軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

034話 戦いの予感

南大陸に戦乱の鐘がなる。

以前よりきな臭いものはあったのだが、初夏を前にして一人の男の決断が下されたのだ。

隣領への侵攻。その決断を下した男の名前をジェレッド=メレデレク=デ=ルトルートと言う。

エレセ・ヤ・サイリ王国のルトルート辺境伯領を治める男であり、隣り合う領地にはプラウリッヒ神王国のフバーレク辺境伯領がある。

ルトルート辺境伯領は大領。広さは小国にも匹敵するほどであり、領内は広大な森や、切り開かれた畑が連綿と並ぶ。交通の便もよく、サイリ王国の王都とも幾つかの街や領地を挟みつつも街道で繋がる。

周辺を見回したとしても、経済的な豊かさ、軍備の精強さ、人材の多さでは並ぶものが無い。

仇敵フバーレク辺境伯領を除いては。

辺境伯の権限は、サイリ王国においては強大である。

関税の設定権、徴税権、貨幣の発行権、税収の上納免除などの諸特権から始まり、近隣諸領騒乱時の裁判権などの一部も暗に認められている。中でも最も強い権限は、有事の際における軍の動員裁量権だ。これは近隣諸領に対する動員令を独自の裁量で行えることを意味する。

元々、極々一部の例外を除けば交通の手段が早くても馬しかない世界にあって、広大な領土を治めるには辺境の自治をある程度認める必要性が出てくる。それは何処の国でも変わらない。

いざというときに、何日、何十日も掛けて中央へのお伺いをしていては間に合うものも間に合わなくなる。それ故、ある種の軍事的な裁量権が辺境伯には認められていた。

そして、その強権を使うべき時が来たとルトルート卿は考えたのだ。

「諸君、よく集まってくれた」

居並ぶ男たちの目線を集め、ジェレッドはそう告げた。辺境伯として、一段高い場所に立ちながら。

彼の身長は平均よりもやや低く、肉付きも線が細い。軍人としてはやや頼りなくも思えるが、それでも今の今まで辺境伯領を治めてきた実績は誰もが知る所であり、侮る人間は居ない。

顔中に 痘痕(あばた) の浮かんだ 醜男(ぶおとこ) でありながらも、その目つきだけは肉食獣を思わせるぎらつきがある。いや、どちらかと言えば蛇の目と評するべきだろうか。油断なく辺りを見回す目つきには、鋭いと評して良い眼力があった。

その異相は、一種異様な熱意を持って言葉を紡ぐ。

「諸君らに集まって貰ったのは他でも無い。あの忌々しいクソッタレのフバーレクが、我が国に攻め入ろうとしているのだ」

ルトルート辺境伯とフバーレク辺境伯は、相争うこと長きにわたる。世代すら超えて、流した血の量は血河となり、積み上げた躯は屍山となるほどに。

互いに互いを憎んでも憎み足りない仇敵としている間柄であり、罵りの言葉をもってお互いを呼ぶ。

「細々と馬の糞を片付けておけば良いものを、あろうことか公爵家と手を組んで軍備増強を急いでいる。その意図が何処にあるのかは明白であり、我が国、我が領への侵攻を企んでいるのは最早疑いようも無い」

馬糞(うまくそ) 掃除のフバーレク。

ルトルート辺境伯やその影響下にある者がフバーレク辺境伯を呼ぶときに使う呼び名だ。彼の地が馬の生産を行っていることに由来する蔑称である。

無論、公式の場では一応使わない思慮はあるものの、時々ポロリとこぼしそうになる程度には言い慣れた言葉でもあった。

その馬飼い野郎が軍備を増強。更には公爵家の後ろ盾を得たという。諜報から情報を聞いた時、ルトルート辺境伯には一つの危機感が生まれた。

黙ってじっとしていれば、後手に回って蹂躙されかねないとの危機感。それ故に、ジェレッドは一つの決断をした。

すなわち、総力を挙げての先制攻撃である。

「私は諸君らに命じる。彼奴らがことを起こす前に、徹底的に叩くのだ。情け容赦なく蹂躙し、徹底的に焼き払え。今まで受けてきた数々の非道を思い出せ。これは正当な復讐戦である!!」

青上月末。春も終わりの中にあったその日。

ルトルート辺境伯軍を筆頭とする総勢一万余の軍勢が、フバーレク辺境伯領へ向けて侵攻を開始した。

◆◆◆◆◆

「ちゅうちゅうタコかいな、ちゅうちゅうタコかいな……」

「坊、なんですかその変な言葉」

モルテールン領の執務室には、晩春の陽気があった。

昨年の領内の経営は、二十年来で初となる通年黒字を達成したが故の、明るい雰囲気である。ここしばらくは懐に余裕も出てきたおかげか、何かと領内全体が明るい雰囲気になっている。

