軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

321話 引継ぎ

「ということで、おじい様と母様にお願いしたいのです」

モルテールン領の領主館執務室で、年若い男と老人、そして一人の女性が顔を突き合わせていた。

久しぶりに領地に戻ってきたペイスの母アニエスと、アニエスの実の父にして前デトモルト男爵クライエスである。

彼らが何をしているかといえば、出征の準備で大わらわのカセロールに代わって領地の政務についての引継ぎを行っているところだ。

三世代の血縁者が揃っていると、やはり全員に何かしら似たような風貌を感じる。

鼻筋の辺りは三人とも一緒だな等と、少し離れて立っている従士長シイツは新たな感慨を抱いた。

今回の遠征に先立ち、モルテールン領にカセロールが戻ってくる。

しかし、領主として戻ってくるわけでは無いため、どうしても引継ぎが必要だとペイスは母親と祖父に説明した。

王都に居た時にある程度の事情を聴かされているアニエスはともかく、クライエスは療養名目でモルテールン領に居る訳で、情報には疎い。全くの初耳、寝耳に水と驚いた。

「儂にか?」

色々と聞きたいことはあるのだろうが、端的に呟いた老人。

元々、モルテールン家とは色々因縁があったのだ。今はその因縁も解されたとはいえ、モルテールン領の政務にどっぷりと関わることになる。それでいいのかという問い。

ペイスは、軽く首肯した。

「領地貴族として領地を運営していた経験をもつ御爺様であれば、急を要することや特殊な事例でない限りは対応できるでしょう」

立ってるものは親でもこき使い、何なら座っていてもこき使うのがモルテールンの流儀。

常から人手不足であり、数ではなく質で補う家風だ。

能力と実績が有るというのなら、祖父という立場であろうと他所の人間であった経歴であろうと、気にせず使い倒すと、ペイスは請け負った。

老人としても、孫の頼みを断るつもりもない。体調の方も、モルテールンに来てから途端に快復したというのもあり、正直暇を持てあましていたのだ。

「私は何をすればいいの?」

アニエスの方も、自分の役割について息子に尋ねる。

「お飾りとして、デンと構えていて貰えれば良いです。父様が領地に居るとはいえ、第二大隊の隊長という立場でのこと。自由気儘には出来ません。母様が、表向きはトップということになります。何もすることなく、どっしり構えて頂ければ」

「それだけで良いの?」

「ええ。僕が遠出し、父様にも立場がある以上、王都に母様を残すのは危険です。当家は恨みや妬み、嫉みに怨み、色々と買っています。神王国でも最も景気の良い領地を持っていますし、万が一を考えれば騎士団が居るモルテールン領に居てもらった方が良いです」

「分かったわ」

勿論、前デトモルト男爵がモルテールンの領政を好き勝手にするとなると、乗っ取りを警戒せねばならない。老人にその気がなくとも、これ幸いと陰謀を仕掛けに伸びてくる手は有るはずだ。

故に、アニエスの役割は表向きの看板になること。

カセロールの妻として、六人の子供を育てた母として、或いは男爵令嬢として過ごしてきた経験者として、アニエスの名前はモルテールンにおいて、ある程度の重みがある。

「政務はシイツを置いていきますし、御爺様も居ます。父様だってすぐ傍に居る。最後の決定権そのものは母様にお預けしますが、難しく考えずにシイツ辺りに任せきりで良い」

基本的に、領地のことは現当主のカセロールが決める。大隊長としての立場が有ろうと、モルテールン領に戻ってきているならばそれが当然である。本来であれば、それで十分だろう、と誰もが思う。カセロールもそう考えている。

ただ、ペイスも居らず、カセロールも国軍の軍務が有る以上目配りの行き届かない点は必ず出てくるだろう。ペイスはそう考えていた。

或いは、軍事的な作戦としてカセロールに命令が有ってモルテールン領を離れる必要が有れば、カセロールは軍務優先が当然である。

カセロールが居るから大丈夫だろうとペイスがモルテールン領を離れ、その隙を狙ってカセロールに別の命令を出して領地から引き離す。狙いがモルテールン領の混乱にあるとするなら、やってやれないことは無い謀略である。

ペイスは、事前に対策を講じる必要性があると判断した。

そこでサポートとしてクライエスが実務を行い、アニエスは看板として胸を張っておけばいいという体制を作っておくことにしたのだ。

更に保険として従士長も置いていく。これならば、少々のことでも大丈夫だとペイスとカセロールは判断した。

頼もしきは我らが従士長である。

「……俺が休めねえってのは、考えてもらえませんかね」

「目ぼしい人間は皆おいていきますから、業務調整は任せます。僕が居るか、御爺様と母様が居るかの違いです。体制にさほどの違いは無いでしょう」

「そうは言いますがね」

問題の多いトラブルメーカーとはいえ、ペイスは優秀な代行者だった。

判断は正確で合理的だし、発想は柔軟で多様だし、精神力は折り紙付きで強靭だ。領地の政務を執るにあたり、ペイスが果たしてきた役割は大きい。

その部分を複数人で分担するという案。悪くはない。

ただし、今までの仕事に加えてより多くの仕事が降ってくるシイツとしては、文句の一つも言いたいところだろう。

「あ、そうだ、母様にはもう一つお願いが」

「何かしら」

そういえば、と思い出したようにペイスが言う。

「リコリスにも、色々と教えてあげてください」

思い出した内容は、ペイスの妻リコリスについて。

「色々?」

「そろそろ、モルテールン領の内情についても、教えていい頃合いでしょうし、折角の機会ですから“社交の主催”を経験させてあげてください」

「良いの?」

アニエスが良いのかどうか聞いたのは、二つの意味がある。

一つは、他所から嫁いできた女性がモルテールンの看板で社交を主宰することの可否。

お茶会にしろ観劇会にしろ祝賀会にしろ、何がしかの集まりを主宰した人間は、会を成功裡に導く責任が生じる。つまりは、参加者に対して「参加して良かった」と思わせなければならないということだ。

