軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

351話 密談

ヴォルトゥザラ王国の職人街。

交易都市として四六時中稼働する街にあって、眠らない者たちが働く場所。

そも、交易都市とは文字通り交易を生業として大きくなった街を指す。

砂漠と砂漠の間、山脈と山脈の狭間、森と森の隙間を取って自然と出来る街道。それらが交差する街であり、東西南北から商人が集まり、物を金と交換し、或いは金と物とを交換していく。

交易である以上、商品を金に換えることは何よりも大事なこと。

ブツの内容次第では一刻の違いで価値が何倍も変わってくるような商品だってある。鮮度が命の商品だってあるだろう。昨日仕入れた安物が、次の日には宝石も真っ青な高値に化けることだってあるのだ。

だからこそ交易商人は時間を惜しむ。

一刻一秒とて重要な時、夜中に仕事を止める職人と、急ぎの仕事であれば夜を徹して作業してくれる職人と、どちらがありがたいだろうか。

勿論、大急ぎと言われたなら本当に急いでくれる方を、取引先に持ちたいのが人情というもの。

故に、眠らない。

文字通り徹夜で作業する職人が居る工房もあれば、何人もの職人を抱え込み、交代で仕事をする工房もある。

現代ならばブラック企業も真っ青だが、深夜まで作業をしている職人というのは存外に多い。

毎日どこかの職人が夜中も作業するとあっては、当然音も出るし明かりも漏れる。

特に鍛冶などはトンテンカントンと音も煩い。住宅街から離れた場所に隔離されることも致し方ない。

特に、貴人の住まう地域からは、かなり離れたところに職人街は存在する。

つまりは、偶然に貴族が迷い込むなどというのは珍しい場所ということ。

ましてや、一国の王子が居ることなどありえない。そんな非常識は起こりえない。と、世の人は考える。

凝り固まった固定観念を利用し、或いは活用して、神王国第一王子ルニキスは、職人街の離れの方の家でふんぞり返っていた。

「貴殿がソラミ共和国の外務官か」

「はっ。殿下にお目にかかれましたこと誠に喜ばしく思います」

「プラウリッヒ神王国を統べるものの名代として、同じくこの度の出会いを喜ばしく思う」

「恐縮であります」

アモロウス=ルードは、居並ぶ男たちの前で慇懃に頭を下げる。

ソラミ共和国使節団の団長として、一人の書記官と一人の護衛だけという少人数での拝謁だ。

ルニキス王子の傍には、護衛としてスクヮーレ、補佐する書記官としてペイスが居る。

ソラミ共和国も、神王国も、どちらも同人数。お互いに非公式かつ初見の会合には、出来るだけ対等にという政治力学が働いた結果だろう。

本来であれば、大国の王子ともあろう人間がこそこそ隠れるようにして、少人数で外国の得体のしれない人間と会うなど褒められることでは無い。

諸事物騒な世界だ。身柄を攫われて「王子は我が国に亡命を求めている」などと声明を出されれば、身代金をどれだけ要求されるか分かったものではない。

それでもこの三対三のお見合いが出来るのは、王子が護衛を信頼しているから。より正確に言えば、護衛隊長の補佐役が一騎当千の 兵(つわもの) だと知っているからだ。

豪儀にも直接の面識を持った代表者二人。お互いに観察が終わったのか、社交辞令のあとに雑談が始まる。

「改めて聞くまでも無いと思うが、貴殿らはソラミ共和国から来たのだそうだな」

「はい、左様です殿下。我が祖国ソラミ共和国は、私をこの国に派遣しました。菲才の身ながら、与えられた職務に邁進する次第です」

王子が国を代表するような立場にあることは分かりやすい。実務的には中央軍大将を兼任するカドレチェク軍務尚書や、国務尚書を兼務して実質的な宰相ともいえるジーベルト内務尚書などが国のナンバー2。

だが、血統としての王家のみを見るならば、王家のナンバー2は誰が見てもルニキス王子である。

対し、ソラミ共和国側の代表者は貴族ではないという。

ソラミ共和国の内情などは知らない神王国側としては、代表者がお飾りでないか、交渉の最終決定権があるのか、実務の責任を取れるのか、最初に確認する必要がある。

どれほど交渉しても、最終的に「結論は本国に持ち帰ってから」などと言われれば、粘って交渉したところでいつでもテーブルをひっくり返されてしまう。

雑談の冒頭は、自分たちは交渉相手に足るという宣伝である。

十分交渉相手として成り立ちます、という確認が取れたからだろう。

満足そうに頷くルニキス王子。

「しかし、ソラミ共和国とは聞かぬ名だ。どのようなところか」

「さすれば、大陸の中ほどに大河あり、大河の始まるところより終わるところまで、我がソラミ共和国でございます」

「ふむ」

交渉に先立ち、ソラミ共和国に興味を見せる王子に対し、アモロウスはとうとうと語る。

語る内容はまず歴史から。

「水清く、山紫水明。豊かな土地に守られる我が国では、古くより水運が盛んでございました」

「ほう」

エジプト文明の興りに際して「ナイルの賜物」という言葉が有るように、おおよそこの世界でもより高度に発展した街というのは、ほぼ全てが川や海の傍にある。

人が生きていく上では水が必須であるし、農業を行うならば河川の傍でやることこそ合理的だからだ。

ソラミ共和国の前身たるソラミ市も、川の傍に人が集まったことがそもそもの興り。

農業が盛んであり、水運を用いて交易も行っていたと使節団長は語る。

また同時に、ヴォルトゥザラ王国や神王国の王都と比べると、田舎でもあるらしい。

まだまだ発展する余地が大きい、未来に期待の持てる国であるとはアモロウスの言である。

「数十年前。私の祖父の時代ですね。諸外国が大いに乱れた際、周りの土地はずいぶん荒れました。我らの土地も例外ではなく、時の権力者たちの都合で、何度となく戦火に焼かれております」

