軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

332話 二人の会話

ヴォルトゥザラ王国首都にある、神王国公邸。

現代的に言うならば大使館に当たるような建物の一室に、ペイスとスクヮーレが居た。

現在は護衛すべき王子も公邸に居り、大事な場に出向く服の調整であったり、外務官との調整であったりを行っている為、護衛役は暇なのだ。

一応、待機として王子に呼ばれればすぐにでも動けるようにはしているのだが、逆に言えば呼ばれなければずっと待ちぼうけということでもある。

「後何日滞在するのでしょう?」

椅子に座り、ヴォルトゥザラ産のハーブティーを楽しんでいたペイスが、同じく神王国産紅茶を楽しむスクヮーレに聞いた。

「予定では、ヴォルトゥザラ王国主催の王子誕生祭に来賓として参加した後、三日後に出立でしたが……」

聞かれたスクヮーレは、神王国に居た時から予定していたスケジュールをそのまま口にする。

本来であれば、神王国使節団が絶対にこなさねばならないことは三つ。

一つは、ヴォルトゥザラ国王へ、使節代表が祝いの言葉を述べること。これは、使節団のトップとしてルニキス王子が行ったことであり、既に終わっている。

もう一つは、ヴォルトゥザラ王国の主催する王子生誕祭への参加。これは、使節団全員が強制参加である。ルニキス王子は神王国王子として参加し、スクヮーレも公爵家子息として参加するのだ。

更にもう一つは、返礼を受けること。神王国としてお祝いを伝えて、祝いの品も持参した使節団である。ヴォルトゥザラ王国側としても、丁寧なお祝い感謝すると返礼をするのが外交儀礼というもの。それを代表してルニキス王子が受けたところで、帰国の途に就くこととなる。

まだやるべきことは残っているが、予定通りならば然程遠くない時期に帰ることになるだろう。

というところでスクヮーレが言葉を濁した。

「やはり、何か御懸念が?」

ペイスとしては、予定が予定通りにいかないことなど珍しくないと水を向ける。

「その……王子殿下が、もっと早く帰りたいと仰っておられて」

意外な理由に、ペイスは片眉をあげた。

今回の使節の意義をよく理解していたはずの王子が、早々に帰ると言い出すなどあり得ないと思ったからだ。

「それはまた何故?」

「殿下は内心を口に出されることはありませんが、供の者によれば食事が口に合わないのではと」

「なるほど。確かに、この国の食事は酷いですからね」

スクヮーレの説明に、納得するペイス。

この国の食べ物については、ペイスも一言二言物申したいところである。

「そうは言っても、極普通の宮廷料理に思えるのですが……」

スクヮーレにしてみれば、この国の料理がそれほど酷いようには思えない。

珍しさは有るにしても、手間暇かけて作られている一級品であることは間違いないのだ。

「肉料理や野菜料理は、御国の違いが有っても、まずまずです。しかし、食後のデザートは頂けません。スクヮーレ殿もそう思うでしょう?」

「まあ、大きな声では言えませんが」

確かに、と頷く公爵嫡子。

肉料理などは、肉の素材の良さもあって普通に美味しく頂ける。しかし、軽食やお菓子の類はスクヮーレとしても美味しくないと感じていた。

より正確には、美味しいとは思えても、一口も食べれば十分と思える。

これでもかというほどに甘いお菓子。

しかし、よく考えればスクヮーレが子供のころなどは神王国でもそれが普通だったはず。

何時頃から、食文化に変化が出たのか。不思議な話だと、スクヮーレは首を傾げる。

「全く、この国の食文化というのもがっかりです。僕が作った方が、何倍も美味しく出来ます」

「モルテールン家のお菓子は、宮中でも話題ですから」

モルテールン家の作ったお菓子は、王も口にする。

シュークリームや糖衣菓子に始まり、焼き菓子などにもモルテールン家の影響は大きい。

「殿下なら、ナータ商会のお菓子も好きなだけ食べられることでしょう。この国の料理が口に合わないのだとすれば、まずデザートが全てのバランスをぶち壊していることに気付くはずです」

「はあ」

食事とは、特にコース料理とは、一つがずば抜けて美味しくても意味がない。

例えば、給食の時間。おかずに、物凄く美味しい料理が一品だけ付いていたとする。しかし、大嫌いなものも一緒に有ればどうだろうか。喜ばしい食事と、素直に楽しめるだろうか。