多くの場合、社交に参加する人間は人脈であったり親交であったりを求めて参加するのだが、中にはもっと即物的な利益を求めて参加する者も居る。

例えばペイスがレーテシュ伯爵家の新茶試飲会に招待された際、べっこう飴の販路を求めて動いたような感じだ。

こういった人間は、上手く転がせば社交の主催者にとっては利益となる反面、下手に扱えば不利益を被る。

政治的な決断が必要な場面が往々にして起こり得るわけで、いざという場面でモルテールン家としての判断を迫られることがあるのだ。

ペイス達は、モルテールン家の内情について、今まではあまりリコリスには伝えてこなかった。これは嫁いできて日が浅いということもあったし、リコリスを通してモルテールン家の内情がフバーレク家に漏れることを警戒してという面もある。

だが、嫁いできて数年。流石に、モルテールンの人間として立場を作って良い頃合いだと判断した。

そしてもう一つは、大人しい性格のリコリスに社交の主催者のような重責を背負わせて良いのかという確認。

今までは、身内に過保護なモルテールンらしく、ペイスがリコリスを守ってきた。無理をしない範囲の社交にしか参加させなかったし、そもそもリコリスが最前面に出て人を集めて差配するようなことをさせなかった。

能力的に大丈夫か、という不安。

ペイスは、リコリスも大分しっかりと自分を出すようになってきているし、成長もしていると請け負った。

「モルテールン家に嫁いだからには、いずれ通る道です。母様がモルテールンに居る時はチャンスですから、機会として活かさなければ」

世の中には、失敗したらハイそこまでと切り捨てるような非情な貴族も居るが、モルテールン家は身内に甘い。

多少の失敗は周りがフォローするし、そもそも失敗しないように準備もする。

今回の様に、アニエスが事実上のトップとしてフォローに回れるというのはチャンスだ。カセロールやペイスがトップであれば体面上出来なかったフォローも、アニエスならば出来る。

例えば、来客から決闘を申し込まれるような事態が起きた場合。ペイスやカセロールなら、逃げるという選択肢は取れない。取りづらい。

しかし、リコリスが差配し、アニエスがフォローする状況ならば、此方が悪くなかったとしても頭を下げて場を収めることも可能だ。

リコリスの失敗に対して、アニエスが頭を下げて済ますことも出来る。

失敗してもフォローがしやすいというのであれば、今しかない。

「リコちゃんはそれを知ってるの?」

「……今から言います」

流石に、アニエスは息子の挙動不審さを見逃さない。

妻に対して、嫌がるであろうことを強要するが如き提案。ペイスが出来るだけリコリスに言うのを先延ばしにしていたであろうことを見抜いた。

呆れながらも、まだまだ子供っぽさがあったと嬉しさも感じるアニエス。

口元に微笑を浮かべながら、ペイスに親らしい態度で促す。

「なら、呼んであげなさいな」

「はい」

いずれは言わねばならなかったことと、先延ばしにしてきたペイス。流石にここらが限界と、リコリスを執務室まで呼んできた。

普段よりも往復に時間が掛かっていたことはご愛敬だろう。

「リコ、わざわざ呼び立ててすいません」

「大した用事もありませんから構いません。ペイスさんこそ忙しいんじゃ?」

「リコの為に時間を作るぐらいはどうということもありません」

相も変わらず仲睦まじい若夫婦である。

貴族の結婚としては極めて珍しい形で夫婦になった二人だが、本気でお互いがお互いを大切に思っているのだ。

それを好ましく思えど、イチャつかれては話が進まないと、傍観に徹していた老人が咳ばらいをした。

尚、アニエスは面白がってにやにやと見ていたのは余談である。

「ごほん、話を進めてもらって良いかの?」

「爺様、孫の恋路を邪魔すると、馬に蹴られますよ?」

「年寄りには若いもんの惚気は毒よ」

「全く……それでリコリス、実は貴女にお願いがあるのです。僕らの留守中のことなのですが」

早速とばかりに、先の話を説明するペイス。

リコリスは、当然驚いた。

ペイスがモルテールン領を離れて外国に出征する件、義父カセロールが第二大隊を率いて領内に駐屯する件、諸般の事情でアニエスが当分は領内のトップとなる件、ペイスの留守中にリコリスが主催して社交会を開く件。

どれ一つとっても驚きだが、やはり自分がメインになって社交の場を開くというのは不安も大きいらしい。

「大丈夫よ。私も居るのですから」

義娘に対して、ぎゅっと抱擁するアニエス。

ペイスの必死の説得もあり、何とかリコリスは納得する。

「よし、これで一通りの引継ぎは終わりましたか」

やるべきことで、一番の最難関は越えた。

妻への説明と、承諾を貰うことが一番難しかったというのだから、ペイスの身内びいきも大概である。

しかし、頑張った甲斐もあって、入念に確認した上で引継ぎを済ませた。そもそもカセロールが戻ってくるわけだし、バックアップとして母と祖父の体制も決めた。

“余程の事態”が起きない限りは大丈夫。

皆が皆そう、信じていた。

この時はまだ。