軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

英雄の提案

「ねえ、聞こえなかった? せっかく楽しんでおられるリズベット殿の邪魔にしかならないから、早く消えたらどうなんだ」

相変わらず無言で睨むヴィルヘルムに、僕はもう一度 煽(あお) ってみせた。

だけど……この男、今後も絶対に僕達に絡んでくるんだろうな。

アイツの 琥珀(こはく) 色の瞳が、『このままでは済まさない』と言外に告げているからね。

「あー……ところで、僕はリズベット殿から貴様のことを詳しく聞かされていないんだけど、どこの誰なのかな?」

僕は『オマエなんて眼中にない』のだと、 殊更(ことさら) にアピールしてみせる。

不用意に 敵愾(てきがい) 心を 煽(あお) る必要はないのかもしれないけど、それこそ今さらだ。

もう僕は、ヴィルヘルムの前に立ちはだかって邪魔をする、 敵(・) でしかないのだから。

「……一応、俺は殿下の 親族(・・) に当たるのですが」

「親族? ということは貴様、皇族を名乗ることになるよ? もし嘘だったら、それこそ不敬罪になるけど」

「嘘ではありません。俺はスヴァリエ公爵家の 次男(・・) 、ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエです」

んん? 次男(・・) ?

史実ではヴィルヘルムは長男で、十八歳という若さで家督を継いで覇道を歩むことになるはず。この男に兄がいるなんて、初耳なんだけど。

まあいいや。

今はそのことを尋ねるような時じゃない。

「いずれにせよ、僕は貴様なんて知らないし、用もない。早く消えろよ」

知らないどころか、本当はヴィルヘルムが何歳で死ぬのかまで知っているけどね。

女性に節操がない、だらしない男であることも。それを考えたら、余計に腹が立ってきた。

「ハハ、ファールクランツ閣下に手も足も出なかったからといって、そんなに邪険にすることもないでしょう」

……へえ。侯爵との立ち合いを、どこかで見ていたのか。

そんなにこそこそしているところを見ると、ひょっとしたら あの時(・・・) のこともどこかで見ていたのかもしれないな。

リズベットがマーヤを除いて誰にも話していない以上、この男がマーヤから教えてもらわない限りは知る方法がない。

つまりコイツは、九年前にあの現場にいたということだ。

「実は俺、ルドルフ殿下に いい話(・・・) があるんですよ。あなたは先日、毒殺されかけた。そうですよね?」

「貴様には関係ない」

「まあ、聞いてください。あなたは皇宮内ですら命を狙われるほど、立場も味方もいない状況です。何せ、“ 穢(けが) れた豚”と呼ばれているほどですから」

どうやらヴィルヘルムは、僕を 煽(あお) って怒らせたいみたいだ。

だけど残念。それくらいで怒ったりするわけないじゃないか。もうそんな感情を抱く時期は、数年前に過ぎ去っているよ。

「そこで、もし俺にリズベットを譲ってくれるのでしたら、スヴァリエ公爵家がルドルフ殿下を全面的に支援します。もちろん、 魑魅(ちみ) 魍魎(もうりょう) が 跋扈(ばっこ) するあの皇宮から抜け出し、平穏な生活もお約束しますよ」

「…………………………」

「どうです? 悪い話ではないと思いますが」

「僕とリズベットの婚約は、皇帝陛下自らお決めになられたこと。ならそんなこと、無理に決まっていることぐらい分かるだろう」

「ご心配なく。この俺が……いや、スヴァリエ公爵家が、上手く執り成しますので」

……コイツの自信は、一体どこからくるんだ?

ひょっとしたら、僕やリズベットの動きを監視しているのと同じように、皇帝も監視していて、何か弱みでも握っていたりするのだろか。

いずれにせよ、コイツが何を言ったところで答えなんて決まっているけどね。

「断る。僕は絶対に、リズベット殿を手放したりはしない」

「……後悔しますよ?」

「後悔? そんなことはあり得ない。むしろ、リズベット殿を貴様に譲ってしまうことこそが、この身を引き裂かれるよりも苦しいよ」

思いどおりにいかず苛立ちを見せるヴィルヘルムに対し、僕は鼻で笑ってやった。

「それよりも、よくもまあそんな提案をできるものだね。リズベット殿を騙したばかりか、彼女をまるで 物(・) として扱うかのようじゃないか。呆れて物も言えないよ」

「…………………………」

とはいえ、ファールクランツ侯爵家の軍事力を手に入れたいというコイツの思惑は分かるが、どうしてここまでリズベットに執着しているのか。

見る限り、彼女のことが好きだから、というわけではないような気がするが……。

「さあ、話は終わっただろう。玄関はあちらだ」

「 次(・) に会う時が楽しみですよ。この“ 穢(けが) れた豚”が」

「おいおい、本音が漏れているぞ。大丈夫か?」

「チッ!」

ヴィルヘルムは盛大に舌打ちし、ようやく僕の前から消えてくれた。

「それにしても……」

やっぱり歴史書なんて、当てにならないものだなあ。

あの『ヴィルヘルム戦記』の中に登場するヴィルヘルムは、女にはだらしないが、もっと英雄然とした振る舞いで描かれているのに。実物は あれ(・・) なんだから、どうしようもないね……って。

「リズベット殿……?」

「ふふ、見つかってしまいました」

ホールの扉の隙間からこちらを 覗(のぞ) いている彼女に気づいて声をかけると、リズベットはちろ、と舌を出して 傍(そば) に来る。

「ひょっとして今の……見ておられました?」

「はい。『せっかく楽しんでおられるリズベット殿の邪魔にしかならないから、早く消えたらどうなんだ』と、あの男に言い放った時から」

それ、ほぼ最初からですよね?

「ですが……私は、あなた様がおっしゃってくださった言葉の全てが嬉しくてたまりません。そういう意味では、あの男も役に立ったと言えるかもしれませんね」

「あ、あはは……」

満足そうに笑顔を見せるリズベットを見て、僕は思わず苦笑した。