軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22:内緒の精霊さん

「せいれい?」

「昔話によく出てくるんだけど……。聞いたことはあるかな」

ハンクの口調には気遣いの色が強い。シャルロッテの生い立ちを考え、昔話を聞く機会が殆ど無かったことを察しているのだろう。

それでも言葉を選びつつ尋ねてくる彼に、シャルロッテは首を傾げながら「せいれい」と繰り返してみた。

「……ロッティ、せいれいさんのお話聞いたことあります」

馬車の荷台で生活している中、時折、同じ荷台に乗せられた人が話を聞かせてくれた。

動物が出てくる話、お姫様や王子様が出てくる話。そして精霊が出てくる話。

あの暗くて輝かしいものなんて何一つ無かった頃、魔法や幸せに溢れた話はシャルロッテの数少ない楽しみの一つだった。

そうシャルロッテが話せばハンクが僅かに言い淀み……、だが小さく息を吐くと「そっか」と呟くように返してきた。

「精霊の話をしてくれたひとがいるんだね」

「はい。せいれいさんはキラキラしてて、お花とか、いろんなものを守ってて、とっても優しいって言ってました」

「んー……まぁ、守ってはいると思うけど、優しいかは……」

ハンクが歯切れ悪く返す。

次の瞬間、部屋に飾られていた人形達がカタカタと揺れ出した。カタカタ、カタカタ、カタカタ、と振動の音が部屋中に満ちる。

シャルロッテが思わず「お人形さん!」と声をあげて周囲を見回した。

異常としか言いようのない光景。音はずれることもぶれることもせず、それが余計に無機質さを感じさせる。

カタカタ、カタカタ、カタカタ、カタカタ、と。

だが驚くシャルロッテを他所にハンクは平然としている。それどころか呆れを若干込めた声色で「分かったよ」と呟いた。

「僕が悪かった。シャルロッテの言う通り精霊は優しいよ……」

溜息交じりにハンクが話せば、人形達がピタリと動きを止めるではないか。

これには驚き続きのシャルロッテも更に驚き、人形達とハンクを交互に見た。驚いて目を丸くさせるが、もうこれ以上は目を開けられないほどだ。

「お人形さんが……、ハンクお兄様はお人形さんとお話できるんですか?」

「で、できるというか……、話っていうほどじゃないかな……。それに、人形であって人形じゃないんだ」

「……お人形さんじゃないんですか?」

「いや、人形と言えば人形なんだけど……、な、なかに、人形の中に……、精霊がいるんだよ」

より歯切れを悪くさせ、それでもハンクが話す。気まずそうに。元より前髪で目元を隠しているというのに、それだけでは足りないと他所を向きながら。

この話に、シャルロッテは驚き続きで丸くさせていた目を今度はぱちくりと瞬かせた。

『精霊』

いまはもうおとぎ話でしか名前を聞かない存在。

おとぎ話の中では時に人の形をしており、時に動物の形をしており、時には人とも動物とも違う形や姿の見えないものとして描かれている。

自然を愛する神聖な存在と描かれることが多く、誠意をもって接すれば人間を助けて導いてくれる。だがその反面、悪戯好きという印象も根強く、人間を揶揄ったり驚かせたり、驕った人間に罰を与えることもある。

そう簡単に精霊について説明し、次いでハンクが溜息を吐いた。

「でも実際は自然の中をふわふわ漂ったり、ひとの部屋を勝手にふわふわ漂ってばかりだけど……」

「お兄様、お人形さんたちがカタカタしてます」

「抗議行動が不気味なんだよね……。まぁ良いか、カタカタさせておこう……。それで、そんな精霊なんだけど、僕は昔から彼等の存在を感じられたんだ」

はっきりと見えるわけではない。だがふとした瞬間、人とは違う気配を感じ、視界の隅で何かが動くのを感じていた。

とりわけ暗い場所だと動きはより把握しやすく、小さな光の瞬きや流れ星の尾のように見える事もある。

調べた結果、それが精霊だと分かった。

そして彼等が自分の作る人形の中に入れることも。

「ハンクお兄様のお人形さんにだけ?」

「そ、そうなんだ。どうしてかは分からないけど……、僕が顔を描いて組み立てた人形にだけ、精霊が入って動かすことができる……。はじめて動かされた時はビックリしたよ」

精霊が人形に入り込んだのはまったくの偶然で、彼等も驚いていたらしい。だが居心地が良かったようで、以降は勝手に部屋にきては人形に入り、好き勝手に過ごしている。

挙げ句に精霊間でその話が広がり、人形に入りたいという精霊が次から次へと訪ねてくるという。

それも、最初は今ある人形の中に入るだけで満足していたのに、髪の色は何色がいい瞳の色はとリクエストが増え、一体だけではなくもう一体、もっともっと……。と求められて今に至る。

