軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

093話 一大事

レーテシュ伯主催の晩餐会。

贅をこらした料理の並ぶ中にあって、現在は誰も食べ物には目を向けていない。

「大丈夫だろうか」

「今ここで閣下不在というのは、派閥的にも影響が……」

晩餐会はよほどのことが無ければ呼ばれない。

よっぽど重要な相手であるか、相当に親しい間柄であるか。

夜も更けた時刻、今もって海賊城に居るのもまた、どちらかの人間。レーテシュ伯爵家と濃い血の繋がりや親密な付き合いがあるか、或いはレーテシュ家との繋がりが政治的に死活を分ける家。大抵はそのどちらか。或いは両方。

つまりは、レーテシュ伯ブリオシュの去就如何が家の一大事となる者ばかり。

集まりの中心。コアとも言うべき人物が倒れたのだから、騒がしくもなる。

「ペイス、ジョゼ」

「父様。一体何があったのですか?」

「閣下が体調不良になられて、別室に移られた。それだけしか分からん」

「傍にいた父様でもそうなら、本当に原因不明ですね」

レーテシュ伯が倒れたとき、たまたま傍にいたのはカセロール達だ。

何せ招待客も限られているから、一人当たりに割く社交の時間が非常に長いのがこの手の晩餐会の良いところ。今回はそれが裏目に出た形。

目の前で倒れられたカセロールにしてみれば、幾ら精神的に鍛え上げられている騎士とはいえ、肝を冷やしたのは事実。

落ち着くために、子供たちを精神安定剤にしても仕方のないことである。

子供たちのいつもと変わらぬ顔をみて、ようやくカセロールやアニエスも落ち着いた。

「じゃあ、父様は今すぐコアトンさんのところに行くべきじゃない?」

「ん?」

父親に、レーテシュ家の従士長を探せというのはジョゼであった。

その意図を即座に察したのは弟。姉は頭の回転が速いが故に、どうしても結論が一足飛びになって説明が不足気味になる。その点を上手くフォローするのも仕事のうち。

「レーテシュ伯が治療に急を要する場合、父様が医者を連れて来るだけでも違います。何をするにしても、迅速に連絡や人員物資運搬の出来る父様が傍にいれば、レーテシュ家としても心強いはずですし、恩も売れます。当家としても、レーテシュ家と親密な関係であることをアピールすることが出来ますし、有用性や力量を強調出来ます。姉様が言いたいのはそこら辺の話かと」

「なるほど」

「あと、姉様の策につけくわえるなら、母様もついてあげると良いと思います。妊婦の体調不良に、母様であれば適切なアドバイスが出来ますし、経験も豊富。セルジャン殿やコアトン殿では、妊娠した女性の扱いなんて詳しく分からないでしょう」

「策ってほどじゃないわよ。大げさね」

ペイスの補足に、微妙な顔をしたジョゼ。自分の考え以上を即座に付け加えた弟に対する称賛と、自分の考えを褒められたこそばゆさ。

彼女の提案については、果断即決の戦場人が、是と判断する。

「よし、ならばお前たちは纏まって居ろ。絶対にバラけるな。ペイス、ジョゼのことは任せるぞ。何かあったら“お前の魔法”で逃げろ。意味は分かるな?」

「はい」

早速といった感じでドタバタと騒がしい中に戻っていったモルテールン夫妻。

それを傍でじっと見ていた一人の少年が、ペイス達に声を掛けてきた。

「ペイストリー殿」

「はい?」

「我々も協力したいと思います。女手は多い方が良いのではないですか?」

声を掛けてきたのはボンビーノ子爵ウランタ。

補佐役に促される形で、自分たちも助力すると申し出てきた。

レーテシュ伯に恩を売れる機会を、みすみす見逃す手はない、といったところだろうか。

ウランタ自身は、妊娠した女性の体調を素直に心配しているのだが、補佐役は冷静にお家の利益を図っていたいたらしい。

「それは我々の関知することではありませんが、確かに女性の助けは多い方が、同性のレーテシュ伯にはありがたいことでしょう」

「ならば、すぐに」

ウランタは早速指示を出し、パートナーとして一緒にいた年配の女性を伯爵家の手伝いに差し向けた。女性を一人で他家に預けることも良しとはせずに、補佐役も護衛として一緒に向かう。

こうなると、ペイス、ジョゼ、ウランタという、年少組が一つになる。

不測の事態が幾らでも起こり得る状況で、少しでも信頼できる者同士纏まっておくのは、身の安全を守る意味でも当然の対応。

結局、モルテールン家に負担を掛けることになったウランタは、素直に謝罪した。

「申し訳ありません。ペイストリー殿にご負担を掛けるような状況になってしまいまして」

「いえ。ウランタ殿が護衛について下さると思えば、心強いですよ。一応、あっちの隅に行きましょうか。警戒する労力は少ない方が良い」

明らかに、社交辞令と分かる言葉だった。

ペイスのような異常を除き、普通は九歳で一丁前に戦える男など居ない。居たとしても極々僅か。ウランタは同じ年頃の人間と比べても極めて優秀な部類に入る人間だろうが、こと戦力という意味では無きに等しい。

