軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

09:小さな公爵令嬢のはじめてのクッキー配り(1)

焼き上がったクッキーを可愛らしい袋に入れ、リシェルが用意してくれたカゴに入れる。

調理場の者達にもとお皿に取り分けたクッキーを差し出せば、料理長や見守ってくれた者達は喜んで受け取ってくれた。

「あの可愛いおててで作られたクッキーを食べられる……!?」

「なんて美味しそうなクッキーなんでしょう。ありがとうございます、シャルロッテ様」

口々に喜びと感謝の言葉を告げられ、シャルロッテも嬉しくなって今日の手伝いの感謝を告げた。

そうして調理場を後にし、最初に向かったのはフレデリカの私室。

出迎えてくれたフレデリカにクッキーの袋を渡して自分が焼いたのだと話せば、彼女は驚いたと言いたげに目を丸くさせていた。

「クッキーを焼けるなんて、もう立派なお姉さんね」

渡されたクッキーを胸に抱くように持ち、もう片方の手でシャルロッテの頭を撫でてくれる。

嬉しそうなフレデリカの表情。シャルロッテを愛おし気に見つめ、次いで手の中のクッキーに視線をやると「美味しそうに焼けたわね」と褒めてくれた。

「ありがとう、シャルロッテ。ちょうどこれからお茶にしようと思っていたから頂くわ」

「はい! ……それで、あのね、いっぱいやいたけど、ハートのクッキーはお母様とお父様とお兄様達にだけなんです」

「それならハートのクッキーは特に味わって食べないといけないわね」

愛おしいと言いたげにフレデリカが話す。

彼女の言葉と表情にシャルロッテもまた嬉しくなり、さっそく次へと出発した。

◆◆◆

次に訪れたのはジョシュアの部屋。

仕事中かもしれないと控えめに扉をノックし、返事を待ってゆっくりと扉を開ける。

部屋の主であるジョシュアは執務机に座っていたが、訪問者がシャルロッテと分かるとすぐに立ち上がって出迎えに来てくれた。

そんな彼にクッキーが入った袋を一つ差し出す。もちろん自分が焼いたと告げながら。

「シャルロッテがクッキーを?」

「はい。ロッティが、ごはんのひとたちとやきました」

「ご飯の人達……、厨房の者達か。ありがとう。今度お礼に何か用意するから一緒にお茶をしよう」

貰ったばかりのクッキーを眺めつつ話すジョシュアは随分と嬉しそうだ。

だがどうしたことか、次第に表情を真剣なものに変え、小さな声で「クッキーか……」と呟いた。

「仕事の休憩に食べれば疲れが癒されそうだ。だけどせっかくシャルロッテが焼いてくれたクッキー、きちんと場を用意して食べるべきか……。しかし焼きたてというのならすぐにでも……、だが焦って食べては味わえないか……」

悩むジョシュアの声色は渋く、表情は真剣そのもの。あれこれ呟いては自分で否定してしまう。

まるで重要な議題を前にしたかのような雰囲気ではないか。とうていクッキーを食べるタイミングを考えている表情ではない。

だがシャルロッテが「ハートのクッキーは家族にだけです」と伝えると、すぐさまクッキーを食べる場を用意すると決めてしまった。仕事をすべて終えて落ち着いてから、紅茶も用意して、きちんと整えて味わって食べるのだという。

