軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

406話 本領発揮

熱波の残滓が肌をチリチリと焼く。

「これは流石と言おうか」

バッツィエン子爵の目の前には、死屍累々たる惨状が広がっていた。

勿論、ペイスとペットとゆかいな仲間たちが暴れまくった結果である。

ペイスやピー助が散々に蜂を倒し、刮目すべきはバッチレーも“魔法”で蜂から隊員を守っていたこと。

驚くばかりの子爵ではあったが、モルテールン領に来て以来、驚くことに慣れてきてしまったのは悲しい話だ。

常識という言葉が自分の中からすたこらさっさと逃げ出してしまい、代わりに居座っているのが非常識の権化である。

モルテールンの非常識に染まっていってることは、進歩なのかどうなのか。

今までとは違った方向に進んでいることは間違いないが、それが前に進んでいるかどうかは怪しい。明後日の方向に進んでいる気がしてならないのだ。

「モルテールン家の従士の活躍も素晴らしい」

「ありがとうございます」

褒められたのは、モルテールン家の兵士を指揮していたバッチだ。

若手としていつも先輩に厳しい指導を受ける身。精鋭主義のモルテールン家は、先輩たちも皆が皆厳しい特訓や苦しい現場を乗り越えてきた有能揃い。

どうしても若手としては引け目も感じるのだが、外部の人間、それも経験豊富な国軍の偉い人に褒められれば、嬉しいものだ。

どうしても照れてしまう。

「バッチ、ぼさっとしない。まだ敵はいますよ。集中してください」

「は、はい」

ペイスには後ろにも目が有るらしい。

どういう視野の広さなのか、自身も戦いながらバッチを叱咤する。

戦場で気を抜くなど言語道断であると、もしも先輩たちが居たら叱られていたかもしれない。

改めて気合を入れなおすバッチ。目の前には敵また敵。

蜂の数は、雲霞の如く。

倒しても倒しても湧いてくる魔物に、モルテールン家の精鋭たちも息が上がってきている。

平気な顔をしているのは、ペイスとそのペットぐらいなものだろう。

「第三班、北東より東寄り。連続三射いきます。慌てずによく狙って。ペイス様と大龍には当てないように」

「はい」

「狙え。撃て!!」

バッチレーの号令一下。

吹きあがったのは炎の放射である。

一つの班は班長一名と班員六名。それが全員【発火】の魔法を使ったのだ。

全員が同じ魔法を使って足並みを揃える。チームで魔法を使うという意味は大きく、相乗効果によって単なる足し算よりも数倍する威力が出ていた。

一言でいうなら異常。

そもそも魔法は個人技能の色合いが極めて強く、同じ魔法を別の人間が使えるということ自体珍しい。だからこそペイスの【転写】の本当の能力はモルテールン家の最高機密になっている訳だが、目の前の光景は既存の常識では理解不能である。

魔法の一斉射撃。

世界の魔法事情が根こそぎひっくり返りそうなことではあるが、【発火】の魔法ならばまだギリギリ納得も出来た。

魔法の中でも比較的発現しやすく、同時代に幾人も【発火】が使えたというのは珍しくないからだ。魔法の運用として【発火】の魔法使いを二人や三人用意して、息を合わせて魔法を行使させる、という運用は過去にも例がある。

しかし、ペイスの非常識は更に上を行く。

一つの班どころか、従士全員が魔法を使う。同じ魔法を、息を合わせて。その上で“別の魔法”も同時に運用する。

多くの軍人、魔法使い、研究者が、出来るとすれば効果的と論じていた机上の空論。それが、現実になっているのだ。

「三班、下がって。第四班。同じく北東から東に向けて。狙いは良いです。撃て!!」

「はい!!」

次なる号令の元、同じように、いや、それ以上の炎の柱が吹きあがった。

火災旋風とも呼べる炎の竜巻が、地面を舐めるようにして灼熱の地獄を生み出す。

第四班と呼ばれたものが使ったのは、風を操る魔法。

そう、“蜂の魔物“が使っているはずの魔法である。

教会の記録でも、この魔法を使える魔法使いの存在は現時点で“未確認”のはずなのだが、実に不思議なことに、ここには集団で存在する。

バッツィエン子爵などは既に理解を放り投げて、そういうものなのだろうと有るがままを納得していた。

賢明というべきなのだろうか、或いは思考放棄というべきなのだろうか。

領軍の従士部隊第四班全員が全員、飴を舐めつつ魔法を放つ。

第三班の【発火】とあわせて、とんでもない爆炎が蜂を片っ端から焼き上げる。

一足す一は二じゃない。二百だ。

天を焦がさんばかりの猛火によって、蜂の魔物との戦いというよりも駆除に見える。

「ペイス様、やっと親玉が見えました」

バッチが喜色を込めて報告する。

蜂の群れ、蜂の霧とも言うべきものの隙間から、終わりが見え始めたのだ。

「ようやくですか。待ちかねました」

「きゅいい!!」

何千という数の蜂をこんがりグリルに処したところで、ロースト蜂の奥から一層低い羽音が響き渡る。

蜂の親玉ともいうべき、女王バチの登場である。禍々しいほどの警戒色を身に纏い、人の背丈以上にある羽をばたつかせ、人間の腕のような太さの針が見え隠れするという邪悪さ。凶悪さ。醜悪さ。