否、そんなはずはない。

とび抜けたものは無くても、“全部美味しい”と思える方が、楽しい給食になる。

コース料理も同じ。

幾ら美味しい料理が並んでいても、一つが駄目なら全部が酷く思えてしまう。それが、料理の最後の締めを司るデザートならば尚更だ。

モルテールン発のお菓子を普段から常食しているルニキス王子ならば、落差をより大きく感じても不思議は無い。

「何より、スクヮーレ殿は士官学校卒の軍人でしょう?」

「はい、そうです」

「あの学校の豚の餌……じゃない、食堂の食事を経験していれば、少々不味かろうが普通に食べられます」

「ええ」

寄宿士官学校の学生も参加している今回の使節団。

スクヮーレは、件の学校を首席で卒業しているが、彼をしてあそこの料理の不味さは同感であった。豚の餌と言われても、否定する気になれない。

育ち盛りで、厳しいトレーニングをし、それが為に人の何倍も食べる若者の居る場所。質よりも量を優先した、料理というよりは餌と呼ぶべき味の無い食事は、伝統である。

軍人として、長期遠征や敵地において贅沢の出来ない環境に適応するという意味もあり、精神鍛錬の効果も有ると改善される兆しはない。

結果としてスクヮーレなども、外国の慣れない食事でも普通に食べられているのだから、訓練としては意味のあるものなのかもしれない。

「王子殿下は、幸いなるかな、そのようなゲロマズ飯で腹を無理やり膨らませたご経験をお持ちでない」

「なるほど、だから余計に辛く感じるということですか」

だが、一国の王子ともなれば、不味い料理を無理やり食べるという経験は皆無。

なるほど、スクヮーレでは気づけなかったが、食に対するストレスは大きいのかもしれない。

「その通り。これは本格的に、早く帰る為の準備をしておいた方が……おや?」

ペイスの考察に、なるほどとスクヮーレが頷いていたところで、来客を告げられる。

これでも二人とも貴人であることから、屋敷内を巡回警備させていたのだ。伝言役に事欠くことは無い。

別に急ぎの用事があったわけでは無いので、ペイス達は応接室に移動する。

神王国の見栄もあり、一等上等な調度品に囲まれた最上級のおもてなしスペース。

ここに通されただけで、来客の高貴さが分かるというものだ。

「ロズモ公、このような場所にお越しとは、どのようなご用件でしょう」

来客としてやって来ていたのは、第一王子の祖父であり、外戚となるロズモ公であった。

好々爺とした雰囲気で挨拶を交わすが、わざわざ彼ほどの重要人物が訪ねてくるとはただ事ではない。

自然と気が引き締まる。

「いやいや、実はモルテールン卿にお願いがあってまかり越しましてな」

「お願い事?」

ペイスは、心当たりがないと疑問符を浮かべる。

ペイスは、王子殿下の護衛補佐だ。そのペイスに対して、ルニキス王子の頭越しに外国貴族がお願い事をしに来る。

さて、厄介ごとの匂いがしてきたと、同道していたスクヮーレなどは警戒しだす。

「是非、お菓子を作っていただきたい」

しかし、内容はきょとんと拍子抜けするものだった。

モルテールン家がお菓子で財を成したことは、周知の事実。

ならば、隣国の貴族と言えど知っていても不思議は無い。

「どういうことでしょう」

いきなり訪ねてきて、お菓子を作って欲しいとの依頼。

お菓子作りが大好きで、大好きで、大好きなペイスとしてはそのまま飛びついてもおかしく無かったのだが、流石にそのまま餌に食いつくほど考えなしではない。

最低限の事情は聴いてから食いつく。

「実は、来賓の方々が我が国の料理を残される事例が散見されているのだ。中には一切手を付けず、自前で済ます者も出ている。我が国としても国の面子が有るのだ。どうにかせねばならぬと悩んでいてな」

