軽量なろうリーダー

学園騒動をただ見ていたモブ令嬢たちのその後、カフェにて。

作者: 有梨束

本文

「刺激が足りないわ…」

「辛いメニューなんてあったかしら」

同級生のハンナがメニュー表を見ながら、私の言葉を受け取った。そうじゃない。

王立の貴族学園は、現在臨時休校中だ。

全生徒お休みなんて前代未聞だが、そうせざるを得ない出来事が先週起こったばかりだ。

明日から通常登校に戻るので、寮で暇していたハンナを誘って近くのカフェに来ていた。

学園に通うために王都に出てくるのがはじめてのような私たち田舎貴族には、臨時休校だからといって往復で帰れるほど領地は近くない。

こうして自主学習にも飽きて、カフェにやってくるくらいしか楽しみがなかった。

「辛い料理はいらないわ。私辛いの嫌いだし。そうじゃなくてね、日常に刺激がないなって」

「あなた、口は慎みなさいよ。刺激なら先週起こったばかりじゃない」

「私たち、見てただけだけどね」

「見ているだけでも十分だったわよ。思い出しても胃が痛い…」

ハンナは令嬢とは思えないほど苦々しげな顔をして、アイスカフェラテを飲み込んだ。

先週の事件は、すごかった。

あんなの小説の中だけだと思っていたのに、現実で目にするとかなり吐き気を催した。

あの場の壁際で見ていただけなのに、逃げ出さなかった自分を褒めたいくらいだ。

歴史に泥を塗るような出来事は、学園の講堂で起きた。

今でも嘘みたいな話だが、第一王子殿下が婚約者であるキャロライン公爵令嬢に婚約破棄を宣言したのだ。

しかも、キャロライン様の従妹である伯爵令嬢をその腕に抱きながらである。

だというのに、第一王子派閥の側近たちはそれを支持し出すから、ざわめきはずっと収まらなかった。

誰もがあの状況を理解するのに、苦労したことだろう。

頭のよくない私は、よっぽど苦労したわよ。

「気持ち悪いっていうか、怖かったわよね」

「わかっているなら、変なこと言わないでよ。私はこの平凡な日常を嘆いていたことを反省したんだから」

「それはわかる」

「この平凡で普通の変哲もないありふれた月並みの男爵家の娘という日常が、なにものにも代え難い平和そのものだったんだと気付いたんだから」

言い過ぎである、…言いたいことはわかるけど。

「わかっているわ。私も下位貴族なんてつまらないと思っていたことを後悔してるもの。父様に子爵でいてくれてありがとうと手紙を出したいくらいだわ、出さないけど」

「だったら刺激など欲しがらずに、現状を愛しなさいよ」

「巻き込まれるような地位もなくてよかったなとは思ったわよ。でも、そうじゃなくてさあ」

手元のアイスコーヒーのストローを回すと、カランと氷の音がする。

こうして貴族御用達でもなければ、少し裕福な平民なら誰でも利用するカフェのテラスでお茶していること自体が、平和だとわかっている。

「なんかこう、あんな怖い話じゃなくて、ハッピーな刺激はないのかしらと」

「第一王子殿下とその派閥のみなさまとあの令嬢が停学処分なことがハッピーでしょうよ」

「ハンナこそ、それはまだ大きな声で言わない方がいいよ…」

停学処分になっただけで、まだ全部は解決していないはずだし、その後の発表もされていない。

臨時休校になったのは、学園だけで収まる騒動ではなくなってしまって、王族が直々に介入したからだ。

たくさんの生徒に事情聴取をすることになって、学園ごと休みになった。

ちなみに私もハンナも、一応聞かれた。

5分で終わったけど。

休校明けに全校生徒に結果が報告されることになっている。

ほぼ全員の生徒が目撃していたのだ、誤魔化しはきかないだろう。

臨時休校の終わりが決まったということは、ある程度決着したのではないかと予想しているが。