真剣に悩むところも、この決断も、なんともジョシュアらしい話だ。

「シャルロッテのクッキーを食べられると考えれば仕事も頑張れそうだ」

「お兄様、おしごとがんばってください」

シャルロッテが鼓舞すれば、ジョシュアが嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。

◆◆◆

次に向かったのはライアンが居るという庭。

そこに辿り着けば、目当てのライアンだけではなくグレイヴの姿もあった。

曰く、グレイヴがちょうど騎士隊の仕事から帰ってきたところにライアンが鉢合わせし、そのまま二人でお茶をすることになったのだという。

もっともグレイヴは付き合わされただけだと話しており、挙げ句に「俺は部屋で休憩したかったのに」と不満顔だ。

だがシャルロッテがクッキーを渡すと一瞬にして表情を明るくさせて受け取ってくれた。

「シャルロッテはクッキーが焼けるんだね、凄いなぁ。僕はクッキー焼いたことないや。グレイヴは?」

「まさかあるとでも?」

「だよねぇ。それなら今度僕と一緒にクッキー焼いてみない?」

どうだろう、と楽し気にライアンが提案するが、グレイヴは興味がないようであっさりと拒否してしまった。

もっとも、これもまたシャルロッテが「ロッティもお兄様達とクッキーやきたいです」と話せば途端に意見を変えてしまうのだが。

「シャルロッテが焼くなら俺もやる。兄として、妹が火傷をしないか見守らないといけないからな」

「それなら決まりだね。楽しみだなぁ。僕もグレイヴもクッキーを焼いたことがないから、シャルロッテが色々と教えてね」

「はい!」

今日のクッキー作りは楽しかった。手順を教えてもらい、混ぜてこねて、型抜きをして、焼き上がるのを皆で見守って……。

待っている間にふわりと漂う甘くて香ばしい匂い、焼きたてクッキーの美味しさ。思い出すだけでも気分が楽しくなってくる。

それを今度は兄達と一緒に堪能できる。きっと今日以上に楽しいに違いない。

シャルロッテの胸に期待が湧き、楽しみだと素直に告げれば彼等もまた同意を示してくれた。

◆◆◆

次いで訪ねたのはハンクの部屋。

あの一件以降、ハンクは家族との食事を始め日中でも自室から出てくるようになった。とはいえまだ一日の殆どを自室で過ごしており、昼夜逆転生活も相変わらずだ。

だが周囲もその理由を知り、彼自身も隠すことなく打ち明けるようになった。となれば無理に外に引っ張り出したり改善させる必要もないと周囲は判断し、穏やかに彼の生活を見守っている。以前は薄暗い部屋に怯えてた年若いメイド達も、リシェルに対するハンクの対応を聞いて「思慮深く優しい方」と慕うようになっていた。

「ハンクお兄様、クッキーどうぞ」

三部屋続きのハンクの自室。最初の部屋にはノックの後に直ぐに入り、二部屋目に続く扉を叩いて声をかける。

この先はハンクの作業部屋だ。数十の人形と人形作りの道具、そして精霊が居る部屋。

シャルロッテが声を掛けてしばらく待つと、ガタと音がしてゆっくりと扉が開かれた。僅かな隙間から顏を覗かせたのはもちろんハンク。堂々と出てきてもいいのではと先日家族から問われていたが、当人曰く、この出方が癖になってしまっているという。

「や、やぁシャルロッテ。クッキーって聞こえたけど、ど、どうしたの……?」

「ロッティがやいたクッキーです。ハンクお兄様にもたべてほしくってもってきました」

「そ、そうなんだ……。ありがとう。凄く美味しそうだね」

扉の隙間から出てきたハンクの腕がクッキーを受け取る。

そんな彼の背後、作業部屋からカタカタと音が聞こえ、シャルロッテが「せいれいさん?」と首を傾げた。

この音は精霊の音だ。正確に言うならば、精霊がハンクの作った人形の中に入り、人形ごと動いている音。

「ハンクお兄様、せいれいさんはクッキー食べますか?」

「どうだろう……。たまに僕の紅茶やケーキに興味がありそうな素振りは見せるけど、た、食べるのかな……?」

「ロッティ、少ないのももってます。これせいれいさんに」

カゴの中から取り出したのは、ハンクや家族達にあげたものとは違う袋。一回り近く小さくて入っているクッキーも二枚だけだ。

これはクッキー配りの最中に会った者達に渡している。他にも、いつも花について教えてくれる庭師や、馬を見せてくれる御者。フレデリカやリシェルが居ない時に寝かしつけの絵本を読んでくれるメイド……。

本音を言えば屋敷で働く者達全員にクッキーを配りたかったがさすがにそれは用意出来ず、それでも一人でも多くに食べてもらいたいと小分けにしたのだ。

それを話しながら渡そうとするも、ハンクは「でも」と話し出した。

「皆に配るために用意したんだよね……。そ、それなら、一つ減っちゃうよ。そもそも精霊がクッキーを食べるかも分からないし、食べたとしても、彼等は小さいから一枚どころか半分でもいいはず。ぼ、僕のを分けても……」

「あ、あのね、ハンクお兄様のふくろの中にね、ハートのクッキーがあってね」

「ハートのクッキー……、あぁ、本当だ、入ってるね」

「それはね、お父様とお母様とお兄様達だけなの。だから、せいれいさんのはこっちです」

もしもハンクが精霊にクッキーを分けるとして、彼等が『ハートのクッキーが食べたい』と言い出したら……。

そうならないように精霊用にクッキーをあげるのだと話せば、ハンクが納得すると共に穏やかに微笑んだ。前髪で隠れているが、彼の目元が穏やかに細められて見つめてくれているのが分かる。

「それなら、精霊のぶんも貰おうかな」

「はい、これどうぞ!」

シャルロッテがもう一つ袋を差し出せば、ハンクがお礼と共に受け取ってくれた。

心なしか彼の背後から聞こえてくるカタカタという音が大きく増えた気がする。きっと精霊も喜んでくれているのだろう。――ハンクがチラと背後を振り返り「抗議行動も不気味だけど、嬉しい時も不気味なんだよね……」と呟いた。――

「後は誰に渡しに行くの?」

「お父様にです。でも、お父様がどこにいるのかわからないんです」

「そ、それなら、さっき外を歩いていたよ。今から行けばまだ居るんじゃないかな」

行っておいで、とハンクが穏やかに告げてくる。

それを聞き、シャルロッテはお礼を言うと共に早く父に渡したいと足早に玄関口へと向かって歩き出した。