軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

051話 豆狩り競争

モルテールン領では、近年の農政改革によって大きく三つの区分に農地が分けられている。

それぞれの役割を、秋冬播きの麦畑、春夏播きの豆畑、休耕放牧地として、ローテーションが組まれる変則的な三圃制を採っていた。

それとはまったく別に、各家の裏庭や中庭などでも野菜が作られていたりもするのだが、農地の大半が先に挙げた三つであることに間違いはない。

藍上月の初め。夏の終わりか、或いは秋の始まりと呼ばれる季節。

初秋となれば、早い畑では豆の収穫が始まる。

豆の実のみを豆木からもぎ、豆木自体は残したままにする。初秋から中秋にかけての粒ぞろいな豆は領民が収穫し、一部が領主への税になる。晩秋の不揃いな豆や小さな豆は、各家の下男や下女、或いは村の寡婦や孤児といった階層の取り分とされていた。

この収穫の作業。

各家の人間はこぞって作業するわけだが、大の大人でも結構疲れる作業になる。

中腰のようにしゃがんだ姿勢か、または地面に座りこむような姿勢で、黙々と豆を収穫して行かねばならない為に、この時期は腰の筋肉痛に悩まされるのが季節の風物詩にさえなっていた。

もっとも、そんな筋肉痛など歯牙にもかけない、元気いっぱいの者も居るのだが。

「さあさあ、張った張った」

幼さの残る声が、収穫期を迎えた豆畑の 縁(ふち) から聞こえる。

大勢集まった中に、人一倍小柄ながら、人一倍目立つ少年の声。

彼こそは、モルテールン領で最も有名な子供。次期領主のペイストリー。

「今回の一班は、新顔も居ます。トバイアムの息子、アーラッチ。今回は初参加ながら、豆狩り競争に張り切っているところ。父親譲りの恵まれた体格を活かすことが出来るのか。彼の出来次第では、この班、侮れません。倍率は現在五対一。二班は去年のエース、ルミニートがリーダー。彼女の素早い動きは、優勝候補に挙げる理由には十分でしょう。実績も十分あり、前回、前々回も参加と経験も豊富。倍率は現在四対三と最も人気」

豆畑の脇に集まった人々は、手にそれぞれ銅貨や木片を持っていた。木片には、一だの四だのといった数字が書かれている。

集まった年齢層も幅広く、上は老人から下は幼児まで。乳児などを除けば、下手をすれば、村の人間がほぼ全員集まっているような雰囲気。

時折、難しげな顔をしていた者が、意を決したような風で銅貨と木札を交換している。

彼ら、彼女らが何をしているのかと言えば、既に毎年恒例となりつつある『豆狩り競争』のお祭り騒ぎだ。

畑の中ほどに目印として立てられた杭と杭。そのゴールを目指し、三名づつの班に分かれた村の子供たちが、豆の収穫の早さと上手さを競うイベント。

これは今年で三回目となる催しだ。

そもそもの起こりを遡れば、手伝いを一向にやりたがらない極一部の子供たちの問題を相談されたペイスが、「だったら競わせればいいでしょう」と企画したもの。実力を均等にする為に班ごとの競争とし、優劣の差に商品を付けて煽る。どうせなら褒めてもらう方がやる気がでるでしょうと、親の観戦を企画した所で、いつの間にか応援合戦が高じて優勝と準優勝を当てるトトカルチョが始まり、更にはそれにのせられて村の連中がこぞって集まるイベントになった。

子供のお手伝いの相談から、何故か村を巻き込む大イベントの興行になる。何かと物事を大きくしてしまうのは、ペイスのペイスたるゆえんではあるのだが、カセロールたちが頭痛を堪える羽目になったのは言うまでもない。

「三班にはグラサージュの息子、ラミトが居ます。グラサージュの跡を継ぐと公言している彼。アイドリハッパ家の威信と兄のプライドをかけて、今回こそは 妹(ルミ) に負けるわけにはいかないと気合を入れています。現在恋人募集中」

「若様、それって今、関係ないですよね」

どっと笑いが起きる。

ところどころから、頑張ってと若い女性の応援の声があがっていることから、別にラミトに人気が無いわけではない。父親に似て愛嬌のある顔立ちで、母に似たこげ茶の髪。美男子と呼べるほどではないが、別に 醜男(ぶおとこ) というわけでも無い。 本村(ザースデン) の中では古参従士の家柄で、その点でも評価が高い。来年の年明け早々には聖別の儀を行う予定で、成人し次第、従士としての雇用が決まっている、中々の優良物件。

村の女性陣からしても、割と高めの評価が付いている、十四歳の青年。

が、先日意中の女性に告白したところで見事に玉砕し、今もって傷心中である。

「四班にはお馴染み、マルカルロが居ます。最近めきめきと剣の腕を伸ばしている彼は、今年こそは優勝すると息巻いています。最初のスタートダッシュが上手く決まれば、十分に優勝を狙えるでしょう。この班の倍率は三対二と、二番人気。手堅く稼ぎたい人には狙い目です。マルク、期待していますよ」

