軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

359話 凱旋の歓迎と両親の語らい

汗ばむ季節となった黄上月。

神王国王都のモルテールン家別邸では、領主夫妻が久方ぶりに語らいの時間を持っていた。

神王国でもおしどり夫婦で知られるモルテールン夫妻。夫カセロール=ミル=モルテールン子爵と、妻アニエス=ミル=モルテールン子爵夫人の二人。

毎日それぞれに忙しくしている二人が時間を共にするのは、情報共有の為。

今回は、特に重要な情報をカセロールが持ってきていた。

「アニエス、今少し良いか?」

「ええ、大丈夫よあなた」

「悪いが、いつもの場所じゃない。仕事部屋に来てくれ」

夫が妻を誘ったのは、執務室。

防音、防諜、防魔法対策が完璧に為されているモルテールン子爵家自慢の部屋だ。この中で会話したことは、中にいた人間が漏らさない限りはまず外には漏れない。

貴族街の端に建てられているのがモルテールン家王都別邸ではあるが、この執務室に掛けられているお金だけで近所のお屋敷を向こう三軒まで買えるぐらい掛かっている。リフォームに携わった工務店が、貴族を専門としているにも関わらず代金支払いでビビったほどだ。

モルテールン家が儲かっていることを何より如実に表す部屋であり、見栄に金を使うよりも実利実益を優先する家風を象徴する部屋でもあった。

見た目だけならば普通の執務室にしか見えないのに、他の部屋よりも壁が五倍は分厚い為、外から見るよりは狭い室内。

「たまには私が淹れようか」

執務室には給湯スペースも付設しているが、今は大事な話だからと人払いをしている。

いつもは妻がお茶を淹れてくれるのだが、たまにはよかろうとカセロールがお茶を準備する。

元々貧乏所帯だったモルテールン家。何でも自分でやるのが普通なのだ。

とりわけ紅茶に関しては社交にも関わる為、カセロールも一通りの知識は持っている。

「美味しいわね」

「そうか。茶葉を変えたんだ。気に入って貰えてよかった」

夫が淹れたお茶を、美味しいと褒める妻。

愛妻の言葉に、頬が緩むカセロール。

「あなたの淹れたお茶も久しぶりよね。腕前が落ちてないのは喜ぶべきことかしら?」

昔はもっと頻繁にカセロールがお茶を淹れていた。

もっとも、その時は領外からの輸入品の紅茶では無く、モルテールン産の豆茶やハーブティーだったが。

「騎士がお茶の腕前を褒められるというのもどうなんだろうな。嬉しい気もするが、外で披露する機会も無い。こうしてお前と飲むときぐらいだろう」

「いつでも淹れてくれていいのよ?」

「そうは言っても、体面もある。第一、お茶を淹れるのはペイスの方が上手い」

「あの子は別枠よ」

二人は、しばしお茶を楽しむ。

久々に優雅な時間を過ごし、雑談に興じる。

「そうそう、そのペイスだが……戻ってくるぞ」

「まあ、そうなの?」

アニエスは夫の言葉に顔を綻ばせる。

ここ最近は夫も仕事で忙しくしており、またアニエス自身も社交に慌ただしい日々を送っていた。

時間が飛ぶように流れていく中、愛する息子と久しぶりに会えるというのは朗報である。

そもそも、ペイスは既に成人していて立派な大人として扱われているのだが、年はまだ12かそこら。成長の早い女の子を既に五人嫁に出した二人からすれば、まだまだ可愛い子供。

「あの子はちゃんとやるべきことを出来たかしら」

「その心配は要らない。むしろ、やりすぎる心配をするべきだな」

「まあ」

夫婦は、互いに莞爾と笑う。

彼らが愛する嫡男は、非常に優秀である。自他ともに認める才子であり、神王国が誇る次世代の麒麟児。

愛息の天才っぷりを誰よりも信じ、親馬鹿の名を恣にする父親にとってみれば、妻の心配は無用なことと笑い飛ばすもの。

今までもそうだった。仮に問題が起きようとて、問題を解決できなかった試しがない。むしろ、解決方法が斜め上に飛躍しすぎており、周りが振り回されることの方が多かった。

今回、王子殿下のお声がかりという大変に名誉な状況で、外国に友好使節の一人として出向いてる。きっと、友好という目的は十全に果たされた上で凱旋してくることだろう。

本気で、やり過ぎないことを心配するカセロール。

「私も報告を聞いているが、既に幾つかやらかしている」

「そうなの?」

夫は、深く頷いた。

報告を聞くだけでも溜息の出そうな状況を、思い出したからだ。

「ああ。あいつがヴォルトゥザラ王国に行ってから、向こうの貴族と我が国の商会が一つ、破産しているのは聞いているか?」

「聞いたような、聞いていないような」

アニエスは、夫の言葉から記憶の隅に聞き覚えがあるような感覚を覚えた。

彼女は常日頃、モルテールン家の 細君(さいくん) として社交を行っている。有閑マダムたちの相手をすることも有れば、夫に付き添って子爵婦人として振舞うことも多い。

基本的に人付き合いを円滑に回すのがアニエスの仕事と言える。

色々と集めた噂話の一つが、確かそのような話であったと思い出した。

「ペイスがやらかして、荒稼ぎしたという報告だな」

「そうなの」

ペイスのやらかしたことを羅列していくなら、ヴォルトゥザラ王国について早々に龍の素材を巡る陰謀を暴き、更にはそれを逆手にとって経済戦争を仕掛け、神王国で暗躍していた大商会を、完膚なきまでに叩き潰して破産させている。

