軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

374話 王への報告

神王国王都。

王宮の中の、国王の私室となる寝室に、その一報は届けられた。

「陛下」

国王の寝室は、入ってこられる者が限られる。

権力者のプライベートスペースだ。余程に信頼の有るものでしか立ち入りを許されない。

その上、深夜の就寝中に入っていい人間など、国王の実子か、使用人のトップぐらいである。

「陛下」

王に声を掛けるのは、侍女長。

王宮の侍女を取りまとめるトップであり、かなりの地位にある女性だ。

公爵家出身で、薄くであるが王家の血も引いている。

日頃は陰に控え、王の生活が快適となるように気を配る彼女が、深夜に王を訪ねる。

艶めいた話ではない。それならば彼女の声はこんなに緊迫していない。

再度の呼びかけで、ようやく王が目を覚ます。

「何だ、今は就寝中だぞ」

真夜中に叩き起こされるなど、王でなくとも不機嫌になる。

これが凡百の人間であれば、不敬罪にでもなりそうな状況。

さすがに暴君でもない国王カリソンは、寝起きで不機嫌ながらも何事かと尋ねる。

「至急のご報告とのことです」

「一体何があった。隣国が攻めてきたとでも言うのか?」

王が就寝中に叩き起こされる事態など、そうそうあってもらっては困る。

それこそ、反乱クーデターが起きて王の身が危ないであるとか、王子や姫が攫われたであるとか、何なら隣国が攻め込んできたぐらいのビッグニュースでも無ければ、許しがたい。

「いえ……それが、龍のことについてと。至急の御用件である旨をお伝えせよとだけ」

「何? 龍のことで至急?」

「陛下はご就寝中と伝えたのですが、侍従長からどうしてもと」

「ならば、本当に大事が起きたか。全く、国王などになるものでは無いな。夜中でも仕事がついて回る」

龍と言えば、先日来から神王国を騒がせている問題の一つ。

巨大龍出現から始まった騒動は、今なお終息の兆しすら見せない。

特にモルテールンには生きた龍を預けている。ここで何か問題が起きたか。

或いは、巨大龍が再び現れた可能性もある。

一度龍が現れたのだ。龍が出たと言われて、過去の伝説と笑い飛ばす勇気はカリソンには無い。

そして、もしも本当に巨大な龍が再び出現したとすれば、どこに向かうにせよ被害は深刻なものになるに違いない。

国王という最高権力者を就寝中に叩き起こすのだ。何にせよ放置も出来まい。

「分かった」

休息の時間に仕事が持ち込まれたことを苛立たしく思いながらも、私室まで届けられる急報を聞かずに済むはずも無い。

ナイトガウンのような寝間着もそのままに、国王カリソンは寝室から出て、待ち構えていた部下の報告を聞く。

「それで、龍のことについて至急の報告があるとのことだったな」

「はい」

届けられた内容は、機密性の極めて高い報告であった。

普段であれば面倒くさくて省略される手順も、全て踏襲して挙げられた報告だ。

普通の報告であれば、各部門の尚書が自分の担当する業務について報告を挙げる。尚書の手元に控えを残し、下から挙げられてくる報告であったり、陳情であったりを取りまとめて国王へ報告するのだ。

しかし、今回の報告はその控えを残さない報告。機密性保持のためだ。

内容の控えを残さないのだから、内容に不備があっても確認しようがない。

従って、内容に間違いがないか、尚書が何度となく確認をし、絶対に間違いないという確信を持てたタイミングで報告されるのだ。

こんなこと、普段であれば相当に重要なことでしかやらないし、やろうと思っても忙しい人間にはなかなか出来ない。

「報告者は……モルテールン子爵。カセロールの奴か」

まずは、ほっとした。

巨大龍が再び現れましたなどという凶報では無さそうだったからだ。

もしもそんな報告なら、報告者が一子爵家だけなどということはあり得ない。軍務尚書や軍務次官が血相を変えて直談判に来ていることだろう。

最悪の事態は避けられた。これを安堵するのは当然のことだろう。

とはいえ、至急というからにはそれ以外に何かあったはず。

カリソンは、内容にざっと目を通す。

報告者がカセロールというだけでも、どことなく厄介ごとの香りがしてくる。

これこそ経験から来る勘というやつで、恐らくだが内容は息子が関わっているのだろうと推察できた。

何故なら、仮にカセロールの純粋な職分での緊急事態ならば、報告者はカセロールの上司であるカドレチェク家の御曹司、或いは更にその上の、国軍から報告されているだろうからだ。