「ひどい話だな」

「はい」

色男は、ぱっと見には殊勝に見える顔で頷いた。

かつての戦乱の時代。今となっては混乱の元凶すら定かではなくなってしまったが、大陸全土に渡って戦いと流血の激しい時代があった。

弱い国が強い国に倒され、かと思えば強い国が隙をつかれ、或いは連合によって引き倒されて分裂する。そして更に争い合うという、泥沼の醜い戦争の時代だ。

ソラミ市もまた例外ではなく、幾つかの隣国がソラミ市を手にせんと争い合い、取った取られたを繰り返し、その度に町の家は焼かれもし、町の財は奪われもし、町の人は殺されもした。

「ころころと変わる街の支配者。これでは何時までたっても自分たちの身を守れない。そう考えた者たちが、結束して国を興しました」

何時までたっても終わらない争い合い。

支配者たちが、自分の都合で気ままに殺し、奪っていく状況。

これを不満に思わない人間などいない。

一度や二度ならば、今回だけのことと涙を呑んで我慢していたかもしれない。

しかし、時代のうねりは弱者に戦いを求めた。

市民が武器を手に立ち上がり、自分たちの街や家族を守ろうと結束したことで、ついには旧来の支配者を廃して独立を果たした。

将来の世界史教科書であれば、まず間違いなく数ページに渡って書かれる熱い激動の物語だろう。

「誰かが代表して王になったのか」

「いいえ。我が国には王はおらず、皆で話し合って決めたリーダーが国の最上位に位置することとなっています」

「それは、王ではないのか?」

「リーダーは任期制。期限が来れば、交代するのです」

戦いの末に生まれたのは、古代ローマの都市国家のように、住民自治を原則とする小国家。

彼らは一部の特権階級が恣意のままに住民の命や財産を奪うことを忌避した。

そこで、自分たちのことを自分たちで決めるべく制度が作られ、現代的に言うのであれば民主制度のような体制になったという。

「なるほど、興味深い話だ。今話を聞いて、強くそう思った」

あくまで、つい今しがた話を聞いたから興味を持ったとしておく。事前に調べがついていたことは話さない。

王子は、前のめりに話を聞く。

「我が国に興味を持っていただけたならば幸いです」

好印象を与えたと確信したのだろう。

微笑みの度合いを一層強くするアモロウス。色男がほほ笑むとより一層男前に見えるのだから、顔の良い人間というのは得である。

「そういえば、貴殿は、もうこの国の食事は口にしたかな」

「はい。我が国と違う味を楽しんでおります」

今回の会合の目的は、秘密裏に顔合わせをして面識を持つこと。

雑談の一環として、食事について尋ねる王子。

「特に気に入った料理は有るか?」

「そうですね、この国の甘味には感銘を受けております」

「ほほう」

王子は、ちらりと斜め後ろを見る。

記録係兼任でカリカリと書き物をしている銀髪の青年がいるが、見た目は真面目な書記官に見える。

見た目だけは。

「私も食事にはうるさい方だと自負していたのですが、この国の菓子には感心すること頻りです。流石はヴォルトゥザラ王国と驚いておりました」

カリカリという音が、どこか嬉しそうな音色になる。

微妙に鼻歌でも歌ってそうな雰囲気だ。

お菓子好きには悪い人間は居ないとばかりに、和やかな空間が出来上がる。

これにはアモロウスも不思議そうにしていた。それはそうだろう、食事の感想だけで何故か非常に和んだ様子になったのだから。

怪訝そうなアモロウスに対し、王子はこっそりと顔を近づける。

「ここだけの話をしておこう」

内緒話だ。

何事かと身構えるアモロウス。

「実は、貴殿が感銘を受けたと言っていたもの……我が国の人間が先日伝授したものばかりだ」

「なんと!?」

この国の食事など、最初神王国使節団が来たばかりの時は酷いものだった。

それを手っ取り早く改善したのは、他ならぬモルテールン家の異端児である。

特にスイーツに関しては、ペイスが積極的に介入した。

言わずとも喜んで介入していただろうが、国家の重責たるロズモ公直々の依頼であったことは記憶に新しい。

「貴殿が良ければ、改めて招待しよう」

「それはありがたいです。是非ともお願いいたします」

再度の会談が決まる。

それだけで、今日の面通しはお互いに実のあるものとなった。

次は公式の場で。

そう約し、両国の代表者はこっそりとその場を後にするのだった。