軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

043話 舞踏会の噂

プラウリッヒ神王国において、尊き立場にある者。至尊の地位に立つ者。

それは、世俗においてはただ一人の人物を指す。

神王国の歴史では十三代目を数える国王。カリソン=ペクタレフ=ハズブノワ=ミル=ラウド=プラウリッヒその人のことだ。

二十年ほど前には自ら先頭に立って、軍を指揮して国を守り、当代にあっては国家の安定を第一義に、国力の増大を図る。その統治はまさに善政の 鑑(かがみ) と言うべきである。

御仁は、年も未だに三十代半ば。

赤銅色(しゃくどういろ) の髪は活力そのものを表すように鮮やかであり、誰よりも人目を惹きつけるものを生まれながらに持つ。生来のカリスマ。

今もって働き盛りの時期であり、彼は今日も今日とて、政務の中にあった。

「陛下、珍しい所から面会依頼がきておりますが、目を通されますか?」

「お前がそういうのなら、見るべきなのだろう。構わん、よこせ」

「はっ」

国王の傍に居るのは、国務尚書であるバルダッサーレ =パイジエッロ=ミル=ジーベルト。

ジーベルト侯爵家の当主であり、内務系貴族のトップである。最近は少しおでこの辺りが広がってきているのが本人にとっての悩みであるが、周りには有能な文官として知られていた。

民政の大半を管轄下に置くだけに彼の権力もそれなりに大きいのだが、国王が彼を重用するのはその仕事ぶりによる。微に入り細を穿つような心配りと、入念な下準備をもって政務を補佐する姿勢には定評があり、少々心配症である苦労性を除けば、優秀さに疑いようもない人物である。

「ほう、確かに珍しいな。カセロールの所からの面会依頼か。使いの者の名も見ない名だ。今までなら覗き屋を寄越しているところだがな」

「はい。ちなみに面会の事由については、陛下に統治状況のご報告をとのことにございます。裏書人もレーテシュ伯をはじめ錚々たる顔ぶれでございますれば、無視するわけにもまいりません」

「そうだな。それに、あの男が下らん理由で使いを寄越すわけも無い。よし、いつも通りの対応を許可する。使いの者は今どこだ」

「モルテールン卿が日頃贔屓にしている宿が連絡先となっております。恐らくそこに居るものかと」

「街の宿とは。あいつらしいが、もう少し他人の目を気にして欲しいものだ」

カリソンは苦笑する。相も変わらず合理を好んで虚飾を嫌うカセロール達の様子に、国王の立場としては不服でありながらも、一個人としては懐かしくも好ましい想いがした。だからこその苦笑いだ。

大抵の貴族は、王都に家を構えている。本邸か別邸かはともかく、ほぼ全ての貴族が、である。それは、権利でもあり見栄でもあり、また実用の為でもあった。

王都に住みたいと考える人間は多く、それを全て認めていては王都に人が溢れかえることになる。人が無秩序に増えれば、それだけ問題も増えることから、ある程度の地位のものが優先的に家を持てるようになっているのだ。

特に王城に近い貴族街は一定の秩序が保たれている。逆にいえば、勝手に家を建てられないわけで、ここに家を建てさせてもらえるのもまた貴族の特権と言える。

こういった権利としての側面もあれば、王都に仕事を持つ者や、出向く機会の多い者にとっては実用面もある。王都の広さは、端から端まで歩けば丸一日以上掛かるぐらいの広さと煩雑さがある。王城に近い所に住まいを置くのは、何かと便利なのだ。

或いは象徴。見栄と言う意味もある。

特に貴族ともなれば、 見窄(みすぼ) らしい格好や態度は権威に関わってくる為、それ相応の格式のある宿泊施設を必要とする。自分の好きなように見栄を張りたいとなれば、自前で用意するのが一番という話だ。

これらの理由から、貴族は王都に家を持ちたがる。

そんな当たり前の貴族の常識とは別に、王都に家を構えていない貴族というのも、極少数ながら存在する。

先の大戦で勲功をあげて貴族として取り立てられたものの、王都に別邸を建てるほどのゆとりの無い新興小貴族だ。彼らは、王都に家を建てたいという想いはあっても、金銭的、物理的な理由から建てていない。

カセロールも一応はこの弱小新興貴族の部類に入れられているのだが、彼の騎士爵の場合は、建てる金が仮にあっても、屋敷を使う必要が無いとの理由から建てていない。何せ、必要があれば飛んで帰れるのだから、自分の領地に家があればそれで済んでしまうのだ。

「モルテールン卿は高名な騎士であらせられます。ですが畏れ多くも陛下の 御名(ぎょめい) の下に高貴な立場に列せられたものが、市井の宿で寝泊まりするなど、如何なものかと臣は愚考いたします」