カセロールから直接。それも最重要の機密事項と念押しされて、更にカセロールの言い分を尚書が認めて、出来上がったのが手元の報告。しかも真夜中の緊急報告。

どうだろうか。厄介ごとの香りしかしないのではなかろうか。

勘というよりは、事実の類推による精度の高い予測と言えるかもしれない。

報告の羊皮紙を広げる国王。

目を通し、二度三度と内容を反復したカリソンは、報告内容の書かれた羊皮紙に火をつけた。

これは、絶対に外に漏らせないという確信を得たからだ。

「龍の鱗が量産出来ることが実証されてしまったか」

報告内容は“モルテールン領にて信託保育中の大龍が脱皮をした”というもの。

そう、脱皮である。

報告内容には更に詳細も書かれており、脱皮した皮にはしっかりと鱗も残っていたということであった。

トカゲや蛇の脱皮であれば大したことは無いだろうが、大龍の脱皮となれば話は変わってくる。

そも、大龍の飼育が国家プロジェクトであるのは、龍の鱗が貴重な資源だから。

いまだ神王国内でも知る人間は限られているが、龍の鱗からは希少な魔法金属である龍金が作れるのだ。

龍金は、建材として使えば魔法を阻害する効果があるし、触媒として使えば一般人が魔法を使えるようにもなる。

龍金の量が、そのまま国力と呼べるようになる可能性も無視できない。いや、近い将来必ずそうなるだろう。レアメタルの備蓄量が軍需物資の生産能力に直結する未来を知るペイスなどは確信を持っているが、そうでなくともある程度のまともな判断力が有れば分かる。

好きな魔法を好きなだけ使い放題に出来、相手の魔法は幾らでも無効化できる状況。龍金が豊富にあるならば、それが実現できるのだ。既存の戦略を、丸ごと陳腐化してしまいかねない事態。

龍金をどれだけ持っているかが国の力を指し示す物差しとなり得る。

まさに、戦略物資と呼ぶべきもの。

今までであれば、龍の鱗などというものは何十年かに一度手に入れば良い方だった。

命知らずが無謀にも魔の森に入り、宝くじに当たる並みの幸運をもって龍の鱗を拾い、それと知らず持ち帰ってくる以外に入手する手段がなかったのだ。限られた貴重な資源であり、しかもそれを教会が隠匿していたことも判明している。龍金の下位互換である軽金を、恐らくは隠匿していた龍の鱗から作り、魔法使いを生み出す儀式も独占していた。

情報の独占が富を生む。絵にかいたような寡占化と情報封鎖によって大きな利益を得ていた教会。

それが先年、モルテールン家とボンビーノ家の連合。実質的にはペイス単独で大龍を倒し、龍の鱗を大量に入手することに成功する。更に、軽金の上位互換である龍金の作成方法も発見。そして製造方法の流布も行われた。

これにより、教会の魔法金属独占が崩れた。

神王国は、目下のところ魔法技術の進展が急速に進み、魔法使いの質もどんどん向上しているさ中にある。

王立の研究所は、既に空前の規模で寄付が相次いでいるという報告も上がっていた。寄付とは言いつつ、実際は投資に近い。龍資源による魔法技術の向上が、多くの分野で、それも同時並行で行われている。どこを掘っても当たりが出る鉱脈の様なもので、利に敏いものは多くの資金を投じて、技術を囲い込もうと必死になっている。

各貴族が競って金を投じて技術と知識を増やし、王立研究所そのもののオーナーである王家はその上がりをちゅるちゅると頂く。なんとも美味しい話だ。

だが、当然これらの良い知らせが未来永劫続くかと言えば、そんなはずは無い。

特に龍の鱗と、それから作られる龍金について。

今でこそ、大量に龍の鱗は出回っているが、龍金は消耗品。数が限定されているかぎり、いつかは無くなるもの。

どれほど時間が掛かるかは分からないが、龍金を使って魔法的な国力を高めれば高めるほど、資源枯渇のタイムリミットを削るという事実があった。

ところが、である。

今回の報告で、龍の鱗が“継続して生み出される”ことが確定した。

そうであれば最高だなと思っていた希望が、事実となったのだ。

これで、神王国は資源の制約を気にすることなく、魔法研究と実戦配備に邁進出来る。

もって、国力の増大は確約されたようなものだ。

「深夜に起こされるだけのことはある話だな」

国家戦略を根底から左右しかねない情報の確定。

機密度も高く、王を夜中に叩き起こすだけの価値は有る情報だった。

この情報は、今のところ知るものは限られる。

モルテールン家の親子と部下数人。軍務尚書と国務尚書、そしてカリソンと言ったところか。

この中で、異彩を放っているのはやはりペイストリーだろうか。

まだ子供と呼べる年の、あどけない少年。

それが、国家の命運を左右する秘密を握っているという事態。

報告には、この秘密を最初に知ったのが彼の少年だったという。

「ふむ、これはやはり功績だな」

冷静に考えて、国家の国力増大に繋がる成功を収めたのは、功であろう。

信賞必罰は人の上に立つものとして大原則である。

カリソンは、思う。龍を退治し、卵を発見し、孵化させ、育成法を確立し、そして今また恩恵を与えてくれたであろう人物に対し、栄誉を与えるべきであると。

しかし、同時にこうも思う。

これほどの功績を為しておきながら、普通に褒美を与えて終わりで良いのかと。

「少し、驚かしてやるか」

カリソンの顔には、悪戯を思いついた子供の様な笑顔が浮かんでいた。