軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18:小さな令嬢に家族がしてあげられること

シャルロッテはここ最近、ふとした瞬間に口元を触るようになっていた。

むにむにと唇を押して時には軽く親指を吸ってしまう。さすがにしゃぶるという程ではないが。

本人も無意識にやっており、気付くとすぐさま手を放し、それどころかポシェットからハンカチを取り出して手を拭っていた。

指をしゃぶるなんて赤ちゃんみたいだ。

自分は子供だけど赤ちゃんじゃないのに。

そう考えて、もうやらないと手をぎゅっと握って決意をする。

……もっとも、それでもまたしばらくすると、ぼうっと他所を見ながら唇を触って親指を吸ってしまうのだが。

「あれは間違いなく赤ちゃん返りね」

とは、庭を散歩するシャルロッテを一室から眺めるフレデリカ。

部屋にはテオドールとライアンの姿もあり、彼等もまたシャルロッテを見つめている。眉尻を下げて切なげな表情を浮かべながら。

今のシャルロッテは楽しそうにリシェルと庭を散歩しており、その姿はなんら以前と変わらない。他にも勉強をしている時や遊んでいる時、グレイヴに馬に乗せてもらう時などは異変なく、愛らしく朗らかで、楽しそうに笑って時にははしゃいで声をあげる。

だが時折、無意識に手を口元に持っていき親指を吸うのだ。

長時間というわけではなく、ほんの数秒。見逃してしまいそうなほどの短い間。だが愛しい娘、愛しい妹のこの異変を家族の誰もが気付いていた。

……気付いて、だがどうしようもできないのが現状である。

「無理にやめさせる必要はないらしいな。それならこのまま収まるのを待つか……」

「でもシャルロッテ自身がやらないようにしてるんだもの、なんとかしてあげたいわ。それに赤ちゃん返りはあれだけじゃないでしょう」

溜息交じりにフレデリカが話す。眉尻を下げた切なげな表情。扇で口元を隠してはいるが深い溜息は隠しきれていない。

この話にテオドールとライアンが眉根を寄せた。どうしたものかと顔を見合わせるも名案は浮かんでこない。

以前にレスカが話していた通り、シャルロッテには赤ちゃん返りの症状がみられるようになっていた。

無意識の指しゃぶりの他にも、夜に眠れずにぐずることが増えた。そのせいで日中も眠くて気分が沈むのか、一日の殆どを覇気無く過ごし、ぐずっては少し寝て、起きてはぐずって……と繰り返し過ごす日もあった。

それに以前は一人で部屋で過ごすこともあったのに、最近はそれが出来ず、常に誰かの部屋に居たがるようになっている。

指しゃぶりだけならいずれ収まると長い目で見守れるが、悲し気にぐずったり不安そうにする姿は見ていられない。

「いっそ我が儘を言ってくれた方が良かったわ」

そうフレデリカが溜息交じりに話せば、テオドールとライアンも同意を示した。

一般的な赤ちゃん返りの症状の一つに『我が儘』がある。

聞き分けのない幼児のように何もかもをいやいやと拒否したり、親の言うことを聞かなかったり、無理に我を通そうとしたりするのだ。

だがシャルロッテは一切その症状を見せなかった。眠れない時も、一人で居たくない時も、「いっしょに寝てくれますか?」「そばにいていいですか?」と都度許可を求めてくるのだ。

平時であれば控えめな一面と捉えていじらしさを感じただろうが、赤ちゃん返りの最中であってもと考えると胸が痛くなる。

いっそ「いっしょに寝て、一人じゃ寝ない!」「そばにいて!」と声を荒らげてくれたっていいのに。

「どうにかしてあげたいけど、レスカは『何かを強いればそれが負担になるかもしれない』って言ってましたね。僕達も何をしていいのか分からなくて……」

「どうしようもない。……という言葉で片付ける気は無いが、家族が無理をするのもシャルロッテは望んでいないだろう。お前達は兄として以前のように出来ることをしてやればいい」