「おう、任せとけ」

ペイスの短い掛け声に、自信満々で応えるマルカルロ。

彼の班は、村の子達の中でも割と年齢が高目の子が多い構成。くじ運に恵まれたということで、今年も優勝してやると息巻いていた。

「皆、準備は良いですか?」

「「おう!!」」

「それでは、始め!!」

ダッと一斉に走り出す子供たち。

向かう先は勿論豆畑。

背中に編み籠を背負い、優勝の商品でもある「ペイス作のアップルパイ」目指して正に死闘を繰り広げる。

「頑張れ!!」

「俺の小遣いが掛かってんだ、負けんじゃねえぞ!!」

自分達にクジで割り当てられた 筋(すじ) の豆を、全て収穫してゴールすれば良いという競争が始まり、周りの大人たちは、自分の子供や賭けた班員達を精一杯応援している。彼らとしても、自分のなけなしの小遣いが掛かっているとあって必死だ。

中には、酷く物騒な言葉でもって、応援か脅迫か分からないような掛け声まである。

皆の目が豆と子供に向いている中、次期領主の少年は一生懸命に金勘定をしている従士に声を掛けた。

「どうですか、売り上げの方は」

「去年の記録と比較して、三倍近い売り上げです」

「それは良かった。村の人口が去年に比べて急激に増えたからでしょうか?」

「それもあるでしょうし、全体的に豊かになっている家も増えているということでしょう。しかし、これまた大儲けじゃないですか?」

積み上がった硬貨の山をさし、従士ニコロは言った。

数えるのが一仕事なほどの数があれば、これのうち幾らが利益になるかと皮算用も走る。

だが、少年の方は首を振って答える。

「いえ、この後は 配当倍率(オッズ) によって配当金を出すので、利益自体は去年とさほど変わらないと思います」

「そうなんですか? 適当な倍率で、ごっそり利益を出せばいいのに。倍率を決めているのは若様でしょう?」

「胴元というのは、公平性を欠いてはいけません。利益を確実に確保できるのは利点ですが、欲張っては全体の興が冷めます。熱狂を煽るためにも、ケチな事は出来ませんよ」

「ふ~ん、難しいものっすね」

年若い従士と、それよりも更に幼い少年の会話。ニコロは、改めてではあるが、幼いペイストリーの知見に感心することしきりだ。自分がまだ知らないことでも、この次期領主は知っている。神童と父親が自慢するのも頷けるだけに、口調は軽くとも彼なりにペイスのことを尊敬しているのだ。

二人が会話するうちに、豆畑の方から一層の歓声が聞こえ始める

「賑やかですね。何があったのでしょう?」

「どうやら、一株分のリードを逆転された班があったようですよ」

よそ見をしていたせいで状況が分からなかった二人に、後ろから声を掛けてきた男が居た。三十も半ばを大きく越えた熟練の商人が、営業用のにこやかな笑顔で立っている。

「おや、デココじゃないですか。いつの間に」

「つい今しがた着いたばかりです。賑やかな声が聞こえたので、荷物だけ先に館へ行かせて、私だけこっちに来てみました。今年は去年以上に盛況なようですね」

祭りの熱狂の中に、冷静な人間が増えた。モルテールン領お抱えともいえる、最も親しい行商人、デココ。モルテールン領の商機には最も詳しいと自負する彼にとって、今回のイベントなどは絶対に見逃せないチャンスだ。

大儲けしてホクホク顔の人間にはお祝いにと酒や美味いものを売り、大損して落ち込む者には慰めにと酒や美味いものを売る。金が動く時には商売が動く。口八丁を商売の種とする商売人の、活躍が光る時である。

それだけに、誰が儲けて誰が損をしそうか、確実に見分けねばならない。

去年を知る人間として、客観的な評価が出来る行商人は、現状をしっかりと見極めていた。

「最初こそ不慣れな新人が出遅れ、その分で、皆勤賞のルミニートさんやマルカルロさんがリードしていたのでしょう。が、地力の違いで、新人さんに追い上げられて抜かれたと言ったところではないですか?」

「相変わらず、よく見ていますね。その観察力は大したものです。僕には真似できそうにありませんね」

「何をおっしゃいますか。私なぞ、ペイストリー様の足元にも及びませんよ。ただのしがない行商人でございます」

「商人にとって謙虚さは美徳なのでしょうか。もう少し早く着いていれば、デココも賭けに参加できたでしょうから、儲け損なったのではないですか?」

「いやいや、欲が絡むと、大抵が碌な事にはならんのです。こうして賭けることも無く見ているからこそ、分かる事も多いです」

「商人が欲を無くしてどうするんですか」

「無欲こそ商売の秘訣です。弟子にもそう教えていますから」

「厳しい師匠ですね。そういえば、そのお弟子さんはどうしました?」

ペイスは周りを見渡した。

デココが弟子をとったというのは既に承知の事であり、そこには、二十年以上のキャリアを持つ行商人が引退を考えているという意味もある。おおよそそのような意図はモルテールン領の皆が承知していることでもあり、デココの跡を継ぐであろう少年には、誰しもが期待しているのだ。