「真実の愛じゃなくてさ、育まれる愛みたいな、ほんわかした刺激がほしいのよ」

「ほんわかの時点で、刺激かあやしいわね」

「だって、急激にあの伯爵令嬢のことを好きになったってことでしょ?それが真実の愛だって。キャロライン様を馬鹿にしすぎじゃない」

「生まれた時から婚約していた相手を頭空っぽにして捨てられるって、どういう心理状態なのかしらね」

私よりもよっぽどハンナの方が辛辣だが、まあそういうことだ。

「あれが悲劇で終わるのが、納得いかないなって」

「あなた、ラブロマンス小説の読みすぎなのよ。教科書読みなさいな」

「うぐっ、教科書は頭に入ってこない…」

「まあ、言いたいことはわかったわ。ただの傍観者としては、胸糞悪い劇を見せられたようなものだものね」

「あの不祥事を劇扱いする方が、まずくない?」

「しかもオチも何もない」

「オチは明日聞けるから」

ハンナと目を合わせて、どちらともなくため息を吐いた。

吐き気だけ誘われて、何を見せられているのか、本当に意味がわからなかった。

終始、キャロライン様が責められているし、王子殿下の罵倒は止まらないし、伯爵令嬢は泣いているし。

キャロライン様が従妹を甚振っていたと言っていたが、わざわざそんなことするわけがない。

キャロライン様が暇じゃないことくらい、ご挨拶しかしたことない私でもわかる。

もう政務に関わっていらっしゃると聞くし、時々休んでは王妃陛下の仕事の見学にも行ってらっしゃるし、あとおかしくなった第一王子の学園内での再教育係までしていたのだ。

しかも学園入学と同時に、お住まいは王城に移されているし。

従妹とはいえ伯爵令嬢なんて、相手をする時間がどこにあったというのか。

「とにかくヒロインがあの伯爵令嬢なのは、無理なの」

「その見方でいくなら、そこは完全同意ね」

巻き込まれたその他のキャストAとBとしては、同じ舞台に強制的に上げられた分、結末くらいはしっかりしたものを用意してほしい。

「で、ほんわかな刺激って例えば?」

「それはキャロライン様が報われるエンディングでしょ。例えば、もう一度心を許してもいいお相手に出会えるとか」

「そもそも愛していたのか知らないけれどね、私たち」

「次も愛ではなくても信頼はほしいでしょ?」

「要るわね。というか、キャロライン様が王妃以外のエンディング嫌だけどね」

「声が大きいって…!」

ハンナをじろりと睨んだが、ケロッとしている。

まだ何も発表を聞いていないのだから、軽率なことを言うのはよくない。

「異常者以外みんなそう思っているから、わざわざ口にしなくていいよ」

「あなたこそ、かなり言ってるわよ」

「あーあ、キャロライン様が幸せならなんでもいいなあ」

「こればかりは願うしかないわね」

話の区切りがきて、私はストローを吸った。

ハンナの向こうに、とある人物が見えて、アイスコーヒーを吹き出しそうになった。

「……ぶはっ」

「な、なに?大丈夫?」

「……キャロライン様が、いる」

「そりゃあ存在しているでしょ、劇じゃなくてここ現実よ」

「ちがう、あ、こっちの通りに来る…!」

私は慌ててメニュー表を開いて、テラスから丸見えの外側に立てて視界を遮った。

「…なに?」

「幻覚じゃなくて、本当に本物のキャロライン様が歩いてる…」

小声で答えて、ハンナに目線を送った。

ハンナは一瞬怪訝な顔をしたけど、私と同じようにメニュー表に顔が隠れるようにした。

それから、そっと通りの方を見て、息を呑んだ。

「……第二王子殿下だわ」

「…うん、お2人で歩いているわ」

「殿下のエスコートね」

「うん、キャロライン様の顔、別に辛そうじゃないね」

