軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

428話 腕比べ

寄宿士官学校は、学生が担当教官を決めて師事するという形式で教育を行っている。

義務教育が有る訳でもない社会では、個人の知識や技能に極めて大きなばらつきが有るからだ。

義務教育の小学校も無ければ、中学校も無い。尋常小学校だの高等中学校のような制度が有る訳でもない。

貴族の子弟は、基本的に家ごとに教育が行われる。

代々続く旧家名家であれば、子供の教育についても有る程度のマニュアルが出来ていることも多い訳だが、教育内容については大体が実学中心。いざ大人になって働くときに役に立つ知識だけを、真っ先に教えるもの。

神王国では、子供が大きくなれば多くは親の職業を引き継ぐ。貴族の子は貴族に、或いは従士に。商売人の子は商売人に、或いは行商人に。大工の子は大工に。

貴族の親も、自分たちのお家の稼業を子供に継がせようと教育をする。知識は財産だ。子供に財産を残してやろうというのは、親心というものだろう。

小さい時から教えていればそれだけ知識も身に付くわけで、生活にゆとりのある家、子供を無理やり働かせなくても良い家は、ちゃんと教育もする。

ただし、我流で。

正しい教育のやり方という知識もまた、秘匿されがちな財産である。

我流で教育を行うとなれば、間違いなく偏った教育になってしまうもの。

得意なことと不得意なことが、大きく偏っているということもざら。優秀な子供が居たとしても、教える人間がそもそも知らないことは教えられない。

だからこそ、士官学校がある。

ここに素質を見込まれて入学した人間は、我流ではなく体系だった正当な教育を受けられるのだ。

入学した学生は先の通りまず入学時点でだいぶ“癖”がついていることが多く、これを直そうとすればそれだけで何年もかかる。

それならばいっそ、癖を残したまま教育したほうが良い、というのが教官制度の趣旨。

基本的な部分はどの教官からでも同じものを学ぶのだが、専門分野が教官ごとに違う。

これは、例えば乗馬の得意な人間に乗馬を教えるとなれば、教える側の教官も乗馬に秀でていなければならないということ。

乗馬の得意な学生は、何なら言葉を話すより先に馬に乗っていたようなものもいる。ここで乗馬を専門にしている教官に師事すれば、更に得意な部分を伸ばす教育をしてもらえる。

逆に、乗馬が人並みで座学の得意な教官に、そういった乗馬の得意な学生が師事したのなら、得意分野を活かせず、ことによっては短所ばかりが目立つ結果にもなりかねない。

寄宿士官学校の創設以来、師弟制度とも言うべき担当教官制は一長一短ありながらもそれなりに回ってきた。

教官選びが、学校での生活と学びの質を左右すると言って良い。

ならば、留学生の担当教官はどうするか。

留学生というイレギュラーは、得意不得意というのも普通の学生とは違う。

留学生専門の教官、などというのは居ないのだ。

これは、一定期間ごとに教官を変えることで対応している。

いきなり留学生の得意分野や不得意分野など、分かる訳もないからだ。

色々な教官に師事し、色々なことを学ぶ。

浅くとも、広く学ぶというのは、留学生としては望むところ。

ヴォルトゥザラ王国の留学生であるシェラ姫は、今日は合同訓練に参加していた。

色々な学生が集まる場ということで、かなり楽しみな授業である。

「今日は、戦闘訓練の一環として模擬戦を行う!!」

「はい、教官」

軍人教育を行う学校において、どの教官もそれなりの頻度で行うのが個人戦闘の訓練である。

ペイスなどは「指揮官が単騎で戦う状況など下の下です」と言っているのだが、それはそれとして個人の戦闘能力が高いことは軍人として強みになるのは事実。

モルテールン子爵カセロールなどはその腕っぷしだけでのし上がった訳だし、軍人としてナヨっとしたひ弱な指揮官に、部下が信頼を置けるかという問題もある。

荒っぽい連中を指揮統率するのに、まずはしばき倒してから言うことをきかせるというのも良くある話だ。

下の下であろうと、軍人であるなら最後はやはり自分の腕っぷしが頼れるに越したことは無い。

故に、戦闘訓練は学生生活で必ず行う。

訓練場の一角。

特に手入れもしていないのに、使用頻度の高さから雑草が一切生えていない地面のある場所。

ここで、今日は模擬戦闘の訓練である。

腕っぷしには少々自信のあるシェラ姫としても、今や遅しと出番を待ちわびていた。

「まずは一班。順番に二名づつ出てこい」

「はい」

呼ばれて歩み出た数名。

その中から、阿吽の呼吸で二名が進み出る。

どちらもそれなりにいい体格をした四年次の学生であり、最終学年の上級生。

上級生の訓練に交じることで、下級生もより質の高い訓練を受けられる。というのが、今回の合同訓練の意義。

シェラ姫が参加している理由でもある。

「はじめ!!」

教官が、開始の合図を出す。

「だりゃ!!」

「せい、はっ!!」

お手本というべきなのだろうか。見ごたえのある戦闘が行われる。

個人戦闘(タイマン) である以上は怪我も良くあることなのだが、上級生たちは怪我を恐れてもいない感じでお互いに争い合う。

普段よりも張り切っているのは、観戦者に美少女が混じっているからだろうか。

しばらく戦ったところで、教官からヤメと合図が出る。

一応勝負がつくまで戦うのが模擬戦なのだが、時間にも限りが有る為、ある程度戦ったところで決着がつかなければ教官が止めるのだ。

止められたところで、息の上がっている上級生。

「二人とも動きはいつもより良かった。だが、やはり体力的にまだ未熟な面がある。それと、お前は疲れてくると足を出しがちになる癖は気にしておけよ。足技は隙も大きいからな」

