軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

340話 土産と不穏

ヴォルトゥザラ王国にあるプラウリッヒ神王国使節駐在所。現代的にいうならば大使館にあたる建物の一室。

使節団として同行していた外務官などが頑張って諜報対策を施したことで、機密性が非常に高くなっていると自賛する部屋の中。

ここの改装のために、モルテールン家からはふんだんに龍金を提供されている。

部屋の内装だけで掛った費用は二十万クラウンを超える豪華な部屋になった。

もっとも、豪華なのは今だけの話。

貴重な龍金を、仮想とはいえ敵国のど真ん中に残していくような真似は拙いと、ペイス達神王国親善使節団が帰国する際には、目ぼしい貴金属は持って帰ることになっている。

期間限定の完全防備の部屋。

そこに、二人の若い男がいた。

「ペイス殿、帰国の準備の進捗はどうだろうか」

「準備万端ですよ、スクヮーレ大隊長殿」

「ならば上々。流石はモルテールン補佐官。いや、龍殺しの英雄殿」

お互いに気やすい関係なのだろう。あえて大げさな肩書で呼び合い、笑い合うぐらいには仲のいい二人組。

一人は、すらりとした青年。

王子とは年も近く、血の繋がりもある公爵家のスクヮーレ=ミル=カドレチェク。

もう一人は幼さを残した若者。

龍殺しの異名を持つ若き英雄。ペイストリー=ミル=モルテールン。

共に神王国でも次代を担うと期待される俊英であるが、彼らはお互いに妻を通して親戚でもある。

義理の兄弟として親交を深め、お互いに認め合う親友ともいえる関係。

「学生たちはどうですか?」

「少し前までは慣れない異国で家を恋しがっている者もいましたが、いざ帰れるとなると途端に帰りたくなくなるようですね。頻りに土産を物色し始めたようです」

「土産ですか」

神王国を始め南大陸においては、旅行というものは中々浸透していない。

そもそも、城壁に覆われた街の外は危険に満ちている世界である。盗賊や野獣、災害もあれば厳しい自然環境も存在する。時には大龍のような怪物まで現れるのだ。気軽にお出かけしましょうというわけにもいかない。精々が城壁の中でお出かけを楽しむ程度。

別の街に移動するのも大変であり、領地を跨いだ移動なども珍しい社会で、外国に足を運ぶというのだ。一生に一度、あるかないかの経験だろう。

ペイスが教導役を拝命している寄宿士官学校の学生たち。校長の思惑もあってペイスが引率してきたわけだが、彼ら、彼女らも貴重な機会とばかりに楽しんでいた。

「織物が特に良いらしいですね」

「織物?」

意外なものを挙げたことに、スクヮーレは疑問の声を上げた。

勿論、ペイスの発言を疑ってのことではない。予想外であったという驚きの意味でだ。

「多少値は張るようですが、異国情緒が多分に感じられる模様の織物があったとか。幾何学的な模様や、花の模様などが売れ筋ということで、目ぼしい所は既に調査済みです」

「ほほう」

関心を持ったのだろう。

スクヮーレが居住まいを正したところで、ペイスは笑顔を深める。

「興味がおありですか?」

「綺麗な織物というのなら、妻への手土産にと思いまして」

「なるほど、ペトラ様へのお土産ですか。それは素晴らしい考えです」

興味を持った理由が、妻への手土産だという。

これには、ペイスも一本取られた気分になる。

言われてみれば確かに、異国の珍しい布となれば、女性陣へのお土産には最適ではないか。

物珍しさも勿論ではあるが、常日頃から美しい装いを義務化されているような貴族女性には実用的でもある。

「ペイス殿も、奥方の土産にしてはどうです?」

ややイタズラっ気を含みつつ、スクヮーレがペイスに尋ねる。

愛妻家というのであれば、モルテールン家の家族愛はつとに有名だ。ペイスもご多聞に漏れず、愛情の深い 質(たち) である。それなりに付き合いの長いスクヮーレは、目の前の少年が妻の為に土産を買うであろうことを一切疑っていない。