「ほう」

やはり、というべきなのだろうか。

ヴォルトゥザラ王国の料理が不味いとは言わないが、料理に手を付けなくなるというなら“不味い”と明言されたも同じだろう。

「既に料理長は三人変わっている」

「それはまた災難な」

この国でもトップオブトップであろう立場が、コロコロ変わるというのは宜しくない。

尋常ならざる事態であることは、ペイス達にもはっきりとわかった。

「それでも、食の細る来賓は減らない。特に、神王国からの来賓はその傾向が顕著である」

「失礼をいたしております」

「いやいや、食事のこととなれば生理的なもの。受け付けぬものを無理に食べろという訳には参らぬ。失礼ということは無い」

「そう言っていただければ幸いです」

特に神王国からの人間は、食事に対して不満が大きい。

公にはっきりとそういわれてしまえば、ペイス達が先ほど懸念していたこともかなり深刻な問題なのかもしれない。

王子が我慢すれば良いような問題でも無いのかもしれないと、スクヮーレなどは問題の重要度を二段階は上げた。

「しかし、今度の生誕祭は何が何でも成功させねばならぬ」

「ほう」

不思議なほど、熱のこもった言葉だった。

何故、ヴォルトゥザラ王国主体のはずの祭で、一臣下であるはずのロズモ公がここまで深刻に捉えているのだろうか。

どうにも、政治的な意図が在りそうな様子なのだが、スクヮーレもペイスも、今回は護衛に徹すると決めている。

面倒な思惑や陰謀のやり取りは、外務貴族の仕事だろうと静観の構え。

「故に、モルテールン卿にはご協力を願うという次第だ」

「……僕はそもそも王子殿下の護衛補佐の仕事があります」

ペイスは、父親からくれぐれも面倒ごとを起こすなと念押しされている。

それはもう、何十回と念押しされた。

耳にタコができることがあるとするなら、ペイスの耳にはタコが数珠つなぎに出来ていることだろう。

護衛に徹するとの合意もある。ペイスが断ると、それでもとロズモ公は退かずに押してくる。

「ルニキス殿下からの許可は我が請け負う。護衛補佐というのなら、ルニキス殿下が心安らかに過ごされるよう取り計らうのも、仕事のうちだろう」

「気が進みませんね」

「……褒美は考えてある」

ただ働きはさせない。決して損はさせないからと、ロズモ公はペイスを頷かせようとする。

しばらくの押し問答があり、根負けしたのはペイスの方だった。

「では、二つお約束頂きたい」

「何だろうか」

「一つは、材料から全て其方持ち。我々の持ち出しは無しでお願いしたい」

「当然だろうな、分かった」

「もう一つは、此方の作業に一切の手出し、口出しを許しません。護衛を疎かには出来ませんので、我々の都合が最優先です」

「それも当然だろう。問題ない」

そちらの都合は出来るだけ聞くので、どうしても請け負って欲しい。

そうまで言われれば、本音ではお菓子作りをやりたいペイスとしても心が揺れる。

「スクヮーレ殿、どうですか?」

最終的に、ペイスは責任をスクヮーレに投げた。

今のペイスの立場では、直接の上司は彼なのだ。

「分かりました。第一大隊の隊長として、モルテールン補佐の貸し出しを許可します」

しばらく考え込んだスクヮーレは、結論として許可を出した。

護衛に支障が出ない上で、隣国の大物に貸しを作れるとなればいい取引だと判断したからだ。しかも、実際に動くのはペイスである。

ペイスが菓子を作り、スクヮーレは貸しを作る。良い取引だと、スクヮーレは頷いた。

「あり難い」

お互いに握手をし、詳細を改めて別途伝える旨言い残し、ロズモ公はその場を去っていった。

残された二人は、面倒ごとに巻き込まれた感慨が残るのみである。

応接室から元の部屋に戻ったペイス達。

話の続きは、やはり先ほどのロズモ公の要請だろうか。

「……スクヮーレ殿、ここは僕に任せてもらっても構いませんか?」

しかし、ペイスが怪しい動きをする。

部屋のあちらこちらをごそごそと、掃除のようなことをし始め、どこから用意したのか龍金と思われる特徴的な光沢の金属棒も振り回す。

怪しいと言えば実に怪しい行動。

しばらく奇人っぷりを披露したペイスは、更に手元でちまちまと“何か”をしている。

一体、何をしているのかとスクヮーレがいよいよ聞こうとした時。

「スクヮーレ殿、お菓子作りは僕も得意です。ロズモ公には積極的に協力しましょう。スクヮーレ殿も、協力してくださいね」

そう言って、ペイスがスクヮーレに握手を求めるようにして手を伸ばしてきた。

訳が分からないまま握手をすれば、スクヮーレは手の中に紙のようなものが有ることに気付く。

スクヮーレにこっそり手渡された小さな手紙。

「……分かりました、お任せします。我が国の味で、集まった来賓をうならせて下さい」

手紙の内容は一言。

『会話が全て盗聴されている』