「よい。お前の言い分も分かるが、あいつは【瞬間移動】とやらが使えるのだ。全く必要のないものを用意しろとは、流石に俺も言えんし、俺が与える筋合いのものでもない。さし当たって連絡が付けばそれでいい」

「はっ、御意のままに。して、使いの者への連絡はどうされますか?」

「カセロールを城に呼べと伝えろ。時間は……そうだな、明後日の午前が良いだろう。会食の準備は不要だ。あいつは余計な長話をすることも無いからな」

「ははっ」

その指示に従って、すぐさま使いが走り、王都の宿屋の一室に一報が届けられた。

国王からの召喚状であり、王城への登城許可である。

王の住まいでもある城に入るには、厳しいチェックもあり、準男爵以下の爵位の者はこの登城許可が無ければ王城に入れない。また、公爵未満の位階であれば、必要に応じて警備の人間に役儀と登城理由を 質(ただ) されることもある。

それほどに身分差にも厳しい対応をされるのだが、それを思えば二日後で登城が許可されたカセロールは騎士爵位としてはあり得ないほど厚遇されているともいえる。

宿屋で連絡を受けたダグラッドは、この厚遇っぷりを含め、改めてことの大きさに溜息をついた。

街でも指折りの高級宿にあっては、似合わないほど大きな溜息。

「はぁ~、初仕事がこれってどう考えてもおかしいよな。新人に王城への使いをやらせるって無茶にもほどがありますよ。礼儀作法は叩き込まれるわ、近衛に囲まれて心臓の縮む思いで手紙を届けなきゃならないわ。しち面倒くさい手続きは踏まなきゃならないわ。給料が高いわけですよ。全く嫌になる」

「いい加減、ボヤくのはやめてください。僕まで気が重たくなりそうです」

宿屋の中には、ダグラッドの他にも、領主代理の肩書を持ったペイスが居た。

今回の運搬役をかってでたためだ。しかも、カセロール抜きでの【瞬間移動】で。

いよいよペイスが魔法を転写出来ることをばらすのか、と言えば勿論NOである。その点に関しては最重要機密扱いだ。

しかし、ペイス自身が瞬間移動を使えることを従士に隠したままであるのは非常に都合と勝手が悪くなるため、今回「カセロールは濃く血のつながった魔法使いには転移の魔法を貸せる」との適当な理由をでっち上げた。大嘘だと知っているのはカセロールとシイツとペイスの三人だけ。

魔法というものは個々人で出来ることに違いがあり、その条件も多種多様、千差万別であることを利用して、ペイスにだけは“カセロールが”魔法を貸せるということにしたのだ。

しかも、ペイスの聖別の儀以降それが判明したのだ、という建前になっている。

理由としてはザルもいい所だが、隠すことが前提になっているから理由など適当で良い、というカセロールの決定があったのは余談である。

今更といえば今更だが、それでも公にせずに、出来るだけ隠したいとの思惑から、今回の表向きの仕事はダグラッドだけで行うことになっている。正しくは、挨拶だけは登城を許されているカセロールが行い、国王陛下への挨拶の後は、細かい諸事雑事をダグラッドとペイスで詰めるような手はずになっている。

「とりあえず、父上に連絡してきます。ダグラッドは召喚状への返答と、それが終わったなら王都での情報収集をしておいてください。特に、件の婚約騒動以降に、派閥の力関係がどう変化したかを重点的に」

「分かりました。御戻りはいつになりますか?」

「父上に城からの連絡を伝えたら戻ってきます。あぁ、それと、明後日の朝は父上が登城するのにくっついていくので、身支度も忘れぬよう。城の中には入れませんが、見送りぐらいは部下の務めでしょう」

「承知」

「では、あとはよろしく」

一言を短く言い置いて、次期領主が【瞬間移動】で消える。本来であれば他に真似のできないモルテールン領の強みとしてこの魔法があるのだが、馬車や馬、或いは徒歩での移動が常識の従士にとっては、ハードワークの元凶、諸悪の権化のように思えてくるから不思議なものである。便利になるということが、仕事を減らすことにはならない例の一つだろう。

ペイスが宿を離れた後、ダグラッドはベッドに仰向けに寝転んだ。

高級宿のふかふかベッド。羽毛のようなものをふんだんに使った布団や、綿を惜しみなく使った布団が組み合わせてあるため、寝心地は最高だと評判の寝床。

身体を布団に沈めながら、彼はまたボヤく。

「給料もいいし、仲間は気のいい奴らばかりだし、上司は俺を信頼してくれて、実力を正当に評価もしてくれる。良い職場なんだろうが、どう考えても仕事量が多すぎるわ……」

モルテールン領の従士。

その全員が全員、共通してもつ思いが“仕事が多すぎ”である。

新興の領地となれば人手不足は仕方がないとはいえ、人手が増える端から仕事の方も増えていくのだから一向に一人あたりの仕事が減る気配を見せない。むしろ増えることの方が多い。