「数え方の方法みたいなものです。ちゅうちゅうたこかいな、ちゅうちゅうたこかいな……」

「数え方ぐらいは好きにして貰って良いんですけどね。さっきからチュウチュウ言われているもんだから、ネズミでも居るんじゃないかと気になります。うっとうしいったらねえですよ」

「そんなもんですか。どうせなら、うちもそのうちネズミの国にしますかね。っと、数え終わりましたよ。しめて384枚ですね」

「おぉ、これで目標額に到達ですね」

次期領主たるペイストリーと、従士長たるシイツ。

彼らが数えていたのが何かと言えば、金貨である。それもただの金貨では無い。

ペイストリーが鼈甲飴で出来た飴細工と、そのついでのおまけとして見合い写真を売った、 販売益(アルバイト) で稼いだ金貨だ。

比重でいえば見合い写真の販売益の方が遥かに多くはあるのだが、少年の意識としては、見合い写真はお菓子のおまけのシールぐらいの感覚だったりする。

「さっき数えた銀貨と、端数の四枚ほどは、僕の貯金としておくとして」

「坊の年のうちから小遣いにするにゃあ、多すぎる額だと思いますがね」

貴族の子女といえど、自由になる金銭を潤沢に持っている人間は少ない。どの家にしろ、子供に好き勝手に散財させてやれるほどに余裕などないのが普通なのだ。よほどの豊かな領地でも無い限り、金が降って湧いてくるわけでも無い。

だからこそ、自分の腕で金を稼いで見せたぞと、少年は胸を張る。

「お菓子作りの手間賃です。正当な報酬なのです。えっへん」

「なにわざとらしく普通の子供のフリをしているんだか……まっ、その金が坊のおかげで稼げたってなあ確かですし、大将も文句は言わんでしょう。で、この380レットは予定通りにしますかね?」

「そうだね」

彼らが 阿漕(あこぎ) に、もとい一生懸命稼いだ理由はひとつ。モルテールン領では今まで制約の多かったものの購入の為だ。カセロールやシイツ、大人たちとしてはのどから手が出るぐらいに欲しかったもの。

ずばり家畜の購入である。

「じゃあ、デココに使いをやりましょうか。予定通り、山羊を100頭仕入れるようにと」

「あれ? このあいだの予定では坊、7~80頭って言っていませんでしたっけ?」

「そこはそれ。吹っかけておいて、そこら辺に落としどころを持ってくるつもりです。ついでにロバも3頭ほどおまけに付けて貰えれば御の字ですかね」

「えげつねえですね。ほどほどにしておいてやらないと、デココも泣きますぜ」

「大丈夫でしょう。あれでも彼はひとかどの商人。上手くそこら辺まで粘ってきますって」

水気に乏しく、作物の育てにくいモルテールン領では、家畜を飼えばすぐにも草や飼料を食い尽くしてしまう。その結果は、砂漠化まで一直線の道のりだった。今までは。

カセロールがモルテールン領を拝領したばかりの入植初期の頃、雑草でも家畜を飼えないかと試したことがある。シイツはそのことを良く覚えていて、結果は失敗だった。領地の荒廃に繋がることから諦めてしまったことを今も忘れてはいない。

しかし、農地経営においては家畜の飼育も重要な要素。とりわけ、休耕地を作り土地を休ませるときには、家畜を持っているか否かでは意味合いが大きく違ってくる。

麦を作り、輪作を行っている他の領地であれば、休耕地を放牧地として活用している。家畜の排せつ物をすきこむことで土地が肥える意味合いもある。

豆作を導入して以降は、モルテールン領では鶏を始めとしたいわゆる“軽い”家畜がその役を担ってきた。

状況が変わったのはつい先日。

自重というものが落丁していそうな辞書を持つ少年によって、モルテールン領の水問題が大きく改善したのだ。

水路を領内に整備し、畑の多くで水問題が解決しそうな兆しを見せている。それだけに、今まで諦めていたことの多くが一気に動き出そうとしていた。家畜の一挙増員、ニワトリから哺乳類への主役メンバー交代もその一環である。

「今まで飼っていたニワトリやらはどうします? 全部つぶしますか。山羊が増えるなら、無理に飼う必要も無いでしょうし」

「何を言っているんです。ニワトリは今後も飼います。むしろ必須です。増やしても良いぐらいです。卵のない領地などあり得ないのですよ」

「坊は昔っから、変な所に拘りますね」

「こればっかりは、譲れませんから」

山羊は、粗食に耐えることで有名な家畜である。育てやすい上に、使い道も多い。品種の差こそあれ、毛や皮、乳や肉の他に、角まで使いでがあるのだ。

おまけに乾燥にめっぽう強く、モルテールン領にはもってこいではあった。だが、その悪食故に、木の芽や皮、果ては根っこまで食べることがあるため、緑化の敵でもあったのだ。

