」

「生き死にの権利……」

「はい。人の寿命は平等ではございません。極悪非道な悪人でも天寿を全うできる者もいれば、どんなに善人でも今回のように事故で急に亡くなる者もいます。事件に巻き込まれてしまう者もいるでしょう。病で亡くなってしまう方なんてそれこそ数えきれないほど存在します」

ナターシャさんはそう言うと、俺をじっと見た。

「私たち人間には治癒魔法があります。ですが、それでも全てを救い切ることなんてできないのです」

ナターシャさんはそう言うと、少し悲しそうな表情になった。

「私は魔物討伐を主な職務とする戦闘神子です。私は本職の神子ほどは使えませんが治癒魔法は使えます。ある時、共に魔物と戦った兵士が怪我をして、私の治癒魔法で治療したことがあります。その兵士は私に凄く感謝をしてくれました。そして……」

そこで悲しげに目を伏せた。

「翌日……脳溢血で亡くなりました」

その告白に、俺とシシリー、そして一緒に聞いていたミランダは息を呑んだ。

「お分かりになりますか? どんなに治療をしても、亡くなるときは亡くなるのです。私たちが治癒魔法で皆さんを治癒しているのは、神の慈悲に縋り足掻いているだけにすぎないのです。そんな私たち人間が、人の生き死にを考えるなんて、傲慢もいいところだと思いませんか?」

どう足掻いても、亡くなるときは亡くなる……確かにその通りかもしれないな……。

俺が今日治療した人だって、もしかしたら、明日別の要因で亡くなるかもしれない。

ナターシャさんは、救えなかった人がいても気に病むことはないと言ってくれているんだろう。

シシリーや治療院の治癒魔法士なんて、それこそ自分の無力感に苛まれたことが数えきれないほどあるはずだ。

しかし、それでも治癒を止めるわけにはいかない。

そこに、どんな葛藤があるのか、俺にはとてもじゃないけれど計り知れない。

「そう……ですね。ナターシャさんの言う通りです」

俺がそう言うと、ナターシャさんはホッとした顔をした。

「間に合わなかったものは仕方がありません。しかし、目の前にいる方たちをお救いすることはできたので御座いましょう? それはとても素晴らしいことですわ」

そう言って微笑むナターシャさんの笑顔は、とても慈愛に満ちたものだった。

「はい……ありがとうございます。お陰で、随分楽になりました」

「ふふ。シン様でもお悩みになることがあるのですね。その悩みは、新人の治癒魔法士が皆一度は陥るものです」

ナターシャさんがそう言うと、シシリーも大きく頷いた。

「私も同じことを考えたことがあります。私にもっと……シン君ほどの治癒魔法が使えればと何度思ったことか。でも、その度に治療院の治癒魔法士である神子様に言われました。神ではない人の身では、どうしてもできることの上限がある。自分のできる精一杯で力を尽くせばいいのですと。全てを救うなど、神にしかできないのですから……そう言って頂けました」

そうだったのか。

でも、シシリーはそれを良しとしなかった。

だから、俺にスパルタでもいいから治癒魔法の訓練をしてくれと願い、吐きながらも訓練を続けたんだ。

でも……確かにそうだな。

俺は神様じゃない。

人の命のコントロールなんてできはしないんだ。

なら、今日は救えた命があったことを喜ぶべきだろう。

それにしても……。

「ナターシャさん、凄いですね。まるで聖職者みたいだ」

「私、紛れもなく創神教の神子で聖職者ですから! 戦闘神子だって経典はちゃんと修めてますし、司教ですから説法だってできるんですよ!?」

あ、そういえばそうだった。

「すみません。普段のナターシャさんを見ているとつい……」

「つい、なんですか!?」

ポンコツ神子なのかと……。

素晴らしい説法をしてくれたナターシャさんがガックリと項垂れているが、話してくれたことはとても納得ができた。

確かに、全てを救おうなんて俺は傲慢だった。

それに、シシリーたちに渡した魔道具。

あれには俺が生成した人工魔石が使われている。

クワンロンとの交易でこれから魔石が沢山流通するようになると思うけど、今それを使った魔道具を流通させても混乱を招くだけ。

身を守る魔道具で争いが起こったら本末転倒である。

「それに、あの付与はアンタにしかできないからねえ」

いつから聞いていたのか、俺の後ろから婆ちゃんの声がした。

「今後魔石が流通すれば、防護の魔道具は増えるだろう。けど、シシリーたちが身に着けているペンダントの付与はアンタにしかできない。それとも、朝から晩まで、毎日毎日付与ばっかりするかい?」

「ゴメン。さすがに無理」

結局、俺は俺の手の届く範囲しか救えないってことか。

それでも、シシリーにオリビア、それにエリーを救えるならそれはそれでいいのかもしれない。

そう思った。