普通、女王バチというのは産卵を始めると飛ばなくなるものなのだが、魔物というのは生態も異常なのだろう。

どの蜂よりも巨大で、ちょっとした家屋敷ぐらいは有りそうな大きさのボス。しかも、肌に刺さるような強大な魔力を帯びている。

ボスの周りが小さな竜巻になっているようで、火花が吸い込まれるようにしては消えていく。

「……想定通りですね」

ペイス達は、以前にも同じく蜂の魔物を相手にし、その経験から今回も群れのボスが居ることを確信していた。そして、雑兵をことごとく駆逐していけば、いずれは親玉が顔を出すであろうことも。過去の経験が活きているというもの。

ボスが出るのが、遅かったぐらいだ。待ちに待ったというべきなのだろう。

「バッチ、緊張する必要はありません」

領軍を預かって指揮している若者が、ガチガチに緊張していた。

それも当然だろう。ペイスの配った魔法の飴によって、簡単に片付いたように思える蜂であるが、普通の人間であれば一匹相手でも勝てない相手。

狼や熊並みに恐ろしい肉食の魔物の、更に何倍何十倍も強いであろうボスに対して、自分が兵を指揮して戦わねばならない。

自分が指揮を間違えた時には、自分たちがそっくり餌になりかねないのだ。強張るなといっても無理がある。

ペイスは、バッチを落ち着かせようと声を掛けた。

「大丈夫ですよ。普通の蜂はちゃんと対処できたでしょう? あれも同じようにやれば良いのです」

「しかし、あの蜂は……魔法を使うのでしょう?」

「そうでしょうね」

「そうでしょうねって!!」

魔法とは、人知を超えた超常の能力。

神王国人のみならず、この世界の人間ならば誰しもが知り、誰しもが憧れ、そして誰しもが恐れる能力だ。

人には不可能な現象を起こし、時には一人の魔法使いが、どれほど一方的な戦場であってもひっくり返す。

劣勢を優勢に、敗勢を勝勢に、そして敗北を勝利に塗り替える。それが魔法というものの理不尽さ、頼もしさだ。

神王国人は、魔法の凄さを誰しも子供の時から聞かされて育つ。味方の魔法使いが、強大な敵をばったばったとなぎ倒す英雄譚。

どんな時でも諦めず、形勢を必ず勝ちに導くヒーローストーリーだ。

魔法使いは勝利の代名詞。

だからこそ軍人は魔法使いが敵に回ることを恐れる。

敵に魔法が有ることでどれほど手強いかを、自然と皆が理解しているからだ。

蜂が魔法を使うというのなら、油断や楽観など出来ようはずもない。

「心配いりませんよ。今は皆も“魔法使い”です」

「そうですが……」

今は、何故か従士たちも魔法が使える。

不思議なあめの効果で、突然レベルアップでもしたのだろう。

しかし、使えると言っても“自分の魔法”ではない。どこまで行っても他人の力。他人の魔法である。

バッチが不安を拭えないのは、経験と場数が不足しているからだろうか。

「それに、こっちには秘密兵器が有りますからね」

「あっ!!」

ペイスは、そっと“秘密兵器”を撫で、そのまま空に向けて放つ。

横で見ていたバッチは、やっと不安から解き放たれる。これこそ理不尽な絶対勝利の保証書である。

「きゅいいぃぃ!!」

放たれた秘密兵器ことピー助は、とても美味しそうな御馳走に向けて、嬉々として突撃していく。

魔力を主たる餌とする大龍にとってみれば、強大な魔力を帯びている魔物などは鴨がネギを背負っているようにしか見えないのだろう。丁度いい“おやつ”が有ることに、ご機嫌ウキウキな大龍。

女王バチやその取り巻きも懸命に魔法や牙や針で応戦しているのだが、大龍の鱗はどうにも貫けないらしく、一匹、また一匹と地面に落とされていく。

腐っても鯛、赤ん坊でも大龍である。鱗の硬さは折り紙付きであり、蜂にとってみれば生まれつきの天敵としか言いようがない。

食べ放題のビッフェに狂喜乱舞するピー助。

「お? あれって魔法を食べてるんですか?」

「正確には、魔法の元になる魔力を食べているということでしょうね。結果として、蜂の風を操る魔法が無力化されている」

「凄いですね。……あ、蜂が落ちましたよ」

「これはもう決まりですね」

女王バチ、落つ。

魔法を出す前に魔力をパクリパクリと食べられてしまえば、強力な魔法も撃つことは無い。ピー助は、女王バチが地面に落ちたところで止めを刺した。大龍にかかれば、あっけないものだ。

「バッチ。仕事ですよ。後片付けです」

「うわぁ、これどうせならピー助に食べてもらえませんかね?」

勝負がついたところで、後始末が始まる。

地面を埋め尽くす魔物の死骸を集め、そして“戦利品”を回収せねばならない。

バッチは隊員たちを一生懸命指揮して、穴を掘ってそこに蜂の死骸を放り込んでいく。あとで油をかけて焼くためだ。

「モルテールン卿、勝利であるな」

バッツィエン子爵が、蜂との戦いが終わったことでペイスの元に戻ってくる。

何故か満面の笑みを浮かべながら、サイドチェストをしつつ。

「それで、この後はどうされるのか?」

蜂の後片付けが済んだ後の指示を聞く。

散々に暴れたことで、焼けた森はぽっかりと開いていたからだ。

これをそのままにしておくよりは、手を付けておけば後々拠点の拡張もしやすい。かといって、他に蜂もいるかもしれず。森の監督は怠れない。

何にどう対応し、どこにより多くのリソースを割くのか。

バッツィエン子爵が質問するのも当たり前である。

質問されたペイスは、焼けてだだっ広い土地が確保できたのを見ながら、言う。

「開拓ですね。そして……」

「そして?」

ぐっと手を握りしめるペイス。

「お菓子作りです!!」

ビバ、スイーツ。

ペイスの本領発揮の時間である。