原因が何処にあるのかと言えば、一人の少年にいきつくのだが、主だった連中のなかでは既に諦観の域にある。

「こんなことなら、スラヴォミールみたいにヤギやニワトリの世話でもしてりゃよかった。そうすりゃこんな気苦労はせずにのんびり出来るだろうに。それか、ニコロみたいに金勘定だけでいい仕事なら、人付き合いの煩わしさも無いだろう。やっぱり仕事を間違えたかね。やりがいがあるのは確かだが……」

他人の土地の麦は良く実るともいい、隣の花は赤いという言葉があるように、自分の境遇よりは他人の境遇の方が良いように思えるのが人の心。

外務全般を任されているダグラッドは、自分が一番過重労働をこなしているのではないかと考えているが、無論それはモルテールン領の従士が全員考えていることであったりする。

ダグラッドはボヤキながらも身を起こし、ベッドの脇にあるテーブルの前に座る。

仕事は仕事と気持ちを切り替え、手紙を書く必要があるのだ。使いからの報せを受け取った旨と、明後日の登城を了承したことを伝える手紙。

この手紙にも、外務職ならではの苦労がある。貴族同士のやりとりが外務の主な仕事ではあるが、この手のやり取りは一見不必要とも思える形式が非常に多いのだ。それに習熟してこその外務である。

例えばこの手紙。まずは神と精霊を讃える聖句を長々と書き、次いで国王陛下の御世を称賛する美辞麗句を並べ立て、更には季節の挨拶を出来るだけ他人と被らないように知恵を絞りながら書く。

本題の前に関連する話を前フリとして入れて、この手紙を読んでくれたことへのお礼の言葉も書き添えておく。

そうしておいてから、本題になるわずか二行の了承の旨の返事を綴る。

実に馬鹿馬鹿しくも思える形式ではあるが、飾りを無くして二行の返事というのも素っ気なさすぎるのは事実だ。

聖句が無ければ不信心な異端者とされ、国王賛美が無ければ不忠の背信者とされ、季節の挨拶が無ければ何時書いたか分からない為にすり替えや遅配のトラブルに遭いやすくなる。阿呆らしいと感じていても、無ければ無いで問題になるのがこの手の形式というものだ。

手紙は全部で三通。どれも同じ内容で、一通は木板に書いた保管用として手元に置いておく。残りの二通は国務尚書に当てたものと、国王陛下に献上する為のものだ。

手紙を書くのは意外と時間が掛かるもので、三通を書き上げる頃にはペイスが一通りの報告を終えて王都に舞い戻ってきていた。

「手紙を書いていたのですね。どうです、書き終わりましたか?」

「もうすぐ終わります」

「そうですか、ご苦労様。ああそうそう、僕はちょっと買い物に行ってきます」

「何を買いに行くんですか?」

「分かり切ったことを聞きますね。無論お菓子の材料です。当たり前じゃないですか」

「そんなものを買いに行きたがるのは若様ぐらいですがね……ついでにインクと羊皮紙も買い込んでおいてもらえると助かります」

ペイスは、了承の返事代わりに後ろ手に手を振って部屋を出る。そのまま駆け足気味に街の喧騒に紛れていった。

護衛の従士もつけないのは、本人が望んだこととは言え、貴族子弟には本来あり得ないのだが。

「子供ってのは、無邪気で良いねえ。俺も子供に戻りたいよ」

領主代理の居ない間、冴えない風貌の従士は自分の仕事にてんてこ舞いになる。

書き終わった返事の手紙を、自分の足で城に届けて肩の凝りを強め、更にその足で目ぼしい貴族の屋敷に挨拶回りに出向き、それとなく情報収集に努めつつ、相手方からの探りや要求を躱すのに神経をすり減らす。

外務とは、仕事の大半は人付き合いと情報収集だ。

誰が見ても過重労働と思えるようなブラックさに涙しつつ、ダグラッドが宿に戻った時。何種類かの果物や、良く分からない雑多な食材を大量に買い込んだペイスも戻っていた。

黄色い何かの匂いを嗅ぎながら、一生懸命に物書きをする少年の姿。

「若様、そりゃ一体何です?」

「さあ?」

「さあって。何か分からず買ってきたんですか?」

「名前は木板にメモしているんですが、細かいことは追々調べます。とりあえず、僕がモルテールン領で見たことが無いものは、目につく片っ端から買ってきましたからね。どんな味がするのか、どんな匂いがするのか、他にも色々と。知らなければお菓子の材料に使えませんし。そうですね……これは、便宜上でレモンとでも名前を付けておきます」