今まで導入を諦めていたのは、この悪食が原因である。折角土地が肥えかけていた所に、片っ端から食い荒らされては土地が痩せる一方になる。

導入できるようになったのは、誰が考えてもペイストリーの功績だ。

ニワトリの我儘位なら、可愛いものとシイツは笑う。

山羊の相場は、一匹あたりレーテシュ金貨2~7枚。季節や天候によっても左右されるし、雌雄の違いでも値段に差がある。

乳の絞れる繁殖の時期には誰しも手放したがらず、オスよりもメスの方が価格は総じて高い。肉質の良い若いヤギほど値段は高く、年老いたヤギは買い叩かれる。

家畜売買の常として、値段の幅の個体差が、相場で見てもかなり広いのだ。それだけに、仲介する商人の腕次第で、仕入れる家畜の質も違ってくる。

「デココなら、そこそこの質で集められるでしょうよ。メスを多めにってなあ釘を刺しておく必要があるかも知れやせんが。しかし、家畜を一気に増やすとなると、今までみたいにグラスの所に片手間で世話をさせるのも難しくなりますかね」

「ああ、その問題もありますね。山羊やニワトリの世話を含めて、家畜の世話役を設けないといけませんか」

現状、モルテールン領ではニワトリなどの家畜の世話はグラサージュやコアントローといった古参従士の家が持ち回りで行っている。子供の多い両家では、家畜の世話という名の遊びの手は足りていたし、羽毛や卵といった収穫物の一部流用が役得として認められていたので不満も出ていない。

しかし、流石に何十頭という数、それも鳥などとは勝手の違う草食動物を任せるとなると、荷が勝ちすぎると思われた。

「ついでに言うなら、例の新しい森の管理役も要るでしょうよ。思っていたよりも成長が早いようですし。新村の連中が薪にしようとしていて、見回りで咎められた件もあります」

「なら、森林監査官と畜産管理官とでも名付けた役職を設けますか。人を増やすべきでしょうかね」

モルテールン領は現状、慢性的な人手不足の状況にある。従士の数が倍々で増えていきそうな中にあって、尚も人手は足りていない。

「またカドレチェク公爵に相談しますかね?」

「いえ、流石に続けて頼むとうちの中で公爵派の派閥が出来てしまいます。領内で募集するか、頼むとしたら別の所に頼むべきでしょう」

「別の所ねぇ、俺にはレーテシュ女伯爵ぐらいしか思い浮かびませんがね」

「そうですね。まずは 新村(ル・ミロッテ) を含めた全村で家畜番と森番の専任従士の募集を掛けてみましょう。それで適当な人材が居なければ、レーテシュのお姉さんに頼むとしましょうか」

人が集まると派閥が出来るというように、偏った募集の仕方をすればそれだけ意見の偏りが生まれやすい。今のモルテールン領では専任従士は九名。そのうち古参が三名で、カドレチェク公爵の紹介で入ってきたのは四名である。

ここにもう二名、カドレチェク公爵が紹介する形で雇い入れてしまえば、従士の過半数が公爵ゆかりの人間となってしまう。もしも近い将来、公爵家と意見が合わない状況になった時、不安要素になるのは間違いがない。

おおよそあり得ないと言われる想定であっても、可能性はゼロでは無い。出来るだけ従士の出自はばらけさせる方が好ましいのだ。

領内の瑣事について、ペイストリーとシイツが議論を深めている途中。

その議論は中断を余儀なくされた。

部屋にノックの音が響いたためである。

「入っても構いませんよ」

「失礼します」

部屋に入ってきたのは、一人の年若い従士。

領内の金銭管理を一手に任されることになった苦労人こと、ニコロである。

「ニコロ、どうしました?」

「いえ、さっき村の子が使いで走って来ましてね。例の試作が出来たから、裏の畑の方に来て欲しいと伝言を貰いまして」

「そうですか!!」

ニコロの言葉に、喜色を露わにしたのはペイストリーだった。すぐさま立ち上がって駆けだそうとする。さっきまでの大人然とした落ち着きは何処へやら。年相応の無邪気さである。

この少年がここまで喜びの感情を発露させることと言えば、お菓子に関わることでまず間違いないだろうとシイツは考える。

「坊、例の試作ってのは、もしかして……」

その言葉に、少年は嬉しそうに答える。

「ええ。お砂糖です」