「そりゃあなた、私たちと違って露骨に顔に出さないでしょ」

「私は公式な場所だったら表情くらい隠せるよ」

「今は公式な場じゃないでしょ、私たちも、きっとあちらも」

私たちは息を潜めて、通り過ぎていくのを見守った。

その背中すら見えなくなった頃、顔を見合わせて、ぷはあっと息を吐いた。

「第一王子廃嫡からの、第二王子殿下の立太子からの、キャロライン様を王太子の婚約者にするに1票」

「声は小さく言いなって。私もそれがいい」

とりあえずこの事実が合っているかわからないが、私とハンナは固く握手した。

やっぱり似た者の友達は、こういう時に息が合う。

「はあ〜、明日からの学園、結構憂鬱だったけど楽しみになったかも〜」

「今見たこと、誰にも言わないようにね」

「当たり前だよ。余計なことを言った暁には当事者、あの惨劇のように巻き込まれるのがわかっててそんなことできないわよ」

私がそう言うと、ハンナも満足そうに頷いた。

「ま、あんなときめき場面、胸に秘めときたいし!」

「出たわね、ミーハー。…まあ、キャロライン様の扱いが不当じゃなさそうでよかったわね」

「本当にね!」

「そんなことしてたら、王家を見限って隣国に移住かな」

「だから、テラスでそんなこと言うな!」

翌日、登校した全校生徒は講堂に集められて、王家が下した結果を聞かされた。

第一王子殿下および第一王子殿下派閥の側近たちは、魅了の魔術にかかっていた、と。

そして、その禁忌魔術を使っていたのは、件の伯爵令嬢だった。

理由は実にくだらなくて、従姉のキャロライン様ばかり煌びやかでちやほやされているのがずるいという、こどもでも言わなそうなことを口走ったらしい。

伯爵令嬢は、両親と家の使用人にも魅了の魔術をかけていたようで、周りで止める人は誰もいなかった。

伯爵家は賠償金の支払いと爵位返上となり、元伯爵令嬢は魔法師が管理している北の塔に一生涯幽閉が決まった。

第一王子殿下は、廃嫡を検討中。

派閥の側近たちは停学に加えて、鍛え直しか勘当か国外追放か鉱山の働き手か選ばせてもらえたらしい。お優しいことだ。

キャロライン様は、第一王子殿下との婚約解消が決まった。

ひとまずこの事件はここまでで、私はハンナと肩を竦めた。

やっぱり意味がわからなかったのは、ある意味正しかったらしい。

それから、2ヶ月後。

ようやく全てに決着がついたように、第二王子殿下が継承権第一位になった。

それと同時に、キャロライン様との婚約が発表された。

第一王子殿下は、魅了から覚めてからは聡明さを取り戻したそうだが、自ら廃嫡を選んだらしい。

魅了から解かれるのが人によって時間の差があり、ここまで時間を要したようだった。

私とハンナとしては、こっそり拳を突き合わせたくらいには喜んだ。

そして、なぜかキャロライン様に声をかけられて、お礼まで言われた。

「お2人、あの時のことを噂にしないでくださってありがとうございました」

「あの時のこと、ですか…?」

「ええ。臨時休校の際、カフェにおられたでしょう?」

私たちは驚いて、声が震えてしまった。

「……っ!!」

「気付かれていたのですね…!?」

「はい。学園が始まっても、あの時のことが全く流れてこないから、お2人は話さずにいてくださったんだと。嬉しかったわ、ありがとう」

「いえ!お礼を言われるようなことでは…!」

「はい!人として当然のことをしたまでで」

「そうですそうです!!」

我ながら私たち口が回るなと思いながらそう言うと、キャロライン様は笑ってくださった。

「あなたたちのような人がいるというだけで、勇気になります。これからもよろしくね?」

未来の王妃に期待されては、応えるしかない。

それに、望んだほんわかエンディングみたいだしね!