「……そうですね」

テオドールの言葉にライアンが同意を示した。もっとも、その声は己の不甲斐なさを嘆く色が強いのだが。

◆◆◆

両親との話を終え、ライアンは市街地を歩いていた。

普段ならばあれこれと店を見てまわるのだが、今日はそんな気分にならない。どの店の看板もショーウィンドウに飾られる商品も色褪せて見え、普段なら気分が高まる賑やかさも耳に届けども右から左だ。

先程の話が尾を引いてしまっている。父テオドールは「以前のように」と言っていたが、それで納得できるわけがない。

幼く可愛いシャルロッテ。大事な妹。家族の絆を深めてくれた存在。まだ彼女が家にきて一年も経っていないのに、もう彼女無しのブルーローゼス家は想像できない。

今まで辛い目にあった分、これからは幸せなことばかりの眩い人生を歩んでほしい。

そのためだったら何だってしてあげるつもりだ。……だというのに、実際は精神的な不安から赤ちゃん返りの症状を見せる彼女に何もしてやれない。不甲斐なさが募っていくだけ。

「気分が乗らないし、もう帰ろうかな。……いや、でもまだ早いかな」

時計を見れば、市街地に来てまだ一時間程度しか経っていない。

以前ならば半日は優に店を見て回れていたのだ、これで帰ったらきっとシャルロッテは不審に思うだろう。

シャルロッテの赤ちゃん返りの症状の一つに家族の後追いがある。

だがその症状が出ている反面、本人は「自分のせいで家族は出かけられないのでは」と不安を抱いてしまっている。なんといじらしく、そして切ないのだろうか。

それを気に掛け、ライアンを始めとする兄弟四人は自分達の予定を共有し合い、常に誰か一人はシャルロッテのそばに居られるようにしていた。

優先すべきはブルーローゼス家次代当主のジョシュアと、見習いとはいえ騎士隊の仕事があるグレイヴ。

彼等の予定を軸に、時間の融通が利くライアンとハンクが予定を合わせる。

それでいて、シャルロッテが自責の念にかられないよう出掛ける姿もきちんと見せるようにしていた。

今のライアンがまさにだ。今日はジョシュアとハンクが屋敷に居るため、敢えて市街地に出ている。

だが実際は気もそぞろで、出来るならばすぐにでも帰ってシャルロッテのそばにいてやりたい。

「でも今帰ったらシャルロッテが気にしちゃうかな。せめてあと三・四時間は潰さないと……」

優しいシャルロッテはきっと兄の異変をすぐに感じ取り、「自分が心配かけているから兄が出かけられない」と考えてしまうだろう。

もしかしたら気にしすぎるあまり、後追いしたい衝動を無理やりに押さえ込んでしまうかもしれない。

それは駄目だ。

だけどいったい何をしたらいいのか。

市街地での時間潰しも、シャルロッテへの手助けも、何も思い浮かばない。

「……そもそも、僕にできることなんてあるのかな」

両親も成す術がなく、長兄ジョシュアでさえ対処法を模索している最中。

彼等ができないことを自分ができるのだろうか?

ジョシュアのように聡明で才能に溢れ、次期当主の仕事をこなすような立派さはなく、

ハンクのように『精霊が見える』という特殊さもなく、

グレイヴのように馬に乗せてやることも思いつかなかったのに……。

そんな自分がいったい何を……。

そこまで考え、ライアンははっと息を呑むと同時に俯きかけていた顔を上げた。

その勢いのまま強く自分の頬を両手で叩く。バシン! と大きな音が衝撃と共に響いた。

「弱音を吐くなんて僕らしくない!」

活を入れるように己に言い聞かせ、些か叩き過ぎてヒリヒリする頬からそっと手を放す。

自分になんて、という考えは駄目だ。

うじうじと考えるなんて自分らしくない。兄が悩むことをシャルロッテは望んでいない。

「僕なりにできることを考えなきゃ。シャルロッテに可愛い服をプレゼントして、どこかお洒落な喫茶店で過ごすとか。一緒に絵を描きながら洋服を仕立てるのもいいかも」

得意なのは交流とお洒落。どちらもきっとシャルロッテのためになるはず。

そう考えつつ市街地を歩き……、

「……これって」

と、通り掛かった雑貨屋のショーウィンドウに飾られていた物に目を留めた。