軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

337話 暗闘のフィナンシェ

ヴォルトゥザラ王国王子生誕の祝賀の場。

華やかな場の一角には、 香(かぐわ) しい香りが漂っていた。

「これが、菓子?」

「はい。フィナンシェと言います」

「フィナンシェ?」

綺麗にクロスを掛けられて整えられたテーブルの上に、更に大きな大皿の上で積まれるお菓子。

ペイスが作ったお菓子とは、フィナンシェである。

卵白、砂糖、アーモンド、小麦粉、バターから作られる形に特徴のあるスイーツ。

歴史を遡れば、パリの証券取引所近くのお菓子屋で産まれたという由緒正しき洋菓子だ。

しっとりと焼き上げられたフィナンシェは黄金色を彷彿とさせる焼き色であり、金塊を模した形と併せて、見るからに縁起のよさそうなお菓子である。

「お金持ち、或いは金融家という意味を持つお菓子です」

「金融家とは聞かぬ言葉だが、どういう意味か」

「さすれば、商品を売り買いする。その“権利”を売買するものであります。不動産の買う権利や賃貸収入を得る権利を売買したり、商会の出資配当を得る権利を売買したりといった具合に」

「権利の売買?」

「はい」

ロズモ公は、ペイスの言葉に何かしらの含みを感じた。

もしかしたらば、自分たちの関わる企てが露見しているのかもしれない。

ロズモ公がモルテールン家を含めてかなり厳重な監視を行っていることぐらいはバレていても不思議は無い。モルテールン家といえば数々の戦場で激戦を潜り抜けてきた家柄。危機管理能力は高いはずだ。情報がロズモ公に漏れていることぐらいは察しそうである。

しかし、幾ら何でも自分たちが諸外国と共謀して、更にはモルテールン家の専門外の分野で戦おうとしているとは思わないはず。

ロズモ公はそう考える。

しかし、先ほどから目の前の菓子が気になっていた。

明らかに金の延べ棒を模している。つまり、これは自分たちが金儲けにも強いことを暗にアピールしているのではないか。そう思えてならない。

「小難しい話はさておき、お一ついかがですか?」

「では頂こう」

先ほどから、香りは素晴らしいと思っていたところ。

どんなものかと、ぱくりと一口齧り付くロズモ公。

食べた瞬間感じたのは、焼いたお菓子独特の香ばしさと、しっとりとした食感。更には、じんわりと感じる甘さ。僅かな塩気。

クッキーのような焼き菓子よりも柔らかい口当たりであり、バターと思えるものの風味が全体の統率を取っている。

美味しい。

一口食べたところで、更に一口と、手が止まらない。

「うむ、美味い」

あっという間にフィナンシェを一つ食べきってしまったところで、本心から言葉が漏れた。

「気に入っていただけて良かった」

「うむ、やはり卿に頼んで正解だったな」

「お気に召して頂けたのなら幸いです」

お菓子を作り、美味しいと喜んでもらえることは、パティシエとしての喜び。

ロズモ公の口に合ったお菓子を作れたことを、喜ぶペイス。

だが、話はそこで終わらない。

「……実は、この菓子を作る際に“部下に”魔法で飛んでもらいましてね」

「ほほう?」

モルテールン家の魔法が【瞬間移動】であることは広く知られているし、他ならぬロズモ公も散々に苦しめられた側。

今更、部下の一人や二人が【瞬間移動】で移動したところで驚きはしない。こっそりモルテールン子爵がやってきて、こっそり連れて帰ることも有るだろう。

故に、驚きは見せない。

例え、本当は“部下が”魔法を使ったという驚愕の事実を認識していても、である。

「そこで、少々気になる話がありました」

「何であろう」

「……当家に喧嘩を売ろうとしている人間が居るらしいのです」

「それはそれは、命知らずな者もいたものだ」

ここで、いよいよもってモルテールン家包囲網がバレたと確信するロズモ公。

モルテールン家にいずれ気づかれるだろうとは思っていたが、実際の被害が出る前に気付くとなると厄介な話になりそうである。

「当家としては、目には目をもって償い、歯には歯をもって償っていただこうと思っております」

「ほほう、やられたらやり返すということかな?」

「はい。喧嘩の手段が拳であれば拳で殴り返し、剣であれば剣で切り返します」

「はは。勇ましいことだ」

ペイスの目は、ロズモ公の顔をしっかりと見据えている。

「フィナンシェは、ご挨拶とさせてください。金で殴ってくるならば、金で殴り返す。当家はその覚悟を決めました」

「……ふむ」

ロズモ公は、ペイスの言わんとすることを察する。

要するに、ここら辺で手を引いておけと言っているのだ。

金で殴り合う経済戦争の場合、金をより多く持っている方が有利。幾らモルテールン家と言えども、大国三カ国、いや神王国内部の同志を数えるなら四カ国全てを相手取って勝てるとは思えない。

しかし、ここで釘を刺しに来たということは、何かしらの対抗策も持ち合わせている可能性が高い。

「モルテールン家とは、今後も是非とも親しくありたいものです」

「左様ですね」

ロズモ公は、潮時を見極めた。

既に支払ってしまった大金は惜しい。しかし、長年の経験からここで踏み絵を踏まねば、手痛い目に遭うと直感したのだ。

変わり身の早いことは、政治家としては悪いことではない。

今後ともよろしくと、ペイスとロズモ公は握手を交わした。

ペイスがにこやかに笑顔を見せながら 金塊(フィナンシェ) を作り上げる中。

モルテールン領では、本物の金塊が積み上がるのだった。