話の終わりにハンクが「精霊は基本的に我が儘なんだよ」と呟いたが、もちろんこれにもカタカタという抗議の音があがった。

「それでお兄様はいつもお人形さんを作ってるんですね」

「ま、まぁ、もともと細かい作業が好きだったから、精霊関係を抜きにしてもやりがいは感じてるけどね。でも、そんなにたいしたことじゃないよ……。僕は兄さんやグレイヴと違って仕事があるわけでもないし……。す、好き勝手にやらせてもらってるだけだし……」

「お人形さんを作るだけでもすごいのに、せいれいさんのためなんてお兄様はもっとすごいです!」

「……そ、そんなに褒められることじゃないよ」

シャルロッテが興奮しながら「すごい、すごい」と褒める。

だが褒められるのは慣れていないようで、ハンクはそわそわと落ち着きをなくし、ついには「それぐらいで」とシャルロッテを止めてきた。

「さっきも言ったけど、この話は誰にも言わないでほしいんだ」

「みんなに内緒ですか?」

「そう。内緒に……。話したところで誰も信じないだろうけど」

吐き捨てるようにハンクが話し、次いで「そろそろ休憩は終わりにしよう」と立ち上がった。

この話題ごと終わらせたいのだろう。

どうして彼の話を誰も信じないのか。尋ねたい気持ちもあったが、ハンクがこれ以上話をする気がないことが分かり、シャルロッテは「はい」と素直に答えると続くように椅子から立ち上がった。

ハンクの部屋は三部屋続きになっている。

一番手前はメイド達がティートロリーを置いたり誰かと話す時の部屋。次が人形作りの作業部屋、ここでシャルロッテは彼とお茶をしている。

そして更に奥にあるのが寝室。作業部屋と寝室にもそれぞれ通路へと続く扉はあるらしいが、使うのは部屋の主ハンクだけだ。シャルロッテはいつも手前の部屋から作業部屋へと招かれている。

不思議な構造だが、聞けばハンクが手配して改装したのだという。

そんな不思議な造りの部屋の内、通路に繋がる一番手前の部屋。

「一人で部屋に戻れる?」

「大丈夫です。ロッティ、もうお家の中は一人であるけます」

「そっか。それじゃぁ、ロミーが治ったら知らせるから。……あと、今日のことは」

「内緒です。ロッティ、誰にもいいません。……でも」

あのね、とシャルロッテが言い淀み、次いできょろきょろと周囲を窺った。

通路には誰もいない。それを念入りに確認し、背伸びをしてハンクに身を寄せた。察した彼がしゃがんで顔の高さを合わせてくれる。

ハンクは前髪で目を隠しているが、耳も髪で隠れてしまっている。それでも耳があるであろう場所にシャルロッテは顔を寄せた。

「ロッティは、今日、ハンクお兄様のことをもっと知れて嬉しかったです」

ヒソヒソと話し、パッと離れる。

照れ臭さからはにかむもハンクからの返事はない。彼はしゃがんだままだ。

前髪で目元が隠されているため表情も分からない。

「……僕のことを知って嬉しい?」

「はい。ハンクお兄様のこと、もっと大好きになりました」

「そ、そう……。それは、よかった……。それじゃ、また僕とお茶をしてくれるかな」

「はい!」

ハンクからの誘いが嬉しくシャルロッテが元気よく答えれば、彼がそっと優しく頭を撫でてくれた。

ズシリと手を乗せるテオドールやグレイヴの撫で方とも違う、そっと擽るようなフレデリカやジョシュアとも違う。擽るようなどころか実際に頬や耳をこしょこしょと擽ってくるライアンの撫で方とも違う。髪の毛をふわふわと揺らす程度の控えめな撫で方。

だがこの撫で方も心地良く、シャルロッテは目を細めて彼の手を受け入れた。

◆◆◆

そうしてシャルロッテがハンクの部屋を出て、自室を目指して長い通路を歩く。

「見て、シャルロッテ様だわ」

とは、通路を歩くシャルロッテを遠目に見かけたメイド。

隣にいたメイドもそちらを見て「あら本当」と話を続けた。

「ご自分のお部屋に向かうのかしら。でもなんだか歩き方が普段とは違うわね……。ちょっと跳ねてるというか……、足を痛めたのかしら」

通路の先を歩くシャルロッテはひょこひょこと跳ねた歩き方をしている。

足が痛いのを無理して歩いているのか、具合が悪いのかもしれない、そうメイドが案じるも、もう一人が「大丈夫よ」と宥めた。

「あれはスキップをしているのよ」

「……スキッ……プ……?」

「えぇ、先日教わったんですって。それから嬉しいことがあるとスキップをして歩くようになったのよ」

「そう……、スキップなのね……」

シャルロッテはいまだ通路を歩いている。ひょこひょこと跳ねながら。

その動きはスムーズとは言い難く、リズミカルでもない。とうていスキップとは思えない動きだ。

そんなシャルロッテの歩みを二人のメイドはしばし眺め……。

「あんなに可愛らしいスキップは初めて見たわ」

「あれこそ公爵家令嬢のスキップね、愛らしくて輝いて見えるわ」

可愛い、愛らしい、微笑ましい、と絶賛し、良いものが見れたと鋭気に満ちて仕事を再開させた。