「リコリスへの土産というなら、スクヮーレ殿のお土産と被らないようにしないといけませんね」

期待通りというべきか。ペイスは、妻へお土産を用意するのはごく当たり前のこととして話をする。

その上で、お土産を買うなら配慮が必要だと言った。

お土産というものは知っていても、普段は貰うばかりのスクヮーレが首を傾げる。

「何故ですか?」

「物が食べ物なら同じでも良いでしょうが、織物となると衣装に誂えるでしょう。同じ服を着るというのは貴婦人としては……」

「ああ、なるほど。確かに。それなら、織物の柄だけでも違ったものを買った方が良いですね」

言われてみればその通りと、納得する。

食べ物の類であれば、別の人間に贈ったものと同じもの贈るのは別に失礼にならない。モルテールン家の収入の柱になっている製菓事業においても、それは明らかだ。リコリス印のクッキーや、癒しの効果があるとされる飴などは、何処に持って行っても喜ばれるから重宝がられる。

食べれば無くなる消え物でもあるため、手土産として渡すに際して何度渡しても良いという点も利点だ。美味しいクッキーが好物の人間ならば、土産として渡すたびに喜んでもらえる。

だが、身を飾るものはそうはいかない。

貴族女性が身を飾るのは、戦いでもある。財力を誇示する意味合いもあるが、女性自身を最高に美しく飾り立ててなんぼの世界だ。

オンリーワンの美しさを演出しようというのに、人の物真似ではセンスを疑われる。

お土産に贈ったものが、他人と丸被り。これは飾りたてるものとしては興ざめも良い所だし、実際問題として使えないではないか。

「上手くバラけられると良いのですが」

「ヴォルトゥザラ王国は大国です。我々の買う土産分ぐらいは大丈夫でしょう」

「そうあって欲しいものです。ああ、そういえば食べ物にも珍しいものがいっぱいあるそうですよ」

「ほう、食べ物ですか」

急に、ペイスの目が輝きだした。

元々食べ物にうるさいペイスであるが、神王国では手に入らない食材となると興味の度合いが違ってくるらしい。

現代よりも遥かに容易に武力衝突が起きる世界。仮想敵国である神王国とヴォルトゥザラ王国は、いつ何時また争いになるかもしれない。ここで逃すと、一生手に入らないかもしれないのだ。

お菓子作りに命を懸けているペイスにしてみれば、この国の食材を根こそぎ搔っ攫っていきたいぐらいである。

「特に香辛料。見慣れない香辛料が豊富にあったという報告を受けています」

「報告? 誰からですか?」

「僕が同行させた料理人からです。食材を見極める目は確かですから、護衛で動けない僕に変わって町中の食材を吟味するよう言いつけていたのですよ」

「同行させた料理人というと、ファリエル氏ですね?」

「ええ。僕が信頼する凄腕の料理人です」

ファリエルという男は、元はレーテシュ家に仕え料理長にまでのし上がった凄腕の料理人である。

それをモルテールン家に引き抜き、ペイスが知識を惜しみなく伝授したことで更にメキメキと腕を伸ばした経歴の持ち主。

今では国内でも一、二を争うと言われ、王家の抱える料理人すら凌駕するという評判がある。スクヮーレにも今回の使節団でその実力を舌で感じる機会があったが、噂に違わぬ実力と感心したものである。

