軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

我が主

■ニキータ=マルキナ視点

「確か、このあたりに……」

要塞都市ヴァンダの城壁からまんまと逃げおおせた私は、断崖絶壁の下にある、川べりに降りていた。

もちろん、目的は私のすぐ後に城壁から飛び降りた、ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエを捜索するために。

さすがに連中も戦の中、すぐに追っ手を差し向けるまでの余裕はないだろうが、万が一ということもある。

早く見つけ、この場から急いで去らないと……。

流れの速い川を注意深く見ながら、下流へ向けて進んでいくと。

「……見つけた」

川の中央の岩に身体を引っかけている、一人の男。

赤い髪や着ているものからも、ヴィルヘルムで間違いないだろう。

私は川に飛び込み、ヴィルヘルムの元へと向かう。

「ヴィルヘルム殿、ヴィルヘルム殿……」

念のため、ヴィルヘルムに呼びかけるが、反応はない。

ただ。

「うう……っ」

……どうやら、悪運だけは強いようだ。

ひょっとしたら、この男の 英雄(・・) への執念が、その命を生き永らえさせたのかもしれない。

私はヴィルヘルムの身体を抱え、苦労しつつも川から引き揚げた。

「さて……ここまでの お役目(・・・) 、ご苦労様でした」

懐から、 あの御方(・・・・) より 賜(たまわ) ったナイフ……キンジャールを取り出し、ニタア、と口の端を吊り上げた。

「……以上になります」

急ぎルージア皇国の首都、“サンクティア”へと帰還した私は、その足で皇宮へと向かい、謁見した。

もちろん、我が主アナスタシア=ペトロヴナ=リージア女皇陛下に、事の仔細を報告するために。

「うむ、ご苦労であった」

「はっ」

アナスタシア陛下の 労(ねぎら) いの言葉に、私は 傅(かしず) き 首(こうべ) を垂れる中、喜びに打ち震える。

まだ 齢(よわい) 十四歳でしかなく、背格好も小さな少女であるにもかかわらず、既に絶対者の風格を漂わせる我が主。その真紅の瞳の前には、どのような者も平伏すしかない。

あの男…… ヴィルヘルム(・・・・・・) を除いて。

「それにしても、 あの男(・・・) もつくづく残念な男だのう」

「はっ、そのとおりにございます」

苦笑するアナスタシア殿下に、私も頷いた。

ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエという男は、アナスタシア殿下もおっしゃるとおり、 傲慢(ごうまん) で、卑劣で、自分自身を過大評価する、ただの小物だ。

ただ、それも あの男(・・・) がそのように仕立て上げた結果と言えなくもないが。

「だが、本当に あの男(・・・) は約束を守るのでしょうか」

「守ってもらわねば困る。“ヴィン”の地を奪還することは、我等ルージアにとって悲願なのだからな」

そう……三十年前にバルディック帝国によって奪われるまでは、ヴィンの地はルージア皇国の領土であり、全てのルージア人にとってのルーツとなる聖地。

アナスタシア陛下にとって、ヴィンこそが 全て(・・) 。

何より、亡き先皇陛下との、 最後の約束(・・・・・) なのだから。

「……ただ、全て あの男(・・・) の思惑どおりというのが気に入らん。実際、我等が仕掛けたスヴァリエ公爵家の反乱について、早晩 頓挫(とんざ) することも予見しておったのだからな」

「はい……」

我々ルージアは、ヴィン奪還のためにスヴァリエ公爵家を裏から支援していた。

そのために、アピウムを横流しして資金調達の便宜を図るなどして着々と準備を進める我等の前に、 あの男(・・・) が現れてこう言ったのだ。

『既にスヴァリエ公爵家の反乱は皇室に露見している。背後にいる、ルージア皇国の存在も含めて』

最初は世迷言だと思った。

アナスタシア陛下も、即座に 男(・) を捕らえ処刑しようとしたが、それも叶わなかった。

何故なら……その前に、あの男と一緒にいた 別の男(・・・) の手によって、陛下の細い首にダガーナイフの刃が当てられていたのだから。

結局、我等は あの男(・・・) の提案に乗った。

それは、決して我等が あの男(・・・) に屈したわけではない。

……いや、やはり屈したと言わざるを得ない、か。

何せ、 あの男(・・・) はルージア皇国の悲願を含めた我等の全てを知っていたのだから。

陛下と私だけの 秘密(・・) であった、 あのこと(・・・・) すらも。

「…… あの男(・・・) は、一体何者なのでしょうか」

「分からぬ。分からぬが、 あの男(・・・) の素性など、もはやどうでもよい。私は……ヴィンの地を取り戻し、 あの花(・・・) を母様の墓前に捧げることさえできれば、それで……」

アナスタシア殿下が視線を落とし、キュ、と唇を噛む。

その姿に、私も心が締めつけられた。

「ニキータ、 あの男(・・・) の言葉どおり、ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエの 遺品(・・) を用いて、バルディック帝国内に知らしめるのだ。まるでヴィルヘルムが、 実は(・・) 生きている(・・・・・) かのように(・・・・・) 、な」

「はっ」

既に反乱の首謀者であるヨーラン=フォン=スヴァリエと、その息子ヴィルヘルムの粛正を公表している帝国にとって、ヴィルヘルム生存の噂はすぐに消し去ろうと考えるだろう。

それと同時に、噂の真偽も確かめようとするに違いない。

そうしている間に、皇室が貴族や民の支持を失ってしまうような、帝国を揺るがす 事件(・・) が起きれば、どうなるか。

反感を持った貴族や民は、こう考えるだろう。

スヴァリエ公爵とヴィルヘルムは、皇室を 糺(ただ) すために行動したのだと。

もちろん、ルージア皇国と あの男(・・・) で扇動するのだけど。

「しかし あの男(・・・) も、 ヴィルヘルム(・・・・・・) という名は紛らわしくていかんな」

「全くです」

苦笑するアナスタシア殿下に 首肯(しゅこう) し、私は謁見の間から音もなく去った。

我が主の命を遂行するために。

――我が主の、悲願のために。