「はい」

「他にも……」

模擬戦のあとは、教官から学生に幾つかの講評と指導が入る。

個人戦闘の勝敗は筋力や体格といったものだけで決まる訳では無く、技術や経験といった要素も大きく絡むもの。

学生たちも自分の技術を磨き、経験を蓄える為にも、真剣に教官の指導を聞く。

「次!!」

「はいっ」

一班が終わって次の班。

これもまた上級生。

はじめと掛け声を受けてから始まり、今度は勝敗がはっきりついた。

片方が、もう片方を見事に投げ飛ばしたからだ。

鍛えられた上級生。体重が何十キロもあるような人間が、綺麗な弧を描いて宙を舞うのだ。

中々に見ている人間も驚く光景である。

「うむ、なかなかいい戦いだったな。お前は投げを打つとき、崩しが上手い。相手の重心をちょこちょこと動かしていたのは良かったと思う。だが、投げた後はちゃんと仕留めねばならん。戦いにおいて、投げた相手がそのまま気絶してくれるとは限らん。むしろ、戦で昂っている相手などは投げだけで決まらないことも多い。投げられて頭を打っても、即座に反撃してくる者も居たほどだ。投げを打ったなら、その後もどう続けるかを意識したほうが良いだろう」

「はい、分かりました」

「うむ、では次の班」

何人かが戦っては講評され、戦っては講評されと続く。

誰も彼もが張りきっていて、いつも以上に怪我も増えている感じだ。

そして、いよいよのタイミングがやってくる。

「よし、次……あ~……シェラズド。本当に大丈夫か?」

「はい。勿論です」

呼ばれて進み出たのは姫。

対するお相手は、銀髪の青年。ヴォルトゥザラ王国にも使節団随行の経験があるシンである。

姫はやる気十分で張り切っている様が見て取れるが、対するシンはあまりやる気を感じない。全くないわけではないのだが、周りにいる他の人間の熱意とは雲泥の差だ。

この模擬戦相手についても、血を血で洗うようなどぎつい争奪戦が行われている。

学生同士で対戦相手の席を巡って争ったのだが、あまりに激しい争いになったことで教官がシンを指名したという経緯。

美少女とお近づきになれる絶好のチャンス。何なら、戦ってる最中に嬉しいラッキースケベまであるかも、などと不埒な考え方で、学生たちは姫の訓練パートナーになりたがった。

それは、荒れもするだろう。

皆、女っ気に飢えている餓狼だ。俺が俺がと皆がガチで殴り合い、教官が止めなければ間違いなく剣を抜いていた。

流石にこれは放置できないと教官も介入。そして選ばれたのが、何故か件の美青年。

シンは一人だけ熱狂から外れていたために、教官もまともな模擬戦に出来ると考えたのだろう。

「いざ、尋常に勝負」

姫は、訓練用の木剣を構える。

身体を半身に開きつつも、やや足を狭めに置き、腰を低く落としつつ重心は軽め。いつでも前後左右に動けるようにした、機動力重視の構え方である。

敵に相対する面積を極力小さくしようとする構えであり、神王国人は余り馴染みの無い態勢。

主にナイフや片手剣のみを武装とし、身軽に動くヴォルトゥザラ流の武術の基本形。

対する男は、足は肩幅ほどに開きつつ正対しており、重心はしっかりと中央に置いてどっしり構える。

前後というよりは左右に動くことを重視した構えであり、更に言えば両手剣を使う為に考えられてきた、神王国の騎士が使う剣術の構え。

正眼に構えたまま一切のブレ無く待ち構える姿勢には隙が無く、これだけでもかなりの練度が窺える。

「はじめ!!」

教官の号令で、おりゃあと剣を振りかぶる姫。

対する色男は、殆ど動かない。

軽くすり足で移動する程度で、姫の攻撃を捌いていく。

やはり、軍人教育を何年も受けてきた才子と、温室で育てられた公女では実力に差があり過ぎる。

しばらく姫が攻撃をやたらと繰り返し、シンが軽くあしらうという攻防が続く。

息が上がるのは、当然姫の方が先だった。

「はぁはぁ……負けましたわ」

やがて、姫は勝負の負けを認めた。

自分がいくら攻撃しても無駄だと悟ったのだろう。

ちなみに、シンが姫を攻撃したりはしない。

そんなことをすれば、阿呆な色ボケ達から付け狙われると理解しているからだ。

いい勝負だった。

と、姫に言葉を掛けたシン。勿論、社交辞令だ。

いい勝負どころか相手にもなっていなかったのだが、留学生相手にそれを言って恨まれても仕方ない。

次の模擬戦が有るなら、他の人間にやらせてほしいと、シンは言う。

曰く、姫と戦いたがっている人間は多いからと。

しかし、姫は 頭(かぶり) を振った。

「明日は負けません!!」

「は? なんでだよ」

シンは知らない。

シェラ姫は、意外に負けず嫌いなのだ。