「彼のおかげで、我々も美味しい食事に苦労しないのは助かります。正直、この国の食事は……」

「我が国の食事も、昔は似たようなものだったらしいですよ?」

「今の時代に生まれて、私は幸せだ」

「あはは」

ペイスからすれば、基本的な調理技術さえ未熟な社会である。

尽力の甲斐あって多少はマシな料理も増えてきてはいるが、まだまだまだまだ、まだまだまだまだ美食を謳歌するには遠い。

帰国に向けての準備を確認し合っていた二人。

その途中、部屋に軍人がやってきた。

スクヮーレの部下の一人であり、今日は王子殿下の警護を直接担当していたはずの若者である。

「失礼します」

ビシっと敬礼をして、スクヮーレに挨拶する部下。

「大隊長殿、伝令です」

「構わない。なんだ」

部下の言葉に、鷹揚に頷くスクヮーレ。

ペイスの前では冗談も言い合うが、大隊長としては立場に即した行動と言動というものがある。

「ルニキス殿下より『今すぐ我が元へ』とのことです。繰り返します。今すぐ我が元へ」

「ご苦労、確かに伝令受け取った」

失礼しますと、若者は戻っていった。

伝令が終わったところで、本来の任務に戻っていったのだ。

「一体、なんでしょうね?」

「さあ。だが、呼ばれたからには出向きましょう」

早速とばかりに部屋を出て、すぐ傍にある部屋に出向く。王子専用になっている、最上の貴賓室だ。勿論、この部屋にも先の部屋ほどでないにしても機密対策は施されているので、秘密の話も心置きなくできると評価も上々である。

神王国使節団団長ルニキス第一王子は、腹心の部下たちを心から歓迎して出迎えた。

スクヮーレとペイス。二人とも王家からの信認が極めて篤く、特に王子は二人を股肱の臣と信じていた。

彼らを呼んだのには、王子なりの事情がある。

「スクヮーレ=カドレチェク卿、ペイストリー=モルテールン卿、二人ともわざわざ悪いね」

「殿下のお召しと有れば即座に」

慇懃に礼をする二人組。

若い二人ではあるが、礼儀作法についてはきっちりと学んでいるだけに澱みがない。

「呼んだ理由は想像がついているかな?」

「いいえ、全く」

呼び出される理由が分からない、と呼び出された二人は答えた。

だが、そこに含まれる意味あいは丸きり逆である。

スクヮーレは、自他ともに認める真面目な秀才。何がしかの悪さをやらかして呼び出された経験も無い。故に、呼び出しの理由が自分起因でないことぐらいしか分からないわけだ。

対し、ペイストリーは自他ともに認めるトラブルメーカー。自分が意識していなくとも騒動を起こしまくる札付きの悪ガキである、品行方正に過ごしているつもりであるのに、いつの間にか大騒ぎの原因になってしまったことが何度となくある。

また、この国に来てからも幾つか各方面に報告せねばならないような面倒ごとも起こしている自覚があった。

故に、心当たりが多すぎて、一つに絞れないという意味で分からないと答えたのだ。

二人の答えは予想通りだったのだろう。

王子は軽く姿勢を崩し、やや前のめりになりつつ二人に声をかける。

「少々、厄介な問題が起きた」

秘密を打ち明けるようなささやきに、いち早く反応したのは補佐役の少年であった。

「……帰国が伸びたか、或いはトラブルでも起きましたか?」

ペイスの答えに、驚く王子。

「流石はペイストリーだ、話が早いね」

「恐縮です」

頭の回転が早いペイスである。

今まで自分たちが得てきた情報や、そこから類推されることを踏まえ、王子の態度で幾らかの事情を言われずとも察した。

「実は、手のものを使って幾らか情報を集めていたのだが、無視できない情報を入手した」

「無視できない情報?」

スクヮーレは護衛の為の部隊長であるし、ペイスはその補佐。

使節団全体の総責任者であるルニキスとは権限が違うので、スクヮーレやペイスは知らないが、王子は知る情報というものも多い。

その一端を明かそうというのだから、茶飲み話で和やかにとはいかないようだ。

「ソラミ共和国から、大物が来るそうだ」

「ソラミ共和国?」

スクヮーレとペイスは、聞き馴染みの無い国名に首を傾げるのだった。