ましてや、今は社交の場の為剣を身に付けていないのだ。懐に忍ばせた護身用の短剣でどの程度まで役に立つか。気休め程度にしかならないだろう。

今のウランタの心情を、一言で言うならば、不安である。

後継者争いというお家の事情から、物心ついたころから暗殺の恐怖と共に過ごしてきたのだ。毒殺に気を配り、襲撃を警戒し、政治的失策と揚げ足取りを防止していく。濃い経験値がウランタを早熟たらしめた点では皮肉。

現状の政治状況から、以前の暗殺の脅威は過ぎ去ったと、頭では分かっている。だからこそ、こうして護衛も外してペイス達と共に居るのだ。

しかし、それとは別にしても心が震える。

「大丈夫でしょうか」

大人たちが、子供のことなど全く意識せずに慌てふためいている様子。

それを見れば、どんどん不安が増してくる。

交通の要衝を押さえるキーパーソンとして注目され始めたのは極最近。レーテシュ家に招かれた回数も少なく、慣れているとは言い難い。

不慣れで見知らぬ土地に、頼る者も無く騒乱の中に置かれるとしたなら、子供であれば泣き出してもおかしくはない。

ぐっと堪え、子爵家当主のプライドで立っているような状態。

不安、焦燥、怯え、戸惑い。刻一刻、気持ちがどんどん落ち込む。

そんなウランタだったが、パーンと小気味のいい音と共に、背中に衝撃を受けた。

すわ襲撃か、と身構えて振り返る。

その目線の先には、平手を振りぬいた少女が居た。どうやら背中をはたかれたらしい。

「大丈夫よ。そんなにおどおどしない」

ジョゼである。

満面の笑みというべき笑顔で、ニカッと笑う美少女の姿。一瞬、ウランタは見惚れるようにして動きが止まる。

「姉様、子爵閣下になんてことを」

「だって、凄いガチガチに緊張してたし、怖い顔してたんだもん。少し緊張をほぐしてあげようかと。ほら、大分険も取れたっぽいし、結果オーライってやつ?」

「社交で他家の当主を引っぱたくなんて、父様が居れば目を回しますよ?」

「今は非常時だからいいのよ。頭が固いわよペイス。ね、ウランタちゃん」

弟が弟なら、姉も姉。

社交については未だに勉強中の姉に、ペイスは頭を抱える。

「は、はあ、えっと……ありがとうございます?」

言われてみれば、不安に怯えていた感情がマシになっていた。そうウランタは感じた。

どう考えても非常識な対応で、叩かれたことを怒るのが正しいのか、或いは緊張をほぐしてくれたことを感謝すべきか。

分類不能の経験故に、とりあえず感謝の言葉を口にしたのだが、疑問形になってしまうのもやむべからず。仕方ない。

「うちのペイスも居るし、このあたしも居るわけだから、ドンと構えておくといいのよ。ウランタちゃんは子爵様なんでしょう? うちのような下々には、偉そうに護衛を命じればいいのよ」

「姉様、そのウランタちゃんというのも、失礼が過ぎるでしょう。ウランタ殿、申し訳ありません」

「いえ、私はペイストリー殿と同い年ですし、気持ちは分かりますので。ジョゼフィーネ嬢も、よろしければウランタとお呼びください」

「じゃあ、ウランタ。あたしもジョゼで良いわよ。年下に敬語使われるのも疲れるし」

「……もう良いです。姉様を諫めるのは諦めました」

「賢明ね。流石ペイスよ」

ジョゼによるぶしつけな対応について、ペイスがいよいよ思考放棄したころ。

大人たちが落ち着きを持って戻ってくる。

ほっとしたのがウランタだけでないのは、察してしかるべきである。

「父様、お戻りを嬉しく思います」

「……何かあったか?」

カセロールの顔色が険しくなる。

ペイスの常ならぬ雰囲気に、軍人として警戒心が働いたのだ。

「いえ、何もありませんよ、モルテールン卿。三人で、特に何事もなく待っておりました」

「そうそう。ちゃんといい子で待ってたわ。お手本になれると思うぐらいよ」

シレっと言ってのけるジョゼ。

それに苦笑しつつも相槌を打つウランタ。

二人の様子に、何事か察したカセロールは、モルテールン家としていつもの行動をとる。すなわち、子供のことは後で悩むと先送り、である。諦観ともいう。

「そうか。ところでペイス、お前は医学に詳しいか?」

「は? いいえ。一般教養と基礎知識ぐらいはあると思いますが、詳しくはないと思います」

「そうか……」

「まさか、レーテシュ伯に何か重大な病気でも?」

バッと周囲の目が集まる。

情報が錯綜して混迷するなか、こと情報伝達に関しては国内屈指のアドバンテージがあるモルテールン家の面々だ。何か重要な情報を事前に掴んでいたのではないかと、注目の的。