青銀髪の少年の奇行は今に始まった事ではない。

それを話には聞いていたのだが、ようやく実感するに至ったダグラッド。ペイスの奇矯な振る舞いはさらりと無視し、話を続けた。

「レモンでもルモンでもお好きにどうぞ。それで、若様のご指示通り、情報収集してきました。なんとも混沌とした状況になっているようです」

「へえ、詳しく聞かせてください」

黄色の果実を仕舞い、今度は橙色の柑橘を撫でながらペイスも話にのる。

「軍の方は主要な人間が公爵派で占められつつあるようです。それを忌々しく思っていた連中も居たようではありますが、先の誘拐事件以降に綱紀粛正の名を借りた他派閥のあら探しがあったとか。それなりの人間が汚職や不道徳、或いは職務不適格を理由に職を奪われています」

「あの人ならそれぐらいはやるでしょうね。 方々(ほうぼう) で恨みを買っている事でしょう」

「ええ。それと、軍とは逆に、外務系や内務系は反カドレチェク公爵で纏まりつつあるようです」

「どちらも、元々軍とは仲がよろしくないでしょうしね。それは仕方がない部分も多いでしょう」

三権の長は、お互いに協力すべきところがある。

例えば内務として農地の新規開拓を志向したときは、護衛や魔物の駆除などに軍の力が要る。

或いは外務で他国貴族へ圧力を掛ける場合に、軍の力を背景にすることなども珍しく無いし、経済的な内務分野を外交の道具にするのも割とありふれた話だ。

三権は、互いに助力し合うべき事柄が沢山ある。

しかし、そういった協力するべきところで、互いの権益が相反することもある。

内務系の財務尚書などが軍事費を減らしたがるのはいつものことだし、外交官が国内産業の権益譲渡を外交のカードにしたがるのも毎度のこと。

それぞれの職分の中で権益を確保するのは当たり前のことではあるが、それで他の職分と喧嘩になるのはよくある話。だからこそ、不当に職分や権益を侵されない為にも、ある程度の近しい職分の人間で纏まって派閥を作り、いざという時の交渉力を高める必要があるのだ。

無論、表立っては喧嘩もしないし、ある程度の利益折衝で片が付くことも多いのだが、軍の人間と、他の人間の仲が悪いのは周知の事実と言える。

ダグラッドは、報告をしながらちらりとペイスを見やる。

まだモルテールン家に仕えて日の浅い新人であるが故に、噂で聞いていたペイスの利発さを今更ながらに感心しているのだ。長年外務の経験を積んできた自分と、普通に話が出来ていることが凄い、と実感している。

「軍が体制を強化していけば、反発もそれ相応に大きいということですね。それにしても若様はなかなか見識が御有りのようで。今後はモルテールン領の外務全般取り仕切ってみては如何です?」

「ダグラッド、僕がここに居るのはあくまで父様の代理です。そんな面倒くさいことは出来ればしたくないです。落ち着いたお菓子作りの為に必要だからやっているだけですよ」

「若様の見た目と中身の違いは、外務にゃ良い道具になるんですけどね。勿体ない」

「必要ならば手伝いますよ……すっぱい」

ペイスは喋りながらも顔を顰めた。

橙色の果物が、ミカンかオレンジかと思って齧りついたのだが、レモンらしい果物以上に強烈な酸味があったのだ。ミカンとは程遠い果物であることが分かっただけでも収穫だと、木板に味や食感をメモしていく。

「そうそう、これはあくまで噂ではあるんですが」

「何でしょう」

「王子の誕生祝賀に際し、かなり大規模な舞踏会を催すことになるらしいです。主催はカドレチェク公爵だとか」

「……なるほど。リコリスがドレスを新調すると言っていたのはそれもあるのでしょうか?」

「分かりません。が、噂の出所が複数ありましたから、それ相応に信憑性はあるかと」

「まあ、我々には関係が薄いでしょうが、良く調べてくれました。ご苦労様です」

従士に対し労を労う次期領主。横顔を見たダグラッドは、舞踏会があればこの少年を是非参加させたいと考えた。それほどに舞踏映えしそうな美麗な顔であったからである。外交官として、使える道具は使い倒すべきと考えた。

その少年がふっと笑う。その笑みはどこか少年らしい幼さを感じさせる。

「ダグラッドもこれ食べてみますか?」

「それ、さっき酸っぱいと言っていたやつでしょう。遠慮しておきます」

少年の悪戯心をよく知る従士は、果物の下賜を固辞した。

遠慮をするなと言いつつ、果物を食わせようとする次期領主に、余計に怪しいと笑う従士。二人のやり取りはどこかのほほんとしている。

この時はまだ、ダグラッドも、そしてペイス自身も、噂をあまり重要視していなかった。

――そう、この時は、まだ。