そのついでとばかりに、ウロチョロと暗躍していた教会の一部勢力から間接的にごっそり金を巻き上げ、ヴォルトゥザラ王国の大貴族に対しても同じように経済的な痛打を与えている。

これなどはボンビーノ家と協力してのことであったが、頼もしいというべきかやりすぎというべきか。実に悩ましい。

取りあえずは、頼もしいと考えていた方が精神衛生上良さそうだと、夫婦は結論付ける。

「そして、王子殿下を補佐し、ソラミ共和国との秘密裏の協定を結んでいる」

「ソラミ共和国?」

「聞かない名前だろう」

「そうね」

アニエスは、聞きなれない国名に首をひねった。

カセロールの傍にあり、貴族女性としては割と諸外国の情勢にも通じている彼女だが、やはり新興で神王国と縁のない国名までは分からない。

現代で言うなら、日本人の一般的な人々が、中欧諸国やアフリカ諸国の国名を詳細に覚えていないようなものだ。

隣国の大国であったり、或いは遠方でも聞き馴染みのある国ならば知っている人も多かろうが、馴染みの無い国であれば聞かれて答えられる人間が五%に満たないような国も有る。

ソラミ共和国もこの類だ。

アニエスのように一般的な常識しか持たない女性であれば、まず知らなかったとしても不思議はない。

だが、今後はそうもいっていられない。

カセロールはある程度をペイスからの報告で知っているが、今後はこのソラミ共和国は戦略的に重要な立ち位置になる可能性を秘めている。

国軍内部にかなりの影響力を持ち、国政全般にも少なからぬ発言力を有するモルテールン子爵家。その奥を取り仕切る女性として、是非とも知っておいてもらわねばならぬとカセロールは説明を続ける。

「この国から遠いところにある、新興の国だそうだ」

「あら、そうなの」

ソラミ共和国との友好親善に際しては、これまたペイスの周りではひと騒動起きている。

先方の使節団団長が、こともあろうにモルテールン家の従士家の娘であるルミニートに公開プロポーズをかましたのだ。

八方丸く収めるためにペイスも奮闘したのだが、その際のすったもんだは、報告を読んでいても胃潰瘍がお得なバリューセットでやってきそうなものである。

「まあ、そのおかげであの二人が結婚したんだがな」

「そうでしたね。あの二人」

アニエスたちのいう二人とは、先のルミニートと、もう一人。ルミと同じく従士の子であり、ペイスにとっては幼馴染となる青年、マルカルロ。

ルミとマルクの二人の結婚は、彼らを小さい時から知るモルテールン夫妻にとってもほほの緩む慶事であろう。

あのやんちゃだった二人が、いよいよもって所帯を持つというのだ。時の流れのなんと早いことか。

ついこの間赤ん坊だった気もするが、今では二人が結婚である。

自分たちが老け込むわけだと、夫婦でしみじみと時の流れを噛みしめた。

「そういえば、引率していた学生たちも大いに頑張っていたらしい。ルミとマルクも含めて、ヴォルトゥザラ王国のことをかなり深く学んできたと報告にあった」

「お勉強を頑張ってきたのね。ペイスちゃんも勉強していたのかしら?」

「あいつに今更何を教えるのかという気もするが、手ぶらで帰ってくることは無いだろうよ。昔から、抜け目のない子だからな」

「ふふふ、そうね」

くすりと笑うアニエス。

ペイスは昔から手のかからない。いや、普通の子供ならば手のかかるところでは楽の出来た賢い子だった。

自分たちが教わることも多く、放っておいても勝手に勉強するような子供である。

少なくとも、勉強と嫁入り修行の苦手だった末娘のジョゼフィーネや、勉強させてあげる余裕も無かった長女のヴィルヴェとは全く違っていた。

「聞けば、ヴォルトゥザラ王国の家畜の世話を習得したらしいぞ。ルミやマルクもしっかりと学んだから、期待しておいてほしいと報告があった」

「まあ」

「あの国では、馬以外にも駱駝という動物に乗って戦うらしい。モルテールン領の内地には向いているかもしれないから、何とか手に入れられないか探ってみるようなことが書かれていたな」

「らくだ……どんな動物なのかしら」

「馬並みに大きい体をしていて、背中にこぶが有るらしい」

「想像もつかないわ」

学生たちが学んだ技術の一つは、ヴォルトゥザラ王国の家畜飼育について。

とりわけ、駱駝についてはかなり実践的な知識を身に着けてきている。

明日から駱駝の世話をしろと言われても、まず最低限のことが出来る程度には学んできた。

ヴォルトゥザラ王国についていった学生たちにとっては、貴重な経験となることは疑いようもない。

ましてや、元々砂漠に毛が生えた様な乾燥地帯だったモルテールン領の従士ならば、駱駝の扱い方を学んでおいて損は無いだろう。

ルミやマルクの価値が高まるのは、主家としては鼻が高い話である。

「これだけ成果をあげて帰ってくるんだ。盛大に祝ってやらないとな」

カセロールは、鷹揚に頷いた。