周りから、聞き耳を立てるどころか聞き漏らすまいと寄ってくる大人が居る始末。

それを見て取ったカセロールは、ゴホンと咳ばらいをかまして、落ち着いて言う。

「いや、私が連れてきた医者の見立てでは、健康には問題ないとのことだった。ただの睡眠不足と過労による貧血だろうという話だ」

「では、何故先ほどのような質問を?」

「うむ。医者が言うには、自分よりも経験豊富な産婆を連れてきた方がはっきりする、という話でな。具体的に何かを知る前に、女性陣から追い出されてしまったのだ。ペイスであれば、何か気付くのではないか?」

「流石に、それだけでは何も分かりませんよ。精々、妊婦に関わる何かを、医者が気付いたという程度で」

「そうだよな。いや、お前ならばもしかしてと思っただけだ。気にするな」

カセロールの疑問。

医者が、匙を投げるわけでもないのに産婆を呼んだこと。

素人判断にしても、レーテシュ伯が妊娠している点に絡む何かであろうと推察はされる。ただし、何があって産婆を呼ぶのかが分からないのだ。

「産婆を父様が連れてきたのではないのですか?」

「いや。助産に関わることはコアトン殿が過剰なまでに準備していたようでな。屋敷内に産婆を三人ほど抱えて、昼夜問わずに緊急事態に対応できるよう整えていたらしい。私や男どもが追い出された後、すぐにも産婆が呼ばれていた」

「凄いですね……」

国内でも五指に入る金満家。

その財力を惜しみなく使って、お世継ぎの出産に備えていると聞けば呆れもする。

何時でも使えるようにお湯は常に沸かされていて、産婆を初め女手を二十四時間体制で備え、それを含めて警護に一個小隊を当て、更には重要な社交は殆どセルジャンが代行しているというのだから、過保護なんていうレベルの話ではない。

絶滅危惧種の保護レベルで、お家がまとまっているらしい。

「待ってください。そうなると、コアトンさんでも予想外であった出来事が起きたということですよね?」

「そうなるな。一体なにがあったのか」

「通常の妊娠で起きうるトラブルや状態異常ならば、既に備えてあった。かといって、医者が落ち着いて居られるような状況……通常の妊婦ではない? かといって正常な妊婦……」

情報を整理していけば、徐々に見えてくるものがある。

ペイスはおぼろげに見えてきたもの。いち早く察したのは、ジョゼだった。

「もしかして、双子ちゃんだったりして。リコちゃんみたいに」

「なるほど。それならば確かに、産婆を呼ぶ案件になる」

ジョゼの思い付き。

これを周りで聞いていた有象無象が動き出した。

何せ、レーテシュ伯のご機嫌を取っておけば大きな利益になる連中ばかり。ここぞとばかりに、暗躍し始める。

今までの贈り物やらは、良くて男女両用の子育て用品や衣料。それも一人分。どこの家もそれは変わらない。

だが、ここでいち早く双子用の贈り物をすれば、本当に双子を妊娠していた場合には、間違いなくレーテシュ伯とその婿の印象に残る。

男女の組み合わせがどうであっても対応できるようにしようと思えば、普通に考えて今までの倍は準備が要ると、人を走らせるものも居た。

ただし、この動きは結局徒労に終わる。

アニエスを初めとする女性陣が戻ってきたとき、衝撃の事実を持って帰ってきたからだ。

「カセロール」

「アニエス。何かあったのか?」

夫の問いかけに、妻はニコリと笑う。

夫に抱き着くフリしながら、こっそり内緒話をした。

「レーテシュ伯のお腹の中の子。お医者様と産婆さんが言うには、どうやら品胎のようなの」

「品胎?」

「三つ子ってことよ」

「何だとっ!!」

一大事である。

多胎児の出産は、通常の出産に比べて遥かに危険性が高い。双子ならまだしも、三つ子となれば、これを経験した産婆などは国に一人居るか居ないかのレベル。更には、それが初産となれば問題の深刻さは計り知れない。

こうなってくれば、もう晩餐会どころの話ではなくなる。

慌ただしくも晩餐会は解散になり、これまた忙しく参加者が帰路につく中。

一人、モルテールン家の面々を見つめる人物が居たことに、気付くものは居なかった。