無論、手加減はしないが。

「屋敷に荷物を先にやらせましたから、こちらに来るまでに、もう少しかかるでしょう」

「そうですか」

「ペイストリー様に鍛えられているおかげで、あいつも大分マシになって来ました。どんな相手でも、まず初見では警戒して当たる所なんて、一度痛い目を見たからこそ出来ることです」

「痛い目? 何かありましたか」

「ええ、ございましたとも。どう見ても無邪気な子供にしか見えない方に、容赦もなく毟られましたから。自分よりも年下に良いように転がされたことが、経験としてはかなり大きいのでしょう」

「怖い人も居るものですね。世の中は広いです。僕も気を付けなければ」

素知らぬ風で、あえて自分のことを棚に上げる少年の言葉に、デココは心の内で改めての警戒をしつつも、だからこそ商売相手としては信用できるのだと深く頷く。

ここで「悪人とは自分のことだ」などと、あげ足とりのネタになる様な事を言ってはいけないのだから。

「それはそうと、このあいだシュタイムに行った時に、ここの噂を聞きましたよ」

「シュタイム? 確か、レーテシュ伯爵領の港町でしたか。どんな話ですか?」

「ここモルテールンで、新しい薬が作られている、と。潰れた喉をたちどころに癒し、どんな 嗄(しゃが) れ声も天上の調べとなる、と聞きました。噂なんてものは尾ひれ背ひれが付きますからどの程度大袈裟になっているかは知りませんが、火の無い所には煙も立たないでしょう。今度は何をされたんですか?」

「それを何故僕に聞くのです?」

「ここモルテールンで何か変わったことがあるなら、それはペイストリー様が原因になっていると、私は確信できるからです」

デココはモルテールン領に来る行商人としては最も古株かつ、最も往来頻度の高い人間である。モルテールン領の村が、まだザースデン一つっきりだった時代を知っているし、ペイストリーの事は生まれる前の腹の中の時から知っている。

それだけに、他のどの商人よりもペイストリーの特異性に詳しいと自負していた。

どうだ、間違いないだろう、と言わんばかりの態度で、自信満々といった姿勢を見せる。

モルテールン領や、領主のカセロールの周りで何か不思議なことが起きた時。彼の今までの経験では、一つの例外も無くペイストリーが関わっていたのだ。

今回もそうに違いないと確信するのは、当然の事だった。

言われた方の少年は、憮然としつつも首肯する。

「その推測が間違っているわけでは無いのですけど、釈然としない物がありますね」

「よければその秘密、私に取り扱わせてもらうわけにはいきませんか?」

どの程度噂が真実であるかをさておいても、噂になる様な新しい薬が存在するのは確からしいと、今の会話でおおよそあたりがついた。存在を否定されなかったのだから、ペイストリー達の側でも、取り扱いを任せる相手に、自分も含めて検討していたらしい、とデココは想像する。

ここら辺の推測の正しさは、商人としての経験の賜物。

「詳しい作り方は秘密ですが、喉の腫れや口の中の痛みを癒す飴を作って使用したのは確かです。ただ……」

「ただ?」

「扱いをどうするかについては、未だにうちで結論が出ていないのです。 作り方(ルセット) を教えてくれと言ってきている家も幾つかありますし、現物を買い取るという話も来ています。良い外交の道具になる、と張り切っている者も家中にいまして」

ジメジメした土地の多い現代日本と違い、プラウリッヒ神王国ではわりと乾燥した気候の土地が多い。夏でも、蕎麦屋の天麩羅のようにカラっとした天気になることが多々ある。

その分、喉を痛める人間はそれなりに居て、特に職業柄大声を張り上げなければならない軍人や、長い説教を飯の種にしている聖職者などは、のど飴を欲しがっていた。

文字通り、喉から手が出るほどに。

「無論、ただでとは言いません。代わりに珍しいものを港町で仕入れてきました。遠くの異国の商人が、更に遠くの商人から買い付けたという代物です。相当に値は張ったのですが、珍しいものをご所望だったペイストリー様にはきっと気に入って頂けるものと思います」

「それは……ものを見てから決めましょうか。僕が頼んでいた事でもあるので、最低でも損はさせません。手に入ったものが有益なものなら、のど飴の取り扱いを一任するぐらい、父様たちを説得してみせます」

「それは頼もしい限りです、是非ともお願いします」

「ちなみに、その珍しいものとはどんな感じのものですか?」

「ええ、そうですね。大きさはこれぐらいで、ごつごつとした感じで、絵にすると、こんな感じの食べ物らしいのですが、重たくて中身はずっしりと詰まっていそうな」

最初は手で大きさを表そうとしていたデココだったが、口では上手く伝わらないと思ったのか、地面に絵を描きはじめる。ガリガリと地面に線を描く。

商人として、多少の絵心もあるのだろう。なかなか迷いなく絵を描き、出来上がった絵もそれなりに特徴は分かった。

「これは……かぼちゃですか!!」

ペイスが目を輝かせる。

その後ろでは、豆狩り競争の優勝者への歓声があがるのだった。