作品タイトル不明
419話 ふわふわお菓子は二度美味しい
穏やかな昼下がり。
のどかで呑気な雰囲気の漂う、休憩中の執務室。
「村開きも無事終わり、代官である村長も決まり、魔の森の開拓も順調そのもの」
「そりゃよかった。俺も臨時で代官なんぞさせられましたし、決まってせいせいしてまさぁ」
「せいぜい一週間ほどでしょう。何度もぐちぐち言わなくてもいいじゃないですか」
「おかげで嫁の機嫌が悪いったらねえ。全部坊のせいでさぁ」
従士長シイツが、しみじみと呟く。
「取り急ぎで片づけねばならないことは、全部片付きましたか?」
「そりゃまあ。早めに片付けねえといけねえ仕事は幾らでもありますが、新しい村の件についちゃ、ひと段落でしょうよ」
「チョコレート村です。さて、そこで、やらねばならないことを思い出しました」
「何です、そりゃ?」
ペイスが、執務室の椅子からすくっと立ち上がる。
シイツには、どうにも嫌な予感が走った。
「マシュマロを、キャンプファイヤーで焼かないと!!」
「……はい?」
こいつは何を言ってるんだ、と言わんばかりのシイツのあきれ顔。
それを確かに見ているはずなのに、あくまでマイペースなペイス。
「この間、マシュマロを作ったじゃないですか」
「ああ、あの妙ちくりんな食感のお菓子ですかい?」
「そう、それです」
先日、魔の森から手に入れた蜂蜜を水あめ代わりに使い、マシュマロを作った。
ふわもことした不思議な食感のスイーツは、女性陣には特に受けた。
女性従士たちだけを集めたモルテールン家の懇親会でも、ひと際珍しいマシュマロは注目の的であったのだ。
「確かに、マシュマロは美味しいお菓子です。しかし、マシュマロの潜在能力は、ただ単に食べるだけにとどまらない!!」
「あ~はいはいそうですね。お、ジョゼお嬢の健康状態の定期レポートじゃねえか。順調そうで何より」
ペイスは拳を振り上げ、滔々と語る。
マシュマロとは、それをそのまま食べるのも勿論美味しいが、それだけが食べ方では無いのだと。
尚、シイツは既に書類仕事をしながらペイスの熱弁を聞き流している。
「冷やして食べるとまた固めの食感になりますし、温めて食べると柔らかくなる」
「はいはい」
「特に、軽く炙ったマシュマロは熱で蕩けて、全然違った食べ物に早変わりする。その変化の過程をじっと見るのも楽しい。食べてよし、見てよしのスイーツとなる!!」
「はいはい」
「食べる場所も重要です。マシュマロは、室内で食べるのも良し、屋外で食べるのも良しです。特に屋外で食べるなら、焼きマシュマロが最高なんですよ」
「はいはい」
お菓子狂いの異常なスピーチは、佳境に入る。
「つまり、マシュマロがあって、森の焚火があるなら、焼きマシュマロなんですよ」
「俺には、坊の言ってる理屈が微塵も理解できねえです」
「ふふふ、実物を食べれば意見も変わりますよ」
「はいはい」
「じゃあ、いきましょうか」
「ん? 何です、坊」
「だから、話を聞いてましたか?」
「いえ、全然」
「焼きマシュマロの美味しさを体験してもらう為にも、早速チョコレート村に行こうじゃないですか。マシュマロもお菓子もたっぷり持って」
「は?」
行動力は無駄に有り余っているのがペイスという少年。
シイツが話を聞き流していたことを良いことに、強引に新しい魔の森の村に視察すると決めた。
荷物で最初に用意されたのが、マシュマロ。
一体、何を視察するつもりなんだとシイツがぼやいたのは甚だ余談である。
新しい村に着くと、ペイスは早速バーベキューの準備を始める。
駐屯部隊も何をしようとしているのかが分かったのだろう。ウキウキと手伝いを始めて、コンロの準備もあっという間に出来た。
最初にペイスがやったこと。
それは、勿論マシュマロを焼くことだ。
「甘ぇ。これが焼きマシュマロってやつですかい?」
「ええ。美味しいでしょう」
「まあ、不味くはねえです」
焼きマシュマロを試食したシイツの意見は、とにかく甘いであった。
砂糖も蜂蜜もたっぷり使われているマシュマロであるから、確かに食べると甘い。火によって蕩けている分、尚更甘みが強く感じられた。シロップを舐めているような感じだ。
美味しいか美味しくないかで言えば、まあ美味しい。ただし、一口で良い。
酒飲みのシイツからしてみると、大量に食べたいとは思わない味だった。
勿論ペイスも、そんなことは端から想定済み。
マシュマロの奥深さを知らしめる、秘密兵器があるのだ。
「そして、とっておきのスイーツが、これ!!」
「何ですかい、こりゃ」
ペイスは、火で炙ったマシュマロを、何やら細工し始める。
出来上がったのは、サンドイッチにも似た小さな食べ物。
「チョコとマシュマロを焼いてビスケットで挟む。スモアというスイーツですよ」
「スモア?」
スモアとは、元々アメリカで生まれたスイーツ。
アメリカのボーイスカウトやガールスカウトでは定番のお菓子となっていて、焼いたマシュマロを、チョコレートとあわせてクッキーやビスケットで挟んで食べる。
語源はSome more(もうちょっと欲しい)という英語から来ていて、一つ食べるともう一つ、もう一つ食べるとあとちょとといった具合に、ついつい手が伸びてしまうという子供に大人気のお菓子である。
「やはり、森でのキャンプはこうでないと!!」
森の中でマシュマロを焼くペイス。
その顔には、笑顔が浮かんでいた。